境界線上のホライゾン きみとあさまでGTA Ⅳ

第十九章『事故現場の大の字』

 点蔵は走りながら左右を確認した。

 自分以外に、この標的に向かっている仲間はいない。

 それは、皆、こちらを見ていないと言うことだ。ならば、


 ……忍術、凝視モード!


 心に技を叫んで正面を捉えてみれば、敵は確かに、


 ……揺れて御座るな!


 ナチュラルに御座る。

 そう、自然な巨乳とは、ゲームであるような中心軸を持った揺れをするのではない。

 接面部全体に貼り付いた胸が、別として弾まねばならん。


 生きてて良かった。


「御母様、御父様のパートを書くのはいいのですが、必要以上にリアルになると、それはそれで危険ではないでしょうか」


「いえジェイミー。点蔵様のキャラを確立しておくことは、将来の私のため、私達のためになります。そこを間違えてはいけませんよ」


「そこが間違ってんじゃないかしら……」


「ま、まあ人の性癖はそれぞれですから……!」


 点蔵は前に出た。

 現在の自分の任務は、従士隊の突撃を止めることだ。そのためには、


「止める……!」


 突撃してくる相手を、訓練として止める。

 趣味ではない。

 実益でもない。

 これは雅楽祭にて行われる怪異の溝儀の訓練であり、重要なことで御座る。


 ……言い訳充分!


 しかし、相手を止めるにしても、転ばしたり吹っ飛ばしたりは避けたい。

 相手は、こういう見方をしては何だが、学年違いとはいえ同じ教導院に通う仲間なのだ。

 他の皆がぶち当たったりしている光景も見受けられるが、自分は性格と趣味……、否、断固として今後の任務の遂行を考え、負傷の可能性は無しで行きたい。

 止める。

 ならばそのために、何をすべきか。


 ……手を使っていいので御座ろうか。


 構わぬ!


 ……両手でガシっといっていいので御座ろうか。


 構わぬ!!


 ……そのまま倒れ込んだりしていいので御座ろうか。


 構わぬ!!! ──あとで訴えられるかもしれんが。


「だが今は重要な訓練に御座る!」


 一歩で歩幅を合わせ、点蔵は突っ込んだ。


 ……待っているで御座るよ金髪巨乳!


「──傷有り様? またクシャミですか?」


「え? ──あ、はい、何だか風の精霊がくすぐるんですよね。

 いいことがある兆しだと思うんですが、もう春も終わるというのに、来年の分の予見なんでしょうか?」


 点蔵は、両手を構えて走った。

 当たる。

 行ける。

 捕らえる。


 ……貰った!


 と、思った瞬間だった。

 目の前に来ていた巨乳が、いきなり横揺れした。

 フェイントだ。


「何……!?」


 待つで御座る、と己は思った。

 逃げないで巨乳。


 ……あ、自分、今、詩人で御座るな……。


 と、そんな事を感じたが、相手は確実に軌道をずらした。

 それは、もとより当たることを考えず、引きつけて転じることを考えた動きであった。

 挙動から読むことは可能だった筈だが、目の前の囮に気をとられすぎた。それに自分は”斬撃”役なので、相手のフェイントを読む意味も無い。

 ずれた。

 今のままで行くと、自分は両手を構えたまま、金髪巨乳の横をすれ違う。

 さらば巨乳。

 しかし、”斬撃”の追尾性として、巨乳を追うべきかどうかの判断はある。

 今から強引に身体を倒せば、食らいつくようには行けるだろう。

 どうする。

 どうするので御座るか自分。


「──と」


 正面に敵がいた。

 フェイントに引っかかった”斬撃”を潰す役だ。

 金髪だった。

 だが、先ほどとは大きく違った部分があった。それは、


「アデーレ殿?」


 浅間は、劇場艦へと渡る桟橋をミトツダイラと行きながら、ある光景を見た。


「あれ?」


 劇場艦の艦首側、武神の近くで、点蔵が不意にやる気を無くしたのだ。

 訓練中だ。

 先ほどまで、概要図の動きを見ていても、もの凄いダッシュを掛けていたのに。

 しかし今、点蔵は足を力なく歩かせ、肩を落とし、


「点蔵?」


 ミトツダイラが、何事、という口調で呟いた直後。

 アデーレが鉄パイプの直撃をもって点蔵を吹っ飛ばした。

 同時。

 艦首側から呼び子の音が響く。忠世が槍を持ち上げて振り、


「ハイ、資材運び一回目はここで終了──!

 そこの忍者、何してんだ一体!」


 吹っ飛んで三度ほど転がった後、点蔵が身を起こして頭を下げた。


「す、すまぬで御座る! 自分、あまりの失望感ゆえ、自分の業を確認して御座った!」


「な、何かよく解らないですけど、自分、今のやる気のない動きに怒っていいような気がするんですが、いいですよね!?」


「あー、こっちもよく解らないけどバルフェットは生き残り組だから次は後列なー」


 まだまだ”資材運び”は続くのだ。


「あの訓練、ミトはこれから参加ですよね?」


「ええ、智は”測量”で矢を射ち込むんでしたっけ?」


「はい。とりあえず、という形ですけどね」


 雅楽祭まで、この”資材運び”は定期的に続く。

 それによって、なるべく多くの者を参加させる一方、皆の動きは情報として残され、仮想空間など用いて共有される。


 ……そのような方法を経て、”資材運び”に参加出来ない人でも訓練内容が理解出来るようにしておくんですよね。


 現場に不慮が起きないようにするためだ。

 初日の今日は、非神刀が出た時の再現。

 明日は隠竜の際の再現。

 明後日が、雅楽祭用の作戦の練習。

 時間はないが、段階を経て相手を理解し、自分達の出来る事を確認していく。

 そういう流れだ。

 とはいえ、


「学園祭の方もありますからね。なかなか大変です」


「明日の”資材運び”は、後から私達だけで出て、皆の取得情報にそれを重ねるやり方にしますのよね?」


「そうですね。隠竜は大物なので、皆も私達抜きで再現した方がいいだろう、って。──コスプレ茶屋が終わった後で私達の出場になりますから、明日は一日しっかりと──」


 茶屋を切り盛りしよう、とは言えない。

 敢えて言うなら、


「茶屋しながら、トーリ君と喜美を押さえ込みましょう」


「わ、私もですの!?」


 今更、と視線を返しつつ、自分はミトツダイラと共に劇場艦への桟橋を渡りきる。

 ここはいずれ戦場のようになる場所。

 怪異の禊祓だけではない。

 雅楽祭としても、だ。


「……走りきりました……」


「褒めていいの?」


「いえ! 褒めるでありますよ! 推しの代理という大役、見事でありました!!」


「途中、しれっと”素”の御母様を挟むあたり、流石でした……」


「やっぱり同時間に存在していたと主張したいよねえ」


「じゃあ続きは私の方で行くか。総長連合回りと言うことで、当時の記録を参照しながら見よう」


「よう、どうだ渡辺」


 やや下、舞台下から上がって来る階段口からの声に、渡辺は振り向いた。


「──スガ君」


 Jud.、とやってくる大須賀は、両手に大きな荷物を提げている。紙の束に見えるものは、薄めの草紙で、


「谷川城時代、劇場艦と言うことで神社代わりにされていたようでな。燃やして禊祓にするための同人誌が下部倉庫にたらふくある」


「アー……、失敬、ちょっと見ていい?」


「何だ双嬢、仕事中か」


「感じ感じ。アー、コレ、バラやんの不良在庫?」


「明らかにパクリのネタあるわよね……。この”荘園士・丹波院”とか。何に使われてたの?」


「バラストになってたんじゃないの?」


「それにしても古いだろ。これ、”武士トルーパー”とか、俺達が小等部の頃のネタだぞ」


「ああ、土属性の人が使えないんですよね。でもクラスの女子と、誰それが一番というので盛り上がってた憶えがありますけど」


 苦笑で言われて、大須賀が甲板の方を見る。そこにいる忠世に、


「おい、次は従士隊が戻りだろ。これの運搬も頼む」


「持ち帰る馬鹿がいそうだねえ」


「そうか?」


「男の大半は、女の裸が載ってる本があって、それが”手に入るかどうか選択肢がある”状態だったら絶対手に入れるもんだし」


「それは甘いな」


 舞台から手荷物つきで降りながら、大須賀が言った。

 彼はまっすぐ、遠い空を見て、


「信仰に目覚めた者は、道端に落ちている誘惑に気を止める事もないのだ」


「──人妻系同人誌の場合は?」


「信仰に従って持って帰るに決まっているだろう」


「ツッコミ面倒だから先に言うけど、その手提げの中に人妻系があったらどうすんだ」


「引き抜いた」


「過去形か」


 おい、と忠世が渡辺を半目で見た。


「何か言ってやったらどうだ」


「言って治るもんじゃありませんから」


 笑っているのではないが、嫌味も暗さもない顔の渡辺に、忠世が僅かに言葉を止める。

 そして、ややあってから、


「ま、そういやそうだな」


「昔は純真だったんですけどねえ」


 という渡辺の言葉を、忠世は聞く。


「昔は、自然区画の河原にエロ草紙が捨ててあるのを学校の行きに見つけて、帰りに鳥居君とダッシュで拾いに行くような人だったんですけど」


「鳥居も何でかそういうノリがあったが、充分に邪心まみれじゃないか」


「人妻云々言ってませんでしたから」


「今は、でも、”言って治るもんじゃ”、って見方なんだろ?」


 問うた先、渡辺が、大須賀の背を視線で追っている。

 彼が、舞台側の資材置き場に同人草紙の束を積むのを確認すると、


「ハイ、従士隊に追加仕事、──忠世さん、お願い出来る?」


「あー、Jud.Jud.」


 問いかけをすかされた事に対し、忠世は解りやすい落胆を見せて口を開く。


「うちらもいつの間にか、隠し事する間柄になったか」


「隠し事をしている訳ではありませんよ」


「第一特務がそれを言う?」


 Jud.、と渡辺が言った。


「話す意味も無いことって、あるじゃないですか。

 ──ただ単に、聞く意味もない話を話さなかったからって、それを”隠し事をしている”と言われたら、どうします?」


「ストーカーか独占欲か、ってところか」


「Jud.」


 大体ね、と渡辺が言った。


「私達の中では、私が仲間はずれなんですから、それを私、何も言ってないでしょう?」


 あー、と忠世は言葉を選ぶ。

 渡辺の言っている意味は、現状の流れとしてよく解る。

 既に事態は動いているし、人事は尽くしているのだ。

 だから、


「いや、言われたところでどうしようもないし」


「あのね」


 渡辺が、軽い落胆を示す首の傾げを作って前を指さした。

 前方。

 肩をすくめる大須賀の足下にある同人草紙の束を、彼女は指で示し、


「言われたところでどうしようもないなら、聞いたところでどうしようもないのは解ってます。

 だから後は、事を為す準備を重ねるだけ。

 ──とっととそれを、運ばせて下さいな」


「──で、何よ? ネシンバラ、三年の渡辺だけが、現在の役職者兼襲名者の中では別枠だなんて」


 教室内の更衣スペース。

 侍の衣装を鈴が脱ぐのを手伝いながら、ナルゼはパーティションを区切るカーテン越しに問うていた。


「…………」


「ど、どうしたの?」


「いや、……私さっき、伏見城でネシンバラの同人誌の不良在庫見てたんだけど」


「どういうことだよ!?」


「フフ、すぐここに来るには、チョイと距離が空きすぎてる?」


「ど、どうするの? そういうとき」


 浅間の幻影が向こうで頭を抱えている気がするが、気のせいだということにしておく。

 すると、


「おっとナルルゼ様! いい処に!」


「一周してビミョーに近似値が出始めた?」


 まあまあ、とパン屋の店員が、両手の指を左右にキメてこう言った。


「ワープです」


 ワープして消えた。


「そっか! ワープね! じゃあそれで行くわ!」


「……また新しい手法が……。あ、私は幻影です」


 幻影にはすまないと思う。

 ともあれ話を戻す。


「総長連合で、三年の渡辺だけが別枠って、どういうことかな? バラやん」


「渡辺って、あの第一特務よね? 装備だって鉄の素槍で、機殻槍使いの大久保・忠世とカブってるし、……何かあるとしたら金髪ってことくらい?」


「違う違う。外見じゃなくてさ。

 ──あ、そっちに魔術師の帽子ある?」


「あ、ある、よ?」


 鈴がパーティション奥の葛籠の方に行く。

 あらあら上をはだけたままよ、と、己は、鈴の脱いだ侍用斜甲機殻を左手にしながら、右の手元にトンボ枠型の魔術陣を出しておく。

 正面。葛籠にかがみ込んでいるがゆえに、突き出された鈴の尻を素描し始め、


 ……ああ、草摺機殻みたいな重いスカートがついてると、鈴みたいな細身は身体がこう揺れるのね……。


 描くために知らないことを知っていき、更にはそれを即座確認出来ると言うのは、絵描きにとって喜びでしかない。

 いいわ、鈴、もうちょっと上に尻ツンってやってみて──、あ、いい感じいい感じ、そうそうそう、力を入れて──、そうそうそう。


「ガっちゃんさっきから何か盛り上がってない?」


「え? あ、Jud.、そうねマルゴット。学園祭だからこその盛り上がりね」


「――あ、あった、よ」


 え? と思って振り向くと、鈴が白い男子用魔術帽を手に取っていた。

 手元の鈴の素描はまだ終わっていない。


 ……それなのに……!


「ネシンバラ──!!」


 はあ!? と向こうから声がした。


「毎度の理不尽だけど、僕が何かしたかよ!?」


 着替え中の男子勢は、カーテンをくぐって白魔女が中に入ってくるのを見た。

 わあ、とイトケンが半歩退き、


「ナルゼ君! 今、僕達は着替え中で裸だよ!」


「いつも裸が何か言ってるわあ──!」


「──落ち着くのだナルゼ! ネシンバラに非があるとしても、吾輩達の更衣室に踏み込むのは冷静な判断ではない!」


「待ったあー! 何で僕に非があることになってるんだよ!」


「はあ!? アンタ今、一人の絵描きの成長を阻害したのよ!

 折角、鈴の半裸を描写していたっていうのに! 

 半裸で侍衣装の鈴なんて、今後あるかないかの機会だって言うのに!」


「誰かあ──! 誰かあ──! ここに変質者がいます!!」


 無理だろう、と言ったのは既に白魔術師の格好を整えていたノリキだ。彼は、


「何アンタ。サラシ腹に巻いただけの上に、魔術師の上着って、どんだけ肉体派?」


「インナースーツの上は動きにくいし高価だからな。

 衣装遊びでそこまで俺に金を使うこともないだろう」


 ノリキは吐息で、荷物置き場となっている机に軽く腰掛けた。


「第一特務他、取り締まりの大半は伏見城だ。風紀委員がいれば別だが、浅間が向こうに出てるから無理だ」


「オッス! そういうときはワープです!」


 ワープして消えた。

 何もいない虚空に、皆で軽く手を振った後、ネシンバラが口を開いた。


「担任も学食行って、調理部の”賞味期限直前! 放出料理大会!!”で食いまくってるだろうからねえ」


『ここの記録、画像的にあったり、する?』


『それがあるのよねえ』


『フフ……、じゃあもうちょっと担当しよう。GTAの記録の中で、三人称視点は珍しいようだからね』


 ネシンバラの吐息を隠すように、白魔女が彼用の帽子を渡す。


「はい、鈴から。──でもこれ、衣装の予算は何処から出てるの?」


 ナルゼの問いに、ネシンバラが眉をひそめた。


「クラスの全員で出したろ? 本多君が出せるかどうかで議論したけど」


「ああ」


 とナルゼが得心行ったように頷いた。


「あれから、バイトを探すようにしてたんだっけ。──御免、あのとき、原稿やっててあまりそこらへんの話、聞いてなかったわ。私、ちゃんとお金出した?」


「オーゲザヴァラー君に言われたとおり、三人分出してた」


「あの女……」


 ち、と爪を噛んで舌打ちした魔女に、ネシンバラが告げた。

 彼は、は、と吐息しつつ、


「他、何か聞きたいことは?」


「何? 描かせてくれるの?」


「そうじゃなくてさ。さっきの、渡辺先輩のこと」


「ああ、すっかり忘れてたわ。

 ──何よ一体、一人仲間はずれなんて」


 彼女の言葉に、やっぱりね、と小さく呟くネシンバラだったが、しかしすぐに彼は身に力を入れ直した。

 眼鏡を鼻の上に持ち上げ直し、受け取った白魔術師の帽子を被ると、


「役職者である、鳥居・元忠、大久保・忠世、大須賀・康高、渡辺・守綱の内、関ヶ原の合戦まで在命なのは、渡辺・守綱だけなんだ」


 ナイトは、カーテンの向こうから聞こえるネシンバラの声に耳を澄ましながら、鈴の着替えを手伝っていた。

 侍装備から、黒魔女装備への着替えだ。


 ……侍ファッションは派手だなあ……。


 鈴が基礎を手作りしたもので、当然、実用品ではない。

 だが、それでもパーツが多い。

 フェイク衣装でも着替えに時間が掛かるのだから、昔の人はよくこんなものを着込んでいたと思う。


「ほーい、ベルりん、脱げた脱げた」


「う、うん、ありがと」


 と言っている向こうで、ネシンバラの声が聞こえる。


「いいかい」


 先輩達の事だ。

 雅楽祭の打ち合わせや、ここのところの怪異の騒動で見知った顔。

 否、向こうはこちらをさほど知らないだろうし、こちらも人となりなと知る訳でもない。

 ネシンバラが言うのは、そういう人達の情報だ。それは、


 ……聞いて、意味があるかどうかは解らないけど。



「──聖譜記述では、彼らの内で最初に亡くなるのは大須賀・康高、次が大久保・忠世、そして鳥居・元信だ。

 関ヶ原の合戦以前に亡くなった三人は、つまり、主である松平の天下を見ていないことになる」


 ……成程ねえ。


 自分は、鈴用の黒魔女衣装を葛籠から取り出す。

 そして、鈴にインナースーツから順番に手渡しながら、カーテンの向こうに言った。


「――バラやん? 話の横入りいい?」


「ああ、構わないよ」


「んじゃ。──今のバラやんのそれ、先輩達にとって何か意味あるのかな? よくあることっしょ? 襲名者の年代ズレなんて」


「そう言われると思ったけど、単なるゴシップじゃないよ。

 ──気になる部分が一つあるんだけど、それはもう君達には話した筈だ」


 言われ、己は眉をひそめた。


 ……バラやんに何か先輩達のことで言われたネタ、あったっけ。


 あった。


「サイン欲しいってこと?」


 ああ、と男子側更衣室にいるナルゼが応じた。


「まさか、関ヶ原以前の武将と以後の武将で分けて、サインの収集やってんの? 天下を体験した連中とそうじゃない連中で」


「天下取りを基準にしたら収集の幅がなくなるよ」


「じゃあどういうことかな?」


 問うと、ナルゼに向いていたネシンバラの気配がこちらに向いた。そして、


「伏見城の戦いについて、話をしたろう?」


「──今、武蔵に来ている鈴木・孫一が、鳥居・元忠を討ち取る話だよね?」


 そうさ、と彼が言った。

 間髪なく続く言葉は、


「その伏見城の戦いが、関ヶ原の合戦の前哨戦となる。

 もし、あの伏見城でそのような状況が起きた場合──」


 ネシンバラが、言葉を作った。


「極東は、他国に先駆けて、関ヶ原直前の歴史再現を行ったことになる。

 ──無論それは、渡辺・守綱も経験した戦いだが、先輩は現在、第一特務だ」


「それって……」


 ネシンバラの言いたいことは解る。そのつもりだ。

 つまり、と前置きして、己は言った。


「──渡辺先輩は、孫一が何かしようとしたら、それを取り締まる側ってことだよね」


「さて」


 渡辺は、艦尾側から戻って来た第一特務隊に声を掛けた。


「次は二班に分かれて、一班ずつ”資材運び”です。

 ──お互いの班の人がどう動いてるのかを見て、参考や反省にして下さい」


 正面。

 遠くに見える艦尾側には、従士隊が膝をついて息を整えている。

 そちらに歩いて向かう忠世の背が、機殻槍を振り上げ、


「はい、全員立──つ」


 結構厳しい。

 そんなことを思う自分は、忠世の背中越しに、ある人影を見た。


 ……あれは……。


 浅間神社の代表と、水戸の暫定領主だ。

 今、二人は艦尾側にある小艦橋の上で、雅楽祭管理の”武蔵野”と話をしている。

 ”資材運び”や、諸処の流れの確認だろう。

 時折、浅間神社代表が軽く握った左腕をこちらの頭上方向に掲げるのは、射撃タイミングの把握か。

 彼女達はすぐにこちらとの合流をする。

 そういう流れなのだろう。


「さて」


 自分は小さく言葉を作った。


「いろいろと、誰にでも、言わなくてもいい覚悟はあるものですよね」


 点蔵は、”資材運び”の往復を終えた際、覚悟を決めていた。


 ……次こそは、ちゃんとやるで御座るよ!


 従士を止めるのだ。

 狙いは、三年生の金髪巨乳従士だ。

 先ほど、思い切りフェイントを食らった相手である。

 雪辱、という訳ではない。

 何しろ、初手のぶつかり合いにおいて、かわされて吹っ飛ばされたのは自分だけだ。

 これはいけない。

 父が忍者の講師であるがゆえ、自分にも望まずして”好成績”キャラがついてしまっているのだ。

 ある程度の結果を出さねばならない。

 父のことなど、そんなものは構わない、としたいところではあるが、


 ……特にあの父親ではなー……。


 今朝も、朝起きたら母親の書き置きで”自然区画の河原に行って来ます”とあって、テーブルの上には父が秘蔵していたらしいエロゲが積んであったが、母は今回どのような仕置きをするので御座ろうか。

 ともあれ、今は勝負だ。

 二回目の往路である。

刊行シリーズ

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