境界線上のホライゾン きみとあさまでGTA Ⅳ
第二十七章『夜の底の果たし嬢達』
●
孫一は距離をとった。
長銃、ヤタガラスは神格武装だが、ここでその威力を発揮することは至難だ。
空が狭い。
空を舞うべき三つ足の烏にとって、吹き抜けの谷底とまばらな木々は邪魔でしかない。
だが、その場所に呼ばれ、わざわざ来たのには理由がある。

……解るから。
砂漠の民は、仇と決めた者は逃がさず、一生を掛けても討つことを誇りとする。
それを果たすまでは部族に戻ることは許さぬと、そんな掟を持つ者達も確かにいるのだ。
この、渡辺・守綱という襲名者にとって、自分は敵だ。

「どういうことですか解説の正純様!」

『鈴木が鳥居を討つ歴史再現があるからだろ』

『つまりこの雅楽祭の最中、鳥居総長を鈴木君が討つ可能性がゼロではないので、それを止めるために相対ですね』

「おっと向こう正面の竹中親方、見事な補足です。――では現場に戻します!」
戻された。

……まあそんな感じだろうね。
つまり、渡辺にとっての自分は、”今”ここでの敵ではない。
明日の敵、それ以降の敵だ。
●
未来において、大事なものに害を為す者を、彼女は今、止めようとする。
●

……歴史再現のルールあってこそ、だ。
ならば、相対出来る今を逃げる自分ではない。
自分は砂漠の民である。
そのしきたりでは、仇として狙われたとき、申し開きや逃げる事を選択すれば、それもまた恥となる。
抗うための自分の武器、ヤタガラスは神格武装だ。
放つ弾丸は追尾弾も加速弾も拡散弾も支持次第で行ける。
更には三本同時の射撃も可能だ。ただ今は、飛翔の初速を得るために必要な直上の空が使えないが、

「行こう、ヤタガラス」
両の手に一丁ずつを引っかけて回し、更には肩のもう一丁を身震いで回し、左右の腕の銃と入れ替え、まるで踊るように、

「巣に宿る夜、それでも闇を睨め。──ヤタガラス」
射撃した。
●
孫一は、下がった。
撃ちながら下がった。

『距離を取るのは射撃手としての正道ですね』

『Tes.、近接の遣り取りも可能でありましょうが、相手の攻撃が届かない遠方から仕留められるなら、それが一番安全なのであります』
その通り。
ここは敵のホーム。自分にとってはアウェーの戦場だ。だが、

……罠などは、仕掛けられていません。
呼ばれたからと言って、素直に来たわけではない。
門限の時間より先、上階の通路に身を隠し、下に何かの動きがあるかどうかを確かめていたのだ。
だが、何も無かった。
祭があり、人々がいたが故に、門限以前に仕込みをすることは不可能だろう。
祭の最中も、後も、誰か手下の者が動いた気配も無く、ただ静かな公園のままだった。
そして約束の時刻が来たとき、渡辺・守綱は自分よりも上の階から飛び降りてきた。
それは、何の罠も無いということを示すためもだが、

……余計な通路や門を通過しないことで、人目につかないようにしてきましたか。
私闘だ。
●
私闘。
ゆえに自分は戦闘に臨んだ。
こちらを未来の仇として、しかし正直に相対を望む渡辺を気に入ったと、そう言っていい。
今、弾丸を送りながら己は下がる。
先ほどまで自分達がいたのは、公園の左舷側だ。
中央には小川が通る公園は、左右舷に木々の群を持っているため、自分としては射線の通る中央に出たい。だが、

「────」
目だけで振り仰ぐ頭上、吹き抜けの天井は三階ほど上で空を見せている。
淡い夜の光はステルス防護障壁に反射し、吹き抜けの底に届いてくるのだ。
光の下では、ヤタガラスの射撃が見切られる。
だから急ぎ、対角となる右舷側の影に入らねばならない。
そこからならば、追ってくる渡辺・守綱の姿は、逆によく見えるだろう。
しかし、

「そうなるまでに、──手は抜きませんよ」
己は、身を低く加速してくる渡辺・守綱に射撃した。
●
孫一の射撃と後退に対し、渡辺は、前に出た。
敵の長銃の動きは闇の中でも見えている。
第一特務という役職なのだ。
暗視の能力もあれば、銃を相手にしたときの術も講じている。
敵の弾丸は、その飛来が確かに見えた。しかし、

……おや。
長銃としても大型のヤタガラスだ。
神格武装として、術式弾を撃ってくるかと思えば、

「実弾……!」
術式弾や流体弾では、夜闇に弾丸を隠せないということか。

『あれ? だけど発射システムは術式型だよね。だとすると……』

『Jud.、弾道を変化させるため、銃身内で術式による軌道変化を掛けている可能性があるわ』
その通り。

……ならば流体系とさほど変わりは無いですね。
思った直後に顔面狙いの一発が来た。
●

「……っと!」
まっすぐな弾丸だった。
当てると言うよりも、その軌道をただただ抜くような、殺意を感じない一発だ。
こちらを動かすための射撃だろう。
この一撃が当たれば良し。
当たらなければ、回避していく先に、次弾を先読みで置く。
それがかわされても、更にその次の弾丸を、こちらの回避先に置いて行く。
そんな先読みの追い詰めを、仕留めるまで続けることを宣告した、始まりの一発が今の顔面狙いだ。
敵は本気だ。
だがこちらは構わなかった。

「──さて」
自分は、一息に動いた。
弾丸を回避する。
その動きに合わせ、正面から音が響いていた。
こちらの回避を読んだ孫一が、既に放っていたのは二発。更に、

「────」
六発目、九発目と、三倍数の射撃音が連続した。
●
仕留める、と孫一は、射撃を連続しながら思った。
敵は忍者だ。
移動力がある。
長期戦はこちらの不利だと、そんな直感がある。
だから急ぎ、仕留める。
こちらの狙いは、三発単位で敵を狙うということだった。

『どういうことですか二代親方!』

『カンで勝負ということで御座ろう』

『一発目で、敵の足止めとなる攻撃を送り、それで仕留められなくても、敵の回避先と思われる場所に二発を送るということです!』
そういうことです。

……基本的に、一撃を撃ち込んだとき、相手は二つの動きを取ります。
防御か、回避か、だ。
●
防御は得策に感じるかもしれないが、着弾の勢いに押されて身体が固まる。
壁を作るのでもない限り、相対では不利になるだけだ。
しかし回避となれば、また難しい。
正面から飛んでくる銃弾に対し、人のとれる回避運動は左右か上下か、どちらかしかないからだ。
そして、上下の回避は、基本としてあり得ない。上に飛べば滞空している身が無防備になるし、下に沈み込めば、身体の重心が落ちてしまい、すぐに次の動きがとれないからだ。
だから基本、人は左右に回避しようとする。しかし、

『遅いですね。――弾丸は、連射が効くのです。ゆえに一撃を送られた後、回避しようとしたならば、その初動に二発目が間に合います』
そうだ。
回避の初動は、意外に大きいものだ。
多くの場合、腰を落とす。
ゆえに、最初に顔面を狙ったら、次の二発は胸元あたりへと送るつもりで撃つ。
すると、相手は、回避しようとして腰を落とした瞬間、胸を撃ち抜かれて吹き飛ぶ。
今もそう。そのはずだった。

「……っ!」
違った。
●
渡辺・守綱。
聖譜記述に寄れば、松平麾下の中でも有数の槍使いだという。その実力は、軽い装甲に鉄の素槍で有りながら、

……下か!
彼女は、回避を下に選んだのだ。
腰を落とすのではなく、全身が下へ。
左右に避けるかと思って放った二発目と三発目は、身を沈めた彼女の左右上を突き抜けていくだけだ。
だが、下方向への回避は、重心低く、動きが重くなる。
すぐに狙いをつければ、沈めた身を打ち抜ける。
無理だった。
次の瞬間、渡辺が別の場所に移動していたのだ。
落ちているはずの重心が、落ちていない。

……これは──。
忍者が用いるあり得ない動き。
その技を、極東では何というのか、孫一は知っている。

「キョドーフシン!」

「忍術ですか!」
●
忍術という言葉に、渡辺は内心で頷いた。

……その通り!
神術を重ねるものもあるが、自分の場合、基礎は体術だけだ。
体術にはこだわっている。
忍者としての潜入工作などを行う際、神術の符などが切れたら終わり、というのでは、どうにもならないのだ。
だから、体術だ。
今もそうだ。
敵の、射撃手としての狙いはよく解っている。
三発連動の射撃による誘導撃ちは、射撃の得手ならば確実にやってくる技だからだ。
まるで槍や刀のように、弾丸の軌道をフェイントや牽制として用いる射撃術。
己のような槍使い。
近接系にとっては天敵と言える相手だ。
だが、忍術ならば立ち向かえる。
真っ正面、顔面狙いで来る弾丸に対し、

「──!」
自分は、身を沈めた。
●
顔を下に、上半身を前に倒す。

……しかし、そこまでで止める。
下半身はしっかり立て、沈めない。
全身はどちらかというとウエストで前に折れ、前屈したような姿勢になる。
だが、腰から下はそのままだ。
身体の重心は落ちていない。
寧ろ、前に折れた身体が作るのは、身体を沈めたように見せかけた、前進加速のスタート姿勢だ。
絶好のダッシュ準備。
だからそうした。

「行きますよ……!」
姿勢制御の仕掛けがバレないよう、加速の二歩目で腰を落とし、重心の低い突撃に変化させる。
そうすることで、すぐに左右に身を飛ばし、

……相手の視界端に跳ぶ……!
それだけではない。
自分は、身体を横に倒した。
前に倒れる姿勢を、左肩を天に、右肩を地面に向けるように回し、

「……っ!」
階段を右へ駆け上るように行く。そして身体が右へと倒れそうになったとき。

「――――」
右へ飛んだ。大きく飛んだ。
空中で身を捻り、今度は先ほどとは逆に、左肩を下に、右肩を天に。
そして着地はそのまま左へと駆け上がるような疾走になる。
これはつまり、

……左右への極大フェイントを行いつつの全力疾走!
左右の天地をスイッチしながら、己は地面を突っ走った。
●
孫一から見て、渡辺の姿は一つではなかった。

……これは……!
前傾による回避の仕掛けは、すぐに見破った。
だからこちらも、顔面狙いの一発から、左右には振らず、追い打ちで低い一撃を送るようにシフトしたのだが、

「超低空の左右ターンで来ますか……!」
地面を走っているのではない。
地面に対して身体を横に倒し、”駆け上ってくる”のだ。
動きは階段を水平に上るようで。
それはともすれば、四十五度くらいで滑り落ちそうになり、しかしそのたびに、

「……っ!」
渡辺が、腰を軽くスイングさせ、身体の左右をシフトする。
その瞬間だけ、彼女の身は明らかに視認出来る。
見える。だが、それゆえに、

……く……!!
高速の左右疾走の行く先で、幾人もの彼女がいる。
●

……変化型の分身術式!
それだけではない。
左右への駆け登りを先読みし、そこに弾丸を穿とうとすれば、

「──こっちです」
途中でウエストを捻り、正面からあの前屈ダッシュが来る。
そのたびにこちらは距離を詰められ、更には、

……何が来ます!?
素槍だ。
彼女がずっと右手に携えている鉄の素槍に、妙を感じる。
仕掛けも何も無い、単なる鉄の槍だというのに、それが彼女の戦術にずっと付随して、幾度ものターンについてくる。
それが違和だ。
あれは何だ、と思ったときだ。
己は、場の利を得た。
足下に、仕切り直しの始まりとなるものを、ようやく得たのだ。

……これで──。
いけます、と思い、射撃した。
●
渡辺は、孫一の射撃音を二発聞いた。

……一発はこちらの顔面狙い!
続く二発目は、低くした顔を上から撃ち抜く斜め軌道の一撃だ。
当たる訳にはいかない。
だから自分は、左に身を倒し、跳ばした。
左を選択したのは、勘ではない。
ヤタガラスは三本。
連続の二発は、まず肩に担いだ中央の一本から、続いて左手の一本という順番で放たれたものだったからだ。
ヤタガラスの三本には攻撃範囲が設定されているのか、それとも縄張りなのか。右手の一本から、こちらの左への射撃はない。
ゆえに自分は左に行った。
丁度、位置は吹き抜け公園の中央だ。
公園の真ん中を艦首側から艦尾側に抜ける小川があり、孫一の姿はそれを飛び越えている。
だが、その姿はバランスを崩し、僅かに傾いでいた。
後ろ向きに小川を跳んだからだろうか。
急ぎ、こちらに左右二本からの射撃を行うが、牽制にもなっていない。
追う自分は、小川の手前縁を左に走り、

「──!?」
●
右から、攻撃が来た。
不意打ちというように、こちらに右から打ち込まれてくるもの。それは、

……右側一本のヤタガラスが、攻撃範囲を超えて射撃してきた……!?
想定の範囲内だ。
フェイントの可能性は常に思案している。
だが違った。
小川を跳び越えようとするこちらにぶちまけられるのは、

「水……!?」
小川の水だ。
●
飛沫。
本来ならば、このように強く飛沫をあげるものではないだろうに。それが今、自分の背よりも高く吹き上がっているのは、

……先ほどの二発ですね!?
一発目はこちらの顔面狙い。
だが、二発目は、身を倒したこっちを狙うのに見せかけて、更に下を狙ったのだ。
武蔵の吹き抜け公園を通る小川は、自然のものではない。
表層部の自然区画ならばともかく、地下のここでは、内縁が内壁状になっている。
孫一は、それを射撃した。
無論、硬質な地殻ブロックだ。
斜め打ちでは抉れても打ち抜けず、しかし着弾の衝撃が水を噴き上げた。
結果としてこちらの視界は封じられ、

「……っ」
透明な遮蔽物の壁を、自分は回り込むように越えた。
身を水平に倒してスピンさせた。
右足から対岸の縁に着地。そのまま身体を回し、

……敵は──。
いた。
右舷側の影の中、そこに、胸下までを浸らせた孫一がいる。
今の一瞬で、そこまで距離を開けたのだろう。
彼女はそれ以上を下がるよりも、

「貰いました!」
こちらの着地。
姿が明確になる即座を狙って、一発が来た。
●
正面からの一撃。
渡辺は、身を回している自分を、しかし止めない。
何故なら、

……ここで決めることになりますね……!
自分と孫一を結ぶ一直線の間に、鉄弾が飛んで来ているのだ。
これを回避しなければならない。
敵までの距離は約八メートル。
その隙間を、通す攻撃法も、今の自分にはある。だが、

「────」
察した。
第一特務の勘が、違和感を、素直に受け止めたのだ。
●

……おかしいですね。
己は思う。今の状況は、孫一からすれば、水壁による仕切り直しを作り、こちらの着地狙いに正面から一発を放ったことになる、と。
それは孫一の戦術として正しい。
しかし、と自分は続けて思う。こちらに一発を狙ったとして、残りの二発は何処か、と。

「それは……」
孫一は、今、影の中にいる。ならば、

「他の二発も──」
瞬間。
続く二つの気配を渡辺は悟った。
一つは右舷の木々が作る影の中から。
もう一つは、吹き上がって散る水壁の向こうだ。
先の一発と合わせれば、三方からの交差射撃。
●
これまでも同じタイミングの交差射撃はあった。
だが今回は、大きく違うものがある。
射撃位置だ。
三発全て、それを持った孫一の手が届く範囲から放たれたのではなく、

……後からの二発は、明らかに彼女から離れた位置!
これは何を意味するのか。

……この狭い空間に、ヤタガラス二丁を飛ばしたか!!
●

……ここで決めます!
勝機を孫一は悟り、しかし自ら手を伸ばさなかった。
焦ってはならない。
落ち着いて、飛ばしたヤタガラスの軌道を制御しなければならないからだ。
ヤタガラス。
己が持つ三挺の長銃は、射撃の反動によって空を舞うことが可能だ。
射撃のタイミングは現状何処にでもあるが、しかしここは空が狭い。
真上に飛ばすことは可能だが、それでは垂直方向からの射角が変わるだけで意味は無い。
だから、己は敵を真似した。
小川を跳び越えるとき、バランスを崩した振りをして、身体を”倒した”のだ。
垂直に跳ばすことに意味が無いならば、水平に飛ばす。
右舷の木々が作る影と、水壁の向こうに。
水壁は渡辺・守綱に対しての遮蔽にもなってくれた。
無論、初手から水平にヤタガラスを飛ばすのは危険な行為だ。
初速が無いために、短い距離で返さねば地面に落ちる。
だから即座に射撃を行い、渡辺・守綱を撃ちながら、

……戻れ、ヤタガラス!
放った弾丸は、確実に相手を穿つ。
三方射撃は、更に弾丸を重ねた。

「……届け!」
連射する。
●
射撃した。
それはヤタガラスの飛翔を生む。
二丁が先行し、更に、

「お行き!」
肩の一丁も飛ばした。
宙を長銃が舞う。
鉄の連射撃が作るのは上下左右の檻だ。
もはや何処に逃げようとしても当たる。
だが、ヤタガラスの戻りを制御しながら、自分はそれを見た。
弾丸の行く先、渡辺・守綱が動いている。
彼女は手にしていた槍を、

「ええい……!!」
右手にしていた鉄の素槍を己の足下に。
吹き抜け公園の中央へとまっすぐ直上から叩き込んだ。

……あれは──。
”それ”が地面に打ち込まれるのと、こちらの弾丸が渡辺・守綱に届くのはほぼ同時。
当たった、と思った直後。
吹き抜け公園が爆砕した。