境界線上のホライゾン きみとあさまでGTA Ⅳ

第三十一章『舞台への飛び込み者』

 浅間は、一息の上で軽く手を打った。

 既に時刻は午前二時を回っている。だが、ここにいる皆は顔を見合わせ、


「遂に終盤ですね」


「このまま一気に行ってしまいましょう」


「そうね。テンションで眠気が消えてる今が良い機会だと思うわ」


 ならば決まりだ。


「厨房の作り置きなど、全部開放しましょう」


「派手に行きますわね」


「ハイ!!」


「幻影も観光客も大忙しです」


「ではとりあえず、外から固めて行くか。手は抜かずに行くからな?」


 渡辺は、町に出ていた。


「――――」


 自宅は奥多摩。地下二階の学生寮横町だ。

 起きるともう午後になっていた。

 雅楽祭には、結局、出場しないことにしたのだ。

 自分のパートは自動演奏や、他メンバーのアドリブで埋めることが出来るという判断だった。

 通神文には昨夜の多摩崩落の報告や、雅楽祭の警備状況が溜まっていた。

 大須賀と忠世からの、心配とも報告ともとれるような内容の通神文も来ていたが、実家からの心配感ありありのものも微笑ましい。

 一回、実家に戻っておくのもありかもしれない。

 青梅で近いし。

 だが、杖をつきつつ表層部に出たら、気が変わった。

 空に大きな表示枠が出ていたのだ。

 教導院の校庭と、下に続く階段や第二校庭や、広場からも見えるような巨大な表示枠が、まず一つ。

 そして艦首側に至る通りや、公園ごとに、一回り小さい物が無数に。

 どれも、雅楽祭の現場を中継していた。


「始まりましたか」


 これは奥多摩だけのものではない。

 八艦全て、至る所で放送は行われていた。

 地下でも、人の集まる要所なら同じ事になっているだろう。

 外に出ずとも、武蔵内放送では個人の表示枠相手に神肖動画を流している筈だ。


「派手ですね……」


 見上げる自分と同じように、他の皆も、屋台で何か食べるものや飲むものを買うと、公園や通りの上に座り込んで一息をつく。

 音楽は聞こえ、司会の紹介と茶化しがあり、


「────」


 感心の声や、トチったところを笑ったり、応援する言葉が生まれ、


 ……そうですね。


 自分は、あの中にいないのだ。

 ここに突っ立っている意味は無い。

 自分は、変奏代わりにハンカチで髪を結び、屋台に向かった。

 一人で祭の空気に浸るのも久しぶりだ。

 もう、一生、無いかもしれないと、そんな事を思いながら、


「任せますよ、皆」


 朝食代わりのケバブサンドを頼みながら、空の表示枠を見た。

 既にバンドは四組を消化。

 ここからは、勢いだけではない実力派が出てくる時間帯だ。


 ナルゼは、莫大量の音を聴きながら、自分の準備を進めていた。

 楽屋として与えられた四畳ほどの部屋だ。

 発光板の白い光の下、板張りの真新しい部屋では、自分達の荷物が震動する勢いで雅楽祭の響きが届いてくる。

 前のバンドである”ええトーク可能”が頑張っている。

 得意のMCと、屏風書きのパフォーマンスを制限時間によって封じられつつも、演奏で客を圧倒しているのだ。


 ……なかなかやってくれるわねえ。


 屏風型の大型スピーカーを持ち込んでいたが、あれを何枚重ねで使っているのか。

 ライブにおいて、大きな音というのは、音割れ無しで制御出来るなら強い武器となる。

 何しろ、音を全身で浴びることの出来る生演奏の場なのだ。

 参加者は、それぞれが、一番テンション上がったものを支持する。

 それだけだ。

 どんなに格調高くても、どんなに演奏が上手くても、また、下手であったとしても、ライブにおける人気とはどれだけ自分達のノリをパワープレイで押し通したか、だ。


「だとしたら──」


 と、ギターの音を増幅し、耳元の魔術陣から指の動きを確かめる。

 応じるように、正面の椅子に座るマルゴットが頷いた。


「こっちは魔術陣だから、音は平面的だけど、出力次第でどうにでも出来るよね」


「喜美の調律情報を貰ってる分だけ、やってやらないとね」


 無論、連続で大きな音を使っても、観客が疲れるだけだ。

 またか、と思われたら逆効果になってしまうので、大音量作戦はもう使えない。


「まあ、そこそこの、醒めさせない程度の音量は必要だけどね」


 だが、こっちにはもっと使える武器がある。


「今までとは違う歌と曲と──」


 言いつつ、己は立ち上がった。

 入り口のドアの上、表示枠に”準備要請”の字がある。

 自分達の出番が近いのだ。

 マルゴットに手を差し出すと、彼女が手を取り返してくれて、しかし、


「マルゴット? 何が可笑しいの?」


「ガっちゃん、今、テンションでナイちゃん引っ張ってくれてる」


 言われて、言葉の意味を考えて、自分は小さく笑った。

 家を出るときに、話した通りのことだ。


「じゃあ、ステージ上での動きはマルゴットの組み立てだから、楽しみね。

 ──出し切れるだけ出し切って、勝負を決めに行くわよ?」


 鈴は、座席に座り込んでいた。


 ……う、わ。


 音が凄い。

 もはや知覚という言葉に意味は無くなっていた。

 昼に外に出れば気温が身を浸すのと同じように、ただただ音が身体を突き抜けていく。

 乱暴、という言葉を思いもしたが、


「うう、ん……」


 音に身を任せていると、解るのだ。

 この、全身を突き抜けていく響きの全ては、人が作り出したものなのだと。

 自分の家の湯屋や、浅間神社で聴いたのと同じもの。

 喜美や、ナイトやナルゼ、ミトツダイラ達が時間を掛けて作り出したのと、同じもの。

 そういったものを、作ることの出来る人達が集まって、惜しみなく、届け届けと音を張り上げている。

 時折に音が割れてノイズになることもあるが、これはきっとあれだ、


 ……言葉を、トチっちゃうのと同じ。


 点蔵君が噛むのと同じだよね。

 そう考えると、気が楽になった。


「まさか、生前の御父様が人の役に立つ時があるとは……」


「死んでない。死んでない」


 鈴は思う。

 きっと、あの舞台上では、自分達の作ったものを届かせたいという思いが、そのまま声の大きさになるのだと。

 思いの肥大で巨人化すると考えれば、音の大きさに驚くことも含めて、可愛らしいと思う。だって歌詞のほとんどは、恋や、自分の迷いの歌や、昔の物語だから。


 ……皆、何かに必死なんだね。


 だとすれば、思いの巨人の声に身を任せることは、抱きしめて貰うことと同義だろうか。

 歌い手の声に腕を振り、声を応じるのは、抱かれて流す共感の涙なのだろうか。


 ……あ。


 随分と、言葉が饒舌になってると、頬に熱を感じてそう思う。

 場に流されてる。

 ちゃんと歌を聴いて意味を感じないと。


「ん」


 と思った時だ。

 周囲が突然の拍手に湧いた。

 横に立っている彼が、


「さあて、来るぜ」


 誰が、と言うまでもない。

 来るのは二人だ。


『さあ、次は二年生の新進ユニット”愛繕”! マルゴット・ナイトとマルガ・ナルゼの二人組。

 輸送業の宣伝兼ねて空からここにやって来ました! 三曲一気に行きます!』


 司会の煽りと共に、舞台が回る。

 後ろ側に控えていたのは、しかし二本のギターだけだ。


 ……ガっちゃんと、ゴっちゃんは……。


 上? と、舞台の上に知覚を向けるが、何の気配も感じない。

 では何処へ、と思った瞬間だ。


「Yeah──!!」


 後ろだ。

 背後。

 階段席の遙かに上から、二つの羽ばたきが浅い角度で飛び込んで来た。

 それも客席側へと、だ。

 直撃だった。


 灯光術式によるスポットライトが邪魔だと、ナイトはそう思った。

 目に入る光が、着地地点を惑わせる。

 だが、既に目測は決まっている。

 頭から飛び込むように行くのは、しかし舞台ではない。

 まずは階段席の下から、まっすぐ舞台側に伸びた通路上だ。そこに、


「──っ」


 頭から落ちる、というような動きで行った上で、強引に空中で羽ばたいた。

 空気を打つ破裂音を客席に響かせ、風を起こし、身を半回転させる。

 強引に脚から着地するための回転だ。

 有翼族が、緊急時や高速域から速度を落とさぬまま着地するための技術。

 それを右舷側で敢行。

 左舷側で聞こえる大気の打音はナルゼのものだろう。

 身を回し、踵から強く通路に着地する。

 だが、


 ……ここで終わりじゃないよ!


 二度目の強引として、自分は半回転の勢いそのままに前に倒れながら、


「──!!」


 主翼を、まっすぐ後ろへと羽ばたいた。


 飛ぶ。

 飛んだ。

 空気を後ろに殴りつけ、瞬間的に二十数メートルの高さに至る。

 おお、という観客の声は、一度こちらを見失い、しかし改めて捉えた驚きの色。

 今ここで自分達に気づいた者達も多く、


 ……よし!


 着地地点は、高い山なりの軌道を経て、今度こそ舞台へと。

 自分が右舷側で、左舷側がナルゼだ。

 滑空状態。

 翼と腕を左右上側に大きく広げ、制服の袂やスカートの翻りは無視する。

 落下に怯えているように見せてはならないので、片膝を上げ、


「──と」


 客席側に、身体を向けた。

 今の自分達の軌道は空から舞台へと降りていくもの。

 このまま着地をすれば、観客は声をあげ、応援をくれるだろう。だけど、


「行くよ──!」


 自分は観客に対して叫んだ。

 そして左舷側、離れた位置にいるナルゼへと声をあげた。

 それは、右に手にした箒を高く掲げてのもので、


「──”装境換”!!」


 直後。

 金属音の叫びを跳ねさせ、魔女としての装備が、自分達の背に召喚された。


「マジか――!!」


「ここが初!?」


「教皇総長の地元で魔女が新型装備の御披露目なんて、情報的には外出し不可能な案件ですわね」


『いや、おねーさんもコレは初めて知りましたよー……』


 ナルゼは己の黒い翼を全開にした。


「白嬢……!!」


 右舷側、マルゴットが同じように金の翼を宙に蹴立てたのが視界の隅に見えている。

 自分の相方は、明らかにこちらの叫びにタイミングを取って、


「黒嬢……!!」


 そして、来た。

 自分と彼女の声に応じ、背に花が咲いた。

 魔女衣装を構成する術式布が、位相空間から芽吹いたのだ。

 花開く魔女衣装は、自分が白、マルゴットが黒だ。

 ワンポイントでこちらには緑、向こうにはオレンジが差してあるのも、対照的で尊いと己は思う。

 直後にこちらの手の中にある白のペンと、マルゴットの箒が光を放った。

 それぞれ埋め込まれた賢鉱石が、黄光を点滅させ、警報を掻き鳴らす。

 空に響く注意勧告の音色は、


『割当空間展開中・皆様お気を付け下さい』


 同時。

 背後で芽吹いた白と黒の花が、今こそこちらを包みに来た。

 どちらの衣装も、今の段階では包帯のような角切りカットの布走りだ。

 しかし魔女衣装は宙を踊って余裕を持ちながらこちらの身体を走って行く。

 首、胸、脇、腕もウエストも、脚の間も尻の隙間も足先や喉下にも、


「ふふ」


 肌を見せるのは一瞬。

 服を仕立てて貰っているような贅沢感と引き替えに、空間裁断された制服が割り当て空間に引き込まれていく。

 まるで、湯から上がったときに、滴が身体から零れるのにも似ていて。

 纏うタオルは、魔女の航空用戦闘服。

 それは今や全身を一度締め付け、クリアランスを取るために軽く緩み、


 ……来るわね。


 魔女を魔女と示す、戦闘用装備が空中に射出された。

 M.H.R.R.製である白と黒のハードポイントを基礎に、魔女帽やグラブ、靴に装甲代わりのスカートやパフ入りの肩部装甲なども、全ては一瞬で魔女のインナースーツに接続される。

 軽く空中で肘を広げ、踊るように身をよじらせれば、そこに装備が合致する。

 出来上がっていくのは、魔女帽にロングスカート装備の魔女の姿だ。

 だが、そこで終わらない。観客が拍手をしようとするのを止めるように、ナルゼはマルゴットと視線を合わせて叫んだ。


「来てよね黒嬢……!」


「来なさい白嬢……!」


 直後。

 自分と彼女の掲げたペンと箒の周囲に、鋼鉄の部品群が射出された。

 魔女装備用の強化機殻だ。


 ……おいおい……!


 正純は、スタッフとしてゴミを拾う手を止め、空中に展開した魔術陣のステージを見上げていた。

 ナイトとナルゼの背後、舞台上の大型表示枠は、先ほどまでの変身シーンを各撮影場所からの連続再生で飾っている。

 だが、そんな数秒前のものですら、今はもはやどうでもいい。

 明らかに一部の編集が彼女達の全裸状態の一瞬を探っているが、それどころではないだろ今。

 二人の背後に射出されてきたものが、大事だ。

 まるで、長砲にも見えるような部品群。

 勿論、機殻箒の存在は知っている。

 一ヶ月も武蔵で生活していると、そのくらいは見知っていて当然だ。

 だが、二機のそれは明らかに違う。

 空中で右の手と左の手をそれぞれ翳した二人の手元。そこに構築されていく連続射出の機殻の構成は、周囲の声に言わせれば、


「おい! 見ろ! あれ、完全機殻だぜ……」


 そうだ。

 魔女の攻撃は、その”箒”を使って行われる。

 だが、あの”山椿”の箒ですら、完全機殻ではなかったのだ。

 それなのに、


「白と黒の、完全機殻型の二機が、武蔵に揃ったのか……」


 今、空中に堅音が連続していた。

 魔女二人が掲げた手の先で、機殻箒が全身を確かにする。

 核として、箒とペンを中心にした機殻が、宙に射ち出された四角のボルトで、己のパーツを固定させていく。

 そして、同時に、白と黒の魔女衣装に、リボンがつき、全身が一度固定された。

 完成する。

 機殻箒の全接合部に、脈のような流体光が走った。

 全ての成立を示す合致の金属音が、今や高く遠くに響き、


「行くわよ……」


 宙に二人を支えていた魔術陣が勢いよく爆発した。

 光の炸裂の中で、教室でもよく聞くナイトとナルゼの声が響いた。


「──完成! ”双嬢”……!」


 光の炸裂を、ナイトは浴びていた。

 光爆の素材は、自分達の魔術陣だけではなかった。

 本来ならば舞台上を飾っているはずの大型表示枠まで爆発したのだから。


 ……うっわー、ノリ重視だよ!


 打ち合わせ外だけど、大丈夫なのかなあ。

 と、舞台に着地して、観客席に振り向く。

 箒を左に立て、右手で客席を指さしてはみる。

 だが、巨大な表示枠の破片が流体光で舞い散り、観客席が見えない。

 解る事はただ一つ。

 観客席から物音がしないと言うことだ。

 片耳に当てているパーソナルスピーカー代わりの魔術陣にも何も聞こえない。

 唯一ある音響は、莫大量の表示枠の破片が起こす、硝子が割れたような波音のみだ。

 否、音が聞こえる。

 自分の鼓動。

 こめかみのあたりで鳴っているリズムは、


 ……焦ってる?


 客席が見たい。

 皆、どうしているのか。

 今、自分達がしているポーズも、意味があることなのか。

 どうなのだろう。

 以前のリハーサルを考慮して、今回はナルゼとの距離を取って舞台上を広く使っている。

 ひょっとして、それが裏目に出ているのか、どうなのか。

 結局のところ、やることはやったから、なるようになれ、な気もするんだけど。

 しかし、


「マルゴット」


 自分のパートナーの小さな声が、耳元の魔術陣から聞こえた。


「大丈夫よ。──同じ音を聴いてるの、忘れないで」


 そう言われて、ナイトはかつての事を思い出した。


 ……そーいやそーだっけ。


 たとえ外に音がなくても、自分達は同じものを聴いている。

 理屈じゃない。

 流石、テンションで引っ張ってくれるガっちゃん。

 有り難い。

 だから、無音の客席を指さしたまま、自分は踵を踏んだ。

 一曲目に何時入ってもいいように、イントロのテンポを客席からも見えるように踏んでいく。

 応じた動きで、ナルゼが踵を踏んだ。

 二人一緒だ、と解ると、お互いで踵の踏みを強くした。

 身も、肩を揺らし、脇を締めるようにして、背後に箒を浮かせ、


 ……あ。


 光が晴れた。

 流体光の破片が桜のように散り、そしてこちたの視界に夜の客席が広がった。

 皆、誰も、何も言っていない。

 だが、


「あ……」


 観客の誰もが、立ち上がっていた。

 だから、己は口を緩め、


「ほ──い!!」


「何だよその掛け声」


 と、ネシンバラがいうのに鈴は苦笑した。しかし、


「Hoooo──!!」


 観客席が、一気に爆発した。

 口火を切ったのは、階段客席にいた魔女衣装の学生達だ。

 教導院所属の魔女達らしい。

 彼女達は皆、ナイトとナルゼを指さし、


「……!」


 それぞれの応援と嬌声を上げる。

 その声は波となって皆を動かし、


「──! ──!」


 舞台上、ナイトとナルゼの身の揺らしと、皆の腕の振り上げや、声が同期した。

 その瞬間。ナイトとナルゼが、声をあげた。

 音を鳴らし、歌声を始めた。


「一曲目に、”黒金屋”ですの!?」


 ミトツダイラの言葉に、調律情報の最終調整を行っていた喜美は頷いた。

 荷物が多いために楽屋は八畳間だ。

 だが、それでもほとんどが埋まるここには、舞台側からのナイトとナルゼの声と、


「観客の歓声、ノリノリじゃない。──魔女のお披露目がハマったみたいね」


『──天井知らずの Magi Herrlich……!』


 本当に、今のノリは天井知らずねえ、と己は目を細める。

 1曲目にポップな”黒金屋”が来たと言うことは、


「2曲目は、しっとり聴かせる”MorgenNacht”が来ると思うわ」


「え? 魔女歌でテンション落として大丈夫なんですか?」


「最初の登場で、皆、二人に注目してるのよ? 音に頼るのは勿体ないわ。

 だから1曲目で、古い魔女歌じゃなく、新しい魔女歌であり、配送業トップとしての”黒金屋”で攻めに来たってことでしょ。

 観客は皆、二人から”見たいもの・聞きたいもの”をフルで提示されてるような状態よね。

 だって、この前の夜の戦闘の後、二人がどうなったのか、今の衣装と”黒金屋”の歌ならば明確に答えられるものね」


 だとすれば、とミトツダイラが言った。

 彼女は、浅く眉を立てた顔で、


「この後に本来の魔女歌である”MorgenNacht”を出すのは、自分達を皆が見てる、という自信の上の行為ですのね?」


「ナイトが、そこまで読んで配曲したってことね」


 ナルゼだと、最初にMorgenで、段々とアッパーにしていこうという配曲になる筈だ。

 だが、


『──朝 起きたとき 隣に君がいない』


 やはりそうだ。Morgenが来た。


「解る? 前のバンドが音重視で来たから、その余波を活かして派手な登場と、ポップな曲で、でも、実は段々とテンションを落として来てるのよね。

 大音量の三曲→短い時間の派手登場→ポップ曲、って感じで。

 だから流れとして、Morgenが出せるようになってるわけ。

 そして皆が注目してるなら──」


『さけられないかしら 私』


 という声に、観客の内、女子の嬌声が一際大きく響いた。

 音に敏感なミトツダイラが、上を仰ぐ。ケルベロスの一声と共に、


「な、何ですの?」


「フフ、抱き合って、キスでもしたんだと思うわ。

 だってほら、最初の曲は、二人ともステージを左右に大きく使ってたでしょ?

 でも、皆が自分達を見てるなら、Morgenはつかず離れずの曲だもの。

 ステージを大きく使って、近付いたり離れたりして──」


『いつも通りよ 何故 貴女 泣くの』


 また嬌声が起きた。

 二年生という身分は、一年から見れば大人で、三年から見れば可愛い後輩だ。

 それが白と黒の派手な魔女で、身を重ねるとなれば、声はどれだけも上がるものだろう。

 だけど、こうなったならば、


「喜美、ナイトもナルゼもこれで静かに盛り上げてますけど、次の曲はどうするんです? 一気に湧かさないといけないと思うんですけど、今、しっとりしすぎてません?」


「あの二人には、解りやすくて盛り上がる曲があるじゃない。

 誰でも知っていて、それでいて憶え込んじゃうような一曲」


 それは、


「キンコンカンコン、──来るわよ」


 直政は、機関部で出力関係の調整を行っていた。

 武蔵側での祭は実質終了だ。

 祭用に組んでいた出力関係を、出来れば深夜までに元の待機状態用に戻してやりたい。

 それが武蔵側と機関部の総意で、直政は地摺朱雀を動かして大規模出力器の直接調整に入る事になる。

 やることは簡単だ。

 自分の背丈ほどもあるボルトを、朱雀と専用レンチで回していく。

 ボルトの向こうは制御器内のストッパーと直結しており、つまりは、


「──ボルトが蛇口みたいなもんさねえ」


 ただ、数が多いし、早めに終わらせないと出力のバランスが崩れる。

 これは他の武神達と連携をとらねばならないが、


「おい! 雅楽祭の映像に気をとられてどうするんさ!」


『あ、いや、姐さんの同級生が今出てるじゃないスか!』


「あたしが観てないものを観たいってか!? 録画してんだろ!?」


 はは、と苦笑が漏れる一方で、耳は声を確かに聴いている。

 キンコンカンコン。

 自分の事を歌詞にどう入れよう、という相談を、ナイトから先日に受けたばかりだ。

 だが、


 ……別にそんな気遣い、いらないって言ったら、”は?”って、ねえ。


 ナイトとしては、気遣いとか、そういうものではなかったのだろう。

 単にクラス全員を入れておきたいという完璧主義的なアレだ。

 仲間はずれは可哀想だから、というような感覚が少しでもあったら、断るところだ。

 だが、ナイトは心底嫌そうな顔で左右に手を振り、


「いやいやいや、そういうの気持ち悪いっしょ」


「じゃあ別にいいさ、今のままで。歌詞見たら、別に”皆”とか言ってるしさ」


「Jud.Jud.、じゃあそんな感じで行くね?」


 という遣り取りがあったのだ。だからだろうか、


『キンコンカンコン』


『皆それぞれで』


 そうそう、と直政は思う。

 皆それぞれさ、と。


 ……観客達は、この曲を聴くのが初の筈さ。


 だが、誰も彼も”キンコンカンコン”は言える。

 だからその箇所に来ると、ナイトとナルゼのどちらかが観客に集音器を向け、


『キンコンカンコン……!』


 皆の声が、微妙に合ってないのが御愛敬だ。

 だが、こういうライブは、合わせることが目的じゃない。

 皆が皆、それぞれで同じ事を思っていたということが大事だ。

 ならば、音を頼りに口ずさむ自分も、他の班員達も、同じだろう。


「──ほら、早く次の制御器行くさね! ここは後、泰蔵爺さんに任せとけばいいさ!」


 観客の歓声と拍手の波に、魔女が歌を終えるのを”武蔵野”は見た。

 伏見城の後部側、露天艦橋の上だった。

 階段客席よりも一段高いこの甲板から、先ほどナルゼとナイトは客席に飛び込んだのだ。

 今、ナルゼが感謝の言葉を皆に返して手を振るのを”武蔵野”は確認。


 ……ナルゼ様のこういうケースは、レアでしたか。


 ナルゼに対する情報自体が、自動人形全体を見てもあまり蓄積されていない。

 配送業の代表となるならば、今後は人となりと反応を捉えておきたいものです、と己は判断。

 ここから先は、三年生が中心で、それぞれに主張の多い展開が続く。

 その用意を、バンドごとに設定して構えようと思った。

 既に浅間の方からは、各バンド用に流体経路を設定して貰っているのだ。

 浅間の設定をベースにすれば、今からでも各バンドごとの設定化は可能だろう。


 ……今までは、そこまでしなくても大丈夫でしたが。


 しかしさっきの”愛繕”は、違った。

 かなりの手間を得てしまった。

 アドリブ要素はほとんど無いので安心していたら、観客の盛り上がりが大きかったのだ。


 この伏見城の甲板下には、地脈の淀みを格納する機器が複数仕掛けてある。

 その内の幾つかが、雅楽祭が始まって以降、人々の盛り上がりの余波を受けて暖気状態に入り、


「今のお二人のもので、幾つかは機動状態にまで移行しました。──以上」


 三年生バンドが、この勢いをどれだけ越えられるか、という問題はある。

 今の”愛繕”は、かなりの要素が積み重なって出来た観客の反応だからだ。

 だが、機動を始めた格納器は、これから先、地脈の淀みを抽出する一方になるだろう。

 それに影響を与えるバンドの出力系管理は、なるべくこちらで制御したい。

 だから、


 ……やはり、個別設定化を行いましょう。


 と、そう決断したときだ。

 ふと、麾下の”国分寺”から通神が来た。

 それは、


『”武蔵野”様、総長から連絡です。自分達のバンドで派手にやりたいので、自分達の時間帯、鳥居家に伏見城の制御権を貰えないか、と。──以上』


 自分達の舞台を派手にしたいので、こちらの管理をやめてくれと、そういうことだ。

 その申し出は、有りだろうと思う。

 実際、ここから先のバンドの出力設定化を行うならば、相当に忙しくなる。

 総長達のバンドが派手になるのは確実で、ならばそれが自己で制御を行うというならば、


『いい話ですが、残念ながら許可出来ません。──以上』


 そう、伏見城の全権移譲など出来る筈も無い。

 そんなことをしたら、乗員の安全に責任がとれないからだ。

 だから、


『艦の運航や怪異払いとは別では如何でしょうか。

 艦はこちらで制御します。怪異払いは浅間神社が管理します。

 しかし舞台用の出力や、下の格納器関係の制御を自分達で行えるというのならば、その分の権利を移譲しましょう。如何ですか? ──以上』



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