境界線上のホライゾン きみとあさまでGTA Ⅳ
第十二章『突発の遣り取り』
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ナイトは、青梅の町中を超低速で飛翔しながら、敵の再追撃を悟った。
上空を併走する”山椿”が、追尾弾を連射している。
山なりに飛んできた追尾弾が、後ろから斜め打ちに自分を襲う。
上昇してはならない。
上がれば、撃ち下ろしの弾丸軌道が水平になり、速度が上がる。だが、
……面倒だなあ……!
追尾弾の内、幾つかが単なる変化を入れた操作弾だ。
それはこちらの後ろ、通過した表層部に突き刺さる。
速度を落とせば直撃だ。
だから自分は出力を上げ、
「おっと……!」
横町の長さは一〇八メートル。端と端には番屋の門がある。
僅かに機首を上げるだけで飛び越えることが可能だが、
……水平ヤバい!!
機首を即座に下げると、
「うわ!」
次の横町の地面に浅く突き刺さりそうになって、慌てて機首上げを行う。
……さっきの空だと上手く動いてたのになあ……!
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回避運動は結構やれていたと思う。
しかし、高速域で数メートル単位の動きを要求されるとコレだ。
地面すれすれ。
箒の機殻を構える両手に、揚力効果で生じた地面からの風が当たる。
そこまで箒が下がっている。
もはや足を下に伸ばすことなど出来ないので、
「と」
己の翼を一打ち。
地面を滑るように行く箒を、腕で引き揚げる。
重い。
それだけ前に進もうとしているのだ。
速度は出ている。
現在時速二百四十キロ。
一秒で約68メートルを進む。
横町は門の飛び越えさえ無ければ一秒半ほどの通過点で、
「く……!」
背後から来る追尾弾の軌道が変わった。
……変化操作も掛けてる!?
斜め打ちに殴りつけてきていたような追尾が、真後ろから追うようになってきている。
”山椿”が、弾丸に軌道変化を掛け、その上で追尾まで仕込んでいるのだ。
……無茶苦茶するなあ……!
チートだ、と心底思った。
でも、よく考えたら”古い魔女”はガっちゃんとナイちゃんの二人分の術式持っているわけだから、元からチートだ。
じゃあしょうがない。
故に自分は速度を上げた。
加速術式の調整は行っている。
この高速のバウンドじみた航法の中で、トップスピードに至る加速の最適出力が見えてきている。だから、
「──行くよ!」
出力を全開にした。
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加速する。
青梅の右舷側の町を艦首側へ。
速度を高め、一気に追尾弾を引き離す。
……行ける筈!
調整による安定は出来ている。それに、
「今だったら、出来るかな……!」
呟き、背後から追いすがる敵弾に視線で振り向く。
直後。
「え?」
自分は、影を感じた。
今は夜だ。
それに、現在の武蔵はステルス防護障壁に包まれているので、雲影などは落ちて来ない。
更に言えば、デリックマストの影や、
「……環状牽引帯!?」
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ナイトは頭上を振り仰がなかった。
何が落下してきているか、見上げずとも解る。
環状牽引帯が夜尚運び続けているもの。それは、
「大型木箱!」
その一つが、自由落下状態でこちらへと降ってくる。
”山椿”だ。
彼女が、砲撃で環状牽引帯から大型木箱を吹き飛ばし、こっちの加速軌道の先に落とした。
それも二十メートル級の大物を、だ。
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……マズい!!
速度を緩めれば背後の追尾弾に食われる。
または、目の前に落下した木箱に激突する。
しかし速度を上げても、大型木箱の下を通過出来ると思えない。
ハンマー宜しく、こちらは打ち潰されるだろう。
ならば左右に逃げようとしても、
……建物がある……!
軌道を急に変えられる状況では無い。
そして自分は、ある事実に気づいた。それは、
「ガっちゃん!」
”山椿”は、こちらを狙っていない。
追尾弾と大型木箱。
これらによって”詰んだ”状況を作り出したと言うことは、
……もう、こっちには気を回してない!
ならば答えは一つだ。
「──”山椿”はそっちにいるよ! ガっちゃん!」
叫んだ直後。
自分は輸送区画の縦町に跳び込んだ。
頭上から、大型木箱の影が叩き込まれてくる。
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ナルゼは、青梅右舷の艦首側に長方の立体が突き立つのを見た。
明らかに周辺の建築物よりも高いシルエットが震え、
「マルゴット!」
叫びと同時に、光が無数に激震した。
大型木箱に、追撃の追尾弾が命中したのだ。
……く……!!
そ、という言葉は飲んだ。
何がどうなったのか、結果を確認していない。
それに今は自分も、
「この……!」
ステルス防護障壁の天井間際にて、追尾弾を回避する。
円筒形状の白い霧に似た壁を掠り、背面飛行の状態で、
「加速……!」
上下逆さに誘爆を誘い、避ける。
背後に生まれる爆発の量は、自分が安全になった証拠ではない。
……マルゴットの方に行くためのものよ!
思い、背後からの追撃に対し、箒を踊らせた。だが、
「え?」
不意に、自分は敵失を得た。
背後から追って来ていた敵弾が、全て光を弾かせて消えたのだ。
追尾術式の解除だ。
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敵弾の数だけ魔術陣が咲き、光片に散った。
まるで花のような消え去りの群に押され、自分は戸惑い、
……何!?
どういうことか、と思った瞬間だった。
「こっちだよ」
声が聞こえたのは、前からではない。
右前方の下。背面飛行する自分にとっての頭上側だった。
「──!?」
自分は振り仰ぎ掛かって、しかし、
「……!」
追尾弾回避の機動を行ったのは、反射的な勝負勘だった。
それがこちらの命を救った。
自分にとっての左上、”山椿”の声とは逆方向に向けて背面の落下機動を行った瞬間。
首元に迫った何かがあった。
……追尾弾!
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恐ろしく、速度を消した一発だった。
今までの物とは違う。風鳴りさえ消すような低速弾だ。
……仕込みの弾丸ってことね!
背後で追尾弾の弾幕を派手に散らした中。
そこに一発だけ、別誘導の無音低速弾を仕込んでおく。
”山椿”の声に対し、振り仰いでいたら当たっていただろう。
即座の回避が、正解だった。
かわした。
こちらが瞬発すると、その威圧は離れていく。
こっちの首に触れようとしていた力が、離れ、首元への圧が消える。
回避した。
無傷だ。
ならば後は、こちらの攻撃だ。己は右腕を構え、
……行くわよ!
思った瞬間だった。
いきなり、声が聞こえた。
「こっちだっていっただろう」
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耳に届いたのは”山椿”の言葉だ。
だが、おかしい。
さっき聞こえたのは、既に通り過ぎた右の上空から。
今聞こえたのは、
……右の上空!
同じだ。
しかしおかしい。何故なら、
……既に通り過ぎたのに、何が”こっち”なのよ!?
疑問の答えはすぐに出た。
正面だ。
自分の行き先。そこに突然、光の群が発生したのだ。
時間差発動の弾幕。
「置き撃ちのカウンターアタック!?」
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……しまった……!
追撃や、距離のある挟撃ならば良かった。
だが至近のカウンターは、
「────」
即座の操作に、調整の不備が返った。
羽箒のブラシ部分で、加速術式が暴発したのだ。
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自分を振り落とすくらいの勢い。
身体と機殻箒の間に風が飛び込み、右手が泳いだ。
上半身が浮く。
直後に、自分は打撃を受けた。
射撃ではない。
砲撃でもない。
右の上空から高速で飛翔してきた”山椿”の、
「ハイ、箒失って戦線離脱」
横殴りのラリアットを、右脇から左上に向かって食らったのだ。
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”山椿”は、白魔女が宙を吹っ飛ぶのを確認した。
……こりゃ見事に当たったね。
感想は事実そのものだ。
白の羽箒も、暴発の加速術式をもって勢いよく飛んでいった。
前後に分かれた魔女と箒は、もはや会うことはあるまい。何故なら、
「おっと」
傾けた首の横を、白の羽箒が後ろから前に飛んでいった。
先ほど、あらぬ方向に消えた筈のもの。
乗り手が吹っ飛んだために、無人の箒だ。
それが戻って来て、更には自分を背後から狙ったのは、
「最後に、誘導ラインを描いていたのかい」
打撃を入れる際、白魔女は右手にペンを握っていた。
そのペンで、白の羽箒に誘導ラインを描き与えたのだろう。
持ち主のところにターンして戻り、あわよくばこちらを後ろから打撃出来るように、だ。
……いい勝負勘してる。
「だけど甘い」
自分は、放った弾丸で白の羽箒を追撃した。
射撃は正確だ。
当たる。
当たった。
直後に羽箒は打撃され、天井側に吹っ飛んだ。
敵を無力化した。
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そして”山椿”は、落下していく白魔女を見る。
右脇からの打撃が効いたのだろう。
彼女は気を失っていた。
脇腹への下からの一発は、横隔膜を打って呼吸を止めるものだ。
普段は軽い息苦しさで済むだろうが、戦闘の緊張感の中では脳に行く酸素を失い、ブラックアウトする。
だから自分は、箒を構えた。
空中で箒を右脇に構え、落ちていく白魔女を狙った。
撃つ。
その瞬間だった。
「こっちだよん」
背後。左下から飛び込んで来た風がある。
……来たか。
「マルゴット・ナイト」
己は言った。
背後の宙、左の眼下から高速で襲いかかってきた相手に対し、振り向きもせずに言葉を作った。
さっき眼下に放った追尾弾幕と大型木箱。
あれをどうやって回避したのかは解らない。だが、
「読めてるよ」
そして射撃した。
脇に挟んだ機殻箒。
後部加速器からの、箒の加速を利用した砲撃だ。
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「ナイト殿!」
点蔵は、ナイトらしき加速光の行方が、砲撃のカウンターを食らったのを見た。
今、青梅では仲間達がHボタンを連打している。
そしてその空では、
……勝てるので御座るか!?
配送業の序列二位であるナイトとナルゼが、今、一位を相手にしている。
彼女達の現在は防戦が基礎だ。
無論それは、機殻箒の調整という理由だと、下にいる浅間から聞いてもいる。
だが、それ以上に、
……手が、どれだけ通じて御座る!?
今のナイトの一撃は、不意打ちに近かったはずだ。
それが通じない相手となると、
「どうすれば……」
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この騒動。どちらかが負けなれば収まらない。
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……どちらに御座るか!?
現在は迷惑が生じ、公共物への被害は出ているが、物損や人身の事故は生じていない。
騒音などに対する抗議は来ているが、武蔵側や浅間神社による町への防護が出来ているからだ。
武蔵配送業の序列決定。
これは武蔵の内部流通の人員配備や立場を決める儀式で有り、多くの利権が動くものだ。
ゆえに多くは認められるものだが、
……長く続くようならば、総長連合が動かざるを得まい!
今、下でも、自動人形のP-01sが騒ぎを見に出てきている。
抗議で御座るか? と視線をそちらに向けると、彼女は手に青雷亭の携帯社務を持ち、
『あ、番屋ですか。さきほどからうちの屋根に、商品を何も買わなかった忍者が飛び乗って、何かあると解説や”何……!?”などと迷惑なのでどうにかして下さい』
「……点蔵君、商品一個くらいは買いましょうよ」
「最悪……」
「そうですわよ点蔵。私達は引き取りに来ただけなので買いませんけど」
「そ、その予防線の張り方! 微妙に慣れて御座るな!? あとナチュラルに一人追加で文句言う流れになって御座るな!?」
だが、応じる声は下から来なかった。
来たのは表示枠だ。
皆の手元に映るのは喜美で、彼女は眉尻を提げた笑みをもって言う。
『ねえ。──花が咲くわよ』
言った直後だ。夜空に確かに白の花が咲いた。
追尾弾の群だった。
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先ほど下から飛び込んだナイトに対して”山椿”がカウンターで放った砲撃。
それが、炸裂し、無数の追尾弾となって、
……何かを追って御座る!?
追うと言うことは、相手がいると言うことだ。それは、
「──二人が、まだ戦闘続行状態にあるということでしょう」
告げる声が、青雷亭から出てきた。
四枚翼の女性。
三征西班牙の旧式制服に身を包んだのは、
「……どなたで?」
「配送業連盟、序列三位”海兵”です」
彼女は、”放出品・銀”と書かれた紙袋を抱えて、静かに言った。
「”山椿”の攻撃を二人がどう凌ぐか。──それが問題ですね」
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”山椿”は、敵がこちらの砲撃を回避したのを悟った。
……へえ。
翼だ。
敵の黒魔女は、自分の砲撃を懸念していたのだろう。ゆえに、
「箒から、自前の翼で空に飛んで回避した、ってか」
箒は下に、己は上に。
その間に入った砲撃は、かわされた。
しかし今、それら全ては先ほどと同様、追尾弾の弾幕となった。
追尾弾は自分を追い抜き、敵を狙う。
頭上に飛んだ黒魔女と、落下していく白魔女の二人を、だ。
対する二人に、回避手段はない。
どちらも機殻箒を手放し、宙に身を舞わしているからだ。
だが、己は手を抜かなかった。
「もう一回、入れておくか」
時間差と言うよりも、弾幕を絶え間ない分厚い壁にするために、再砲撃。
四連射目で、周囲から色が消えたことを悟る。
追尾弾の花。
その光量が武蔵の夜を越えたのだ。
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「さあ行け」
言った自分は、弾幕花の中央から後ろへ、光が去って生じる再びの闇へと、身を投げた。
古き魔女が新しき魔女に打撃の花を贈る。そして、
「凌ぐ方法は、持っているんだろう?」
問いかけの先、莫大な光の向こうで、確かに二つの影が動くのを自分は見た。
それは、
「白と黒、──本来なら区別がないものだったんだ。
それを憶えて貰わないとね」
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ナイトの判断は、賭けに近かった。
”山椿”の砲撃に対し、上へと跳躍したことは間違いではなかったと思う。
あのまま飛び込んでいれば、確実にカウンターを食らっていたし、
……避ける軌道を取っていたら、ガっちゃんが撃たれてたろうからね。
こちらへの砲撃さえしなければ、確実に彼女は ナルゼを撃っていたと、そう思う。
だが、箒を失ったのは手痛い。
何しろ、背後からは多大の弾群が光で感じられるほどになっているのだ。
……うわあ。
何発あるんだ。
流石に引く。
だが、回避方法はあるのだ。
これは賭けだが、
「そこ……!」
虚空とも言える宙に、自分は右手を伸ばした。すると、
「来てよね……!!」
来たものがある。
白の機殻箒。
ナルゼの羽箒だ。
●
……ガっちゃんの誘導ラインを与えられていたならば、吹き飛ばされてもまたターンをしてくる筈!
その通りだった。
先ほど、”山椿”の射撃を受けた際、後部パーツを破壊されていたのが良い結果に転じた。加速系の力が弱まり、こちらの手に収まる速度で来たからだ。
引き寄せた白の箒は、待機起動している。
自分と彼女の設定は、ハードポイントパーツを通して大部分が共用だ。
だから、
《搭乗:認可:確認》
行ける。
引き寄せてまたがれば、シートには彼女の体温が残っている。
機殻は幾らか破壊されているが、自分が”出来る”と決定して、今この場にいるのだ。
だから自分は叫んだ。
「ガっちゃん!」
眼下、落ちていくナルゼに、それは届いている筈だ。
自分が乗り捨て、投げ与えた、黒魔女の機殻箒。
その直線形の形は、やはり幾らかの機殻を失っているが、
……届いてる!!
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眼下。
落ちていくナルゼの脇。
翼と脇の間に差し込まれるように、黒の箒がある。
届いている。
やった。
だが、ナルゼがいけない。
未だに気を失ったまま、落下を続けている。
……マズい!
落ちる速度は上がっていき、黒の翼がばたつき始めていた。
脇に差し込まれていた黒の箒が、落下についていけなくなる。
その尻部分からが浮き上がり、ナルゼから離れていこうとし始めた。
「く……!」
後ろから迫る光の弾壁を無視して、自分は羽箒を下に向けた。
意外に上下向きの空気抵抗が大きい。
平たいデザインだからその通りだが、
……間に合って!
無理だ、と、心の何処かが叫んでいる。
いくら何でも距離が開きすぎている、と。
彼女に届く前に、”山椿”が放った弾壁が激突する。
そのくらいは解るが、
「────」
息を吸い、垂直降下を選んだ。
ナルゼに向け、白の羽箒の出力を最大にして、
「ガッちゃん! ──目を覚まして!」
●
ナイトは思った。
落下の勢いよりも早く、空を駆け落ちながら思った。
どうすれば、彼女を起こすことが出来るだろう、と。
……ひどいなあ。
だって、この戦場に誘ったのはガっちゃんの方なのに。
今、一番必死になっているのは自分だ。
だが、それも当然と言えば当然かもしれない。
自分が今、頑張っているのは、戦場のためではないのだ。
彼女との時間が、最良の形でこれからも続けばいいと、そう思うがためだ。
ゆえに自分は叫んだ。今や自分と彼女を照らす弾群を左に置き、
「ガっちゃん!」
起きて。
「──朝だよ!!」
●
”山椿”は、聞こえた声に眉を上げた。
……そんな、古典的な。
内心でツッコミを入れてしまうが、そこに油断を許す気は無い。
この敵は、今までを思い返しても、無駄を働いた事が無いのだ。
自分達の機殻箒を調整しながら、的確な回避法を選択し、こちらの追撃を凌いで来た。
今もそうだ。
自分の砲撃を回避した上で、合流を狙おうとしている。
「だったら──」
どうする? と、距離を取りながら自分は言葉を作った。
「私達は魔女だ。魔法使いだ」
ならば、
「出来るんだろう? ──今を、夜じゃなく、朝にする事が」
と、己は振り返り、言葉を作った。
すると、朝が来た。
音だ。
遠くから、しかし否定できない深さと広さで響く音色。
武蔵の中や表層部から鳴る警報や半鐘ではなく、それに答えるように吠え立てる犬達の咆吼でもなく、
……これは──。
鐘だ。
武蔵アリアダスト教導院が告げる夜の時報。それは、
「朝の時報と同じか……!」