境界線上のホライゾン きみとあさまでGTA Ⅳ
第三十章『閉め場所の飾り手達』
●
春期学園祭の三日目は、朝から幾つもの声に満ちていた。
早い時間における話題の中心は、昨夜の多摩で生じた崩落のことだ。
多摩在住の学生から、皆は先夜に何が起きたのかを聞き、それぞれが感想や噂を混ぜて話を拡大していく。
手の空いている者や、客として最終日を回る者は、多摩に向かって崩落現場を物見にも行く。
そんな流れを共通項とするように、最終日の昼前からは各出店も在庫処分の状態に入った。
安売りやまとめ売り、品切れが始まる流れになったのだ。
二年梅海でも、果物などの生物素材から品が切れ始め、
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「スイーツ類はジャムとパンケーキ中心にシフトで、クリームは午後からの仕入れ無しな。
あと、飲み物重視でいこうか。
ジャムやパンケーキ余ったら俺らで持ち帰ればいいし」
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「余ったら持ち帰りですか!? お客さん、来ないといいですよね!!」
というトーリの指示とアデーレの素直な感想の元、本来の”茶屋”としての営業が行われた。
残りの衣装はカラテカだったが、これは、
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「魔女や巫女だと、ナイトやナルゼに浅間がいないとどうしようもないけど、雅楽祭の準備で早アガリになっちゃうものね。
遊び人も私がいないと駄目だから、って感じね」
だが、問題があった。
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「自分も、怪異祓いの準備で早アガりです!」
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「私も、暫定議員側からの派遣学生として準備に出る事になった」
つまり、二年梅組は、女装をもってしても華が足りなくなっていたのだ。
●
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「ま、テンゾーもいなくなるけど、そうなったら他クラスの出店とかの収穫が少なくなるのが残念だな。
でも、もう人気の場所は店仕舞いするだろうしなあ」
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「な、何で御座るか、その、遠回しに人をパシリにしている発言!
──え? 何で御座るか喜美殿? 何? 男子釣り研究部”対抗棒”のフィッシュアンドチップスが欲しい? ふうむ、二分待つで御座るよ?」
などという言い合いもあったものの、女性陣の減少は問題だった。
緊急事態として、
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「──先生! カラテカの衣装着てみませんか!?」
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「はあ? 演舞の話? 床抜くわよ?」
担任は使えないことが解った。
昼過ぎ以降、梅組に残る女性陣はハイディと鈴のみ。
ハイディは経理に入ってしまうため、鈴だけが現場に出られるものとなるのだが、
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「さて」
女装で、午前最後の錬金術師衣装を着ていた馬鹿は、鈴に笑みを向けて言った。
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「じゃあ、ベルさん、一丁勝負いこうぜ?
──あと、現場の男連中、全員、前に使った騎士衣装着て待機だ。
状況が状況だけに、ちょっと趣向変えて行くぜ」
●
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「とか、馬鹿が言ってたけど、実際どうなのかしら」
奥多摩地下。自室の施錠設定用の魔術陣を指に引っかけて回しながら、ナルゼは部屋の奥に振り向いた。
明かりを消した部屋の奥。
金色の翼が床近くで動いている。
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「マルゴット?」
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「あ、うん、すぐ行くすぐ行く」
と、相方が起き上がり、腰に手を当てて部屋の中を確認。コンロの鍋から小型の寸胴を引き抜いて携帯用の保温バッグに入れ、
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「ええと、ギター……」
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「私が持ってるわ。マルゴットの箒で行くから」
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「おおう、有り難う。じゃあ行こうか」
と、マルゴットが入り口際の箒を手にしてやってきた。
翼が空気を受けて膨らみ、足取りがロングステップになるけど、彼女は構わない。浮き上がりすぎた身体を、ドア入り口の上縁に手を掛け、強引に下げて、
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「よ、っと」
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「浮きすぎて怪我はしないように御願いね」
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「難しいけど頑張るね」
そのくらいだと有り難い。
マルゴットの中では、もう、”いける”という段取りが出来ているのだろう。
自分の方ではそれを頼りにしていくことになる。
だけど、共に通路に出てドアを閉めるマルゴットが、
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「ガっちゃん、頼りにしてるよ?」
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「私はマルゴットを頼りにしてるわよ? 大丈夫?」
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「うんうん」
頷く顔を見ながら施錠。
一瞬で、横開きのドアが固まったように動かなくなって、武蔵側の防犯加護と連動する。
マルゴットが、念のためというように、一度ドアを揺らそうとして、動かない。
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「よっし、もう後戻り無しだねガっちゃん。
──アサマチ達、輸送艦に行ったかな」
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「さっき連絡があって、ミトツダイラの用意が出来たって言ってたから、多分」
だけど、と自分は言った。
●
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「だけど……」
言って、歩き出す。
表層部に出るための階段は縦町にある。
祭の時間だ。
奥多摩地下の学生寮横町は、忘れ物を取りに来たり、連日の騒ぎで今起床した者達が多い。彼らや彼女達に、
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「上の大型表示枠で観てるから」
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「三年生とか、気にせずやって来なよ?」
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「──怪異祓いで派手にやるのも、放送されるの?」
等々、いろいろな声で期待を掛けられるのが、こそばゆい。
まあね、とか、やっとくわ、など、答える言葉は本心かどうか、探る気も起きない。
だけど。
そう、”だけど”だ。さっき言おうとして、歩き出してしまった言葉。それは、
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「私のこと頼って、大丈夫?」
●
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「うん、大丈夫」
マルゴットが箒の先に、保温バッグを引っかけながら言う。
中身は向こうで本番前に食べるシチューだ。
バッグの中には切ったパンも入っているので、唄っている最中に燃料切れは起きないだろう。ただ、マルゴットは、バッグの紐を堅く結んでこう言った。
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「──だって、ナイちゃんガチガチに詰めていくけど、ノリで一気に行くのはガっちゃんの強さだから。そっちに引っ張って貰いたいときも結構あるんだよね」
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「そういうもの?」
自分では解らないことだ。ならば、
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「ナイちゃんも、ガっちゃんにどのあたり頼って貰えてるのか、実はよく解ってないし」
笑みで言われると安心出来る。
お互いに自分では解っていない事を、互いの長所と認識しているのだ。ならば、
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「双嬢、って事ね。
──あ、でも、さっき、奥で何やってたの? 出る時分にいきなり」
ああ、とマルゴットが縦町に出るための門を指さしながら言う。
門の方、足場材を幾つも乗せたパレットが通るより、先に行こうというのだろう。
だから脚早にすると、マルゴットが横に並んだ。
そして彼女は、こちらに耳打ちするように、
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「──前と同じで、上手く行ったら、疲れてるし、もう床寝確定っしょ?
だから床に毛布とか敷いて御菓子や飲むもの用意してたんだよん」
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「そこまでガチガチに詰めた計算出来てるわけ」
疑問ではなく、確認のために言うと、マルゴットが笑った。
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「ナイちゃんはそのつもり、ガっちゃんは──」
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「そのくらいの意気でやらないと駄目ね、って、そういうこと」
やっぱり自分はテンション派だろうか。
ただ、そうだとしたら、
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「教室の方、大丈夫かしら? 私は”何とかなるわよね”だけど」
ああ、うん、とマルゴットが頷いた。
番屋の受付に通行用の魔術陣を翳しながら、
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「──トーちゃんが動いて、ベルりんがいるなら、何とかなるんじゃないかな」
●
”奥多摩”は、アリアダスト教導院の中を回っていた。
遊びに来ている訳ではない。”武蔵”から、酒井宛の有用な物件があったら確保するように指示が来ているし、
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……雅楽祭の出場者が未だ教導院にいないかのチェックをしなければなりません。
個人の位置は調査すれば解る事だが、プライバシーに関わる事は有事の際でなければ禁じられている。
まだ余裕のある時間帯では、実地の確認の方がいろいろと体験記憶も増えてやりやすいのだ。
校舎の構造としては、三年生が前側校舎なので、三年生から先にチェックをすることになる。
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……しかし、出場枠の各員は皆、出ていますか。
一部、他自動人形から、学生寮横町で見かけたとの話も来ているが、それならば問題無い。
生徒会と総長連合の皆も、出ているようだ。
ただ、
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「──渡辺様が、本日は欠席ですか。──以上」
彼女達のバンド”鑑”は、新曲を全て大椿系に奉納しているとかで、渡辺の分はその奉納情報から立ち上げるらしい。
だが、そうなると、曲の出来は安定して高くなる一方で、
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……見た目とイメージは弱くなると判断出来ます。
観客による投票で決まるアンコール権は、別のバンドに行く事になるのではないか。
●
既に学内通神帯を中心として、学生達の間では何処のバンドがアンコール権を持っていくかで議論が進んでいる。
午前の多摩崩落の話題から、午後は雅楽祭の話へと、全体はちゃんとイベントを追う形で流れを整えたらしい。
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……落ち着いた正しい流れが得られるのは、いいことだと判断出来ます。
と、己は後側校舎に入った。
雅楽祭出場者の状況を見に来ているので、一年生の教室並びはほぼスルーとなる。
一応は見回りとして通り、他の自動人形から受けている諸事をこなしていくだけだ。
足止めがあるとしたら、一年竹組だ。
代表委員の一年まとめ役である班長の少女から、
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「これ、本日の一年生分のアンケート集計やねん。収めたってくれると嬉しいわ」
と、表示枠の束を受け取り、一礼する。
後は二年だが、雅楽祭出場者は二年梅組に集中している。
浅間や、双嬢はどうしているかと、階段を三階まで上がってみれば、
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「──?」
三階。
左舷側の奥が二年梅組だ。
そろそろ午後も半ばにさしかかり、閉祭式も近いというのに、梅組の前には行列が出来ている。
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……さて?
多くのメンバーが抜けている筈の梅組で、ここまで行列の生じる要因があっただろうか。
疑問は、経験の源だ。
自分の体験を増やすために、梅組の中を覗いてみることにする。
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鈴は、緊張の中にいた。
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……え、ええと。
自分がいるのは、花で全面を飾られた椅子の上だ。
コスプレ茶屋の中では、前側。
本来なら教卓がある側に位置している。
トーリの発案で、自分が着ているのは白魔女衣装を崩したもの。
白とフリル、ボンネットの効いた衣装の内、襟を外して胸元を開け、ドレス風にしていた。
そして、周囲の客席の配置が、昼までと違う。
昼までは隙間を作ったまばらな置き方だったが、今は凵の字型にして、自分をよく見えるようにしているのだ。
観られることに恥ずかしさはない。
番台に座っているのだと思えば、皆は教導院の人達だし、同じ世代も多いし、還って気が楽だ。
ただ、緊張するのは、
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「──さ、姫様。下々の者が食事を欲しいと姫様に御願いを」
と、目の前に膝をつく騎士姿がある。
トーリだ。
時たまに金で了承したシロジロや、御広敷、イトケン達の場合もあるが、基本は彼だ。
トーリがそうやって差し出す注文票を受け取る自分は、騎士に傅かれる”姫”という設定なのだろう。
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……トーリ君、わ、私のこと、姫様扱いなんて。
思うが、これが今の”役割”だ。
注文票を受け取って、書かれた筆跡から文字を指で読み取る。
現場の”騎士”達は心得たもので、解りやすく大きく強い筆圧で略語を書いてくるから、
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「──そ、そちら、紅茶三つに、パンケーキ二つで、宜し、……い?」
問うと、奥のテーブルの女子、先輩であろう三人が、
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「Jud.! 白の姫様の御判断に!」
●
喜びというか、楽を感じる返答にこちらは頷く。
すると目の前の騎士が立ち上がり、一礼して手を差し出した。
だからこちらが注文票を渡せば、彼はそれを受け取り、胸に手を当てた一礼を周囲に送って、
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「ハイ、オーダー入りまあす!」
市場のようないきなりの呼びかけに、皆が吹く。
すると、奥の厨房から、ノリキが出てきた。
こちらも騎士衣装だが、手には盆と、紅茶のセットなどを乗せている。
そして、彼が厨房に行きながら、
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「ノリキ、結構ノリノリじゃん」
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「正純のようなこと言うな。
あと、──こっちの方が喋らなくていいから楽だ」
と言うように、この先は自分の出番だ。
やってきたノリキが、こちらに一礼するのに合わせ、席を立つ。
そして自分は、盆の行き先、注文をしたテーブルに”騎士”を従え、”姫”として行く。
椅子から花を一本引き抜き、手に携えながら、
言うべきは、ただ、椅子を飾っていた花を一つ、テーブルに置き、
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「どうぞ、……いい時間を」
なるべく格好良く、と彼には言われているが、人間無理な事はあると思う。
だが、無言でノリキがサーブしていく動きの中、声が来る。
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「あの、姫様、後ろ見せて下さい!」
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「御願いします!」
何だろう、と思いつつ、緊張の口元を花で隠す。そして軽く身を回す。と、
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「……!」
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「見事だわ」
可愛い、とか、いいねえ、という嬌声があがる。
●
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……そ、そういうものなの、かな?
どうも途中のテーブルで請われるままに衣装を見せたのが契機になったらしい。
それが出来ると解ってか、以降のテーブル訪問では、同じような事を希望される。
だが、そんなことをしつつ、”騎士”がサーブを進める間、椅子から持って来た花をテーブルに置いて、軽く会釈。
一歩を下がる頃には、”騎士”がこちらとテーブルの間に入って一礼をする。
後は”騎士”を従えて、椅子に戻るだけだが、彼の場合は手を取ってくれる。
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……ノリキ君は、ガードするみたいに後ろ横についてくれる。
御広敷君は宗教上の関係だと皆が理解してるから大丈夫。
人それぞれだね、と思う後ろから拍手が来るのは、やはり途中からの慣習だ。
椅子に戻ると笑みも出て、一礼すると更に喜ばれる。
番台と同じ。
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『あらあら、何だか話聞いたら、衣装とシチュ変更で上手くやってるみたいね』
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『衣装の方はそっち応援に行くときに来ていくから、ステージから見つけてくんね? そういう流れじゃない?』
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『流石に解りませんけど、我が王が騎士やって、どーするんですの?』
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『フフ、馬鹿ね、現実とプレイを一緒に考えて、どーするのアンタ? アンタだってワンワンプレイとか考えるでしょ? そしていいでしょ? ほら、発情カモン!』
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『何言ってんですの!? というか、そんなプレイしませんわ!?』
●
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「ふふ、じゃあ貴方? 頑張った御褒美に、狼らしい姿勢で捧げさせて頂きますわ? ワンワン姿勢ですわね? ええ、制限時間を設けますから、大丈夫ですのよ? あまりガっついちゃいけませんものね。ですから、ここから先は、短い時間ですけど捕食者同士になった気持ちで頑張りましょう?
ええ、大丈夫。制限時間は短いですわ。狼ですもの。
──次の満月まで」
●
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『え、ええと、しません! しませんわよ? ええと、多分』
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『じゃあ、あの、どんなだったら、するんですか?』
数秒の間があった。そして、
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『い、いや、今、教室でやっているような、そういうプレイのことですよーう。
変なことじゃないですよーう? つまりセーフ! 神道セーフ!!』
鈴は思った。いつも通りだなあ、と。
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……浅間さんも平常運転だから、雅楽祭、大丈夫そうかな。
既に三人は現場入りしているらしい。
ナイトとナルゼも追いかけで到着したというから、
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「おーい、ベルさん」
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「え? な、何?」
疑問すると、彼が顔を近づけてきた。聞こえるのは小さな声で、
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「そろそろ終わりの時間見えてきたから、あとテーブル二つ分のお客さん入れたらシメるわ。
何かもう、最初から最後までベルさん頼りだったけど、助かったよ」
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「ま、まだ終わってない、よ?」
苦笑が漏れるが、彼の方でも解っていることだろう。
祭が終わりに向かっていく。
閉祭式は恒例なら放送で生徒会長が行うだけで、順次後夜祭に雪崩れ込む筈だ。
雅楽祭に出場する生徒と同じクラスの者は、優先的に現場の席が用意される。
が、それも制限時間内のことだ。ならば、
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……閉めたら、急いで”伏見城”に行くんだ、ね。
だったら、と自分は言った。
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「トーリ君、終わりまで、”騎士”やって」
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「え? あ、うんうん、俺もこのプレイ結構好き」
だって、と彼が笑って会釈を見せ、こう言った。
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「──皆の前でベルさんの手を取ってもお咎め無しだしな!」
●
巫女服姿の浅間は、表示枠から見える二年梅組の状況に微笑する。
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……皆、上手くやってますねー……。
と、そう思いながら風を浴びる場所は、伏見城の艦首側。
舞台裏となる甲板だ。
空と海、遠くには本土も見えているが、武蔵野甲板に比べて狭い平面だ。
待機空域に去って行く浅間神社の輸送艦の艦体が、比較として大きく感じられるような場所だった。
艦の揺れも、前に”資材運び”で降りた艦尾側よりもあり、頼りなさを感じる。
そして今、眼前にある甲板中央の搬入出用エレベーターは下がったままだ。
これが上がって来たら、自分達の荷物と一緒に地下の楽屋に入る。
だが、その待ち時間で表示枠を見ていると、
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『え? あ、挨拶?』
教室の方、コスプレ茶屋が閉めるのだ。
客として来ている皆と、廊下の方で終ぞテーブルにつけなかった皆に対し、鈴を中心に終わりの挨拶をしようというのだろう。
鈴は戸惑っているが、きっと彼がエスコートする。
だったら大丈夫ですね、と笑みを苦笑にすると、
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「やあねえ、何をニヤニヤしてんのよ?」
巫女服姿の喜美の声が左に来た。
●
振り向けば、早速、浮上型の鼓を自分の周囲に位置合わせしている彼女がいる。
そして足場用の鉄パイプに楽器などを提げて運んでくれたミトツダイラも、青の巫女服で、
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「流石に、帰りは配送に任せたいですわね、コレ」
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「ミトは、ホントにどうも有り難う御座います。
大物は行きもそうしてますけど、うちは怪異祓い用にいろいろありますからね……。
重要なもの以外、帰りの時はそういう風に手筈整えておきますね」
御願いしますわ、と眉を下げた笑みで言われるあたり、やはり負担なのだろう。
そのためにも、
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「あ、荷物の中に青雷亭から貰ってきたベーコンセットありますので、出場前に力を蓄えておいて下さいな」
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「よ、用意がいいですわね! さっきから匂ってるの、会場の屋台からかと思ってましたけど、違うんですの?」
頭上のケルベロスも御機嫌で一つ吠える。
その声に笑みを吊られると、不意に、遠くの空に見知った影が現れた。
宙に浮かぶ通行止めの大型表示枠。
その向こうから”出てきた”のはナイトとナルゼだ。
二人とも制服姿で、ナイトの箒で出場といったところか。
いきなり空に現れたように見えたのは、武蔵のステルス防護障壁を出たからだろう。
彼女達の過ぎた位置にはまだ大型の表示枠が出ており、続くように安芸行きの輸送艦が出てくる流れだ。
輸送艦の起こす風に押されるように、魔女の箒がこちら向きに加速した。
軽く手を振る自分とは別で、見上げる喜美が、
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「荷物、ギターと、簡単なバッグしか持ってないのは流石ねえ」
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「イベントとかで、先行搬入に慣れてますからねー」
そうですわね、と、ミトツダイラが鼻を頼りに荷物を開けて肉を確認し、
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「まあ……、後が楽しみですわね……」
流石です……、と、そんなことをしみじみ思った時だ。
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『あー、聞こえるか-。あー。あー。あ──ああああああ──!』
舞台側。
こちらから観ると、舞台裏を構成する壁の向こうから鳥居の声が響いた。
集音器で増幅される彼女の言葉は、ここだけではなく、武蔵にも届いているのだろう。
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『んじゃ、一六四七年度春期学園祭、皆お疲れー。とりあえず終わりね』
●
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「か、軽すぎませんの!?」
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「いや、始まりの挨拶もえらく軽かったような……」
だが、続く言葉で喜美が動きを止めた。それは、
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『皆、――次のステージ、行けよ?』
●
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……?
行け、という言葉に疑問を感じたが、
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……武蔵側の皆を後押しする意味でしょうかね。
来い、と言っても、全員がここに来られる訳はないのだ。
成程、と自分が納得の首振りを上下に作っていると、ミトツダイラも、見えぬ舞台の方に視線を向け、背を伸ばした。
周囲で搬入作業を行う文化委員会の学生達も、皆、同じだ。
誰も彼も、雅楽祭に関わる皆は、舞台を見ているだろう。
裏手のこちらからは、壁一枚を隔てた表舞台。
そこにいる鳥居の声を、皆が聞く。
●
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『──ようし、武蔵の皆、早めに片付けたり、一息入れたらさ?
伏見城に来られるヤツは来なよ。
無理な連中は、武蔵の各所で中継やってるから宜しくー。
ま、派手に行くつもりだから。だから──』
皆、彼女の言葉を聞いた。
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『──これで春期学園祭は終了。これから後夜祭、雅楽祭だよ』
●
正純は、観客席の設営を行いながら、自分の見取りの甘さを悟った。
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……着替え、持ってくれば良かったなあ。
朝から入って椅子を並べたり、階段席の足場材や、会場を囲むような屋台の資材を運んだりしていると、流石に疲れて汗もかく。
制服ではなく、ジャージで来れば良かった。
だがまあ、食事が配給されるのは有り難かったし、
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「え? 武蔵の労働者って、こんないいもの食べてるのか……?」
と、愕然としてしまったものだが、これは貧乏人ではなく、普通の反応だと信じたい。
しかし、武蔵側からの輸送艦はもはや資材ではなく、観客を連れたものとなっており、空にも安芸からの観覧船が姿を見せ始めていた。
他、讃岐や、M.H.R.R.の中継船も来ており、
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……これ、国際的な行事じゃないけど、他国に武蔵を見せるものなんだよな。
政治的に観れば、自国の権勢と力を他国に提示する場だ。
そういう現場に、運営側として関われているのは意味のあることだろう、と、そんな風に自分が思ったときだ。
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「……え?」
見憶えある人影を己は見た。
襲名者、鈴木・孫一だ。
●
右舷の艦尾側、階段席の脇にて、入場チェックを行っている。
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……何故。
という内心の言葉に反応したのは、先日にネシンバラが言っていた事だ。
鈴木・孫一は、関ヶ原の合戦の前哨戦となる伏見城の戦いで、鳥居・元忠を討ち取るのだ、と。
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「まさかなあ」
という言葉と意思は、しかしある事実で解除された。
鈴木は長銃を携えていなかったのだ。
持ち物検査をする番屋の女性スタッフも、彼女の荷物などを検分し、
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「────」
OKが出た。
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……良かった。
と、そう思うのは、自分がまだ、襲名者や歴史再現という言葉にこだわっているせいか。
鈴木が右の頭角に符を幾枚か貼っているのが謎ではあるが、そんなところにまでこだわるのは、一介の学生として行き過ぎといったものだろう。
向こうとは知り合いでもないのに、いろいろと考えすぎだと、自分を改める。と、
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「──あれ? おい、セージュン!」
白い胴着の一行が、艦尾左舷の入り口側から入って来た。
カラテカの衣装を着た集団。
あんな知り合いいたっけ? と思えば、
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「──ああ、葵か」
●
見れば、他、教室組だった皆もいる。
男子が中心だが、オーゲザヴァラーも女子用カラテカ衣装だ。
向井だけが白魔女衣装をドレスのように着ていて目立っている。
対する自分は、そんな彼らに軽く手を挙げて挨拶を一つ。
皆が辺りを見回しながら向かうのは、客席の前の方だった。
先頭に回ったネシンバラが表示枠で示す席は、中央から、やや左舷に寄った場所。
そこから前は怪異祓いの現場として総長連合や戦士団の席となる。
結構いい場所だな、と思っていると、ステージに明かりが灯った。
バックステージは回転舞台。
一つのバンドが演奏している間に、バックの方で次の準備を行える作りだ。
雅楽祭専用に組まれたと聞くが、その通りだろう。
そして舞台上に、副会長が姿を現した。
軽機動殻に機殻槍装備なのは、怪異祓いに対応するためのものだろう。
槍と装甲の幾箇所かにリボンをつけているのが祭仕様ということか。
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『あー』
副会長が、集音器を片手に、集まり始めた皆に言う。
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『そろそろ始めるけど、怪異祓いが後ろで来るから、そこらあたりの席は左右に退避する準備をしときなよ? 後ろは艦尾側の出口で詰まるから、何かあったらちょっと我慢な?』
アバウトだ! という皆の声と笑いの響きと共に、ステージ上に大型表示枠が出た。
流れる雲の映像をバックに聞こえるのは、白さを感じるような勢いある音楽。
映像に重なっていくのは、総長連合や生徒会、武蔵八艦を始めとする各企業組合のスポンサーロゴだ。
小西家の物もあるが、最後は浅間神社で。
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「あれ?」
禊祓の歌声が聞こえてきたが、これは浅間の声ではないだろうか。
●
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……うっわあ──!
艦内の楽屋に降りるエレベーターの上で、浅間は琵琶ギターのケースを抱えるようにして膝をついた。
耳に聞こえるのは、確かに自分の歌声だ。
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『穢れ あらむをば 禊ぎ祓へ たまへ』
武蔵浅間神社、祝詞十一式”武蔵整調”歌唱型。
自分の家で、祝詞を人々に理解して貰うために、現代的アレンジしたものの一つだ。
場を整調するためのものなので、開催の祭に流すのは理に適っている。
自分も、幾度かそう言う現場で聞いたことがある。
だが、己が出張る現場で、カウンターアタックのように響いてくるとは。
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「フフ、これ、去年の正月に奉納したやつよねえ、確か」
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「ま、まさか古いのがここで炸裂するとは思いませんでした……」
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「いいではありませんの? 今後、このようなことは幾度も起きますわ。今日の映像なども、これからずっと、武蔵の通神帯で閲覧されるようになる訳ですし」
そーですけどねー、と言っている間に、歌詞は進む。
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『淡き 空に 禊祓 欲しく』
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「かけまくも」
と歌を重ねるのは喜美だ。彼女は言葉を続け、
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「さて」
エレベーターが動き出す。
下へ、艦内へと降りていく。
そして、四角く切り取られていく午後終わりの空を、喜美が見上げてこう言った。
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「岩戸が閉まるわ。──女神の出番までに、舞台が温まっているといいけど」
同時。空の方、舞台の方から、大きな歓声があがった。
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『じゃあ、始めようか』
副会長。大久保・忠世の声だ。
それが来ると同時に、天上から飛び込んで来た影がある。
ナイトとナルゼだ。彼女達はエレベータ上に着地してから、初めてこちらに気づき、
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「────」
会場の声を邪魔しないようにか、無言で歯を見せた笑みを作った。
客席の方には、皆も来ているのだろう。ならば、
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……揃いましたね。
思うなり、歓声がまた上がった。聞こえる拡声器の声は、
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『四十七年度、雅楽祭! ──始めよう!!』