境界線上のホライゾン きみとあさまでGTA Ⅳ
第八章『離れる場所を繋ぐもの』
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浅間は、半目になった自分を自覚しながら、皆に通神を送る。そして、
「──だ、そうですよ?」
「点蔵さん、もうちょっと上手い言い訳あるんじゃないですかねー」
アデーレの即断が素晴らしい。
横のミトツダイラも、
「Jud.、確か先月にも村山のうどん屋に勤めてる金髪少女に告白しようとして、何も言えずにうどん五杯食べて帰ってきましたわよね。
戻ってきて、誰も問うてないのに”うどんが美味しいで御座るよ、と、それが伝えられたので本望で御座る”とか言い出して」
「ヘタレさね……」
「でもあのうどん、茹でてるの、店主のおじさんですよね。
自分、一度見たことありますけど、凄い筋肉質で胸毛濃いめで、競馬新聞読んでましたけど」
アデーレの言葉にナルゼが頷くのを浅間は見た。
彼女はこちらの通神補助を利用して、
「ちょっと外繋ぐわ」
「あ、はい、いいですよ」
「──あの、でも、どういうことですの? いきなり点蔵がこんな所行をするなんて」
「ククク、解らないの? 春期学園祭に雅楽祭! 御相手連れて参加するのは夢の一つよ!」
成程、と己は思った。
自分の場合を考えてみるが、
……あー、隣に喜美やミトとか、いつものメンバーですねコレ。
よくて彼が喜美に引っ張られてきて加わるかどうか、というところだろう。
賑やかなのが好きな方でもあるので仕方ないと言えば仕方ない。ただ、
「どうしますかね、点蔵君の方……」
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点蔵は、ふと、二年の女子が右手を挙げるのを見た。
彼女は一枚の表示枠を手に、渡辺の方に行き、
「あの……」
耳打ちの言葉を、ふんふん、と渡辺が頷く。
そして女子が下がり、渡辺がこちらに視線を向けた。
「点蔵君、今、武蔵の通神帯に君をネタにしたエロ同人が無料配布で無修正──、あ、逆ですね。
無修正で無料配布だそうですけど、何したんですか一体」
『ちょっと待ったあ──!』
己は表示枠に抗議する。
『何したで御座るか!』
『え? な、何もしてないですよ、通信環境をナルゼ用に開けただけで』
『無茶苦茶してるで御座るよ! というかナルゼ殿! どうして貴殿はそう他人をエロ同人にして被害を負わすで御座るか!』
『えぐっ、えぐっ、マルゴット、あのヘタレ忍者が、私の事、エロ同人テロリストに認定だなんて、酷いこと言うの……』
『うんうん、仕方ないよガっちゃん、テンゾー、まだアサマチみたいに描かれるの慣れてないから』
『あれ──!? 慣れてませんよーう? どういう事ですかーあ!?』
被害が拡大したが、分散した気にならないのはどうしてだろうか。
ともあれ、この鬼畜共には聞くだけ無駄だ。
点蔵は渡辺に手を挙げ、
『あー、とりあえず、青雷亭と浅間神社が最近の巣窟かと』
『うーん、じゃあ、その周辺で地上戦が起きないようにしないといけませんね』
渡辺の腕を組んだ言葉に、端に座っていた一年が手を挙げる。
『──地上戦は、生じますか?』
『先日、浅間神社で序列二位と三位が戦闘したのは、──結界内で被害が外に出なかったけど、あれ、地上戦でしたから』
それに、と渡辺が言った。
『元々、”山椿”はM.H.R.R.東から東欧の露西亜国境に出て、露西亜側の魔神族と戦闘していた魔女部隊のリーダーという話です。
高速の強襲と砲撃術式を用いる、どちらかというと一匹狼のようなところがある──』
渡辺の言葉が、小さく響いた。
『──古い時代の魔女。そういうことですね』
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はあ? と直政が疑問詞を作るのを、浅間は聞いた。
「魔女に、古いとか新しいって、あるんさね?」
彼女の問いに始めに応じたのは、ミトツダイラだった。
「昔、母から聞いた記憶では、ドルイドやシャーマンがそういうものだと聞きましたけど。
ですけど……」
と、ミトツダイラが言葉を濁し、眉尻を下げた顔でナイトの方を見た。
そんな風に、彼女がやはり疑問の目でナイトを窺う理由は、自分には解る。何故なら、
「”山椿”さんの箒は黒ですから、……ナイトと同じ黒魔女ですよね?
それが、古いとか新しいとか、あるんですか?」
「それが黒魔女というか魔女にも実はいろいろあってさー」
口を横に開いたナイトが、手を前後にひらひら振る。
そして彼女の隣、ナルゼがこちらを指さして言った。
「浅間は巫女だから、魔女の分類としてはシャーマンね。
神道は多神教で、神も自然現象なんかから生じる原始的な出自を持ってるから、実は結構古いタイプ」
「そういう分類だと、そうなりますね。言い換えるなら、”歴史がある”ですけど」
「Jud.、欧州ではやっぱり祭事を司るシャーマンや、そこから生まれたドルイド、エレメンタラーなんかが続くわけね。
つまり彼らが古い魔法使い。だけど──」
ナルゼが肩をすくめた。
「Tsirhc系は欧州で広まるとき、ローマの国教化や教会同士の連携補助システム、奏者の互助を義務づけたの。
だからバラバラでそういうシステムも持たなかった古い魔法使い達は、より便利なものを望む人達に選ばれず、消えていった訳」
だけど、と彼女は言った。
「ま、それでも締め付けちゃうと反抗起きるから、Tsirhcもある程度は柔軟でね。ほら、そういうのって、あるでしょ? 服とか。締め付けたら駄目よ、みたいなの」
言われて自分は考えた。
……そういうもんでしたっけ……。
何か違う気がする。
「私の場合、ズレると困るのでかなり締め付けというか、身体の方に押しつけますけど……」
言うと、皆が動きを止めた。
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思わぬ反応に、あれ? と自分も身動きを停めたときだ。
全体の中で、まず、アデーレが動いた。
彼女は無言で酒樽の方に行き、柄杓ではなく升を突っ込んで酒を汲むと、
「い、言っておきますけど、自分が高等部入ってからぶかぶか仕様なのはサイズが合わないからじゃなくて機動殻への接続合わせですからね!」
いらん傷を広げたらしい。
ただ、お互いを探り合い、何故かそれぞれの胸に皆が視線や気配を飛ばす中、こちらの左に喜美がやってきた。
彼女は首を傾げ、
「そんなに浅間、締め付け設定過剰だったかしら?」
「ええ、ブラしてないから、いろいろ加護とか入れてますけど……。肩も凝るので基本は身体に合わせて締めて、脇やアンダーのラインとかで分散を」
ふうん、と言った喜美が、不意にこちらの背に手を伸ばした。
「え?」
と思うより先に、背の制御パーツから脇のハードポイントパーツに指示が入る。
瞬間的に、脇パーツが軽く下がるようにスライド。
巫女服のインナースーツが脇に引っ張られ、胸の形がいつもより浮き上がったと思ったなり、
「あら」
喜美の声と、襟パーツからスーツの胸前が弾ける音と共に、胸が開衿した。
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「きゃああああ!」
「フフ、何よ、結構形に気を遣って加護入れてるのね。いいわよそのオパイ用気遣い!」
「こ、この……!」
言って押さえる胸下。細帯パーツがあるが、その下のスーツは臍の直下まで左右に割れる。
喜美が行ったのは適当な指示だったのか、まだ後ろにスライドしようとする脇パーツを、こちらは慌てて停めて、
「な、何するんですか喜美は! というかナルゼもラフ切らない!」
「つーか今の芸当は初めて見たわ。今度マルゴットに試してみないと」
「いや、内圧かなりないと駄目じゃないかなアレ。
あ、でもガっちゃん、アサマチあたりだと、あれ出来る人限られてるからネタ回しは気をつけよう」
確かにそうだ。
武蔵住人のハードポイントパーツは、その人の生命維持を始めとした加護管理や、生活に必要な経理システムなどと連動している。
外してしまえばロックされるが、身に着けている間、それが操作出来るのは本人以外となると、
「緊急時を除くと、私の場合、父さんの他、喜美とトーリ君、ミトくらいですね」
言って気づけば、喜美以外の皆が即座にスクラムを組んでいた。
え? と、鈍い汗が身体に浮かぶ。
……な、何かしくじりましたか!?
二連発! という言葉が心に浮かんだが、今更どうしようもない。
ただ、妙な焦りを心に感じながら、己は皆に声を掛ける。
「あのー……」
スクラムからミトツダイラが顔を上げ、こちらに右の手の平を立てて見せた。
ちょっと待て、ということらしい。
そして、彼女がまた皆の中に沈むと、ナイトの声が、
「……どーしてそこまで許してるかなアレ」
「何? いつでもオッケーってこと?」
「私も含められてるので擁護しますが、もはやそういうことに疑念を抱かないような状態に脳が仕上がっているのだと思いますの」
「だ、大丈夫、トーリ君、悪いように、しない、から」
……鈴さんそれ意味が違って捉えられますよ!
忠告すべきだろうか。
だが、ふむふむ、と皆が頷き合うのを余所に、喜美が鼻で吐息して言う。
「──ま、ぶっちゃけ、子供の頃に私達の加護作ったりするとき、自分でもテストするために同じ設定にしていたでしょ?」
「あー……、まあ、そういうものというか……」
いろいろあるが、一纏めにはしにくい。
ただ、皆はそれぞれの納得をしたらしい。ナルゼが代表してこちらに頷きを見せ、
「大丈夫、よく解ったわ」
鼻から血を噴いた。
しかもダブルだ。
わ! と皆が下がる中央、ナルゼは鼻を下から押さえ、
「だ、大丈夫よ浅間、よく解ったから、ええ、安心して」
「二重三重に安心出来ないですよ!」
まあまあ、と言ったのはナイトだ。
彼女はナルゼに減衰系の冷却術式を渡しながら、
「締め付けすぎるとよくないよ、ってことから話戻すとさ、──Tsirhc系は異端は認めてなくても、異教を認めていてね。
だからこそ”改宗”っていうのがあったわけだけど、教会が腐敗して言い訳のように異端審問が流行っていく中で、一部の異教は魔物みたいに扱われて迫害の対象になったってわけ」
それが、
「古い魔法使いを全部ひっくるめた”魔女”の正体」
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このあたりは、大体が誰でも知ってるのかなあ、とナイトは思う。
ただ、ここから先は、ちょっと専門だ。
「──んでね? 魔女狩りとかいろいろあって、魔女達も反抗したり、Tsirhc側でも宗教改革とか重なって、全体見直そうって動きになった訳」
「”アウグスブルクの和議”ですわね? 改派の提唱者、ルターと旧派が話合い、改派を認める動きとなった、と」
「そうそう、それでまあ、魔女狩りは歴史再現として続くんだけど、異教はオッケーってのが見直されて、魔女達も自主的に”再異教化”する流れが出た訳」
魔女達の中では、これはTsirhc側が魔女達の”新旧に分かれる分断”を狙ったのだとされている。だが、
……そーしなくっちゃ、やってられないところもあったんだろうからねえ。
何事も、裏表の利点や論点があるのだ。
片方側だけ支持していてもしょうがない。
それに、魔女への迫害は、”再異教化”して人々の間に入った魔女達にも続いた。
だから自分達は、武蔵にいるわけだが、
「──でもまあ、”再異教化”の際、魔女は人々に受け入れられるよう、有用性を示すことになったわけ」
「それは? 何です?」
というアデーレの問い掛けに、ナルゼが応じた。
彼女は自分の魔術陣に帽子を描く。
それは白のボンネットで、
「解りやすいもので言えば、白魔術ね。
──回復や再生、プラス側に特化した加算の術式。
治療術を主とするから、Tsirhc教譜の補助としては有用されたの」
「そして黒魔術は減衰系で、これは各国の警護組織や戦闘組織なんかに多く組み込まれて、反抗する魔女の討伐や、対怪異作戦に従事したりするわけね」
だから、とナルゼが言った。
「分化してる白と黒。そのルールに基づいた白魔女と黒魔女の私達は、どっちかっていうと新しい魔女なわけ」
「じゃあ”山椿”は……」
ミトツダイラが、眉をひそめて言った。
「昔ながらの、分化していない”魔女”なんですの?」
「そゆこと。
欧州から来た魔女は大体そうなんだけどね。”山椿”の場合、黒魔女寄りの技術体系の派にいるから、武蔵上では”黒魔女”として登録してるけど。でも――」
ナイトは頷いた。
「勝負ではその術式体型を出してくると思う。だから、――二人組でも油断ならないんだ」
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武蔵の夜は、十時までで一区切りだ。
一応の門限がその時間となっているためで、夜十時を過ぎれば各横町と縦町が門を閉める。
無論、住人達は仕事も有り、輸送の流れなどもあるので、以後は許可を得たり断りを入れて各町を行き来する。
だが、外からの住人は別だ。武蔵内の住人が随行するのでなければ、門限は正当となる。
そして今、安芸にいる武蔵には外来からの客が多い。ゆえに浅草や品川、高尾や青梅には、夜八時過ぎから、警告となる放送が入る。
『──”品川”がお知らせいたします。
夜八時を過ぎました。あと一時間もしますと、品川デリックマスト上展望台、艦首甲板にいらっしゃる御客様、多摩へと徒歩で戻られることが時間的に不可能となります。
不可能な場合、どんな酷いことになるかは想像が出来ますが、今は知らない方がいいでしょう。──以上』
ぶった切った! と品川の上で輸送関係の仕事をしている皆が言う。
「流石は”品川”さんだ! ぞんざい通り越してクールだぜ!」
「”武蔵”さんがいい加減なことするとクール度増すよな!」
「”浅草”さんの刑法責めもいいけど、俺はやっぱりこれが楽しみだぜ!」
そんな論評の始まる頭上、デリックマスト展望台には、一つの影があった。
細身の少女。
しかし腰から下げたスカートに銃砲の装備品を吊しているのは、
「鈴木・孫一としては、番屋に捕まったり、というのは避けたいですね……」
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苦笑で手摺りから下を見る孫一は、しかし不意に左肩の方を見た。
そこには何も無い。
だが、不意に三枚の表示枠が出た。
宙に浮いて回転を始める三つの表示枠は、表示部分に翼にも似た長銃のシンボルを描いたものだ。
時折、窺うように顔の周囲を回る表示枠に対し、自分は呼びかける。
「ヤタガラス。ここを憶えておいて」
言う視線を無感情に細め、見据えるのは水平だ。
「ここより高いところからならば、歴史を動かせるから」
言って、己は手摺りに肘をつき、腰を後ろに引く。
見上げるのは空だ。
武蔵の夜を覆うステルス防護障壁は、しかし広大に存在し、
……まるで、”こういう世界”のようですね……。
外の世界が無くなったかのような錯覚を受けるが、それは思い違いだろう。
武蔵と外を結ぶ輸送艦や外交艦は、障壁に穴を開けて出入りしているし、町中にあるインフォメーションの鳥居は外界の空や風景を映している。
武蔵の住人にとっては、これはこれで外界と通じた”居場所”なのだ。
……複雑ですね。
外の人間から見れば閉じて護られているようで。
しかし中の人間は、出入りの出来る部屋程度にしか思っていないのではないか。
だとすれば、
「──各国は、武蔵のあり方を、勘違いしている可能性があります」
「そうなのですか」
「エッ、アッ、すみません。それをこれから説明するであります」
「おっと失敬。では宜しく御願い致します。――とう!!」
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孫一は、襲名者として思う。
各国の指導者達、もしくは役職者や上層部は、武蔵をどう思っているのだろうかと。
極東は今、各国の暫定支配を受けていて、君主は聖連Tsirhc諸国とP.A.Odaの中立地帯である三河におり、正式な領土はこの武蔵しか認められていない。
……戦闘力を持てないが故に、各地の居留地や武蔵も、その存在の継続は他国の胸先三寸。
「胸先三寸?」
「フフ、巨乳にとっては胸の前側が三寸つまり約9センチあるってことよ! 解る!? つまり他国の巨乳勢によって武蔵の運命は決まるの!」
「……そんな……、と思いましたが弊国家にはフアナ様がいたのでした」
「うちも妹が私と近似値ですので……」
「マジかよ……」
パン屋と観光客が何か話ながらすれ違った。
「実際は胸先から三寸、つまり”胸の内”ということで、心の中に有る考え次第と、そういう意味であります」
武蔵は、幽霊船となって永遠に海をさまようことになった”さまよえる阿蘭陀人”のように、少々の不気味と、哀れをもって扱われている。
だが、来てみれば、ここは賑やかで、戦争も無いものだ。
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聖譜の旧代にあるような箱船の例えもあっていいものかと思うが、
「国としての身分は、無いに等しい」
歴史に存在出来ないもの。
つまり、”あってはならない”が、便利だから存在を許されているもの。それは、
「三河の地脈炉や、魔女のようなものですか」
その意味に世界が気づくには、
……武蔵が、能動的に動き出さないと駄目で……。
そんなときが来るのだろうか。
来ない、と、思えるだけの歴史はある。
暫定支配より百六十年、武蔵は無反抗だったのだ。だが、
「ヤタガラス」
傍らの表示枠に己は呼びかけた。
「あたし達のすることが、武蔵を動かす契機になったら、──ストレスですね」
表示枠は応じるように回る。三つ回る。
そして自分は思う。武蔵は、戦いの神に近しいのだと。
戦神の加護を受けているというわけではない。
「ハイ! 浅間神社の主神サクヤは戦神ではないですが鉄火場の支配者で水属性に火属性、更には山の地属性も持ったオールラウンダーです!」
『おいおいあまり褒めるな。一回散った桜がまた咲いちまうぜ』
浅間神社の関係者と主神がすれ違ったように見えたが流石に幻覚だろう。
ともあれ、武蔵は戦いの神に近しい。
それは何かと言えば、
……高所です。
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自分は砂漠の民だ。どこまでも地平に続く砂上にて銃を持ち、遠方の敵を御して来た。
砂漠という平面上においては、少々の高低差でも重要なファクターとなる。
もしも上からの視点や、射撃位置が得られたならば、それは一方的な勝利を得られるものであり、戦いの神が味方したということだ。
だから己は空を求める。今もまた水平の位置から、
「────」
空。高い位置を自分は見上げた。
薄暗い白の防護壁。武蔵を護るようでいて、そうなりきっていない遮断の壁。それを見上げる己は、ふと目を細めて呟いた。
「武蔵において戦神に近しいのは、あれですか」
空の中、一点の黒い色がある。
魔女の色だ。
射撃手である自分の目をしてようやく捉えられるほどの高い空。
そこに、一人の魔女が黒の機殻箒に乗ってじっとしている。
……まるで猛禽が獲物を狙っているようだ。
「さて」
自分は空に背を向けるように踵を返した。
下に。
宿がある村山へと戻るため、デリックマストを降りる階段を選ぶ。
そして歩きながら、己は小さく言葉を作った。
「──戦いの神に近しいものが狙うのは、一体何でしょうね」
●
ナルゼは、手応えのようなものを感じた。
機関部の持つ位相空間によるロッカー。
そこから自分の羽根箒を引き出したときだった。
……あら。
重い。
だがそれは、単に重量がついたということではない。
……まっすぐ、引き出させているわね。
空中に引っ張り出される羽箒が、揺るがない。
始めに手で引いた角度。
それがそのまま、ほぼ水平に、まるでレールに乗っているかのような重量と正確さで引っ張られ、姿を現していく。
出る。
そして手元から正面にあるのは、
「随分と奢ったものね……」
●
全長二メートルほど。
全体は、平たい長方形の羽根ペンを、やはり同じようなテクスチャを持つ装甲で覆ったものだ。
元の形状から考えると、やや大きめになったか。
座ってこちらを見る直政が、升を口に当てて言うには、
「シートはいじってない。
そこも補強は下に入れてる。
座った分には違和感なくて何が変わったのか解らんだろうけど、速度を出せば下から支えられてるのが理解出来るだろうさ」
「──動かせる?」
「コンバットプルーフは機関部内の基準で採ってある」
そう、と自分は頷いた。
「試運転は、私達が慣れるため、って。そういうことなわけね」
「文句あるなら飛んでからいいな。
戻って来たら調整してやる。
──だから手を抜かずに飛んでくれちゃいい」
Jud.、と首を下に振れば、右横にて同じように箒を引き抜いていたマルゴットが笑う。
彼女は浅間の方に顔を向け、
「アサマチ、上、ちょっと開けてくれる?」
「早速ですか」
やれやれ、という口調を隠さずに言う浅間は、しかし軽く手を打った。
「じゃあ、皆でちょっと、青雷亭に行きませんか? ──うちの料理だけじゃ、ちょっと寂しい人もいるでしょうし。
行きながら注文して、向こうで出来た順に受け取りで」
「フフ、ワインやビール頼むのも有りっちゃ有りよ」
いやいや、という浅間に、自分は言葉を投げる。
箒を回して構え、
「乗っていく? マルゴットと二人で、一人ずつだけど」
「あ、いいんですか」
乗る気だ。
神道の巫女だというのに気軽いと、そんな風に思うが、
……戒律や、自分の立場以外の部分だったら、浅間はこういう人なのかもね。
と、考えて得られるのは、浅間に対しての批評と言うより、自分に対しての観察感だ。
己も随分と、他人に対しての許容や幅が出たものだ、と。
……うーむ……。
何か、自分が丸くなったようで少し気に入らない。だから、
「ええと、マルゴットの方にはミトツダイラ。その方がいろいろ運べるでしょ?」
仕切る我が儘を自覚の上で見せて、己は言った。
「じゃ、ちょっと行きましょう。少し不慣れだと思うけど、これがいつもだと思わないでね。──いつもはもっと派手な筈だから」