境界線上のホライゾン きみとあさまでGTA Ⅳ

第十一章『囲い場の咲き娘達』

 武蔵の空は高い。

 ステルス防護障壁の内径は武蔵の幅を基準として作られているからだ。

 二キロ弱にも展開する全幅に対し、武蔵の全高は八百メートルほど。

 上下には、それぞれ六百メートルほどの”空”が存在する。

 そして今、高速で、三つの影が夜の武蔵を駆けていた。

 先行するのは黒の衣装の魔女が一人。

 後ろからついていくのは、黒の翼と金の翼だ。

 前を行く魔女はやや身を起こし、悠々と。

 後を追う二人は、金の翼が前に行き、黒の翼を引いている。

 風を切って三人が行くのは武蔵の後部、高尾の左舷側だ。

 先行する魔女は右に浅いコーナーリングを掛け、しかし速度を落とさない。

 強引に、前に出る加速に押され、横滑りしながらも宙を行く姿。

 それを追う二人は、


「く……!」


 先行する金の翼の箒が、コーナーリングで跳ねる。

 まるで大気に石でも転がっているかのように、彼女の箒が一瞬だけ力を失ってバウンドをするのだ。

 そのたびに前を行く魔女との距離は開き、左へと横滑る箒は彼女達をステルス防護障壁に近づけていく。


「マルゴット!」


 後ろの黒翼が叫んだ。


「コーナーでは私が前に出るわ!」


 ナルゼは前に出た。

 正面、先行する金の翼が、頷き一つで速度を落とさずに前を開ける。

 直後に自分達は前後位置をスイッチ。

 前に出た己は、白の箒を一度よじるように振って、コーナーの脱出角度を決める。

 そこに繋がるように、背後、金の翼が箒の先端を前に向け、


「ガっちゃん! 前出て!」


「Jud.!」


 自分は加速する。そして、


「行くわよ!」


 右手を前に。

 五指に握るペンによって線が描かれた。それは、


「類似術式呼び出し!」


 声と共に、引いた線が一気に増えた。数は八本。

 その束に自分は右手の袖から銅貨をばらまく。


「Herrlich!」


 成立の掛け声と共に、八発の硬貨弾が先行の魔女へと飛翔した。

 それも、単なる直線弾ではない。

 誘導ラインによって軌道の変化が掛けられた八重射撃だ。

 行く。そして、


「──当たりなさい!」


 観光客の集団は、空で行われる光の交錯を見上げていた。


「ゲエ!? テンプレ無しの八重操作弾って、ナルゼママこのあたりから使ってたの!?」


「そんなに高技術なのですか?」


「私達は、自分達の”姫”に、ママ達や見下し魔山が遺した術式のテンプレが登録されてるから、ゼロからの自作技術とは無縁なの」


「この時代でも、ゼロからの立ち上げはレアな筈ですわ」


「”被弾者”の話を聞くと結構前から基礎的な処は出来てたらしいわ」


「とにかく”始まった”でありますねえ……!」


 ナルゼは、己の攻撃力が敵に向けて飛んだのを見た。

 八発の飛翔は、それぞれが弧を描いて”山椿”を追った。

 誘導弾ではない。

 変化を先行してライン入力した操作弾だ。

 八本からなる流体光の棚引きは、一度膨らんだように見えてから、


「一気に行きなさい!」


 叫びに応じるように、八つの光が交差し、加速した。

 敵に対して、猟犬のように八光が突っ走る。

 だが、自分は急いで別の動きを手元に立ち上げた。


 ……箒の調整!


 今、箒は高尾後部を左から右にコーナーリングしている。

 正面には、後艦として並ぶ奥多摩の艦尾と青梅の艦尾が見えている。

 ここからは武蔵の後部を横切る直線だ。

 今のコーナーリング。

 自分が安全に前に出られたのは、安定しているからではない。


 ……速度が出ていないのよね!


 加速術式をいつもより強く描き込んでいるが、それが機殻に押さえ込まれている。

 勿論、現状でも充分な速度は出ているが、直線になると”山椿”には追いつけない。マルゴットに引っ張って貰わねばならない状態だ。

 だから機殻の後部、ノズルガードの開度を飛びながら調整する。

 機体に掛かる慣性状況と、それを脱出するのに必要な加速力のグラフを重ね、ノズルガードの開度に無駄が無いようにするのだ。


「……結構面倒なのよね、コレ」


 基本は、箒を振り回すような低速域ではガードを開き、高速域では閉じる。

 何しろ、ノズルガードを開いて固定すると、空気抵抗を受けてしまう。

 逆に、ノズルガードを閉じれば、コーナーリングで振り回すときに加速術式がガードの内側に干渉してしまう。

 だが、手動でそれを行っている余裕は無い。だから自動化するための術式情報でパターンを組み、調整するのだが、


 ……今は戦闘中だもの。


 低速、高速、高速時からの急速回避運動、と、その三パターンが作れれば上出来だろう。

 実際はその間をつなぐパターンも必要で、その中割が多く、更にはこれも出力が活きるように調整されていた方が速くなる。

 だが、今回はその部分を自動処理に任せた方がいいだろう。

 後ろのマルゴットも同様の筈だ。

 だからというように、


「ガっちゃん! 直線はこっちが前出る!」


 正面、光の八発が”山椿”に食らい掛かろうとしていた。

 当たるかどうかは別として、今がローテーションするのにも安全な時間帯だ。

 ゆえに己は道を空けるように右にずれた。

 すると、先ほどまで自分がいた位置に金の翼と黒の機殻が滑り込んできた。

 さっきとは違う。

 自分が追い抜く前よりも、動きに乱れがない。

 リアルタイムで調整を入れているのだ。


 ……流石だわ。


 この相方は、大丈夫だと判断しなければ動かない。

 前に出て大丈夫だと、先ほどよりも強く判断出来たのだろう。

 そして前を譲った自分は、高速のセッティングを決めるために魔術陣を開いた。

 直後。


「ガっちゃん!」


 マルゴットの声が聞こえた。


「──マズい!!」


 ナイトは、展開した射撃用魔術陣三つからの射撃を行おうとしていた。

 狙いは、ナルゼの操作弾に追われた”山椿”だった。

 先行する”山椿”は、奥多摩後部から青梅側後部に抜けていく途中だった。

 まっすぐ行けばステルス防護障壁の左舷後部角地に入るので、いずれ彼女は右へコーナーリングしなければならない。

 だから、狙うなら右だと、そう思った。

 それを読んでか、ナルゼの操作弾も大体は左から”山椿”に襲いかかっていく。

 後は右に行く”山椿”の軌道上に、三発射撃を叩き込めばいい。そして、


「────」


 その通りに、”山椿”の背が動いた。

 翼の無い背中。

 今更に気づくが、彼女が来ているのは魔女衣装だ。

 黒の衣装は、しかし黒魔女のものではない。

 古き魔女。

 身分と姿を隠すために黒を纏ったとされる時代の魔女衣装だ。

 各部にはM.H.R.R.特有のハードポイントがついており、”見下し魔山”の紋章も見える。

 その背中が、今、右に身を振った。

 右コーナーリングのためのバンキングに見えた。


 ……行ける!

 前に出た己はそう思っていた。だが、次の瞬間に、


「──!?」


 自分は見た。

 ”山椿”が、機殻箒から右の宙に飛んだのを、だ。


 マルゴットの危険を告げる声に、ナルゼは前を見た。

 ”山椿”の身体が、機殻箒から右に飛び降りたのだ。

 だが、それは落下に移る動きではない。

 相手は箒を右脇に抱えるように、それもこちらに身を向けるようにして振り向いた。

 こっちに機殻箒のノズルを向けた姿は、砲撃のスタイルだ。


 ……まさか……。


 直後。自分の放った弾丸が”山椿”に追いついたのを見た。

 当たる、と思った瞬間だった。

 違った。

 当たる、と、自分はそう確信出来なかった。

 何故なら、正面の空から声が聞こえたのだ。


「──Herrlich」


 低い声。聞き覚えのある響きは、”山椿”のものだ。

 その上で、


 ……マズ……!


 正面で爆発が起きた。

 敵が構えた箒のノズル部分から、流体光が破裂した。


 何をするのか。

 原理は解る。


「箒の加速力を砲撃に転化……!」


 加速術式を展開して撃つよりも、箒の加速力という後押しがある分、効率的で威力も高い。

 無論、それを知らぬ訳でもない。

 魔女の箒の使い方は、何百年と歴史があるのだ。

 羽箒型のものを使用する自分には出来ないが、マルゴットがこの砲撃の訓練を行っている。

 高威力の砲撃用。

 先ほど、地上で受けた砲撃も同じ原理のものだと解る。だが、


「──空中でやる技じゃないわよ……!」


 反動が凄まじいのだ。

 マルゴットの訓練の際も、後ろで自分が支えていて吹き飛ばされる。

 高速機動中に行うものではない。

 更には、自分の放った八発が、吹き飛ばされていた。 

 砲撃の爆風が、こちらの追尾弾の威力を越えたのだ。

 光の爆発が十数メートルの大きさに広がり、中心にあるノズルから爆圧が光を吹き飛ばしていく。

 後に残るのは、砲撃の反動で後方宙返りを入れる”山椿”と、


「マルゴット!」


 こちらに飛来してきたものがある。

 前に出たマルゴットにカウンターで当たるもの。


 ……棒金!?


 十円玉の棒金、五千円分だろう。

 それが一直線に、マルゴットの胸狙いで飛んで来た。


 ……うっわ!


 起きている事態に対し、ナイトの感想はまずその感嘆からだった。

 今、”山椿”の放った攻撃は、魔女の中では必殺とも言える砲撃術だ。

 自分達のような、正規の箒を使用する者が使える攻撃。

 無論、それは反動の危険性から地上用として訓練していたが、


 ……まさか高速機動中に使用するなんてね……!


 だが、利に叶っている。

 飛行戦闘は、相手が攻撃出来ない位置を如何にとるかが勝負となる。

 それは多くの場合、相手の背後となるのだが、


「後部のノズルから攻撃出来れば、後ろは死角じゃないもんね……!」


 感心している場合ではない。

 正面から来る棒金砲弾は、どう考えても直撃だ。

 胸部に食らえば、


 ……カウンターで胸骨骨折……。


 程度では済まない気がする。

 ナイちゃんヤバいかも。だが、


「マルゴット!」


 右からの声が、こちらの身を動かした。

 ナルゼの手が、こっちの機殻箒の後部側を掴んでいたのだ。そして彼女が、


「……こっちよ!!」


 強引に、右下に引いた。

 自分も逆らわず、身の力を抜き、


「Jud.……!」


 自分は、ナルゼに引かれるままに、右下へと機殻箒を側転させた。

 ローリングによる回避だ。


 ナルゼは、相方が自分の頭上を転がったのを確認した。

 自分が左腕で引いたのは、初動を作るためだ。そしてこっちの力を利用して、マルゴットが箒ごと自分をローリングした。

 彼女は最初、己を軸に箒を時計回りに側転。

 次は箒が回りきるより先に、それに引っ張られるように自分を側転する。

 単純なバレルロールではなく、山なり軌道の側転横スライドだ。

 それを三度ほど高速で繰り返すと、彼女の身はこちらの右下に落ちて来る。

 自分にとっては描写の右手がやや封じられる位置関係になるので、なるべく避けたいが、


 ……そうも言ってられないわ!


 何故なら、


「ガっちゃん!」


 マルゴットに激突する筈だった棒金砲弾。

 その一発は高速で左を突き抜けて行ったが、


 ……流体光を纏っているのよ!


 光の存在は、術式と密接だ。

 仕込みがある。


 何が起きるか、というよりも、先に己は身を動かした。

 右下の空中。

 棒金砲弾の通過した左の宙から、距離を横に開ける位置に行く。

 無論、高速で移動している最中だ。そう簡単に身体が右に行ける訳ではないが、


「……っ!」


 行った。

 解っているのだ。マルゴットが、先ほどの自分がやったように、今度は彼女がこちらの機殻箒に左手を掛け、


 ……回る!


 マルゴットは、先ほどからの側転の勢いを消していなかった。

 彼女が、下に更に側転して回り落ちていく動き。その途中で、自分は手を取られるように機殻箒に手を掛けられて回され、


「──!」


 回り落ちた直後。背後で堅い音が重連した。

 後ろに抜けた棒金砲弾が破裂したのだ。

 光を帯びた硬貨の群を、自分は身を回しながら振り返る視界で見た。


 ……追尾弾!?


 白魔術の誘導術式の中でも、面倒で、上位のものだ。それを棒金に仕込んでいるとなると、


「準備してた、って訳ね……!」


 追ってくる弾丸は五十発。弧を広く描き、しかしこちらへと収束して来る。

 身を回していた自分は、心の中の決定を叫んだ。


「マルゴット! ──かわすわよ!」


 黒と金の回避運動は、武蔵の各所から確認する事が出来た。

 多摩の青雷亭、そのドアを開けて外に飛び出した点蔵は、急ぎ屋根に飛び乗り、


「あれは……」


 危ない、と言える挙動の光が二つ、後方の空から莫大量の追撃を受けている。

 奥多摩艦尾側から青梅の艦尾に向かい、幾本もの猟犬じみた軌道で追尾弾が走り群れる。その多量に追われる二人は、


「ナイト殿、ナルゼ殿……!」


 声をあげるのは認識以外の意味を持たない。

 こちらの言葉は向こうに届かないし、こちらの力も届かないのだ。


「無力ですねえ、点蔵様」


「お、追い打ちが来たで御座るよ?」


「ここで浅間様がナルット様とナゼイ様に強力無比な強化術式を送るとか、そういう展開は無いのでしょうか」


「それ多分、反則扱いになると思うんですよね……」


 そうで御座ろうなあ、と頷いた時だった。

 屋根に上がってきた右腕が、こちらの顔横を指さした。

 見れば、表示枠が、渡辺の声をこちらに送ってくる。


『総員、監視と待機! 監視担当区域への被害が生じそうになったら”被災”の頭文字であるHボタンを連打して下さい! それで艦橋に通じます!』


『渡辺様、前々から思っていたで御座るが、Hキーでは?』


『──伝統です』


 ならば仕方ないで御座る。

 だが、表示枠のHボタンに指を掛けながら自分はそれを見た。

 夜の空。

 群がる追撃に対し、ナイトとナルゼが強引な回避軌道を採るのを、だ。

 彼女達の行った回避運動は一つ。

 敵弾に追われ、しかし、


「追い越させるので御座るか……!?」


 ナイトは、細心の注意と共に機動した。


 ……面倒なことになったよね……!


 ”山椿”の追尾弾だ。

 無論、このような追尾の弾丸に追われるのは初めてではない。今までの序列戦闘でも、幾度かこういう術を持つ敵とは相対している。

 だが、それも、一発とか、よくて三、四発だった。


 ……五十発同時とか、どこのラスボスだろうねー……!


 かわさねばならない。

 かわさなければ未来は無いのだ。

 そして、かわす方法は知っている。

 最適な方法は、加速によって振り切ることだ。

 だが、機殻箒を調整中の自分達にはそれが出来ない。

 ならば強引に行くしかない。

 何しろ、追尾弾とは、追尾対象を狙って飛んでくるものだ。

 しつこい一方で、目の前から追尾対象が消えると、目標を失ってしまう。

 そうなるとしばらくの間、追尾弾は迷走し、目標を再確認しようとする。

 再確認出来なければ、流体切れで単なる貨幣に戻る。

 そうならなくても、後続の弾丸が飛び込めば追尾弾同士が激突して誘爆が発生する。

 つまり狙って回避をするには、


「引きつけて、いきなり振り切るか、飛び込めばいい……!」


 誘爆を起こすには敵弾の群を集中させる必要がある。

 そのためにも、敵弾をぎりぎりまで寄せ、加速で進行方向を変えた位置に飛ぶ。

 飛んだ。


 ナルゼは、マルゴットと浅く左右に分かれた。

 距離をとることに不安はあるが、


 ……これで敵弾を二分!


 そして自分は主翼と補助翼を後ろに伸ばした。心持ち出来るだけ力を抜き、羽毛の中に大気を入れていく。

 追ってくる硬貨弾の動きを少しでも読み取ろうという、そんな意図だ。

 風の動きを捉え、敵弾の飛来を察知し、


「ここ……!」


 追ってくる一発の内、奥で跳ねるように進路を曲げたものが、他を追い越して来た。

 順番的には後の弾丸だろうが、軌道変更回数が少なく鋭い分、速いのだ。


 ……誘爆させられるかしら?


 前に出られすぎて、他弾と距離が開いては危険だ。

 ならば、と判断して己は動いた。

 飛び出して飛来した一発に対し、わざと接近したのだ。


「いい判断ね」


「誘爆を狙って、先行してきた一発を自分を囮に誘導するのでありますね」


「出来るのか?」


「プロの判断や。任せて見てるとええで」


 挙動は一瞬だった。

 誘導の方法は明確だ。

 先行した誘導弾に対し、こちらは速度を一気に落とす。

 すると誘導弾は、着弾のために軌道を調整する。

 それは、


 ……速度が僅かながらに落ちるということ……!


 直後にこちらは再加速。

 誘導弾はそれに着いてくることが出来ず、後ろから来た弾幕に食われ、爆砕。

 誘爆が発生する。その筈だ。だから、


 ……エアブレーキ!


 空気抵抗を上げ、機体と自分を大気にぶつけた。


 再加速をするためには、出力を落としてはならない。

 出力を下げずに速度を落とす手段を、現状ではそれしか思いつかない。

 だから己は操作を行う。

 魔術陣を開き、後部のノズルガードを外側に展開。フラップを上下方向同時に広げ、空気抵抗を一気に上げる。

 そして、自分の身体も腰を上げ、身を浅く立たせ、しかし、


 ……下!


 最終的な行き先は下を選択。

 上半身を下にぶちこみ、機首を強引に下げた。

 箒の先端を下に突き刺すイメージで、出力系は全開にする。

 行った。


「……っ!」


 最初に来たのは、箒から伝わる、大気の突き抜けだった。

 加速の先端から、速度を舐めるような大気振動の手触りが伝わってくる。

 ……うわ。

 自分は思った。コレ、欲しいわ、と。

 今、手に伝わる速度の色気と味を、この後も存分に出来ると言うならば、


「──そうね」


 ”見下し魔山”のテスターとは、どれだけ素敵な位置だろうか。


 ミトツダイラは、騎士連盟に待機の指示を出しながら、それを見ていた。

 それとは、空に生じた光の炸裂だ。

 ナルゼが再加速したことによって、”山椿”が放った誘導弾の一発が迷走。

 彼女達の後部に追いすがっていた弾幕に激突し、


「……!」


 空に巨大な誘爆の連鎖光が発生した。

 轟音の連続は、まだこちらに届かない。

 そしてナイトとナルゼが、誘爆に追われるように前に出た。

 無論、まだ誘爆に巻き込まれなかった追尾弾がある。

 少なからぬ残弾に追われ、しかし全ての先頭において、彼女達が宙を踊るように跳ねて交差する。

 行く。

 しかし挙動が危険だ。

 箒の尻側が不用意なかち上がりを見せるときもあれば、機首側が捻れたようになって水平スピンに至り掛ける時もある。だが、


「凌ぎますね」


 横に立つ浅間が、こちらも各地の防護加護を設定しながら告げる。

 しかし、ナイトとナルゼが強引に箒を押さえ込み、前に加速した瞬間だ。

 先行する古き魔女が動いた。

 彼女は箒に乗り直し、前に加速しながら、


「──!」


 前方へと発射されたのは八発の弾丸。

 だが、それは、すぐに弧を描いて後ろへと飛んだ。

 八つの動きは単なるカーブラインではない。

 明確に敵を追い、正面からのカウンターとなる、


「……再度の追尾弾ですわ!」


 後ろからの誘爆と残弾に追われている二人に、前方から、八発の打撃が襲いかかった。


 挟撃だ、とナイトは思った。


 ……それも、こっちが本命だね……。


 こちらに追尾弾の回避をさせ、そこに正面からの追尾弾を合わせ撃つという方法。

 やってくれる。

 追尾弾の回避とは、短い加速の連続行為だ。

 速度があって派手だが、距離として大きく移動するものではなく、最高速度が出るわけでもない。

 だから、そうやって小さく動いているところへ、逆方向からの弾丸を叩き込む。

 それも、こちらが追撃の回避をパターンとした頃合いで来るのがいやらしい。

 だけど、と自分は思った。


「こっちだって、少しは学習してるよ……!」


 短距離加速の設定は、数パターンだが組めた。

 そこからの最適な、最大加速への連動は、


「出来てる!」


 だから己は行った。

 視界の中、先行する”山椿”が進路を右に、艦首方向に切った。

 左舷三番艦。青梅の上を彼女は進路に選ぶ。

 対する自分は、”山椿”の軌跡を追いながら、正面からの誘導弾を回避するため、


「下!!」


 ほぼまっすぐに、垂直降下するような角度に機首を向けた。


「行くよ!」


 進路は右、艦首方向。

 そこにあるのは、


「青梅!!」


 武蔵の町へと、艦尾側の空から飛び込んだ。


 青雷亭に急ぎ向かう喜美達は、多摩の町中から戦場を見ていた。

 青梅の空だ。

 環状牽引帯が輸送コンテナを夜も回す場所。

 青梅の右舷側尾の上空には、追尾弾の誘爆が白い光の破裂を生み、


「あれ……! ナイトさんとナルゼさんが!」


 アデーレが叫んで、左右の手で別の方向を指さした。

 空と、地上側。

 二つの加速光が、上下に分かれたのだ。


 白魔女と黒魔女。

 夜闇で解りにくいが、


「速度から言って、下に行ったのがナイト、上に行ったのがナルゼだろうさ」


 二人の出力を表示枠でモニタしている直政が言う。

 彼女は早足で、しかし口元から煙管の煙を長く吐き、


「こっちから調整したら反則扱いになるんかねえ」


「フフ、手渡した時点であの二人の管轄よ」


 と、先頭を行く喜美が振り向いて、眉を立てた笑みを見せる。

 彼女は左右の町並の上、屋根を浅く見上げ、


「どこから上がろうかしら」


「喜美さん、先生との授業じゃないんですから……」


「でも、上がった方がよく見えるわよ」


 と、言ってる間に、青梅の方から大音が響いた。

 皆が振り向いた先、左舷後部の町並、青梅のデリックマスト付近から光の煙が上がっている。そしてそれは、


「もういっぱあつ」


 言う喜美の姿が、近くの防火用水桶を踏んで上に跳んでいた。

 彼女は、軒縁を蹴って屋根上に着地。

 そのまま青梅に向かって両の手を差し出し、


「カマーン!」


 抱き上げるように引き寄せた直後。

 青梅の町、艦尾側から二度目の激音が響いた。

 しかし、轟いたのは一回目の音と違う。

 大気の爆発だ。


「な、何ですか!? この音」


「加速音さね。音速を超えたんさ。それも……」


 音が響いた場所は解っている。


「青梅の町中……」


 表層部の町中を、超低空で加速する同級生がいる。


 空に震動が鳴るのを、喜美は聞いた。

 高速で飛ぶものが発生する風の鳴り音。

 それが一直線に、左舷三番艦の青梅から、二番艦多摩の方へと飛んでくる。

 青梅表層部にある町中を抜けて来る飛翔体。


「ナイト」


 自分は引き寄せた腕を胸下で組んで告げた。


「表層部でも、町の道路は中央部2.4メートルしかないのよ? 気をつけなさい」

刊行シリーズ

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GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTAきみとあさまでIII【電子版】の書影
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