境界線上のホライゾン きみとあさまでGTA Ⅳ
第十八章『舞台前の誤魔化し人』
○
「さて、私達やアデーレのような実働隊は、伏見城での実地訓練に入る訳ですけれども、その前に何か補足、ありましたかしら」
「生徒会側の動きが何かあるか? ……と思ったけど当時の生徒会も総長連合も、伏見城での訓練やリハに出てるから、特別な流れはないよな……」
『では各艦長間や、委員会などと行っていた通神帯での作戦会議を、まとめた形で記録にしておこうと思いますが、宜しいでしょうか。――以上』
「あ、御願いします! 皆で各所追うと無茶苦茶になるので!」
「無茶苦茶って どういうこと……、と思うけど、ホントにその通りだから困るわね……」
『と、とりあえず短めにまとめてスタートです! ――以上』
●
各艦長達を主に据えた通神帯での作戦会議は、昼過ぎから始まった。
武蔵を完全に禊祓するための会議だ。
雅楽祭終盤、雅楽を奉納する際の禊祓を用いて、武蔵の周囲にある球膜状の地脈の乱れを整調する。
淀みを吸収する格納器八基。それらを搭載した伏見城は、武蔵の上部、七百メートルの位置に停止することとなった。これは地脈の乱れの中心を突くものだが、”武蔵”に言わせれば、雅楽祭の会場としては、
「本艦の上空で行うのは初、という事になりますね。とはいえ、いつものような右舷先で行うのとさほど変更はありませんが。──以上」
とのことだった。
これによる問題はステルス防護障壁を張った際の位置確認と、流体燃料などの供給をどう行うかと言う”いつものようなこと”と、
「万が一、伏見城が落下した際は問題なりますので、固定推奨とします。──以上」
という武蔵側、各艦長の意見から、結局は伏見城への燃料供給や位置固定のために牽引帯が各艦から伸ばされることとなった。
禊祓は各艦からの出力と、雅楽祭の全曲、全内容を奉納して行われ、舞台上には前回の戦闘で逃走した隠竜を始めとし、多大な怪異の出現が予見された。
それらについては、実力で祓うこともだが、淀みを格納器に収めて整調すれば根源の”型”を破壊出来る。
ゆえに、伏見城に乗り込める”観客”の最前列構成員は、学生、それも戦闘系技能に秀でた者を中心とされた。
作戦名は”干し盃”。
球膜状の地脈の淀みを盃に見立て、それを飲み尽くそうという意味である。
○
「今夜、これほどまとまった一節が目に出来たということに驚愕しています……」
「Tes.、こんなまとまった文、この世にあるのでありますねえ、……と、そんな感想を抱く今夜であります……」
「一体、武蔵の知能レベルは何処に……」
「と、とにかく先に進みますのよ?」
●
……とはいえ、皆がバラバラに散りすぎていて、梅組も総長連合も会議がまともに進行出来ないのは面倒ですわねえ。
ミトツダイラは、ジャージ姿で小型の木箱を担ぎながら、空を見た。
武蔵のステルス防護障壁の外。
伏見城の左舷に接舷した、浅間神社の輸送艦の上だ。
「ファー! 何か久し振りの外ですね! それも日中!」
「下には安芸かと思えば、海の上ですのね」
「ハイハイ観光客はあまり手すりから乗り出さないようにしといてや。
ともあれ武蔵名物やな、水平に空と海が青く広がるこの光景は」
確かに、水平に見える空と海は青。
北に望める本土も、西に見える安芸も陽光を浴びている。
現在の時刻は午後二時。
教室では侍コスプレの時間帯で、喜美が仕切っているはずだ。
だが、こちらは雅楽祭における”干し盃”の会議中でありつつ、
「……舞台設営の手伝いをしながら会議というのも、無茶だと思いますの」
吐息着きで言うと、横にいた浅間が苦笑した。彼女は表示枠を操作しながら、
「すみません。聖連の方から”雅楽祭は学校行事だが、怪異祓いは学校行事ではないので、そのための時間を春期学園祭中に設けるな”とか、面倒なこと言われてまして」
●
会議とは言っても、雅楽祭の準備作業をしながら、表示枠で行うものだ。
可能ならば、本来の準備時間である夜にこの作業中会議を設けたいものだが、雅楽祭中、夜に本業仕事やバイトをシフトしている者が多く、
……模擬戦など含め、ローテーションつきで日中に三回会議をしているそうで。
自分は思う。これも聖連代表の安芸が近いせいですわね、と。
ただ、その思考に繋げる言葉があるとするならば、
「そんな風に思う私も、武蔵の住人なんですわね」
六護式仏蘭西からの派遣騎士。
六護式仏蘭西の国力と聖連との駆け引きによって生じた、水戸松平の暫定襲名者が自分だ。
今後の極東への、六護式仏蘭西からの布石として送られて来た身は、仏東どちらに帰結するか政治的に定かではない部分があるが、
……意思自体は、決まってますもの。
「ウヒョー! 嫁宣言!! 来ましたねネイメア! 私達の原作はこの頃から二次創作の準備をしていましたよ!」
「何かいろいろ表現が間違ってますのよ――!?」
観光客のテンションが高いですの。
とはいえ、そんな自分でも、現状をどうと出来る訳でも無い。
「――怪異祓と雅楽祭は、別、と」
●
聖連側からの、嫌がらせに近いような物言いだ。
だが、確かに怪異祓いは授業ではない。
どうせならこちらも嫌がらせとして、雅楽祭期間中ではなく、別の時期に安芸に近い位置でやってやろうかという話もあったらしいが、
……それでまた、聖連と衝突しても、難ですものねえ。
それに、武蔵の燃料とて無限ではない。
雅楽祭用として年間単位の燃料やら何やらの割り振りがされており、その余剰分を使っての怪異祓いだ。
今の時期を逃せば、次が何時になるか見当もつかない。
厄介な案件ですわね、と吐息して荷物を担ぎ直したときだ。
「いっきますよー!」
接舷していく輸送艦の向こうから、声が聞こえた。
アデーレだ。
●
アデーレは訓練をしていた。
戦闘訓練だ。
内容は、劇場艦上にて怪異出現を想定した従士隊の突撃。
雅楽祭において、非神刀や隠竜などが出た場合、その対処としての訓練だった。
勿論、正規の訓練は聖連側から止められている。だが、
「構え──!」
機関部の作業用ジャケットを上着代わりに着た忠世が、甲板の遠く向こうにいる。
こちらは艦尾側。向こうは艦首側だ。
鉄槍を軽く回す忠世が、それを不意に止め、こう叫んだ。
「運べ──!!」
「Jud.!!」
アデーレは従士隊の皆と頷き、前に出た。
脇に抱えるのは、槍ではなく、楯でもない。
設営用の足場となる鉄パイプだ。
艦尾側をバックヤードとして、置かれた資材はそれ以外にも山ほどある。これを皆で艦首側や各所へと運ぶのを、
……訓練に置き換えてるわけですね……!
●
本日は槍持ちの訓練だ。
……しかし聖連から正式訓練を禁じられているならば――。
資材の中では、やはりこれだ。
……鉄パイプ!
それを持って前に行く。
他の皆も同様だ。
楯持ちだったらコンパネや装甲板を持ち、後詰めなら工具箱を抱える。
そして皆で突っ走る先にいるのは、
「武神!」
非神刀役の武神が立っている。
その足下、装甲服を纏った鉄の足先に向かって、皆は手持ちの荷物を叩きつけに行く。
自分も同じようにして、
……行きますよ!
全力だ。
先日にあった非神刀との戦闘は、自分にとっては大事な経験だ。
飛び道具のような風の連斬が有り、それを砕いたりかわして前に出ていった記憶は、後に続く隠竜の戦闘共々、
……武蔵の従士として、胸を張っていい内容です!
戦闘自体が希な武蔵という環境上において、大物に勝利した。
これは自分の戦果というだけではなく、従士隊に対しても大きな意味を与えるものだ。
武蔵にも戦闘はあるのだと、公に示したのだから。
ゆえに己は槍を構え、長いストライドで前に出た。
「荷物運び──!」
走った。
●
数歩で速度が足裏に踏めた。
行く。
劇場艦の甲板部。
走ることが出来るのは約二百メートル。
身体強化術式を入れている自分達にとっては十五秒前後の距離だ。
荷物置き場の目標となる武神は、十秒目の位置にいる。
あっという間に辿り着く。その筈だった。
「あ」
正面。
組み上げ途中の舞台の方で影が動いた。
舞台前に詰まれた木材の上に立っているのは、第一特務の渡辺だ。
彼女は手を軽く振り、
「第一特務隊──、荷物とってきなさあい──!」
いきなりだった。
誰もいないように見えた甲板上に、数十の影が出現した。
第一特務麾下。
忍者を中心とした部隊が身を隠していたのだ。
彼らは無手に、しかし腰を上げるなり、
「──Jud.!」
こちらに向かって、突っ込んできた。
●
あら、と疑似訓練を見ていたミトツダイラは思った。
今、突撃を掛けた従士隊に対し、切り込むようにして第一特務隊がカウンターアタックを掛けたところだ。
全員が、弧を描きながら、従士隊への激突を狙っていく。
そんな第一特務隊の動きを、自分は知っていた。
あれは、
「──非神刀の斬撃ですのね」
●
……私達の報告と、谷川城の受けた破損状況から、非神刀の斬撃軌道は再現可能なものとなっていますのね。
今は斬撃の代わりに、黒の衣装がカウンターの突撃を返す。
第一特務隊。
彼ら忍者は無手が基本だが、忍術と体術がある。
接触の勢いを利用した投げ技や、転ばし技、挙動を満たすフェイントなど、忍者の技術は多岐にわたるのだ。
ゆえに接触は高速で行われる。
そして彼らは皆、突然のカウンターに驚いた従士隊を足先の崩しだけで吹っ飛ばしたり、引きながらの受け止めをしたり、フェイントで驚かし、動きを止めながら、
「あっ、す、すいません、つい抱きついてしまいました! あなたが黒髪の女の子だからという理由ではなくてですね! あっ、武器はいけません! 武器は! 愛を! 平和を!」
「しょばあああ! しゅばああああ! あ、これ斬撃の効果音です! 想像でつけたものですが、格好いいでしょう?」
「はい! さあ右かなあ? 左かなあ? あはは捕まえて御覧なさあい。──無視するとはどういう了見ですか貴女!」
意外と第一特務隊は余裕だが、従士隊とて訓練を受けた者達だ。
非神刀の斬撃を自分達が破壊したように、従士隊も忍者を容赦なく吹っ飛ばす。
とはいえこれは訓練だ。
手持ちの武装は鉄パイプ。
加護も何もついていない。
いつも従士隊の多くが身に着けている機動殻や、武装のグリップを確実にする手甲なども未装備だ。
だが当たる。
「行け……!!」
接触の中から、激突音が幾つも響いた。
槍の代わりのパイプが宙を舞い、コンパネが割れたり床を滑り行く。
当たる。
そして一斉が終了した処で、渡辺が声を上げた。
「Jud! 第一回清掃の状況は一旦停止! 全員、周辺のゴミを確認して拾え!」
●
ミトツダイラと共に訓練を見ている浅間は、皆の動きを確認する。
つい先ほどまで、怪異を想定した突撃と迎撃を行っていた皆は、
「――いきなりゴミ拾いなどに入られると、不思議な感じですね」
「メリハリ効き過ぎてますわよね」
しかし、既に決着した者達は、お互いが顔を見合わせて戦果を確認した。
資材を落とした者は拾いつつ横に移動し、そうではない者は再び整列して、
「――状況再開!!」
わ、という声と共に、残りの総勢が前に出る。ただ、
「……第一特務隊の人数が限られているので、”斬撃”が無限ではないんですね」
見ていると、従士隊は”斬撃”によって削られる者がいる一方で、第一特務隊は止められたり崩されてもまたスタートラインに戻っている。
”斬撃”の補充だ。
「そしてこの”資材運び”でお互いが交差し終えたら、今度は陣構えを艦首と艦尾逆にして、交差し直しますの」
しかし今はまだその時間帯ではない。
第一回目の状況は続いており、残存の従士隊が前に行く。
彼らの行き先は”非神刀”役の武神だ。
そこに突っ走っていく中に、ミトツダイラが見知った姿を確認した。
「アデーレですわね」
●
ええ、と己は頷いた。
「まだ、”斬撃”の足止めを受けてない”組”にいますね」
こちらの手元、表示枠に映っているのは上から見た伏見城の概要だ。
甲板上、二百メートルのフィールドを示した画像には、艦首と艦尾から行き来した皆の軌道と結果が重ねられている。
その中で、アデーレの軌跡が前に出て行く。
そして同じタイミングで、自分達の乗る輸送艦が接舷する。
鈍い音が響き、輸送艦が得た軽い揺れに合わせるようにして、己はまた別の動きを告げた
「対する点蔵君が、”斬撃”の最後尾から突撃を掛けますね」
「智?」
「? 何です?」
「今、私達、ビミョーにしくじりましたわよ?」
●
え? と思った己の視界の中、ミトツダイラが艦首側を指さす。
そちらには、先に接舷していたであろう輸送艦がある。
浅間神社の輸送艦だ。
見ればその輸送艦には、よく見た二人が立っている。
「――あれ?」
「え?」
「――先に私達がいた処に」
「……後からまた私達が来ましたの?」
○
「どのあたりからだ?」
「あまり進行してませんから、直近ですよね」
「二人の記録の時制ズレであろうよ。……とはいえ武蔵のような完全管理に近い環境でそれが起きるのかえ?」
『ええと、恐らく伏見城が急遽いろいろな設定変更を受けたため、ズレが生じているのだと思います。伏見城側から見た接舷と、輸送艦側から見た接舷のズレではないでしょうか。――以上』
「な、成程! では先にいた私達をイキにする方向で!!」
●
点蔵は、左舷の方に見えた輸送艦が、一艦になっていることに気付いた。
……さて? さっきまで二艦いたような……。
「幻影! 幻影です!!」
輸送艦は遠いのに浅間殿の声はよく届くで御座るよ。
ともあれ自分は、”斬撃”の再現としては最後の列に入っていた。
何かの意図があって最後になったわけではない。
……単にコスプレ茶屋の騒ぎに巻き込まれて遅れただけに御座る!
「そこから回想シーンですかー!?」
「そうで御座るよ!?」
●
……それは巫女コスの時間帯の終盤で御座った……。
ようやくにクラスの全員も自分達の割り振りに慣れてきて、得意と不得意の見極めがつく頃だった。
自分はこの”資材運び”の用意があるので、アデーレ共々に退出する流れだった。
次の次、侍ジャンルの終わり頃に戻ってくればいいと、そんな判断だ。
侍の次は魔女ジャンルなので、ナイトとナルゼが仕切るだろうし、それはそれで裏方としてはフロントを任せて安堵が出来る。
だが、馬鹿が悪かった。
●
そう、馬鹿が悪かったので御座る、と己は思った。
退出のため、巫女衣装から制服に着替え直そうとしたアデーレを、馬鹿が姉共々に呼んだのだ。
「おい、アデーレアデーレ、ちょっと変わったものがあんだけど」
「え? 何ですかトーリさん」
「馬っ鹿、今はアオ子さんだよ俺は! 本名で呼ぶなよ! 解ったかアデーレ、ハイ、俺の名前は何だ!」
「アオ子さん」
「ブー、残念でした。俺の名前はトーリ、アオ子は”ワ・タ・シ”の名前よ? うふっ」
「誰か! 誰か御客様の中にお医者様はいらっしゃいませんかあ──!
内科じゃなくて脳の方! 外科でもいい気がします!
──あっ、浅間さんに任せていいですか!」
「な、何ですかその盥回し!?」
ともあれ馬鹿が入りすぎているが、マジに女子に見えるから侮れない。
だが馬鹿姉が、頬に手を当ててアデーレに対し、こう言った。
「いい? アデーレ? ネシンバラに女装させようと思って持って来たセットがあるんだけどね?」
「僕は断固として着ないぞ──!!」
「フフ、同人作家のくせに女装も出来ないような男だとは思わなかったわ! それでもチンコついてんの!?」
「全く意味が通じないで御座るが、どういうことで御座る?」
「は!? 解らないの点蔵!? アデーレに女装セットの巨乳アタッチメントを試して貰って実験……、巨乳感を実感してもらうのよ!?」
「い、今、喜美さんちょっと本音言いそうになりかけましたよね!?」
「アデーレ!」
喜美がアデーレの両肩に手を乗せた。
「いい!? 大事なのは本音や建て前じゃなくて結果よ! そう、面白ければいいの!」
「本音だけですよソレ!!」
●
だが、アデーレも”一度はやってみたかった”のだろう。
とりあえず、という感で着替え用スペースから”盛った”状態で出てきたが、
「ど、どうでしょうか!」
インナースーツも”巨”用にしていた。
そんな彼女を見たこちらの横、”生命礼賛”と文字を入れた禰宜姿の御広敷が、肘を入れてきた。
「? ……どうしたで御座るか御広敷殿。アデーレ殿がロリ巨乳になったので動揺して御座るか」
「はあ? 十歳以上はババアなのでアデーレ君だって平等にババアですよ、何言ってるんですか君は。それより点蔵君、──君のジャンルでしょう。金髪巨乳は」
言われ、自分はアデーレを見た。そして、
……ぬ?
つい額に手を当てて、己はそのままつぶやいた。
「アデーレ殿」
「え? 何です? 金髪巨乳ソムリエの点蔵さんとしては」
「Jud.、──歩くとき、もうちょっと肩をこう張って。
──そう、それで胸の揺れは反らせた胸板で一度受けるように──、そうそうそう、そういう感じで御座る」
しかし、
「やっぱ偽物で御座るなあ」
●
「さ、最悪! 最悪の感想来ましたよ!」
そうですよね! と、女子衆がアデーレの側に回った。
「──点蔵君は、どうしてアデーレが巨乳の真似事でして自分を納得させてるのを褒めてあげないんですか!」
「そうですわね、私だったらそんな屈辱的な真似事、人前では出来ないほどですのに!」
「なあ、アデーレ、そういうのって、どうしようもないことだと私は思うぞ」
「な、何かこっちにグサグサ来るフォローが重爆されてますよ!」
と、窓から魔女が二人入って来た。
ナイトの箒に二人乗り。
あら、という顔のナルゼが、こちらとアデーレの方を見て、またこっちへと視線を戻す。
そしてナルゼが、成程、と一つ頷き、
「サイテー」
「い、いきなりで御座るな!」
「──じゃあクズでいいわ。我慢してあげる」
「更に酷くなったで御座るよ!」
まあまあ、と間に入ったのは、やはり禰宜姿のネシンバラだ。彼はもっともらしく頷き、
「クロスユナイト君」
いい落としどころを思いついたのだろう。
彼は”目標大手”と書かれた衣装を軽く揺らし、額に手を当てた。動きに意味は無い。単に格好いいと思っているだけだ。
そしてネシンバラが一息を入れ、
「──いいかいクロスユナイト君、こういうときはバルフェット君の姿をまず評価すべきだ。
何しろバルフェット君がいつもと違う格好をしているんだからね。
そうでなければ、バルフェット君も浮かばれないだろう。
――折角女装したのに」
「じょ、女装じゃないですよ! 巨乳化ですよ!!」
「──あ、御免」
「サイテー」
「ま、待て、ナルゼ君! その認識だと、バルフェット君が偽とはいえ巨乳化したことを認めたら、僕の評価はサイコーになるのかい!?」
「──その場合はゲス野郎になるわ」
「なかなかキツいで御座るなナルゼ殿!」
そこから全員回すように噛みつき合って一ターンだ。
●
結局のところアデーレの増量については、イトケン達が言う、
「アデーレ君、無理のない生き方が一番だよ」
「そうとも、我が輩のように水分増量で大きくなれる生物でもあるまい。大事なのは劇的な変化を求めることではなく、日々健やかにあること。つまり、成長が一番なのではない。健康が一番なのだ。犬と共に走り、健康であるアデーレは、それがベストであり、ある意味、ベストであることに気づかず、他を望んでしまうのであろうな」
「…………」
ということで、客の方から拍手が湧いて終了となったのであった。
ひょっとしたら、客には寸劇か何かかと思われていた節もある。
だとしたらあれもいいのであろうか、どうであろうか。
……しかしなあ……。
「あ! ここで”今”に戻ってますね!」
「Jud.、回想終了で御座るが、ビミョーに余韻が残って御座るよ? ともあれ従士隊に突撃しながら――」
うちのクラスの平常振りは良いので御座ろうか、と、突撃を加速しながら自分は思い、前を見た。
三年の従士。女子が、こちらに突撃を掛けてきている。
距離二十メートル。
こちらに向かってくる相手は、金髪で、
……ぎりぎり巨乳……!
そう判断するなり、己はダッシュした。