境界線上のホライゾン きみとあさまでGTA Ⅳ

第二十五章『席上の密論』

 渡辺は、遮断を聞いて、更には己の目で見た。


 ……成程。


 浅間神社代表が、自分の結論を告げているときだった。

 こちらの言葉に反応しているのは、彼女だけでは無かったのだ。

 水戸領主も、配送業代表も、僅かに眉を立てた顔で浅間神社代表を見て、


「────」


 どちらともなく、彼女の遮断に頷いた。

 だから自分は納得した。彼女達の共通認識を支えている者がいる、と。

 浅間神社代表の遮断には迷いが無かった。だから彼女が全体の長でなければ、それだけの納得をさせている長が、他にいるのだ。

 後悔通りの主か。


 ……確かに。


 目の前で大事なものを失った彼ならば、そのような遮断を心に飼って当然だ。

 だが、と己は思う。

 彼は、人を率いていくタイプでは無いだろう、と。

 それならば、今、目の前で見ることが出来た連帯の正体は、


 ……彼が、皆の傘となっているのではありませんね。


 長としての彼を助け、守るように、皆が自分達を決めているのだ。

 きっと、彼に次の後悔を与えないように、と。


「成程」


 己は告げた。


「貴女達の時代は、強いものとなるのでしょうね」


 圧縮トーストを口にする。

 意外と”焼き”は確かで、ジャムの酸味も利いている。

 何事か解らない、という顔の少女達を前に食事を終え、補佐と共に青雷亭を出る事にした。

 最後、席を立つときに、


「明日の雅楽祭、──必ず成功させましょう」


 そのために、


「私がまず、頑張らないといけませんね」


「おーい姉ちゃん、昼からの仕入れの方、浅間達どーなってる?」


 女装衛士の弟の言葉に、衛士衣装を崩して着た喜美は振り向いた。

 弟は給仕に忙しく、いろいろな通神の遣り取りを聞いていないらしい、


 ……ホント、こういう騒ぎの中で動くの好きねえ。


 内心で微笑を得ながら、通神関係のメモとして厨房裏に貼ってある表示枠を手に取った。その一枚の内容はこれだ。


『青雷亭での仕入れ終了。第一特務の渡辺さんに会いました』


 複製して弟に投げると、


「……姉ちゃん、コレ、”渡辺さんに会いました”って、第一特務の金髪姉ちゃんに”会いましたあ!!”って射撃したんじゃねえよな?」


「可能性としてあり得るから怖いわね……」


「──おい、料理出来たぞ」


 と、厨房からノリキが皿を出す。

 だが、Jud.、と受け取ったのは点蔵だ。彼は白装束である衛士衣装を忍者風に改造しており、その両手と肘内側にまで皿を乗せると、


「とりあえず前菜系なので、素早く回ってくるで御座る」


「なあに? メインは私達に任せるつもり?」


「いや、自分、トークが保たぬで御座るゆえ」


 馬鹿ねえ、と己は笑う。そして自分の運ぶ飲み物を盆に並べていきながら、


「トークのネタなら自分自身があるじゃない」


 胸元、開けた袷から、衛士のヘルメットに触れ、


「始めに挨拶して、”自分の格好、どうで御座る?”って言えばいいのよ」


「それで沈黙来たらどうするで御座るか?」


「そうしたら”この時間は衛士の衣装。皆、下手な飲酒で取り締まられぬよう、御注意で御座るよ?”とか言えばいいの。そうして話しかけて、反応無かったら営業トーク。これは初心者には大事なパターンよ?」


「話しかけて、沈黙だったら営業トーク、が?」


 Jud.、とこちらは頷く。


「そうすれば、最初の話しかけも営業トークの挨拶だった、って誤魔化せるじゃない?

 それが向こうに伝われば、挨拶に対しての返答もしやすくなるしね。

 そうしたら──」


「そうしたら?」


「オーダーや、追加オーダーとりながら、アレがオススメ、コレはやめとけとか、そういう風に話して行く訳。追加を取る場合は、”今ならコレが出来たばかり!”とか言って、ね。

 注文やサーブの遣り取りは会話なんだから大事に。後は──」


 と、弟が横に来た。彼は鈴お手製のハードポイント増設パーツなどに触れ、


「後は、そうだな、この衣装のどこがいい出来とか、着ていて苦労とか、そういう”やってる人間じゃないと解らないこと”とか話せばいいんだよ。そういうのって、着た人にとって”来ないと聞けない話・ここでなければ聞けないネタ”だからさ」


 確かにその通りだ。

 来て、”得”をして貰う。それが肝要であり、そのサービスは支持となる。

 ただ単に格好だけを見せているのでは、趣味があった者しか”得”をしない。そうではない、興味本位で来た者に対して、楽しい空気や、


 ……ここだけの情報、ってのを聞けたら嬉しいわよね。


 秘密の共有、といったところだろうか。

 祭は三日間あるが、基本は日中だ。食事処となると、幾つも回れ……、ミトツダイラなら余裕だろうが、あれは特殊だ。今も仕入れの連中がなかなか戻って来ないが、きっと外の屋台を物色しているに違いない。

 ともあれ、という流れで、点蔵が給仕に向かった。

 身のこなしはいいのだ。流石は忍者。後はトークだが、


「……噛んださね、あの動き」


 衛士姿がハマり過ぎているように見える直政の言葉に、頷くまでも無い。

 だが、忍者がそう言う素人らしい反応を見せるのも、客にとっては思い出語りのネタになるのだ。

 横に、皿を片付けに来た弟が来て、ぽつりと言う。


「点蔵の、ああいう、真面目だから失敗するようなとこ、汲むヤツいねえかなあ」


「武蔵上は、ギャグとかに厳しいものねえ……」


 と、姉弟ともに、どうしたものかと頷きあったときだ。


 ……あら?


 廊下が不意に騒がしくなった。そして、音源とも言える気配が近付いてきて、


「おーい、トーリとか、ちゃんとやってっかー」


 入り口の行列を割って入ってきたのは、鳥居だ。


 武蔵の総長兼生徒会長。

 それだけではなく、大椿の上位信奏者という”先輩”。それが自分にとっての、鳥居だ。

 弟と仲が良いが、連むでもなく、道を同じくするものでも無い。

 そういう意味でも、純粋に先輩として捉えていい存在だろう。

 会ってみれば、向こうも、弟とこちらを区別することをせず、


「おおう、喜美は今日もエロいなー」


「あらあら、どうしたの総長、割り込み無しよ? 入るなら行列並んで」


「ああ、そういうつもりじゃなくて、見回りの一環」


 鳥居の言葉に、横の弟が慌てて己の股間を押さえた。


「チューコ、まさか俺を連行するつもりか……!」


「いや、お前いつもそんな感じじゃん」


 鳥居が半目になって、しかし不意に苦笑した。

 そして彼女は、不意に辺りを見回し、


「あれ? あさまんは?」


「浅間なら、青雷亭に仕入れ行ってるぜ。──何か、第一特務も一緒だって」


「あー……、ナベがいるか」


 と言う鳥居の表情に、己は妙なものを感じた。その感覚は、一言で即断すると、


 ……厄介?


 ……そうじゃないわね。


 と、己は、心の中に生まれた判断を、やや考えてから打ち消した。

 厄介、ではない。それはちょっと違うと、感覚が自分を訂正している。無論、宥めに逆らう感覚もあるのだが、七回くらい勝負させると宥める方が勝ったのでそっちにした。

 つまり、表情と、場所の関係だ。

 先ほどの鳥居の表情は、御説教してくる相手を厭うようなものだ。鳥居と渡辺のキャラを考えたとき、彼女達の間柄ならばいつもの表情と言えるだろう。だが、


 ……ここにいるわけじゃないのに。


 多摩にいる相手を、何故、厭う。

 だから、”厄介”ではない。

 強いて言うなら、”面倒”。そんな顔だ。

 しかし、何が面倒なのだろうか。

 総長連合と生徒会の四人衆は、この前の隠竜退治のときも連携がとれていて。雅楽祭でも彼女達のバンドはアンコール予測の筆頭なのだ。

 町中や学校内の話を聞いても、仲が良い。ならば、


 ……場所が、何かの要因なのね。


 多摩に、何があるのだろうか。

 青雷亭ではあるまい。P-01sでもないだろう。だとすれば、


「……?」


 思う答えは幾つかある。だが、その疑問に答える者はおらず、鳥居の方も、


「よーし、じゃあ、見回り急がないといけないし、トーリや喜美に会えたからいいとするかー」


 言って、伸びをする鳥居を、つなぎ止めることは出来ないだろう。

 彼女は、自分達と親しいが、自分達の”側”として仲間になれる人ではない。

 彼女達にも、己の”側”があるのだ。そこの境界を砕けるほどに付き合いがあれば、とも思うが、


 ……それは、私のやることじゃないわね。


 相応しい者は、別にいる。それももの凄く近くに、だ。

 そのことが、お互いに理解出来ているのだろうか。鳥居はこちらから一歩離れ、


「雅楽祭、明日な?」


「──Jud.、最後のシメは貰ったから、うちが全部持って行くわよ?」


「そっか」


 鳥居が口の端を上げた。

 そして彼女の目が、入り口の行列に向いたとき、自分は告げた。


「総長?」


「あ? 何? 喜美」


 はい、と鳥居に包み入りのクッキーを投げ渡す。

 店の持ち帰り商品だ。己はそれを指さして目を細め、


「帰るなら、ちょっと心付けくらい持って行きなさいな。──お偉い人に権力の犬が尻尾振るような感じでね。私達の手製だから、特別よ?」


「──で、”武蔵”さんは、学園祭を回らない訳?」


「Jud.、武蔵全体が特殊状況で多忙な現状です。大体、各所に配置された麾下自動人形達からの報告を聞いてるだけで、全体は把握出来るものかと。──以上」


 と、”武蔵”が、幾本かのモップと木桶を後ろに従えながら、酒井に応じた。

 場所は奥多摩の艦首側甲板。展望台代わりに開放された場所は、午後半ばの光をステルス防護障壁から浴びていた。

 淡く緩い、各方向から照らす光は、床に明確な影を作らない。

 祭から一息つく人達の間、無数に用意された休憩用の椅子と番傘の下で、”武蔵”が酒井に軽く頭を下げる。


「失礼。──以上」


 と、空から風を切る音が幾つか降って来た。

 湯飲みを口に当てる酒井の正面。”武蔵”の背後に、その落下物は突き立つ勢いで整列する。

 連続して床に打ち込まれてきたのはモップだ。数にして十六。”武蔵”はそれらに一度手を振って管理権をアジャスト。自分の手指に従えると、


「”高尾”、七本追加します。──以上」


 言うなり、”武蔵”が軽く右手を振った。

 直後のタイミングで、彼女の背後にあったモップに、表示枠が重なる。

 重力制御による射出管理術式だ。それは武蔵本体の重力制御を、一点集中割り当てで使用するもので、更には、


「武蔵内航路、奥多摩艦首-高尾右舷域、クリアランス六秒確定。射出。──以上」


 風を打つ軽い音を連続して、モップが跳ね飛んだ。行き先は高尾。宙を行くモップは、正確に六秒で目標地点に到達する。

 それらの動きは、おお、という気づきの声を周囲の人々に生ませ、


『”武蔵”様、こちら”高尾”、補給品を受理いたしました。──以上』


 相手からの報告がある頃には、”武蔵”は既に違う動きをしている。

 横に持ってきていたサイドテーブルの二段目、保温用オーブンの中から取り出すのは、


「酒井様、武蔵野で人気の極東ピザは如何でしょうか」


「いつ買ったの?」


「”武蔵野”麾下の”秋葉原”が、朝の内に数枚を。重力射出で届けさせました」


 と、皿に置かれるのは、小麦粉の生地に野菜を混ぜて焼いたものだ。歩きながら食べやすいようにか、


「中濃ソースとマヨンソースが、中に仕込むように折りたたまれていますね。──以上」


「昔、こういうの学校帰りによく食ったなあ……。あ、中に卵入ってるのは嬉しいね」


「お喜び頂けて幸いだと判断出来ます。他、名物品は幾つか取り寄せてありますので、折々出していくことにしましょう。──以上」


「有り難いねえ。でも”武蔵”さん、どうせだったら適当に回ってみない?」


 酒井の言葉に、”武蔵”が半目になる。


「毎回毎回このようなイベントのときにはそう誘われますが、毎回毎回この”武蔵”は麾下の管制役なので対応不可能です。──以上」


「ま、そりゃ解ってるけどさ。一人で回ってもつまらないし」


「他、手の空いてる者を呼びましょうか。”奥多摩”など。──以上」


「いやいや」


 と、酒井が苦笑で手を左右に振る。


「忙しくて動けない”武蔵”さんだから誘うんだよね」


「そうですか」


 と、”武蔵”が言葉を続けた。


「武蔵の人口は増える傾向にあり、祭の規模も毎年大きくなっています。”武蔵”の多忙は今後も変わらぬことかと。──以上」


 そして”武蔵”は、サイドテーブルから保温の素焼き瓶を出す。


「御茶は如何ですか。──以上」


「それも祭のどっかで買って来たやつ?」


「いえ、いつもは出さない貴重品です。祭の時ならいいかと判断しましたので。──以上」


 と、”武蔵”が言って軽く頭上を仰いだ。

 空。淡い光のステルス防護障壁がある。

 ここは奥多摩艦首。直上ではなく、武蔵野の方の空に視線を向ければ、


「”伏見城”の影が落ちていますね。──以上」


「一曲唄う? ”武蔵”さん」


「残念ながら雅楽祭に出場する権利を持っておりません。──以上」


 ただ、と彼女は表示枠を広げる。

 そこに映るのは、伏見城の現状だ。ステルス防護障壁を通しているため、ややノイズがかった風景として、


「”資材運び”の訓練中ですが、酒井様は明日の怪異祓い、どうなるとお考えですか」


 そうだねえ、と酒井が空を仰ぐのを”武蔵”は見た。


「雅楽祭における舞や音楽、祭の奉納を利用した神卸しシステムによる怪異の抽出とその禊祓。武蔵においては、珍しいレベルの実戦討伐になるよね」


「Jud.、ゆえに外からの干渉や政治的駆け引きを避けるため、武蔵内部では無く、監視可能な外での活動という手段をとってもおります。安芸側からは学生主体の観覧艦が数艦出る予定ですが、実質は監視用かと。──以上」


「”武蔵”さんとしては、怪異祓いは成功すると思ってる?」


 Jud.、と”武蔵”は頷いた。


「現状の伏見城の流体格納機構と、今までの凡例と統計から見た神卸しの予測から見るに、武蔵周囲の地脈の淀みは確かに抽出されるものと判断しております。──以上」


「でも、問題があるよね」


 Jud.、と”武蔵”はまた頷いた。


「先日に最初に発生した隠竜は本土側の方に逃走しました。それが恐らく、自分の本体とも言える淀みが禊祓される今回、舞い戻るものかと。また──」


 懸念は、もう一つある。


「淀みを抽出することは可能ですが、三河以降、武蔵の周囲にはそれが存在していました。短期間とはいえ、”型”が生じているものかと判断出来ます。──以上」


「その”型”を抽出して壊すことは出来ないのかな」


「凡例と統計で予測するに、今回の雅楽祭を利用しても、至難かと。──以上」


 ”武蔵”は言って、一枚の表示枠を広げた。


「行動としては、雅楽祭後半、総長兼生徒会長であり、伏見城の所有者でもある鳥居様が、禊祓への道をつけます。武蔵の地脈と伏見城の地脈の連結を確かにし、抽出の起動までを行うわけです。そして──」


 そして、


「続く浅間様達が、それを受け継ぎ、抽出と顕現を制御。浅間様達が動けなくなる一方、隠竜、もしくは非神刀クラスの怪異が連続で出現するものと推測されています。

 ゆえに戦闘行為は、総長連合を中心とした戦士団で対応いたします。──以上」


「失敗したら?」


 酒井の問い掛けに、”武蔵”は頷いた。


「伏見城を放棄、自爆します。一度抽出された地脈の淀みは時間を掛けて”型”に戻るでしょうが、隠竜にしろ非神刀にしろ、”型”から一時なりとも淀みが失われているため、自分を長期保つ事は出来ません。武蔵に危害を加える可能性もありますが──」


 ”武蔵”は、幾つかのモップを自分の横に整列させた。


「これでも、不肖”武蔵”、防御系の技術は揃っておりますので。対応は可能かと判断しています。──以上」


「成程ね。だとしたら、失敗したら、一番被害を受けるのはうちの名誉ってとこかな」


「政治的なものですか。──以上」


 酒井の湯飲みに”武蔵”が茶を淹れ直す。

 酒井は頷き、艦尾側にちらりと視線を向けた。

 そちらにあるのは教導院。”武蔵”も同じように視線を向け、


「武蔵を守るための作戦に失敗したならば、極東は自衛すら出来ない国だと、そう示すことになると判断出来ます。武蔵としてはその後も通常運航で、酒井様もいつも通りなのでしょうが、一部の方々は面倒を得るでしょうね。

 総長連合や、生徒会、浅間神社や、他、襲名者の方々も。

 多くの、実益無い割に評価対象になる”名誉”が傷つくと判断出来ますので。──以上」


 そのためにも、


「……禊祓を管理制御する浅間様達もですが、怪異の迎撃に出る総長連合と生徒会、そして従士隊など含む戦士団には、力を尽くして頂きたいところです。──以上」

刊行シリーズ

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GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTAきみとあさまでIII【電子版】の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTAきみとあさまでII【電子版】の書影
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