境界線上のホライゾン きみとあさまでGTA Ⅳ
第十五章『キンコンカンコン』
●
ナイトは、歌詞を考えながら口にした。
だが、いきなりは流石に思いつかず、
「キーンコ~ンカーンコ~ン キーンコ~ンカーンコ~ン」
ぷ、と後ろのナルゼが吹く。
とはいえ、彼女も続いて、
「キンコンカンコン キンコンカンコン」
おおう可愛い、と思ってしまう。
だがこちらが先行すべきだろう。
今朝の事を思い出して、
「目覚めのチャイムが」
「聞こえてくるわね」
返し早いよガっちゃん。
流石に思いつかなくて、
「キーンコーン カーンコ~ン」
「──学校からだわ」
そして次は、向こうが先行した。
「今日は日曜日?」
「良い夢見てたの?」
「キンコンカンコン」
……あ、ここがキンコンでパターンにするつもりだ。
内心でそれに気づけたことを喜び、自分は告げた。
「まだまだ水曜」
次はこっちだ。
だが、言葉はすぐに連なり、お互いの歌詞は一つの台詞のように、
「朝食どうする」
「遅刻しちゃうわよ」
「キンコンカンコン」
「さあすぐいくわよ」
「キンコンカンコン」
Jud.やTes.のように応答の合図になってきた気がする。
だからだろうか、ナルゼが、
「キンコンカンコン?」
「キンコンカンコーン」
「始業の合図よ」
ぷ、という笑い付きで言われ、眼下をふと見れば皆がいる。
ならば言葉は、
「ほら下みてみて」
「皆急いでる」
ナイトは、下の連中に聞こえるように、
「キンコンカンコ──ン」
こちらを見上げたミトツダイラが何か吠えているが、気にしない。
ナルゼも無視して、
「いい風吹いてる」
だったらそれに乗ろう。
あとはいつも通りに、
「教室 窓から」
「飛び込み 着席~」
「キンコンカンコン」
「遅刻は 後ろから」
「朝食抜きでも」
「間に合や 勝利よ」
「キーンコンカンコン」
「──敗者は処刑ね」
本当にそうだろうなあ、と思う余裕はある。
既に自分達は自然区画を抜け、教導院の敷地へと入っている。
正面の階段。
高低差は三十メートル強だ。流石に箒を上に向け、
「キーンコーンカンコン」
「キンコンカーンコン」
「キンコンカーンコン」
「授業が始まる」
無論、今日は学園祭だ。
だけど、歌は別だとも思う。
だから次、ナルゼが始まりのパートで、授業か何かの歌詞に来るかと思えば、
「お腹が減ったわ」
……ガっちゃん方向性トバし過ぎ!
戻すためにも、急ぎ歌詞を告げておく。
その内容は、
「授業は長いよ?」
ほら、そっちの歌詞! 歌詞! と思ったが、次の歌詞は、そうだった。
「キンコンカンコーン」
投げやりに言われ、己は少し考える。そして、
「飴ならあるけど?」
スカートのポケットから取り出した包みを後ろ手に渡す。
と、すぐにしがみつかれた。
嬉しかったらしい。
だから自分も笑みになって、
「飴玉なめなめ」
「アデーレ振り向き」
さっき犬と一緒にどっか行くの見えたなあ。
「キンコンカンコン」
「守銭奴笑顔で」
確かにそうだろう。
ハイディ達はいつも教室に早く入っている。
ならば授業風景は、
「無口は前見て」
……あれ? これノリリンかマサやんかペーやんの、どれだろ?
だけど訊いてる暇は無い。
「テンゾー真面目に」
「キンコン カンコン」
「ウッキー居眠り」
「キーンコン カンコン」
「キンコン カンコーン」
「キンコンカンコン」
「授業は続くわ」
「ネンジが答えて」
「イトケンフォローで」
「キンコンカンコン」
「セージュンまとめる」
「ぺーやん黙々」
「ロリコンウキウキ」
そこまで言っていいものだろうか。
だがまあ御広敷だし。
そして、
「キンコンカンコン」
「鈴は姿勢よく」
「そろそろ昼食」
なかなか食事から離れられない。
だけど昼になれば皆そうだ。
「皆そわそわで」
「キーンコーンカンコン」
「先生吐息で」
「キーンコンカンコン」
「キンコンカンコーン」
「キンコンカンコン」
「昼休みが来た」
「直政本閉じ」
あ、マサやんここか。
ペーやん出たから、先の無口はノリリンで確定。
……でも、マサやん、名前出されるのは嫌がりそうだなあ。
だとしたら、それでもいいように、”皆”という言葉を多く入れておきたい。
「ハッサン踊って」
「キンコンカンコン」
「バラやん入稿」
そしてここからが大変。
何しろ、喜美達の方面だ。
リアリティが難しい。
だから、
「トーちゃんメシ無く」
なるべく光景が浮かびやすい振りをしたつもりだった。
するとナルゼが、
「手持ち無沙汰だけど」
……じょ、状況進めてよガっちゃん!
だけどこっちには必殺技がある。
それは、
「キンコンカンコ──ン」
鐘音による放置返しだ。
すると、ナルゼが一瞬、ぐ、と息を詰め、
「──喜美が皆を呼ぶ」
何とか上手いものを出して来た。
姉が弟の昼食のために皆を呼ぶというのは、よくある光景だ。
だからナルゼが、難所を抜けて一息つくように、
「浅間が重箱──」
「ミトっつぁん焼き肉」
「キンコンカンコーン」
「──窓際パーティ」
「キーンコンカンコン」
「キンコンカンコーン」
「キンコンカンコン」
「授業が終わるわ」
話を進めよう。
「──放課後 御仕事」
仕事の時間だ。
だけど、もう”これ”はいいんじゃないか、と己は思う。
このところで、魔女歌や仕事の歌という、自分達の主張をするようなものを幾つも唄ってきたのだ。
だからもっと視野を広く、もっと大きく唄いたいな、と思えば、
「学校まわりで」
……あ。
ナルゼが、同じ思考の言葉を作ってきた。
学校周り。
それは、空を行く自分達だけのものではない、皆のいる場所で、
「──キンコンカンコン」
「皆それぞれで」
ナルゼの言葉が、こちらより先に行く。
それは、
「馬鹿が騒いでる」
口調が笑っているのは、光景の想像か、それとも自分達の外に視点を振ることへの照れか。
だからその笑みを受ける自分は、こう言った。
皆の集う場所として、
「パン屋で会議で」
「キンコンカンコン」
「──神社で一息」
段々と、唄う内容が最近に近づいてきた。
昔からの流れもあり、だからこその今でもあるが、
……それを忘れてないなら、今重視でもいいよね。
だから自分は唄う。
最近のこと。
それももう自分達だけのことではない。
身内のこと。
友人と言うには少しくすぐったいし、もっと密接な。
……仲間、って言うのかなあ。
「風呂場でカラオケ」
もうホント、見ていてアレだったけど。
唄っている自分達の友人は、
「想っているくせに」
「キンコンカンコン」
「気づかぬふりして」
ホント、あれはどうするんだろう。
と、吐息と楽しみ半分ずつで、
「キンコンカンコーン」
「キンコーンカンコン」
「キンコンカンコン」
「夜が更けていくよ」
そして自分達は、階段の上に辿り着く。
前側校舎を超える軌道を取り、自分達の教室がある後側校舎を望もうとして、
「まだ見ぬところへ」
「いつかは行けるわ」
「キンコンカンコン」
「皆で行けるわ」
ナルゼの言葉に、こちらは小さく頷いた。
「まだ見ぬあの人」
「腐れ縁でも」
「キンコンカンコン」
「鐘音 繋ぐよ」
「ほらまた聞こえる」
「毎日の いつも」
「キンコンカンコン」
「止まらぬ鐘音」
止まらぬ鐘を、繋げて唄った。
「キンコンカンコン」
「キンコンカンコン」
「キンコンカンコン」
「キンコンカンコン」
鐘を続けるのは、終えて良いのか解らなかったから。
初めての、視野を広げた自分達の歌なのだ。
だけど、ナルゼがこちらの手を後ろからとって、こう唄った。
「手を繋ぎ寝よう」
そうだ。
終わりは無いのだ。
繋ぎ続ける限り、終わりは無い。
だから、
「隣にいずとも」
「キンコンカンコン」
「鐘音 繋ぐよ」
教室が見えた。
その窓に飛び込みながら、自分とナルゼは言葉を作った。
「キーンコンカーンコン」
「キーンコンカンコーン」
「キンコンカンコン」
応じるようにナルゼの声が重なり、二人一緒に最後の一つを鳴らし終えた。
「──キーンコーンカーンコ──ン」
○
「今更だけど、かなり予言歌な箇所あるよね、コレ」
「そうね。まあ、当時からホント、どーすんだこの面倒なの、って思ってたけど」
「こ、こっちを見て、何か言いたいことがあるようですね!?」
「ファー! いい空気吸引してるゥ――!」
●
淺間は、頭上の魔女二人が、緩やかに教導院へ飛んだのを見上げた。
今まで、彼女達があんな飛び方をしたことがあっただろうか。
二人乗りということも珍しいが、
……いつも急いでばかりと思っていましたけど。
風に乗り、しかし流されずに金と黒の翼が行く。
それを見た喜美が、笑みの声で言う。
「テンション高いから、あれは強敵ね」
「強敵って、何がですか?」
問うと、喜美が並んできた。
そして彼女は、揺れるこちらの胸に下から手を当ててきて、
「いい?」
「良くないですけど聞きましょう。──落ちるのに合わせて手で下から叩かなくていいです。というか結構痛いですからソレ」
えっ、と声を作ったのは、ミトツダイラだった。
彼女は、呆然とした表情で、
「揉まれて痛いのは内側からの張りで、これからも大きくなる証拠と言いますけど……」
「だ、大丈夫! ミトも揉んだら痛いですよ! ね!? 揉みましょうか!?」
「ククク、錯乱して何言ってるか解らないけど、とにかく揉むのは賛成ね。そして淺間、アンタ、雅楽祭のルールとか、よく読んでないの?」
「何です? ルールって」
Jud.、と頷いたのは、喜美ではなくミトツダイラだった。
彼女はこちらを見て、
「雅楽祭は、演奏中に観衆からの投票があるんですの。それで──」
「それで?」
「トップだと、曲が販売されて、──単独アンコールがありますのよ?」
言われて、己は恐る恐るという感覚を悟りながらも喜美に言う。
「私に二曲作れって、そう言いましたよ、ね」
「ええ、そうよ。だって、──アンコール用、必要でしょ?」
その言葉に、自分は叫んだ。
「聞いてないですよ──う!?」
●
ナルゼは、マルゴットと共に教室に飛び込み、一息をついた。
春期学園祭の当日だ。
自分達のクラス、梅組は男子が主導で、
「ネシンバラ、馬鹿が主導でコスプレ茶屋やるって言ったけど、用意出来てるの?」
「後でベルトーニ君が、設備一式を輸送艦で横付けして搬入するって」
と言う彼は、幾枚もの色紙を机の上に重ねている。
色紙の枠を確かめ、
「ええと、これが極東側で……」
「何してんの?」
マルゴットの問い掛けに、ネシンバラが色紙を二枚、突きだしてきた。
「序列一位おめでとう。記念にサインを貰えるかい?」
●
「別にいいけど、……まさかそれ、アンタ、この祭で有名人にサイン強請る気?」
「襲名者達が自分達の名前を活かす場も多いからね。
生徒会や総長連合の人達とも近しくなれる時間だ。
歴史好きとしては有用しないと」
成程ねえ、と言って外を見ていると、自分達の後側校舎への渡り廊下、その一階を、オリオトライが歩いてくるのが見えた。
あれがこちらの教室に届いたらタイムアウトだ。
……と?
見れば、二階の渡り廊下に、淺間達が飛び込んで来た。
既にオリオトライは校舎に入っているから、間に合うかどうか。
……見てる感じ、無理っぽいわねえ。
どうなるかと思っている自分の横で、マルゴットが色紙を受け取りながらネシンバラに言う。
「だったらバラやん惜しかったね。先日、鈴木・孫一って人に会ったけど」
「ああ、生徒会長の友人らしいね。レアなので是非とも狙いたいところだ。
ちょっとした符号もあるから、今貰えるサインは貴重かも」
「符号って、どういうこと?」
マルゴットの疑問に、ネシンバラが言った。
「今、クリーニングで改修されてる雅楽祭用の劇場艦。名前を”伏見城”にするらしいね。
鳥居・元忠の居城の名だし、所有者も鳥居家だから、それはありだろう」
ただ、と彼は前置きした。
「聖譜記述では、鳥井・元忠は、その伏見城を包囲された籠城戦で死亡する。
──攻め手の主力は鈴木・孫一。彼が鳥居・元忠を討ち取るんだ」
●
「それって……」
「まあ、流石にそれをここで再現しないだろう。祭の場だし、そんなところで討ち取りをやるには解釈を起こすだけの理由が必要だ」
だよねえ、というマルゴットと共にこちらが頷いたときだった。廊下が騒がしくなり、
「ハイ、先生と競争なんて甘いわよ! ──君達そこで遅刻! ほらそこ!」
何かが窓を割った音を聞き、己は思った。
ああ、また馬鹿が蹴り飛ばされたのね、と。
だがその隙に扉が開き、喜美を先頭に皆が飛び込んできた。
何故か犬を連れたアデーレが、
「セーフ!!」
「いや、犬はアウトでしょ」
当然だというように、ミトツダイラの頭上のケルベロスが鳴いた。
そんな光景を見ながら、自分はつぶやいた。
「──いつも通り過ぎるわ」
ちょっと、感情が籠もってしまったかも知れない。