境界線上のホライゾン きみとあさまでGTA Ⅳ

第十三章『再起動の朝』

 武蔵野艦橋上。

 一人の自動人形が、ゆっくりと口を開いた。

 薄く目を開け、艦尾側へと、青梅の空へと視線を投げかける彼女は、静かに宣言する。


「市民の皆様。──準バハムート級航空都市艦・武蔵が、武蔵アリアダスト教導院の鐘で八時半をお知らせします。──以上」


『あれ? 武蔵さん』


 鐘の響きの中で、酒井の通神が来た。


『いつも、夜八時半、って、そう言ってない?』


『Jud.、しかし今日は、魔女の方達が賑やかなようなので』


 ”武蔵”は踵を返した。

 下に、艦橋方面へと降りていく階段に歩みを進めながら、


『魔女にとっては、夜こそが日中だと、そう判断したのです。──以上』


 ナルゼは、目を覚ましていた。

 鐘が聞こえるのだ。


 ……え、ええと……。


 鐘が聞こえる。

 朝だと思う。

 だが、鐘が聞こえていていいのだろうか。


 ……そうよね。鐘が聞こえたら遅刻確定だもの。


 そう思うが、鐘が聞こえる。

 そして、


「……え?」


 鐘が聞こえる。 

 視界には朝の光とおぼしきものもある。

 更にはマルゴットの、


「起きて! ガっちゃん!」


 鐘が聞こえている。

 キンコンカンコン。

 教導院の鐘の音だ。

 しかし今は、


「────」


 鐘が聞こえる戦場に、自分はいるのだ。

 だから己は目を醒ました。

 自分が抱えているのは、浮き上がりかけた黒の箒で、


「鐘が……」


 聞こえる視界。

 光に満ちた向こう。空から大事な人が降りてくる。

 鐘が聞こえる。

 だから自分は、こう言った。


「御免なさいマルゴット、二度寝してたわ」


 鐘が聞こえる中、己は復帰の加速を抱きかかえた箒に入れ、台詞を告げた。


「大丈夫よ。行きましょう。──私達の望んだ戦場に」


 正純は、皆と共に青雷亭へと急ぎながら、空の爆発を見た。

 バックステップで屋根上をついてくる葵姉の向こう、左舷の空に、花が散っていた。

 空に開いた大輪の打撃花が、中央から砕けて散り、爆発していくのだ。


「あれは……」


「ナイトとナルゼが、強引に回避し続けているんさ」


 直政が、呆れた色のある声でつぶやいた。


「──状態見ると二機とも結構破損してるのに、どうやっているんさ」


 言われても、自分に解る事はない。

 自分は単なる学生なのだ。

 それも、政治家志望というだけの、だ。しかし、

 ……応援くらいはいいよな。



「誰か」


 正純は、共にいる皆を見渡し、こう言った。


「私、ろくに通神環境持ってないから言えないんだが、誰かあの二人に伝えてやってくれ。

 ──”頑張れ”って」


 ”山椿”は、ある事実を見ていた。

 こちらの放った弾幕。

 それに対する敵の回避全てを、だ。

 だが、敵の機殻は幾つかを砕いている。

 白魔女の箒は後部側を穿っているので加速が出ない筈だ。

 対する黒魔女の箒は、見たところ機首側が破損していたので、安定性がない筈だ。

 その状態では、どうやっても追尾の多量を回避出来る筈が無い。

 しかし二人は、今、破砕の花を無数に散らしている。

 それもこちらに向かっているのだ。

 回避を行い、確実に距離を詰めに来る。

 そんな事実の作り方は、


「二人で機体を合わせたのかい……!」


 ナルゼは、浅間から届いた正純の台詞を見ながら、笑った

 ……いいじゃない!


 同級生の応援。

 それも、思わず先日、踏み込みすぎてしまった相手からの後押しがある。

 その有り難さと可笑しさを胸に秘め、己は白の箒の位置を移し直した。

 今、自分がいるのは、黒の箒の裏面側。

 白と黒の箒を腹合わせに重ねているのだ。

 二機で一つ。

 そういう構えだった。

 自分の箒の方が僅かに機首側にせり出しているのは、


 ……安定性を、こっちで作るってことね。


 現状、二つの箒を一つの扱いで設定し直している。

 加速と出力の操作がマルゴット。

 方向の指示と攻撃準備が自分の役割だ。

 共有設定を組んでいるからこそ、可能な技だった。そして、


「行くわよマルゴット。皆が応援してるわ。だから速度を頂戴」


 右のペンを構え、自分は機首の先に誘導ラインを描いた。


「一気に追いつくわよ!」


 武蔵の夜空に、鐘が響く。

 その大音に重なるように、高い宙に光が咲いた。

 それはもはや、青梅上空だけではない。

 青梅から艦首側へと向かう村山、浅草。そして右舷方向に切り返しての武蔵野前側と、品川から多摩、高尾という武蔵の周回の空。

 そこに追尾弾の花が咲き、すぐに抜かれて欠片と散る。

 花咲の音は射撃音で、散らす音は加速の轟音だ。

 時折に直線の弾丸が飛び、追う加速力が宙を高い位置や低い位置へと大きく飛ぶ。だが、それは回避の運動で、二人の魔女はすぐに軌道を戻し、


「おいおい……」


 半鐘を鳴らしていた男達の内、奥多摩から広くを見渡していた者が、こう言った。


「こいつら、こっちを見てねえぞ……」


 ”海兵”は、青雷亭の屋根に上がって、三人の戦闘を見ていた。


「…………」


 成程、と思う事が一つある。それは、


「”山椿”」


 かつては敵として、乗り越えようとしていた存在。

 それは、”提督”を負かした”双嬢”によって阻まれたが、


「貴女、きっと私の勝負を受けなかったでしょうね」


 何故なら、


「今の貴女が見せている力、……今まで、誰にも見せたことがないでしょう」


 どうしてか、意味は解る。

 魔女だ。

 何もかもの力を使える古き魔女と、白と黒のそれぞれの力しか使えない新しき魔女。

 強さで考えたら、前者の方が確実に強いだろう。

 実際、魔女が白と黒に分かれたのは、自分達を存続させるための建前が基礎だ。

 一般に認められるよう、自分達の力を二つに分けたのだ。

 日和ったと、そう言われても仕方ない。

 だが、と己は思った。


 ……もし、”それ”を覆す者達が出てきたならば?


 実際”見下し魔山”は、今年の試作品を”二人分”とした。

 魔女の御用達しブランドにどのような真意があったのかは解らない。

 だがもはや、魔女の中枢ですら、時代に合わせた変化を望んでいるのだ。

 しかし、テスターである”山椿”は、古き魔女だ。


「だから、ですか」


 この戦いは、彼女の踏切だ。

 この戦いに勝てたならば、きっと彼女は、古きを捨てる。

 見下し魔山のテスターを続け、新しいパートナーとやっていくだろう。

 だが、この戦いに負けたならば、きっと彼女は、新しきを捨てる。

 テスター権も失い、もはや気兼ねなく古き魔女として、前線を退くだろう。

 だから彼女は、全力を出している。

 そしてそれは、


「ああ……」


 新しき魔女に、本来の魔女の姿を教えている。


 戦い方も、飛び方も、心構えも何もかも。

 何も知らないような状態で武蔵に来て、悩むことなく新しき魔女の道を選んだ世代。

 そんな彼女達に対して、本来の形を伝えているのだ。

 今もそうだ。


「行きますか」


 いきなり空中で、”山椿”が砲撃態勢を取った。

 宙で機殻箒を飛び降りて、後ろに振り返りざまに一発をぶち込むのだ。

 しかし双嬢達も、もはや後れを取らない。

 後ろから回り込んで追ってくる追尾弾を一回のフェイントでまとめてしまい、誘爆を促す。

 そこから双嬢が前に出て距離を詰めるというのが、この数回のパターンだ。

 そして、その通りになった。

 だが、今回は、


 ……違う!?


 ……違う!


 宙で追撃を掛けるナイトは見た。

 今までの”山椿”は、砲撃直後に箒に飛び乗り、距離を開けるように飛翔したのだ。

 しかし今回は違う。


「砲撃の反動を使って、そのまま縦回転!?」


 空中で行う後方宙返りだ。


 ”山椿”は回った。

 空中を、反動任せに大きく吹っ飛びながら体を縦に回し、


「……!」


 上下が逆になったとき、半回転の身をスイッチして、相手に正対した。

 今、自分の機殻箒の機首は、追撃してくる魔女二人に向いている。

 構わずそのまま、己は機殻箒を加速した。

 前に出る。

 正面。

 攻撃ではない。

 狙うのは、自分達の箒を重ねて追ってくる双嬢に向け、


「……!?」


 慌てて回避軌道をとった二人の間を、一直線に突き抜けた。


「上手い……!」


 強力な加速で、”山椿”が双嬢の脇を抜けてすれ違った。

 双嬢は即座のターンが間に合わない。

 元々、二人で一つの箒にしているのだ。

 強引なくぐり抜けは出来たとしても、百八十度ターンは無理がある。

 だが、”山椿”はそれを行った。

 双嬢の後ろに回り込み、至近から、


「herrlich」


 ”海兵”が呟いた瞬間だった。

 双嬢の真後ろ距離十数メートルという、空中戦では至近と言える位置から、光が放たれた。

 山椿が、追尾弾ではない砲撃を行ったのだ。

 棒金を散らして穿つ、直線系の拡散弾だった。

 今まで使用してこなかった戦術と、弾丸種。

 それは、これこそが、


「貴女の決め手ですか……!」


 ……これで決着だろう!


 ”山椿”は砲撃した。

 これが本命だ。

 追尾の動きに慣れさせてからの、高速拡散弾。

 追尾弾と違い、直線系の弾丸は速度が高い。

 拡散弾となれば尚更だ。

 もはや対応も回避も出来まい。

 新しき魔女。

 白と黒。

 それらは今後の時代の主力になっていくだろうが、まだ早い。


「まだまだ、武蔵の空を預かるのは、古い連中さ」


 だから、


「末世とか、怪異もあるけど、もし武蔵に何かあったら、護るのはあたし達さ」


 ”山椿”は思う。


 ……行き場のない魔女達さ。


 それが、有事の際は他国との戦闘に出ればいい。

 学生でなかろうと、関係ない。

 何故ならば、他国からは存在すら認められていない魔女なのだから。

 不良なのだ。

 故に自分達は、武蔵の制御下を離れる事すら選べる戦力であり、


 ……そうやって、汚れ役を被り、新しい連中を護るのも、悪くない。


 そこまでを思っての、今回の相対だ。

 勝利したならば、見下し魔山のテスターを続けよう。

 同じような古き魔女を誘い、まだ武蔵には厄介な者達がいると、各国に知らせよう。

 そのつもりで、自分は言葉を口から落とした。


「Herrlich」


 送る台詞は、放った弾丸にではない。

 勝機をここまで持って来た自分に対してそう言った。

 だが、己は気づいた。

 拡散弾が炸裂した前方。被弾の空域に、何もいないことに、だ。

 ……何?

 二人の新しき魔女が、黒と金の姿を消しているのだ。


 意外を感じた。


 ……どういうことだ。


 一瞬の中で思うのは、まず、疑問だった。

 しかし、自分は事実をすぐに認めた。

 敵は、こちらの砲撃を回避したのだ。それも、


 ……あたしの知覚が追いつかないほどの速度で移動した……!


 ならば後は簡単だ。

 音が聞こえる。

 鐘の音だ。

 終わりに近付く時報に隠し、届いてくる接近の音は、


「上だ!!」


 自分は、機殻箒を振り上げ、砲撃をぶち込んだ。


 武蔵の空で白の爆発が生じた。

 垂直落下していた白い機殻箒が、直下から棒金砲弾の直撃を食らったのだ。

 一直線に加速する白の先端。

 機首に棒金を射撃して当てた己は、しかしその破砕を見届けなかった。


 ……無人だよ!


 白の機殻箒には、誰も乗っていなかった。

 ならば、これは囮だ。

 そして敵がいるのは、


「後ろか……!」


 戦術は解る。

 敵は、高速でこちらを飛び越える軌道を取ったのだ。

 高加速出来るのは黒の箒だ。

 だから途中で重りにすらなってしまう白の機殻箒を、二人は切り捨てた。

 それも真下にいるこちらに向けての攻撃としてだ。

 そして今、背後に回り込んだ敵影は、黒の機首をこちらに向けている。

 機殻箒には、二つの影が乗っていた。

 黒と金の二人。

 並んで座り、身を抱き寄せ合う内の、白が手を前に伸ばしていた。


 黒の機殻箒は先端を破損している。

 その不安定さを、白が誘導ラインで正しているのだ。

 黒の魔女は、ただただ加速を考えれば良い。

 精密動作は、白の魔女が担当するのだ。

 先ほどの高加速回避の技は、


「そういうことか……!」


 あくまでもこの二人は、白と黒だ。

 お互いを譲ることなく、しかし協働する。


「それら全て、”見下し魔山”の次期試作機対応のためか!!」


 敵は応じない。

 ただ一直線に、こちらに突っ込んでくる。

 対する自分は動いた。

 強引に箒を全身で回し、砲撃部を敵に向けた。

 行ける。

 間に合う。

 カウンターの砲撃をぶち込める。

 だから叫んだ。


「Herrlich!」


 ”山椿”の砲弾をナルゼは視覚した。

 軌道は一直線。

 こちらの中央狙いだ。しかし、


「マルゴット!」


「ガっちゃん!」


 顔を見なくても、呼ぶだけで解る。

 位置も解れば、何をするかも解る。

 自分が左腕を左に広げれば、マルゴットが右腕を返して身を寄せてきた。

 自分の方も、彼女の背を左手で越し、抱き寄せた。そして二人で、


「行こう……!」


 瞬間。己は軌道のラインを箒に与えた。

 飛ぶ。

 一瞬で跳ね、自分達と箒は、”山椿”の頭上を彼女の砲撃ごと飛び越えた。

 着地する位置は、しかし”山椿”の背後ではない。

 ぐるりと回って二百七十度。

 ”山椿”の真下、十二メートルの位置だ。

 頭上に敵を見上げるという構図から狙うのは、


 ……勝つための手段!


 この位置ならば、”山椿”が前後左右どちらに動いても捕捉出来る。

 後は、


「行くわよ!」


 今こそ自分達は機殻箒を飛び降りた。


 翼を使って身体は水平に仰向けに。

 自分が右、マルゴットが左。

 その配置で、中央にある黒の機殻箒をお互いに抱えた。

 宙において、正面真上にいる”山椿”へと、砲撃状態の構えを採る。

 ”山椿”が得意とする、ブラシ部を敵に向けた砲撃姿勢だ。

 無論、これは用意していたものではない。構えも何も見様見真似だ。

 だが、マルゴットが箒のブラシ部に加速術式を展開する。

 後、叫ぶべきは、


「Herrlich!」


 と、声を揃えて言った瞬間だ。

 加速術式の砲撃と同時に、自分は、あるものを見失った。

 ”山椿”の姿だ。

 敵が、砲撃を放った先、こちらの正面から、移動したのだ。

 四発式の加速術式で、古き魔女が今までに見せたことがない高速の瞬発を為した。

 彼女の行く先は、しかし前後でも左右でもなかった。

 こちらの砲撃を完全に回避した上で、


「こっちだよ」


 背後。真下だ。


 ”山椿”は、全身に軋みを得ていた。

 今の移動が効いた。

 本来なら、ちゃんと機殻箒に跨がってこその高速挙動だというのに、


 ……脇に抱えたままやるもんじゃない。


 下に移動したのが幸いだった。

 強引な高速移動の初動として、落下運動を利用出来たからだ。

 その結果、動きは荒く、止まるのに難儀をした。

 しかし、回り込んだ直後からの砲撃が可能になった。

 全身が吹き飛びそうな震えがあるが、ここまでしなければ危険な相手なのは解っている。

 何しろこの連中は、考える。

 こちらの手順に対し、マニュアル的な対応ではなく、即座に思いついた対応策を仕掛けてくる。

 それも、一人ではなく、二人で別々のことを思案し、組み合わせてくるのだ。

 成程、と自分は思った。

 ”見下し魔山”が求めているのは、こういう新しき魔女達なのだろう、と。

 白と黒。これからの時代に沿いながら、


 ……ああ。


 認めよう。こいつらは、やるのだ、と。 

 だが、自分の方に勝機が寄ってきた。

 双嬢の、協働による加速術式は、砲撃との連動がとれていないのだ。


 ……こいつら、加速と砲撃が別シークエンスのままだ。


 彼女達は、砲撃をした後、即座の再加速が出来ない。

 それは、砲撃の後、動けないと言うことだ。

 自分は違う。

 加速と砲撃との連動もとれており、砲撃直後に瞬時の加速が可能だ。

 ゆえに今、自分は絶好の位置にいる。

 敵の真後ろ。

 真下。

 それも、砲撃を放って動けなくなった相手を視界に入れている。

 撃てば勝てる。

 二人まとめて倒すには、やはり拡散弾だ。至近であるために重傷を負うかもしれないが、


「謝るつもりはない」


「そうだね」


 声が聞こえた。


「その方が有り難いかな」


 何を言っている、と思った瞬間だ。自分は上方からの攻撃を受けた。

 それは、


 ……影!?


 違う。

 高い位置から降ってくる、巨大な立方体。

 大型木箱だ。


 ……やりおった!!

 

 ”海兵”としては、言葉を失うターンだった。

 双嬢による先ほどの砲撃だ。

 あれは、至近では”山椿”に向けられたものだったが、


「ロングレンジとしては、宙を回る牽引帯への誘導弾!」


 それは正しく、艦間を回っているリング状の牽引帯から大型木箱を落下させた。

 落ちる。 

 長さ20メートル。縦になって落下する大質量は、明らかに”山椿”に向いていた。


 ”山椿”の視界の中、直上の空で双嬢が動いた。

 二人は垂直に羽ばたき、大型木箱の陰に入ったのだ。


 ……どう来る!?


 大型木箱を遮蔽にされた。

 この場合、相手の挙動は二つだ。

 一つは、こちらの動きを確認しつつ、大型木箱を挟むように有利な位置取りをする。

 場合によっては、遠ざかり、距離を空けてもいい。

 だが、と己は思った。


 ……あの二人が、そんな消極的な選択をするか?


 攻めて勝たねば、配送業者のトップとなった処で、皆の信用は得られないだろう。

 ならば、だ。


 ……もう一つの方法で来る!


 その方法は、明確だ。


 ……大型木箱の上面に貼り付き、すれ違いざまに背後を取りにくる!


 ではこちらはどうするか。

 選択は二つある。


「大型木箱から遠ざかり、上面にいる双嬢をロングレンジから砲撃」


 これが、一つ目の方法。

 距離を取るため、安全策と言える。

 だが、それは”山椿”の名誉に関わる。

 双嬢達がそうであるように、”山椿”もまた、勝利の形に拘らねばならないのだ。

 強く勝て。

 ならば方法は一つだ。


「大型木箱を避けた上で、上面に対し、すれ違いざまの一撃を与える……!」


 至近の撃ち合いだ。


 一か八かの勝負。

 見事な選択と思う一方で、こうも思う。


 ……ここまで、”山椿”は追い込まれた訳ですか。


 ならば、と己は再度思った。

 ”山椿”がとる方法は、これらではない、と。


「追い込まれて、押しつけられた選択で勝利したなんて、貴女らしくないでしょう!? ”山椿”!」


 直後に彼女が答えを見せた。

 直上に降る大型木箱。それに対し、


「……!!」


 機殻箒の拡散砲撃で、大型木箱を破砕したのだ。


 破壊する。

 砕ける木材と鉄の構造物。ネジや留め具が軋んで千切れ、空に跳ね上がるのは破砕の群だ。

 飛び散っていく。

 何もかも砕け、爆圧が吹き飛ばし、


「穿て……!」



 届け、だろうか、と”山椿”は思った。

 穿ったら、魔女というものの未来を抉ってしまう気がする。

 届けと言うならば、古き魔女が、新しき魔女が、繋がるようにも思える。だが、


「――穿て!!」


 今は勝負だ。

 これでいい。

 威力は直上の空に弾け、爆圧が四散する。そして、


「……!?」


 開けた上空。向こうに見える直上の色は、武蔵を囲うステルス防護障壁だ。

 しかし、


「いない!?」


 双嬢が、上空にいない。それは、


 ……大型木箱の上面に貼り付いていなかった!?


 ”山椿”は理解した。


 ……あいつらは……!


 こちらが、大型木箱を破壊すると読んでいたのだ。

 遠ざかるでも、すれ違うでもなく。

 与えられた選択肢を無視する意気。

 それこそが魔女のやり方。

 そのことを、あの二人はこちらに見ていた。


 ……だとすれば……!?


 双嬢は、別の位置にいる。

 いた。

 左右だ。


 ……挟撃か!!


 破壊された木箱に並行するライン。

 こちらの水平の空。

 右と左に、白と黒の翼が上から飛び込んでくる。

 大型木箱に古き魔女の砲撃を食わせ、それを囮に、左右に回ったのだ。

 視界の端と端で確認するが、二人は両の手を構えていた。

 黒の魔女は機殻箒を狙撃状態にして。

 白の魔女は左腕に沿って描いた誘導ラインに硬貨弾を零している。

 しかし、


「対応出来ないと思ってるのかい!?」


 己は、自分の機殻放棄を水平に構えた。

 拡散弾を打つテール側を白の魔女へ。

 狙撃弾を放つフロント側を黒の魔女へ。


 ……お前らと違って、こっちは同時射撃可能なんだよ!


 古き魔女なのだ。

 ゆえに白と黒の力を持って、自分は対応する。

 した。


「Herrlich!」


 叫んだ瞬間だった。

 己は、至近からの攻撃を食らった。


「!?」


 砲撃ではない。

 狙撃でもない。

 左右に飛び込んで来た白と黒の二人。

 彼女達が放った攻撃は、


「アンタがそういう選択すると解ってたから、機殻箒を発射したのよ。──アンタに」


 己を穿ったものは、術式でも硬貨弾でもなかった。

 真下から飛んできた白の機殻箒だった。


 ナルゼはそれを見た。

 先ほど被弾し、戦場空域から遠ざかっていた白の機殻箒。

 その先端に、白い糸のようなものが結ばれている。


 ……誘導術式のライン!


 大雑把なものだ。

 加速系は、機殻箒側でずっとオンに設定したまま。

 機首の傾きだけを誘導することで、長時間の保持が可能となっている。

 それによって飛翔する白の機殻箒の行き先に、”山椿”を誘導しなければならなかった。


「――飛び越えたのも大型木箱も、全部”それ”だよん」


 ”山椿”の視線を”上”に集中させるためだ。 

 そして、


「私達二人に同時砲撃をさせれば、流石のアンタも”固まる”わよね!」


 被弾の瞬間。”山椿”は笑った。


 ……無茶苦茶だねえ……!


 白の機殻箒は破壊し、落とした。

 だから、それはもう戦場から排除されたと、そんな先入観を持っていた。

 こちらへのとどめとして、砲撃という象徴的なものを使うだろうと、そんな暗示もあった。

 だが、最後の攻撃が、


「魔女に必須であろう機殻箒の、激突だと……!?」


 ああ、と自分は思った。

 箒を捨てる筈がないという考え自体が、この二人にはないのだ、と。

 何故なら、黒と金の翼が二人にはあるのだ。

 魔女として、彼女達は、箒無しでも飛べるのだ。


 ……くっそ。


 こりゃあ駄目だ。

 自分は古いんじゃない。

 頭が堅いだけだ、これは。

 そしてこちらの砲撃は間に合わない。

 振り返る視線の先。

 一直線に飛翔した機殻箒が届く。

 その砕けた先端から覗かせる木の柄には、光が灯っていた。

 白の魔女が描く誘導ラインだと、そう確認した瞬間。


「……っ!」


 自分は、直撃を食らった。

 被弾し、吹っ飛んだのだ。


「ウヒョー! ママ達最強――!!」


「二人がかりで手を重ねまくってようやく勝てたのだから、相手も凄いわね」


「現役時は、小国であれば副長クラスであったやもでありますね」


「あの、コレ、……ナルゼにナイト?」


「アー、ビミョーに変えたよん」


「そうなの?」


「実際はマルゴットも黒の機殻箒を落とされてて、私がそれを受け取った時に誘導ラインを仕込んでいたの。だから大型木箱を落としてからの流れは”作った”ものね」


「何故、そういう改変を?」


「”山椿”が、ナイちゃんの加速術式を見て、それでいろいろ切り抜けたろうって思ってたらしいんだよね。

 ほら、ナイちゃん、降ってきた大型木箱に潰されそうになったのを、生還してるじゃない?」


「あれは、――加速術式ではなかろ?」


「Jud.、その前に倉庫区画での仕事をアサマチのバイトで担当したじゃない? その時の権限をチョイと利用して、落下する大型木箱のハッチを遠隔操作で開けてるんだよね」


「……では、遠隔操作で開けたハッチに飛び込んで、すぐさま逆側ハッチを開けて出た、と? 高速飛行中の、それはそれで曲芸のような……」


「でも”山椿”にとっては想定外よね。だから彼女の計算は、以後、マルゴットに対してビミョーに狂うんだけど、でも、そこらへんが無かったらどうかしら」


「では、今の改変が、貴女達と”山椿”の、勘違い無しの真っ当な勝負の完成形と、そういうことですのね?」


「……アニメ版で正解が作られたとか、そういう……」


「感じ感じ。”山椿”が記録見てどう判断するか別だけど、ナイちゃんもガっちゃんも、”完全に使い切る”なら、ここまでやってたよね、って、そんな感じかな」


 ……終わったで御座るか。


 点蔵は、青雷亭の屋根上で、戦いの結果を見ていた。

 現在、箒から離されて落ちていく古き魔女を、二人の有翼が追っていく。

 落下速度軽減の加護や符は武蔵住人なら持っているだろう。

 ならばナイトとナルゼが相手を手で拾うのは、戦った者としての気遣いであり、礼儀であり、


「……序列が変わったと、そういうことで御座ろうか」


「それだけではありませんよ」


 横、女の声が響いた。

 笑みの口調で言うのは、四枚翼を広げた”海兵”だ。

 彼女は、魔女達の方に身を向け、


「──武蔵の空の護り手が、決定したんです」


 言うなり、彼女は飛翔した。

 気づけば、鐘の音が止まっていた。

 戦闘は終了したのだ。


 結局、箒を回収したナイトとナルゼが青雷亭の前に合流するには、一時間を要した。

 番屋と総長連合の間は浅間が取りなし、町の破損については配送業連盟が準備金から補償をする流れが生まれ、結局は”武蔵”の、


「市民の皆様に被害が出ていなければいいのですが。──補足しておきますが、騒ぎを見に表に出て被害を受けた方については不問とします。──以上」


 とのことで、決着が為された。

 一方、青雷亭の破損によって打ち上げ用の調理は足止めを受けた。

 店主が言うには、


「悪いけど、これ、明日の夜じゃ駄目かねえ。その方がいいのが出来るよ」


 という判断で、集まったそれぞれはどうしようかと顔を見合わせた。

 だが、


「フフ、それじゃ明日の春期学園祭開催式もあるし、今日は鈴のところで御風呂入って浅間神社で泊まりね」


 喜美の判断によって、皆、青雷亭で夜食を買って、言われた通りの流れにのったのだった。

 ただ、ナイトとナルゼ、そして直政は、回収した箒の点検もあり、帰宅の途についた。

 夜が明ければ、春期学園祭が始まる。

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GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンVII<下>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンVII<中>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンVII<上>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンVI<下>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンVI<中>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンVI<上>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンV<下>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンV<上>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンIV<下>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンIV<中>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンIV<上>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンIII<下>の書影
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GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンII<下>の書影
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GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンI<下>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンI<上>の書影