境界線上のホライゾン きみとあさまでGTA Ⅳ
第三十四章『閉塞鑑の歌い手』
●
鈴の知覚の中。
荒れた空と風、夜の大気の底で、よく知る五人が並んでいる。
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……喜美ちゃん、浅間さん、ミトツダイラさん、ガっちゃんにゴっちゃん。
彼女達の中央、フフ、と喜美が、Y字ポーズをとった。
直後に彼女の後ろに稲妻が落ちるが、Yの字は全く揺るがない。
逆に笑みを深くした喜美が声をあげる。
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「梅組女! 五人揃って、”梅五──ズ!!”」
ひょっとして青梅の吉野梅郷と掛けているんだろうか。
だが、すぐに喜美が集音器を胸の間から出して、横に投げた。
宙に回ったそれを受け取ったのは、ミトツダイラだ。
彼女は、一瞬だけ息を吸い、凛と叫んだ。
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「総員停止!!」
●
アデーレは、周囲の皆と一斉に動きを止めた。
敵の攻撃は来る。
迫る巨体も見えている。だが、
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『武蔵騎士一等、ネイト・ミトツダイラが命令しますわ! ──総員は防御陣系で指示通りに移動なさい!』
彼女の声と共に、皆の眼前に二つのものが来た。
それは、
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『今先ほど、従士隊から発案された内容をベースに詰めたものですの。
――存分に戦いなさいな!』
手元の表示枠にあるのは、露天艦橋から俯瞰して作られた甲板の状況と、進行ルートの指示。
そして浅間神社による個人用防護術式の楯だ。
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……うわ。
応援と期待。
そして支援の手段と力。
全てが供給された。
それも、戦闘中ではあるが、一度動きを止め、皆が固まる事が出来た状況で、だ。
仕切り直しだ。
●
皆が、声をあげるのではなく、息を吸った。
その呼気に合わせるように、騎士一等の声が来た。
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『Vive le roi──!』
王に栄光あれ。
無論、極東に王はいない。
それは想像上の産物でしかない。
だが、自分は皆と周囲を見渡した。
ここは雅楽祭の現場。
観客席は既に無く、遠くには舞台が見えている。
歌も聞こえ、妖物までいて、戦士団も揃っているなら、
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「これは、舞台劇だぜ……!」
誰かの叫びに、皆は応じた。
武器や楯をそれぞれ眼前に構え、こう吠えたのだ。
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「Vive! le! roi──!」
応じる。
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「Vive le roi……!」
栄光あれ。
栄光あれ。
この舞台劇場の勝利の向こう。
勝利の中に存在する想像の王に栄光あれ。
そして、背後から曲が聞こえた。
騎士の曲。
遙か昔の、戦場を駆けた騎士達の、獣になる自分達を恐れ、喜んだ歌曲だ。
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「東部第三地上騎士団”Loup”……!」
●
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『旗を掲げ 武器を構え 叫べ総員 視線の先に咆吼をあげろ』
皆は、今こそ全身を開始した。
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「Vive le ro──i!」
叫ぶ咆吼に、武器の光が夜に生える。
雷撃の飛び散りも無視して、誰もが前へ、足並みを揃えながらも高速に突撃した。
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『過去背負う我 犬の咎無し』
皆は笑った。
極東に、いずれそんなときが来るのかと。
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『闇の端を笑う 必ず笑う』
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「おお……!」
走れば彼我の距離はすぐに縮む。
聞こえるのは足踏む震動と鼓動だけで、
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『音は要らず ただ声が ただ抜く背が 光を呼び先を示す』
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「Vive le ro──i!」
突撃した。
非神の力を砕き、ただ皆は自分達の位置を確定。
それぞれを連携させ、
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『戦いの最中 己を見つけ 声あげて笑え 必ず笑え』
破砕した。
幾つも幾つも、前に出るために、誰も彼もが戦力だった。
音が響き、幾人かが押し巻けて吹き飛ばされる。
だが、後列はそれを支えない。
立つなら自分で立てる年齢だ。
だから、
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『抜き去って 背を見せて それが安堵を与えるなら 我は先を行く牙となる』
吠えた。
非神が風を叫ぶならば、人は音を喉から発して応じるのだ。
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『縛を受けず 生まれ直し 穿つといい臆病者 我はそれでも前を選ぶ』
行く。
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『ルール無く 矜持有り 当たり砕くのはfiert 並ぶ地響きが欠片を踏む』
敵が見えた。
最前線だ。
今まで並ぶ非神からも攻撃が来ていたが、正面に行けば、横の一体からの打撃は飛んで来ない。
一対一。
否、一対皆だ。
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「卑怯とか言うなよ!?」
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『我は叫ぶ 躊躇いて 来るといい臆病者 その叫びこそ我が背を押す』
非神が吠えた。
それに答えるように、皆が大きく手招きした。
来い。
この戦いの向こう、王がいるならば見せてみろ。
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「Vive le ro────────i!」
総員は、左右翼において、至近の非神に激突した。
●
衝撃に、光が散った。
非神の脚が砕かれ、しかしカウンターで風撃が戦士団に叩きつけられたのだ。
散る光の欠片は楯のもので有り、非神の身体を構成するもので有り、ただ風は平等に両者を散らし、結果として、
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「砕いたぞ!」
安心は出来ない。
修復はすぐに行われるのだ。
何しろ、
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「歌が淀みを抽出してる以上、復活しますわよ?」
くそ、という声が何処かから漏れた。
うめきながら、しかし皆は力を重ねて押し、負傷者を後ろに回し、
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「総長も、やってくれる……!」
もはや、戦場に参加する全員が、この戦闘の意図を読んでいた。
これは、単なる怪異祓いの前倒しではない。
今、ここで行われているのは、武蔵を囲む淀みの完全消滅の経過と、
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「他国への、示威行為だ……!」
●
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「じいこうい……!? 店主様、今、音声だけで聞こえましたが、一体何を!?」
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「うーん、話すと面倒くさいから、もうそのままでいいかねえ、P-01s」
●
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「なかなかいい現場教育になってるのかねえ。
真喜子さんの見立てだと、どう?」
酒井学長? とオリオトライが振り向いた背後。
そこには、
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「あ、”武蔵”もまた一緒ですか」
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「また、とは心外です。今日は一回しか一緒ではありませんので。──以上」
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「ああ、ずっと一緒だったわけですね」
”武蔵”がもの凄い目つきをオリオトライに向けて、教師側が軽く引いた。
ただ、と三要が、場を誤魔化すように酒井へ問うた。
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「現場教育って、……他国への示威行為の事ですか? 酒井学長」
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「Jud.、そうなるね。
──つまり、もしもこの怪異祓いを成功させたならば、武蔵は他国にある事を示せるわけだ」
それは、
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「中位の妖物くらいならば、武蔵の総合力で祓えるんだ、ってね」
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「それやると、安芸以降、武蔵の監視につく聖連戦力の量が増えそうですねー……」
確かになあ、酒井は頭を掻いた。
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「でも、ちょっと気になる要素があってね。
正しいんだけど、よくない、というか」
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「……何です? 酒井様、その横目は。──以上」
ああ、うん、と酒井は懐手に印籠を弄び、空を見上げた。
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「ちょっと”武蔵”さん、手伝って貰えるかな?」
●
非神が一体、砕けた。
右舷側の先頭に立っていた非神刀だ。
戦士団のアタックによって、砕かれた脚から膝をついた瞬間。
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「Herrlich!!」
黒魔女の放った弾丸が、その上半身を激震させたのだ。
穿たれた一発は、高速の勢いをそのまま流体の身体に叩き込んだ。
光で出来た刃物の数十枚。
それらのあらゆるが、魔女の硬貨弾に震動し、
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「……!」
一瞬で砕け散った。
夜の中、雷と風は未だに荒れて続いている。
だが、甲板上には花の吹雪にも似た光の散華が舞い踊った。
それは一つの勝利の証で、
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「──会いました!!」
左舷側でも、巫女の放った一矢が、非神斧と呼ばれるタイプの一体を撃ち抜いていた。
どれも、淀みの中央部、”型”の核となる部分を破壊する一発だ。
戦士団が足止めして、主力が破壊の一撃を送る。
このローテーションこそが、
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「”資材運び”と同じだ! 臆するな!」
Jud.、という返答が重なる。その左右翼の侵攻と重ねるように、中央では、
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『──!!』
非竜刀が、隠竜との戦闘を展開していた。
●
白と黒、反する色の二竜は、激突と咆吼を重ねた。
だが、左右の非神が消えた瞬間。
白の翼がかち上がった。
僅かな時間だが、場が空き、竜が動きをとれるようになったのだ。
風を切り、雷光を散らし跳ねさせた刀型の翼は、強引に後ろへ叩きつけられ、
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『……!!』
高い獣声を宙に散らし、非竜刀が隠竜にチャージを掛けた。
激突する。
●
当たった、と、非竜刀の動きを戦士団の皆は見た。
同じタイミングで、露天艦橋にいた五人の内、喜美を除く四人が動いた。
既に勝負の流れは出来つつある。
白魔女と黒魔女は、両外舷側の非神が散ったのを確認。
安全な空域を読むと、それぞれ左右舷の空に飛び、戦士団の援護に入った。
続く浅間が、階段客席を降りていく。
侵攻する皆の防護管理を行うために、急ぎだ。
そしてミトツダイラは戦場を見て、新しい指示書を表示枠で送り、こう叫んだ。
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『総員、目標を総長に定めなさい!』
眉を立て、一度だけ奥歯を噛んで、こう叫んだ。
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『──総長を止める。それを目標として侵攻しますわよ!』
●
言って、ミトツダイラは、自分の中に苦いものを感じた。
本音を言えば、総長を敵と認識すべきだと、そう思っている。
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……だって、現状、敵を呼び、強化しているのは総長ですものね。
ただ、彼女が行っている事は、淀みの抽出だ。
歌も舞も、淀みを出し切るまでは続けなければならない。
本来ならば自分達がやっていたことなのだ。
総長はそれを前倒しで、一気に行ったに過ぎない。
だが、ふと、自分は一つの事を思った。
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……妙ではありませんの?
●
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……総長達の行動原理が、不明ですわ。
一応の見解としては、総長達がこれを示威行為に見立てた、というものがある。
この戦いは、安芸の空で行っている以上、他国の記録に残される。
現在、非神の起こす結界によって外界と遮断されているが、内部の出来事は聴取され、秘匿にはならないだろう。
だが、だからこそ、他国は武蔵の現状を知る。
それによる締め付けや警戒は今後あるだろう。
だが、力があると見せる事で”通せるもの”も出てくるのだ。
選択肢は、減るよりも増えるものの方が多いだろう。
しかし、と階段客席を飛び越えるようにして前身しながら自分は思った。
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……示威行為を狙うのであれば、私達との打ち合わせのときに、そのことを進言すれば良かったのでは?
総長からの命令であるならば、少なくとも拒否の一択はない。
それなのに、何故、総長はこの状況を作ったのか。
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「何故……」
と呟いたときだ。
非竜刀が隠竜に激突し、皆が歓声を上げていた。
あの親隠竜は、子隠竜を生み、自らを構成する流体を薄くしていた筈だ。
逃走し、余所で流体の補充をしようにも、体のいい淀みはあるものではない。
だが、
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「……?」
己は、ふと、不安を思った。
なぜならば、
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……隠竜や非神達は、総長の歌と舞による援護を得ていますのよ?
●
気味の悪い。嫌な予感が来る。
そして自分は、ふと、左舷の艦尾側を見た。
階段客席の陰、そこに二年梅組の皆がいた。
先頭には防護のためか、ペルソナ君とウルキアガがおり、しかし彼らの背後には鈴と、
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……我が王!
●
王が無事である事の安堵は、しかしすぐに消えた。
王が、眉をひそめて前を見ていたからだ。
前方。
激突して動きを止めた非竜刀と隠竜の向こうに、半壊の舞台が見える。
その上で、総長が舞っていた。
非神の風が暴れ、雷撃の火花が散っているが、その姿は確かにこちらに届いた。
非神が一体ずつ破壊されたからだろうか。
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「いえ、あれは──」
おかしい。
己視界の中、明らかに総長だけが遠くの闇に見えている。投下術式のスポットライトを浴びている訳でもないのに、あれは──、
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「ネイト!」
既に甲板の半ば近くまで至っていた自分に、王の声が届いた。
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「止めさせろ!!」
●
王の叫びを聞いた直後。
己の目は、それを確認した。
隠竜に突撃し、ぶち当たった非竜刀が動くのを、だ。
だが、それは、体当たりした身を引く、勝利の動きではない。
長い首を揺らし、背からこちらへと倒れてくる動作だ。
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「……打ち負けましたの!?」
●
右舷側の皆と合流した点蔵は、前線へと走りながらそれを見た。
甲板の上、淡い高さの空中にて、突撃をぶち込んだ非竜刀が後ろへと倒れていく。
否、竜の受けた動きは、
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「……何かに、打ち飛ばされている!?」
カウンターを食らったのだ。だが、
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……あれだけの大竜を吹き飛ばす力とは何で御座る?!
竜砲も何も、見えはしなかった。
そもそも、非竜刀は突撃を掛けたのではなかったか。
だが、竜が打ち倒されて見えてくる先。
舞台の前に、あるものがあった。
隠竜の姿だ。
首だけだった。
隠竜の全身が光に散っている。
既に隠竜は死んでいた。
しかし、非竜刀のチャージが、隠竜の身体を砕いた訳ではない。
腕だ。
●
巨大な、しかし繊細ともいえる形の女の腕が、舞台側の闇から生えている。
それが、隠竜の胴体があった虚空を貫いているのだ。
●
女の腕。
下腕から手の先までで二十メートル近い長さがある。
それが、非竜刀のチャージに対し、陰竜を後ろから貫きながら、カウンターを叩き込んだのだ。
だが、
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「何で御座るか、あの腕は……」
流体で出来た、竜を抱けるほどの大きな女の腕。
それは、大きさよりも長さを増しながら、落雷の火花や、散る甲板の構造材を飴のように受けて動いた。
自分達の向かう先、左右舷の非神を、後ろから求めるように。
青白い流体光の両腕が、
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「──!!」
非神を、二体ずつ砕いた。
不思議と、音はしなかった。ただ光が散り、しかしその光片すらも、
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……食われる!?
そして自分は気づいた。
舞台の闇から伸びる女の腕の動きが、舞う総長の動きと連動していることを。
ならばこれは何かという、そんな疑問の答えを、己は知っている。
神に仕える者の内、上位以上になれば可能とされる技。
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「神卸し……!」
●
自分を依り代に、神を呼び、宿らせる。
大椿系である鳥居にとっては、呼ばれるのは舞や歌の神だろう。
但し、
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……ここで卸したのは、淀みの抽出と、それを食らって作り上げた偽神に御座る!
直後。倒れた非竜刀が甲板に落ち、激突した。
重音が響き、艦が揺れた。
気づけば、舞台からこちらに、巨大な手指が広がっていた。
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「く……!」
それは、しかしこちらを相手にしない。
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「おやおや無視されてますね点蔵様」
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「まあザコだから……」
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「まあお父様ですから」
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「折角”く……!”とか言ったのにねえ」
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「周辺が全て厳しいで御座るよーう?」
言っている間に”それ”が動いた。
今、自分達が相対していた非神を、巨大な青白い女の腕が一掴みにしたのだ。
砂を捏ねるような音がして、非神が光に散る。
そして敵がいなくなった。
ただあるのは、舞台の方へ、舞う鳥居を抱きしめるように引かれていく女の腕だけで、
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「総員、退避──!!」
叫んだ瞬間。
それが起動した。
甲板上の八箇所。下に仕込まれた格納器が爆発し、流体の雷柱が空に立ったのだ。
●
八本の雷柱は空中にて、武蔵から放たれていた雷撃と融合。
全ては鋭い弧を描いて、半壊の舞台へと向かった。
そこには、手が待っていた。
空に掲げられた女の両手が、柏を開くように空を望んだ。
青白い二本の腕に、稲妻が絡み、鎖のように巻き付いていく。
後は、脈動だ。
腕が、鳥居の動きに連動して振られる。
動きは正確。
描く弧は空気の抵抗なく空を切り、止める動作には揺れがない。
そして全ての動きは連動していた。
腕の振りも、身の回しも、首の振り上げも何もかも。
それらの動きを見せるたびに、腕以外の場所が成立していく。
舞の偽神だ。
それは、顔だけが無い。
ただ、上半身から臍下までを回り構築したところで、
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「────」
偽神が、皆に振り向いた。
●
顔は無いのに、明らかに笑った。
そんな気配が、地上高さ十数メートルで発された。
同時。
顔の無い神が、唄った。
歌は、咆吼だった。
口が無いがゆえ、放たれる歌声は音でもなく、文字でもない。
存在を示す威の圧だ。
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「……!!!」
それが甲板を歪ませる勢いで爆圧した。
皆は退避し、楯を構えて備えた。だが、彼らの行為は遅く、足りなかった。
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「くあ……!!」
数百の人影が、一瞬で、扇状に打撃され、吹き飛ばされた。
呼吸の間もない。
広い甲板上、今まで戦場だった場所には、もはや立っている者はいない。
偽神だけが、自分の身体を作りながら、身体をゆるりと回した。
両の腕を振る軌道から、もはや非神のような風では無く、雷撃を飾りのように巻きながら、
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「────」
勝利の歌声を、偽神が夜の大気に爆圧した。