境界線上のホライゾン きみとあさまでGTA Ⅳ

第十章『正面からの強者』

 青雷亭の中、点蔵が浴びたのは音だった。

 通りに面したカウンター横の二人席。そのテーブルに沿う硝子窓が破裂し、ドアが縦に跳ね上がった。

 通り側の壁が斜めに軋むが、そこで破壊は生じない。

 動きが起きるのは、軋みが戻った反動の時間帯だ。

 揺れて戻された屋根上のスレートが落下して音を立て、吹き抜けの天井下に仕込んである棚面から、薪が幾本か落ちてきた。

 そして外で起きた爆風が、硝子を巻き込み、


「──失敬!!」


 点蔵は手を一つ打ち、カウンター前の床を右の踵で踏んだ。

 直後。踏んだ場所を起点に、店の床板が一列跳ね上がって壁となる。

 忍術の一つ、畳返しの応用だ。

 壁は入り口側からこちらに至ろうとするものを防ぎ、その裏面に硝子や窓枠の破片を直撃された。


 ……防いだで御座るか!?


 そう疑問したときだ。頭上に小さな光が跳ねた。

 硝子だ。

 ナイフ大の一破片が、立ち上げた床板に跳弾したのだ。

 それは高い天井に舞い上がり、こちらの頭上を越え、


「しまっ──」


 消えていく風の中、急ぎ振り向いた自分はあるものを見た。

 青雷亭の店主だ。

 青いエプロン姿の中年女性。彼女は、宙を飛んできたガラス片を、


「おうおう」


 軽く右の一差し指と中指の間に挟んでキャッチ。そのまま彼女は左の手にしていたベーコンステーキの皿を客にサーブし、こちらを見た。


「点蔵君、床、戻せる? 戻せなかったら第一特務に請求するけど」


「あ! 大丈夫で御座る! 戻せるで御座るよ!?」


 ……この人の前で迂闊な事は出来んで御座るよなー。


 しみじみ思っていると、店主が笑みで言った。


「窓は”提督”あたりに請求すればいいか。でもまあ、表の方──」


 そうだ。

 一体何があったのか。

 今更ながらに警報と半鐘が鳴り始め、自分の顔横にも表示枠が来る。

 渡辺から、現状を知らせるようにという指示だ。だが、


 ……表は──。



「ああ」


 と店主が言った。

 彼女は、立ち上がった床板で見えぬ筈の表へと視線を向け、


「智ちゃんが思い切りいいねえ……」


「あ、浅間殿がやったので御座るか!?」


『大声聞こえてますけど違います』


 訂正来たで御座るよ?

 どういうことで御座るかと、そう思っているこちらの正面。

 P-01sという自動人形が首を傾げた。


「──賑やかで何よりです」


 ミトツダイラは、警報の音の中でそれを見た。

 青雷亭に向き合っていた自分達にとっての右側。艦首側から飛んで来たものがある。

 砲弾だ。

 今、そちらに向かう通りの店舗前には、全て防護障壁が並び、淡い光の谷が生まれている。

 その奥、薄い闇から飛んで来たのは、


「今は禁止されてる実弾貨幣。1230年代マルクの鍛ち直しだと思う」


「よくは解りませんが、銀製品でしょうね」


 というのは、皆の右に立っていた浅間だ。


 ……いつの間に。


 砲撃の当たる直前、不意に気配が動いた気がした。

 次の瞬間には、艦首側に向け、彼女が、右の手をまっすぐ突き出していたのだ。

 その動きの結果として、彼女の正面、地面が大きく抉れている。

 浅間が、飛来したものを受け止めた余波だ。

 彼女が防護術式で受け、それが破裂したのだ。


 破砕の力が、空中を薙ぎ、地面に対しては深い爪痕を残した。

 無論、浅間の防護は強力だ。

 彼女や自分達の足下は何も起きていない。

 しかし、浅間の突き出した手。

 その真下に生じた大きな抉れは、正面からこちらの左右後ろへと、∧型に自分達を避け、長く走っている。

 まるで、破壊の川が流れた中州に立っているようだ。

 これは、


 ……準対艦砲とまではいかなくても、対武神砲に匹敵するクラスですのよ?


「あの、一応聞いておきますけど、──智、大丈夫ですの?」


「えーと、一応っていうのが気に掛かりますが、……まあ、はい、銀弾だったので、禊祓と相性が良かったです。

 着弾で威力転化する炸裂系だったようなので、綺麗に左右に禊祓れてくれましたから」


 ただ、


「急ぎだったので、結界的に防げなかったのが心残りです。

 皆は守れましたけど、周囲の店舗に被害出しちゃってますから」


 分析しながら、しかし平然と言われる言葉は物騒だ。

 何故なら、今、自分達は、


「……無差別に砲撃されましたのよね?」


「あ、無差別って訳じゃないよ」


 応じたのはナイトだ。

 彼女は翼を使って艦首側にステップする。

 浅間の左を抜け、地面の抉れを飛び越す。

 同じようにナルゼも、こちらは浅間の右を抜け、前に出た。

 そしてナルゼが艦首側への闇に問うた。


「警報に半鐘まで鳴らして、番屋のサイレンも来るわよ?

 ──魔女の逃げ込み場所である武蔵で、魔女の肩身狭くする意味はあるの?」


 告げる名は、


「──”山椿”!」


 ナイトは、わずかに眉を立てながら、内心で冷や汗を掻いていた。


 ……このタイミングで来るかー。


 完全に、狙われていた。

 テスター権の申請がある明日こそが勝負の日と、そう思っていたのが甘かった。

 未明あたり、空が混んでいない状態でこちらから勝負を掛けに行く、と、そんなことも考えていたのだ。

 それが下からの挑戦者の礼儀で有り、”山椿”としても、武蔵の空を荒らすような事は望んでいないだろう、と。

 だが、向こうはそうではなかった。

 強化した機殻箒をこちらに持たせる猶予を与えたものの、その調整が済んでいない段階で勝負を掛けに来たのだ。

 満足な調整が出来ていない箒は、不安定だ。

 出力のバランスどころか、重心調整だって為されていない。

 本来の箒の方が、乗りやすさでも安心感でも上だ。


 ……だけどそれじゃ、速度が足りない。


 今、自分達が抱えているものは、速度は出るが、何が起きるか解らない推進の塊だ。

 先ほど浅間やミトツダイラを乗せて飛んだのは低速域の遊覧で、比較的安全なものだった。だが、戦闘状態での高速機動となれば加速系の連携ミスで箒が吹っ飛ぶ可能性もある。

 それを解った上で、”山椿”はこちらを狙いに来たのだ。


「汚いなんて、言わないけどね」


 勝負なのだ。

 それも、人生のターニングポイントを掛けた勝負だ。

 リトライも、這い上がることも出来るが、勝てば未来が開ける。

 こちらが相手に追いつくために箒の強化をするならば、そのときから勝負は始まっている。

 装備の強化は、戦闘の技術で相手を凌駕するのと同じ事だ。

 ならば、


「戦闘技術で相手を潰すのと同じように、装備の強化を潰すことだって勝負だもんね」


 正式な勝負としてのルールはある。だが、


 ……それに護られていたら、”序列最強”じゃないよね。


 実際”山椿”は、幾つもの”事故”や、企業間抗争に巻き込まれたり、狙われてもいる。

 それらに敗れて「ルール外だった」は通用しないのだ。

 序列一位とは、あらゆる勝負に勝てての事。

 だから、


「最初の一発の挨拶は、親切だったってことね」


 ナルゼの言葉に、こちらは頷くしかない。


「やろう」


 箒の調整は飛びながら可能な限り行おう。

 後は、できる限りのことをする。


「──Jud.、行くわよマルゴット」


 遠く、艦首側から光が見えた。

 ”山椿”だ。

 警報の音と、サイレンの空に跳ね上がるための加速術式。

 それが武蔵の床を打ち、


「……早!」


 正面の夜空。

 薄暗い空に、オレンジの尾をたなびかせた一直線の光が昇った。

 追って来いと”山椿”が言っている。


 浅間は、魔女二人がこちらに振り向いたのを見た。

 それは、自分ではなく、ミトツダイラも含めた”皆”に対してだろう。

 今、浅間神社から皆はこちらに足で駆けつけている筈だ。

 そんな”皆”の代理として自分達を振り返る魔女に、己は、


「大丈夫です」


 手を一つ打ち、音を響かせた。


「──貴女達の空にかかる難事が、全て禊祓れますように」


 言うと、ナルゼとナイトが表情を変えた。

 ナルゼが眉を上げ、小さな笑みで、


「戦勝祈願じゃないの?」


「神道は禊祓ですよ? 神道が出来るのは、貴女達に掛かる余計なものを禊祓して、貴女達が実力を全部出せるようにすることだけです」


 だから、


「勝つのはナイトとナルゼ、──貴女達二人のすることです」


「アサマチ」


 ナイトが口の端に歯を見せて言った。


「勝ってくるね」


 言うなり、眼前で風が爆発した。

 二人の翼が開き、箒を槍のように構え、空に飛翔したのだ。

 黒と白の魔女が、椿の花を追いに行く。

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