境界線上のホライゾン きみとあさまでGTA Ⅳ
第十七章『壁の上と向こうとこっち』
●
「何故かというと、──怪異祓いだろうねえ、アサマチ達のこの順番」
武蔵野後部。
船楼に見える大防風壁の縁にて、ナイトは呟いていた。
横に座るナルゼは、魔術陣に映る自分達の順番を確認しながら、
「うん、私達はいい順番ね。
忘れられず、重く見られず、って、ほどよいところだわ。
近くの順番の連中も、私達と似たのがいなくていい感じ」
「だねえ。実質のトリは会長達で、そこからアサマチ達が歌を奉じて怪異祓いするのに繋げていく、って感じだろうね」
「喜美あたりはテンションあげてるだろうけど、ミトツダイラなんかは狼狽えまくりで、浅間は意味がよく解ってないと思うわ」
だねえ、と自分はつぶやき、後ろを見た。
背後。
広い壁上に、幾つもの人影が座り込んでいる。
「オイッス!」
配送業の連中とパン屋の出前だ。
「どこにでもいるねパン屋の出前……」
「観光客もどこにでもいますけどね」
そういうことになっているっぽい。
●
……ともあれ皆、集まってるなあ。
議題は、序列の変動のことだ。
今までは通信による通達だったが、今回はそうもいかない。
何しろ一位が入れ替わるのだ。
今、周囲には彼らの使用する飛翔機や飛翔船、箒が並び、中央では”提督”が腕を組み、
「えー、では、まあ、何だ。とりあえずもう次年度からの話だが、うちの序列一番が”山椿”から”双嬢”に変わった」
おお、という声が生じ、幾人かがこちらに振り向く気配がある。
だが、皆の大半は、自分達の中にいる”山椿”の方を見たままだ。
”山椿”は何も言わない。
そして”提督”が、言葉を続ける。
「一応、儀式によって”山椿”は今年度の代表を任じたから、次のワルプルギスまではうちの代表だ」
「暫定、な」
”山椿”が小さく、しかし確かに訂正する。
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Jud.、と”提督”が”山椿”の訂正に頷いた。
「”山椿”は、長くうちの代表やってくれた。ええと、──二百年くらいか」
「五年だよ馬鹿」
”山椿”が笑うと、”海兵”が眉を立ててゆっくり振り返る。
「馬鹿とは何ですか、馬鹿」
「先に負けたヤツに言われたくないねえ」
「後も先も同じです」
”海兵”が下がらないのを、しかし皆は否定しない。
……何しろ、元一位と元二位だもんねー。
皆は無言だが、警戒しているのではない。
ここで勝負になったら、戦わなかった二人の戦闘が序列無視で楽しめる。そういうことだ。下手に煽ると”提督”が停めるかもしれないし。
だが、先に”山椿”が引いた。
「──あたしは序列外に一度出るよ。”見下し魔山”のテスター権を譲った後、今使ってる”魔嬢”がどうなるか解らないし、どちらにしろ仕切り直しだからね」
「じゃあ、私は──」
”海兵”に、”山椿”が言う。
「あたしが序列外だから、暫定二位のままだ。”双嬢”前の壁だな」
なあ、と”山椿”が皆に対し、視線を向けずに言った。
「武蔵上で魔女や配送やってんだ、皆、各国の情報は詳しいだろう。──今、P.A.Odaが動きだし、三十年戦争が派手に動き出そうとしてる。
ここで学生があたしを負かしてくれたのは、武蔵にとって非常に大きな意味を持つ」
だから、と彼女が、背を向けているこちらに言った。
「次に行け。”双嬢”。──もっと、お前らの威を示し、武蔵を守れる場所に」
彼女の言葉。それを補足するように、”提督”が言った。
「もっと上が、あんのかい?」
「あるだろう」
それは、
「前にしろ、上にしろ、見れば必ず、あるってものさ。
それは地位でも敵でも、自分の中のプライドでも、な」
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成程、と”提督”が言うのを、ナルゼは聞いた。
「学生にはいい宿題だ。
大体、来年度が始まるまで”双嬢”の一位も暫定だ。
下にいるおめえらは手を抜かずに上を狙え。
──俺はそういうお前らの真面目な姿をそっと見てる」
「”提督”汚ねえよ!」
皆が笑って言うのに、彼は応じる。
まあ待て、と手で制し、
「馬鹿野郎。──俺が出るのは”海兵”が負けてからだ」
「責任重大ですねー……」
吐息で頷く”海兵”達を見て、己は思う。
……暑苦しいわー……。
連帯感と言うべきか。
家族感と言うべきか。
自分が彼らと一緒に騒ぐには、もっと共に時間を過ごす必要があるかもしれない。
学生を終えたら、もっとそういう時間が持てるようになるのだろうか。
……どうかしら。
と、そんな事を思っている視界の中、”提督”が皆を見渡して言った。
「一応、”双嬢”が暫定一位だ。
だけど、すぐにこいつらに挑戦するヤツもいねえだろ。
だからとりあえず、次の顔として、準備しておく」
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「は? 準備? 何ソレ”提督”」
問うと、”提督”ではなく”山椿”が振り向いた。
「武蔵配送業連盟のCM曲だよ」
「……ああ、毎年のアレね」
と、そこで通りすがりの観光客が反応した。
「このタイミングでそれが出るの」
「何ですの? CM曲?」
そうさ、と”山椿”が言った。
「あれな。暫定一位になったやつに、負けた連中が作る習わしなんだ」
「え? ”山椿”……、出来るのアンタ?」
問いかけと共に、マルゴットも振り向いた。
「負けた連中って、つまり他の皆も、だよね」
「Jud.、そうだな。
そしてまた、──暫定一位は、作曲と作詞に関われない」
「それはまあ、自画自賛してもしょーがないもんねえ……」
それでだ、と”山椿”が言った。
「CM曲として、唄うのは暫定一位な? あたしの場合、勝ちが長く続いたから、三年目あたりからはアレンジのインストで誤魔化してたけど」
と言う”山椿”に、自分は不穏な気配を感じた。
「ちょっと待ちなさいアンタ達」
「何だい?」
「……エロソングとか、仕込むつもりじゃないでしょうね」
「配送業のCMでそんなの流すか馬鹿」
だが、と”山椿”が言葉をすぐに繋げた。目を細め、
「マルガ・ナルゼ、アンタの歌聴いてると、歌詞に絶対”愛”とか”恋”とか、無いよなあ……? 何でかねえ……?」
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……く!
そんな恥ずかしい言葉、人前でポンポン使えるわけないじゃない、と、そんな意見を喉で飲む。
が、無言は答えの雄弁だ。
横のマルゴットも、あちゃー、という顔をしている。
そして”提督”が、表示枠を広げた。
「いいか? うちの孫が見ている歴史動画”機甲僧兵ボウズズ”のオープニング聞きながら、叩き台になる歌詞は作っておいた。
サビで”おおツバイフローレン”と連呼したいけどなかなか上手く入らなくてなあ」
「そんなもの入ったら迷惑だわ!!」
思わず言うと、皆が振り返った。
「迷惑か!!」
「じゃあやろう!」
「ああ、私はやる! やってやるよ……!」
「俺達の恥にはならんけど唄うヤツが恥ずかしい歌詞だな!」
……この連中は……。
と、思う横、マルゴットがこちらの肩を軽く叩いた。
「いいじゃん。皆が祝ってくれてるんだよ」
そうかしら、と言うより早く、マルゴットがつぶやいた。
「多分」
自分もそうだと、心底思う。
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浅間は、教室にいた。
昼過ぎだ。
既に学園祭出店としての営業時間は始まっており、今は巫女の時間帯だった。
……時間ごとに衣装変えるとか、また凝ったことを。
初日は、オリジナル→巫女→侍→魔女→騎士と変えて行くらしい。
アイデアとしては処刑人や墓守とか武神というのもあったが、流石にジャンルのメリハリが派手過ぎる。
巫女の時間帯は、女子が前に出て、男子が厨房に入る。
今がそうだ。
御広敷がいるため、女子が前に出たときはメニューレパートリーが増えるかと思えば、
「御広敷一人で全部回せるわけ、ありませんものねえ」
今も、衝立の向こう側では男子勢の声が聞こえる。
「ハイ、ノリキ君、そこで弱火にする! ──いえ、そうじゃありません! もっと囁きかけるように弱火に! ええ、幼女として三歳くらいを想定! どうです? 言わないと解らないでしょう? ──ハッサン君! それはアップルパイです! カレーじゃありません!」
大丈夫だろうか。
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ただ、と己は思った。
……不思議なことに、客は女子ばかりなんですよね。
上級生も来ているが、
「こういうのって、女子が前に出ると、上級生の男子が入り浸るんじゃないか、って言われてましたけど」
「ええ、先輩風吹かせたり、ってのはありますものね。女子も、先輩=大人、みたいなイメージで見ていること多いですし」
そんな話は通神帯や漫画草紙などで見かけるものだ。だが、
「……うちのクラス、そういうの希薄ですよねー……」
学年を、あまり気にしていない。
何しろ現場に出ていたり、本職にしている者が多いのだ。
そっちの方では上級生であろうと無かろうと、仕事の不備があれば叱るし、指示して”使う”ことも多々ある。
進路の決まっている人間が、うちには多い。そういうことだろう。
プロ意識のある者が集められたのかと、そんなことを思いもするが、
……どうでしょう。
最近、それについて、自分は幾つかの思いを得ている。
皆、相乗効果が働いているんじゃないかと。
「正に双嬢の勝利から始まる相乗効果か……」
聞こえない振りをした。
「深夜に何ブチかましとんねん……。あ、客で来てる設定で」
「眠くなってきてるんですかねー……。あ、おねーさんも客です」
そういうことらしい。
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……でもまあ、皆、専門家多いですからね。
比較をしてしまうものだ。
たとえば自分の場合、音楽や仕事などで、皆が自分よりも多くのことを知っていて、自分はそれを凄いと思って、追いつこうとしている。
負けたくない、というよりも、自分もちゃんとしよう、と思うのは、神道の禊祓の考えが根本にあるからだろう。
他の皆にも、きっと、そういうものがあるだろう。だとすれば、
……お互いが、お互いを凄いと思って、追いつこうとしあったら……。
その結果が、今の自分達ではないだろうか。
三年生にもそういう人達はいるが、このような場で会った場合でも、彼らや彼女は現場の関係でこちらと接する。
直政が接客するときも、機関部所属の三年生が、
「班長! 大丈夫ですか駆動器見てないで!?」
「あたしの格好にコメントないのか」
「ああ! ──収納場所が少ないですね!」
とか、そんな感じだ。
おかげで、ミトツダイラが言うには、
「喫茶店と言うより、各員のコネクションが寄ってきて、カウンセリングしているような状況になってますわ、コレ」
「でも、私とミト、全く接客してないんですけど」
「浅間神社の代表と、極東継承権暫定一位を呼びつけるのがいると思いますの?」
喜美と彼の顔が思い浮かんだが、今は二人も接客中だ。
「衣装切り替えで、女子ばかりの時間帯はここと魔女タイムだけですけどね。ただ──」
とミトツダイラが言って、入り口の方を見る。
「上級生男子が来ないというか、遠巻きに見てる原因の一つは、あれですわ」
入り口側、用意されたテーブルに飲み物をサーブしている巫女がいる。
ちゃんとテールバラストまでつけながら、しかし慣れた動きでそれをぶつけもしないのは、
「トーリ君、女装、上手くなりましたよね……」
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「智! 感心する場所ですの!? そこ!」
「いやまあ、実際そうですし」
恐ろしいことに、巫女タイムが始まって早々。
入って来た三年の男子衆が騙された。
巫女喫茶、というのは武蔵内を見るだけでも結構な率で存在するが、うちは自分も含めて有名人が多いし、浅間神社提供というイメージから、”本舗”の感がある。
そして実際入ってみれば、最初の接客は芸人としてサービスになれている喜美や彼だ。
……見事でしたよねー……。
”現場”の人間が多いため、萎縮した上級生は女装を”手伝いに来た新顔”と思ったらしい。
その後、見事に騙されたことに気づき、紅茶の入った湯飲みを俯きながらスプーンでかき混ぜるだけの存在になった。
「萎縮せずに来てる人達って、いるんでしょうか」
「女子はそのあたり気にしないのが多いですけど、男子の場合は、──ええと、今来てるのはナルゼの漫画草紙研究会の男子が、資料として模写に来てますわ。
でも、緊張して手が動いてないですわね」
自分らがモデルのものが出ないように、イベントの主催にはチェックをさせておこう。
と、向こうの方、彼の接客する女子テーブルで、嬌声が上がった。
彼が、サービスでウイッグを外して見せ、正体を明かしたのだ。
すでに先に来ていた女子が「ホントだったでしょ!?」とやっているのが微笑ましい。
「ホントも何も、うちに来てれば毎日のように見られますけどね……」
あらあら、と声を掛けてきたのは喜美だった。
彼女は別のテーブルで恋占いのサービスをしてきたのか、胸に恋愛祈願の符を挟んでおり、
「──愚弟のこと、”私の方がよく知ってるんですから”って感じ?」
●
言われて、自分は考えた。
喜美の言うことは事実だろう。
確かに彼のことは、自分の方が、他の女子衆よりよく知っている。契約関係や術式関係、加護など、生活面でもよく知っている。
だがその一方で、
「どっちかって言うと”それ、その程度じゃ済まないんですよ……”って感じなんですが」
人生の芸風が違い過ぎる。
だが、喜美が目を弓に細めて言葉を続けた。
「でも、そういう人のこと、どう思ってるの?」
「それは……」
先日の未明に、思ったことがある。
「──しょうがない人、って」
●
ミトツダイラは、浅間の台詞に対する喜美の反応を見て、聞いた。
それは小さなものだった。
喜美は軽く笑みの吐息を零し、浅間の肩を叩いて、しかし、
「変わった”蓋”ねえ」
そう言ったのだ。
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「え?」
と言葉を作ったのは、浅間と自分で同時だった。
……蓋?
どういう意味だろうか。ただ、何の事か解らない、と首を傾げている浅間から喜美が離れ、接客の方に行く。
その後ろ姿を見ながら、己は今の浅間と喜美の言葉を思った。
しょうがない人。
それはもう、自分の王については、当然のことだろう。日頃の所行を見ていればそう思う。
ならば、それが何の”蓋”になるのか。自分は考え、
「────」
ふと、こう思った。
……智は、我が王のことを、そこらの人よりも知っているんですのよね……。
だとすれば、
……ん?
妙だ。
おかしい、と言える、矛盾のようなものがある。
●
……しょうがない人、ならば、迷惑なのだから、放っておけばいいと思いますの。
よく知っていて、迷惑で、それなのに
「しょうがない人」
という言葉を立てるのは、
「智」
何か、大きなことに気づいてしまった気がする。
言葉では上手く言えなさそうな。
しかし、言ってしまうと強い事実になるようなこと。
だけど、
「? どうしたんです? ミト」
何気なく返され、自分は喜美の言葉を痛感した。
浅間は、自分の言っていることに違和を感じていない。
つまり、この”蓋”は、そういう違和も含めた、何もかもの”蓋”なのだ。
●
いろいろな思いや、何もかもがある筈だ。
だが、”しょうがない人”、という言葉を代表とする、彼女にしか通じない理屈で”蓋”になっている。
それが言い訳になっていると思っているのは、彼女だけだろう。
言えば、”蓋”を開けてしまえるかもしれない。
だがそれは、
……智の感情や想いを、外から勝手に見出す事になりますわ。
だから喜美は、放置した。
喜美が、この先をどう見ているのかは解らない。だが、
「え、ええ……」
己は心に刻んだ。
友人の思いを、外から物知り顔で踏み込み、荒らさぬようにしよう、と。だから、
「……そうですわね」
自分とて、浅間と同じようなことを思うのだ。
だから自分は、笑みで浅間に言った。
「本当に、しょうがない人ですもの」
●
「ですよねえ……」
浅間が、頬に片手を当てたのに、自分は苦笑する。
浅間の視線は、喜美と彼の背を見るものだ。
そして彼女は、
「まあ、しょうがないのは、皆も含めて、かもしれませんけどね」
○
「アイタタタタタ!! さっきのテスト中のエロ画像よりもこちらの方が私にとって大ダメージです!!」
「フフ、”ですよねえ……”じゃないっってのよねえ……」
「荒療治が必要な訳ですよ」
「ファー! 最高!!」
●
どうしたものかと思っていると、頭上でケルベロスが吠えた。
『……!!』
客として来ている女子衆が振り向き、わあ、という声と視線を向けてくるが、無論、見せに行くつもりも触らせるつもりもない。
何しろこの子は自分の一部なのだ。それに、
……やがて、去っていきますのよね。
恐らく、という前置きつきで自分は思う。
怪異祓いの祭のときがそれだろう、と。
ケルベロスはそのことを知る訳もないが、その分、可愛がっておきたい。
そんな事を思って、己は内心で苦笑した。
自分も言い訳好きだ。
去って行く前に、という言い訳つきで、このケルベロスを可愛がろうとしている。
そうじゃない。
去って行くから、可愛がるのではない。
いつそのときが来ても、充分だったと言えるくらい、楽しく過ごしていくのだ。
……ええ。
我が王が、言いそうなことですわね、と己は思う。
●
過去の喪失からの九年間。
未だに後悔の引っかかりはあるが、彼は手を抜かずにやっていると思う。
それが、自分との約束の方に果たされれば、とも思うのだが、
「だーめ、駄目駄目、オッパイがどうなってるかは秘密──」
「え!? 見たいです! どういう仕込みなんですか!」
「……謎技術……」
「流石にこれは浅間神社仕込みの秘技ってヤツで見せられねえな!」
客とのトークが全力過ぎないだろうか。
ただ、嬌声あげられている彼を見ると、
……あ、今、私。”そんなもんじゃ済みませんのよ”って思ってますわ。
自分もまた、しょうがないのだろうかと、そんな事を思うと、
……”蓋”ですわね。
いずれ、その言葉を実感するときがくるのかもしれない。
今はただ、浅間が彼の発言を訂正しに言って、喜美が茶化すのを見ていたり、
「全く、何やってますの?」
と、自分も加わっていくその時間が、楽しいのだ。
●
そして皆の方に、自ら入っていく動きの外、
「──あ」
レジカウンターに座っていた鈴が、ふと窓の方に顔を向けた。
「? 何かありましたの? 鈴」
「ん。あれ」
繋がるように振り向いた先、そこには、
「フフ、空が開けるわよ」
風が吹くように、白のステルス防護障壁が艦首側から開いていく。
それは、掛けられていた幕を一息に剥がすのにも似た動きと勢いで、
「正式に始まりですわね」
昼の鐘が鳴ると同時に、全天の空が青く開けた。
その空の中に、自分は一つの影を見つけた。
武蔵の右舷側の空にあるのは、一隻の大型航空艦だ。
劇場艦・伏見城だった。
●
”品川”は、品川の積荷広場から、右舷に接舷してくる劇場艦、伏見城を見ていた。
谷川城を改造して作られた伏見城の大きさは、三百メートル。
元より、普段は上面部を輸送艦にして曳航されており、浮上倉庫のような扱いとなっているものだ。
ゆえに接舷作業は、
「伏見城が輸送艦の時と変わりません。……むしろ、輸送艦の時の方が長い付き合いですので、そのままですね。──以上」
手元の表示枠に来る港湾管理の情報によれば、人足が既に伏見城側から投げ込まれたロープを確保している。
品川からは牽引帯を艦に接続するが、これは他の自動人形の管理だ。
すぐに、接続されたことを示す認証の表示枠が届いた。
あとは、伏見城が品川よりも低い位置に下降するだけだ。
牽引帯と共に接続した伝導管から、燃料や水などが上下差を利用して輸送される。
そして、それらとは別でやってくるものがある。
やや大きめの白と赤の輸送艦。
その下に懸架された大型木箱の中身は、
「……大型の”格納器”ですか。──以上」
「オイッス! その上にてタダ乗り移動もしております!」
ぶっちゃけ違法行為であります。
●
浅間神社の紋章が側部に施されたクラーケン級の輸送艦。
白と赤のカラーリングの艦が、伏見城の上に行く。
浅間神社の輸送艦は、艦下に輸送パレットをつけていた。
前後から取り出し式となっている箱形パレットは、その内部に三つの格納器を乗せていた。
地脈の淀みを吸収するためのものだ。
「タダ乗りですけど良い眺めですわね」
「良いかどうかは別として、機器の確認はしておくべきであろうよ」
格納器は、以前の劇場艦に搭載してあるものより、大きさにして五倍近い。
「結構、大きめですのね……!」
それを八基。
「これらを、これから劇場艦の甲板下に搭載し、武蔵の周囲を覆っている怪異を呼び込もうというのだえ」
●
「搭載工事をこれから行います。
終了まで八時間。
その後に検分と調整の後、怪異の召喚と禊祓の訓練、ということになります。──以上」
告げる言葉は、艦内の自動人形全員に送ったものだ。
既にスケジュールなどの確認は四桁数で行っているが、やはり実際が動き出すと違う。
今も”奥多摩”が、
『申し訳御座いません”品川”、酒井様からの依頼で黒盤ボックスの内容を確認しているので、検分の方に間に合いません。──以上』
『内容は何ですか。──以上』
『Jud.、平家物語の大河能楽”擬音症じゃ”です。どいつもこいつも「かねの音が! かねの音が! ごおおおん! ごおおおおおおおん!」とか叫び出すのもですが、敵側の誰も彼も名前が”盛”ばかりで把握が。──以上』
『業務の無駄だと判断出来ます。中身を見ずとも、通神帯で検索して内容把握の上、酒井様にそれを告げたらどうですか。──以上』
『成程。その方法がありましたね。──以上』
『Jud.、そうです。昨今はタイトル下の概要で”全滅ものの代表作であり”などとネタバレをぶちかました後で”以下にネタバレを表記する”などというものもありますが──』
と、傍らに表示枠が一枚来たのを自分は確認した。
●
表示枠の中、”武蔵”が無表情にこちらを見ていた。
●
己は、無言で視線を戻した。
『”奥多摩”。──酒井様の指示です。ちゃんと見なさい。──以上』
『え!? いきなり判断変更ですか!? ──以上』
問いに応えず、こちらは”奥多摩”の表示枠を消した。
そして”武蔵”の表示枠に向かって、
『何用でしょうか。──以上』
『Jud.、伏見城の方、雅楽祭時の参加者が決まりました。出場楽団は既に決定していますが、一般参加者枠の方も、二千人ほどが。──以上』
『怪異がどうなるかは解りませんが、隠竜などが現出する恐れもあります。
それなのに、危険よりも娯楽の方を選ぶなど、人間は相変わらず意味不明な選択をします。
──以上』
『だからこそ、私どもがサポートするのです』
”武蔵”が言葉を繋げた。
『基本、総長連合と、学生内の戦闘訓練従事者が、従士隊と共に前に。
後衛に魔女隊と巫女隊が入ります。
彼らの訓練は今日の午後から、浅草にて行います。
神卸しによる怪異の抽出は儀式的なものなので、これら防衛隊の行う事は、抽出時に余波として生じる怪異への対応です。──以上』