境界線上のホライゾン きみとあさまでGTA Ⅳ
第三十五章『舞台の破壊者』
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「やってくれるわね、──流石は大椿上位。そう言ってあげるわ」
伏見城艦尾側、露天艦橋の上で喜美は腕を組んだ。
正面。
高い位置にいるこちらよりも、更に背の高い女の姿がある。
偽神だ。
既に武蔵からの雷撃は止まり、伏見城の上は静かだと言っていいほどだ。
だが、見えているものが、異常だ。

……淀みを利用した神卸しで、淀みを一気に抽出してのけたのね。
本来は、非神を一体ずつ呼び、段階的に抽出していくはずだった。
それを鳥居は、一気に呼び出した上で、残滓が無いようにと神卸しまでを行った。
偽神とはいえ、神を卸すには莫大量の流体と、何よりも大型の祭に、芸能神の上位奏者が必要だ。
雅楽祭は、鳥居にとって、いい素材の祭だったろう。
鳥居一人では不可能な神卸しは、雅楽祭と淀みの抽出によって完成された。
淀みであるがゆえ、あの偽神は破壊しなければいけない。
だが、

「どうするのかしら。非神などとは格が違うのよね」
Jud.、と頷いたのは”武蔵野”だ。
彼女は艦の制御を行いながら、

「外殻を破壊するだけでも同格の武装、──神格武装の一撃が必要かと。──以上」
確かにそれが必要だ。
だが、今、この現場に神格武装は無い。
魔女の箒は、その移動システムとしては神格級だが、砲撃システムは従来の魔女達のものの強化版に過ぎない。
浅間の弓も、中位の彼女が使えるのは通常の武装の類いだ。
ここに、放つ攻撃が流体系の加護や力を持つこととなる神格武装は無い。
あったとしても、個人所有の刀や槍に与えられた簡易なエンチャントで、偽神の外殻を通せないだろう。

「それに、あれを倒すには──」
見れば解る。
偽神の中、胸のあたりに人影がある。
依り代となった鳥居だ。
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……厄介ね。
眠ったような顔で、軽く両腕と両脚を広げた姿勢。
あの偽神は、淀みとしての好戦的な部分を持ちつつ、鳥居の舞や動作を真似る。
ならば、あの依り代を討てばいい。
そうすれば、依り代を頼りにまとまっていた偽神は砕け、自壊する。
だがそれは、鳥居を殺しかねない行いだ。

「だけど、いるわよね。それが出来る者が」
その者の名を、喜美は告げた。

「──鈴木・孫一。神格武装ヤタガラスの使い手で、鳥居・元忠を討ち取る歴史再現の持ち主」
言った瞬間。偽神が動いた。
腕を振り、それに吊られるように全身を回し、

「……!」
爆圧と共に、両の腕から落雷をまき散らしたのだ。
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正純は、走る落雷と火花を背に、鈴木を探していた。

……何処にいる!?
どうしてそのようなことをするのか、自分でも解らない。
今ここで、鳥居を討って欲しいのか。
それとも、やめてくれと言いたいのか。
解らない。
だが、何もしなければ、きっと鈴木は鳥居を討つ。
聖譜記述に、そう記されているのだ。
今の伏見城は激戦地で、鳥居を討てるのは鈴木しかいないのだ。
そして、

「これが今の世界の動きだ……!」
歴史再現。
この四字に対して、自分はどうしたいのか。
解らない。
解らないが、しかし、鈴木を自分は探す。
彼女を見つける事が出来れば、と、そこまでを思い、

「……くそ!」
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……そうじゃない!
背後に落雷は響き、皆は動けなくなっているが、そうじゃない。

「私は、一人じゃない筈だ!」
一人で何をしたらいいかも解らず、ただ鈴木を探す事を目的としている。
それでは駄目だ。
だが、どうすればいいのか。
鈴木を止めるべきなのか。
推すべきなのか。
どちらにすればいいのか。

……どうすれば──。
と、そう思った時だ。

『おーい、皆、ちといいか?』
馬鹿の声が、見えた。

『チューコ止めろよ、誰か。だけどなるべく穏便にな?』
だって、

『後で番屋に呼びつけ確定だろ? だったら、ここで凹ませることもねえもんな。そのつもりで皆、頼むぜ』
馬鹿、と自分は思った。

……そんな簡単に、無茶を言うな!
神格武装の使い手もいないのだ。
それなのに、

『──Jud.!!』
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喜美は顔を上げた。髪を風に振り、雷撃の中心を見据えた。

「フフ、いい判断よ愚弟!」

「え? マジ!? 何点くらい!?」

「一〇点満点中、七〇〇点くらいあげるわ! でも差額は私のね?」

「おいおい、だったら姉ちゃん、俺の一〇点も姉ちゃんにやるよ! 六九〇点じゃ六〇〇点台の女だもんな!」」
いい心がけだわ。
だけど、本当にいい判断をしてくれた。

……そうよね。
もう、”失う判断”は私達には無い。
そう思う心に後押しされるように、自分は叫んだ。

「テンゾー! 孫一、十秒よ!」
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点蔵は、既に動いていた。
偽神に吹き飛ばされてから、鳥居と鈴木の狙いを悟ったのだ。
渡辺から朝に受け取った通神文にも、それは書いてあった。

……この雅楽祭で、必ず、鈴木・孫一が総長を射殺する、と。
止めろ、とは書いていなかった。
だが、自分達の長とも言える者が決めた。
失わせないのだ。
だから己は艦内通路を走った。
自動人形達に話を聞き、通行履歴の情報を探り、

「皆の衆! 鈴木・孫一の動向に御座るが──」
結論は、まず、こうだ。

「十五分ほど前の輸送艦で、伏見城を出て、本土行きのハブ客船に向かって御座る!」

『では、総長への暗殺は無いと?』

『それは早計に御座る!』
渡辺が明言したのだ。
第一特務は、交渉と貿易で生きていく武蔵にとっては、戦力よりも重要な役目だと言える。
そんな役職者が、明言したのだ。ならば、

『どこかに、狙撃のシステムがあるで御座る!』
だが、それが何処にあるのか解らない。
無い、という可能性もあるのだ。
鳥居を撃ち、歴史再現を確定する神格武装は、一体何処にあるのだ。
実際、ここまで走ってくる間、あのヤタガラスという長銃が設置されている気配は、艦の何処にも無かった。

「く……」
しかし、と己は思った。

……渡辺殿は、金髪巨乳に御座る!
人妻確定だが、信仰対象が嘘や早計を働くとは思わないことにする。
だから、

『誰か、あの長銃がある場所を知らぬで御座るか!?』
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クロスユナイトの声に、正純は鼓動を一つ打った。
そして自分は、客席であった瓦礫を分けながら急いだ。
階段客席の上。見上げれば、そこには葵姉と、女装の馬鹿がいる。

「二人とも!」
雷撃が背後を突っ走る。
光が痛いほどにまぶしく、散る廃材が風の形を知らせてくれる。
だが、己は問うた。

「鈴木の狙撃を止める方法はあるのか!?」

「あるんじゃねえの?」
思わず言葉を失うほど、凄い答えが来た。だが、

「あると思って、言ってみろよ」

「あ、あのなあ……」
何だかいろいろな勢いを失った気がするが、こちらは応じた。
ヤタガラス。
自分は、その使用されている姿を見た事があるのだ。
あの長銃は、何処かに設置されていなくても構わない。何故なら、

「空だ!!」
己は、手袋の右手指で、直上の天を示した。

「ヤタガラスは、警戒した鈴木によって、昨夜あたりから伏見城の上空を舞っている!」
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孫一は、暗雲に囲まれた伏見城を見ていた。
夜目にも黒い雲の間からは、轟音と、流体光の飛沫が散っており、

「ここまで遠ざかれるなら、自分で持っていても良かったかな」
時折見える雲の間、偽神の姿が確認出来る。
自分が乗る輸送艦は、伏見城経由で、本土行きのハブ客船に向かうものだ。
雅楽祭を途中まで楽しんで、本土へと胸中に帰ろうとする者達の船だった。
客はしかし、大半が自分のいる艦尾側に集まっていた。
誰も彼も、伏見城で起きている事が気になるのだ。
客は多くが欧州系で、極東系襲名者のこちらを気にしている者はいない。
だから己は、彼らから一歩引いた状態で、遠くに見える偽神に目を閉じた。

「ヤタガラス」
思う。
これでいろいろなことが変わり、動き出す、と。
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孫一は、心の引き金を絞っていく。

……終わりですね。
自分と鳥居の関係もだが、武蔵と聖連の関係も、ある意味終わるのだ。
武蔵の戦力は、先ほどの戦いで、非神クラスなら退けることを示した。
そして武蔵の総長は、神卸しを行える力があるということを証明した。
これは、各国を警戒させる要因だ。
だから、歴史再現を行う。
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それだけの力がある総長が、他国を警戒させた責任として”討ち取られる”。
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そういうことだ。
更には、伏見城の戦いを再現したならば、極東側が関ヶ原直前の歴史再現を自らクリアした事になる。
現状、P.A.Odaの事を脅威と感じつつある欧州聖連諸国は、織田と羽柴を追い詰める事が出来るこの歴史再現を歓待するだろう。
これによって、武蔵は対外的な力を示しつつも、建前として責任を果たしたことになる。
嫌な流れだが、鳥居がこれを望んだ意味は何となく解る。

「末世でしょう」
鳥居達の年度ではないが、来年度は末世に各国が直面せざるを得ない。
世界が滅ぶかどうか。
その救済方法も含めて、来年度が最後の勝負だ。
今や、各国はその裏側で、末世を含めた駆け引きを行っているが、

……それは、各国が手加減無しで動き出すという事です。
弱小国は、強国にとって餌と見られればまだ良し。
末世が来る十月まで、新年度からは半年しか無いのだ。
結論を急ぐ強国によって、蹂躙されるだけの状況が生じてもおかしくない。
武蔵がそうならないためには、今の内が大事だ。
来年度にこんな事をすれば、それこそ、これを口実にどんな目に遭うか。
だから今、やる。
そして、きっと武蔵の住人は見定めるのだ。
この戦いの中から、来年度を引っ張って行く者達を。
それも、非神クラスの敵をものともしない学生達を見いだし、支持していくのだ。

「……これが、大地に根ざした砂の地を捨て、自由な武蔵を選んだお前の望みだ。
元忠」
そのためにも、

「果たすよ」
孫一は、ヤタガラスに流体射撃の許可を与えた。
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アデーレは、空に光を見た。
偽神の爆圧攻撃に吹き飛ばされ、かろうじて起き上がった矢先だ。
周囲の皆は、階段客席の前にまで押し切られている。

……さっき、テンゾーさんが慌てて艦内の方に向かいましたけど。
タフというか、あれ、絶対何処か負傷してるでしょうに。
だが、彼がそうした意味は解る。
応じるように正純が謎を解き、出た答えが今、空にあった。
伏見城を包んでいた暗雲の結界は、非神がいなくなったことで消えつつある。
だがその中央を貫き、白の一線が斜め打ちに来たのだ。
狙いは正確に、偽神の中の鳥居だった。
空、高い位置を、何かが飛び去っていく。
きっとあれが、ヤタガラスだろう。
優れた狙撃手は、初撃を外さない。
それを示すように、流星のような射撃は鳥居を穿とうとする。
高速の一発。
あれを止めなければ、鳥居は失われる。
だが、それを為すのは、

……います!
その名前を、自分は叫んだ。

「浅間さん!!」
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「浅間!」
アデーレの叫びに続き、届いた彼の声で、浅間は自分の意識を確かにした。

……ええと。
甲板上、余り急いでいなかったことと、防護術式を用意していたおかげで、己は爆圧の直撃を逃れていた。
無論、それでも打撃を受けた事に変わりなく、

……いや、結構キますね、これ……!
意識が飛んでいたのは一瞬らしい。
自分が尻餅をついた姿勢である事に気づくなり、心よりも先に身体が立ち上がった。
ふらつきはするが、正しい選択だろう。
現場を少なからず預かる者として、身が己の続行を望んだのだ。
そして、ふと空を見上げたとき、己は現状を理解した。

「あれは──」
射撃の一線だ。
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「狙撃!?」
その意味を見た瞬間に悟って、自分は目を覚ました。
あの一発を、己は憶えている。
隠竜戦の時だ。
こちらが討ち果たしたのと同じタイミングで、遠くからの射撃が隠竜を破砕した。
あれはやはり、孫一の狙撃で、

「……!」
身体は動く。
ならばどうにかしないといけない。

……失わせません!!
だから、自分は、即座に片梅を構えた。
孫一の流体射撃を、狙う。
出来るのか。
飛翔の先、射撃そのものではなく、軌道の先。偽神すれすれの位置だ。
外したら次は無い。
だが、己は思った。

……あの時の隠竜の破砕、憶えてますとも。
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自分達との戦闘で砕かれた隠竜は、淀みの塊だ。
だが、例え淀みであっても、仮初めの命を持った存在だと、そう思う。
だからこそ、禊祓して、”型”を解放してあげたいのだと。
これが神道の考え方だ。

「嘘……」

「撃てる理由が欲しいだけだよね?」

「い、いいんですよ余所の見解は!!」
だが、あの狙撃は違う。
敵として、ただ破壊するだけの術。
無論、神道のある文化圏でなければ、禊祓の術など無いのは確かで、極東以外の全ての国ではそんな破壊の方法が主なのだと、よく知っている。
だが、ここは極東武蔵。自分は武蔵の神道の代表だ。
それが、二度も、禊祓のない破壊をされては、

「……何のための武蔵神道代表ですか!!」
怒りはない。
あるとしたら、自分への使命感だ。
この武蔵を。
自分の周囲を。
極東としていつも通りの、何も意識せずに暮らせる空間とする。
その延長と証明が、この一撃だ。
だから、

……出来ますか!?
この疑念を、心から消そうと思った。
疑念がある限り、意思は晴れていない。
会わないのだ。
だが、心の中に焦りのようなものがあり、時間は過ぎ、視界の中を白の一線が行き、

「おーい、浅間」
不意に、彼の声が、遠くから聞こえてきた。

「どーにかなんね?」
●
どうにか、出来るか。
その一言に自分は、疑念に集中しかけていた意識をフラットに醒ました。

「全く……!」
やるしかなくなってしまった。
だって、

……今ので、皆がこっち見ちゃったじゃないですか!

「もう」
仕方ないですね。
自分としては、不可能じゃないかとも思ったりしますが、この衆人環視の前で、きっと全裸か女装かしてすっごく目立つ馬鹿な人が、そんなことを持ちかけてきたわけです。そうなってしまうと、浅間神社代表としてここに着ている自分としては、不可能だなんて言える訳ないし、少なくともやるだけはやっておかないといけないでしょう。ええ、本当に、過度の期待をされると困ったものです。ええ、別にコレは「狙撃を狙撃するって、やったらどうなるんでしょう」という興味本位ではなくてですね? ええ、ハナミ、照準術式に十二拝気。向こうは神格武装の流体射撃ですからこっちも流体系加護を先端に八拝気で。ええ、ホントに、手間なことで、浅間神社としてもこんな博打めいた事はしたくないんですけど、馬鹿な人が皆の前で期待しちゃいましたもんね。ええ、本当に、仕方ないです。仕方ないですよねー。ふふふ。

「浅間さん! 何かウキウキしてませんか!?」
失敬な。これは浅間神社の公務です。

「会いましたあ!!」
●
結果は、一瞬だった。
孫一は、輸送艦の艦首側に行きながら西を見た。

「そっか」
遠く、西側の夜空に見える伏見城に、光が一つ発生していた。
自分の放った一発が、下からの狙撃を受けたのだ。

……浅間神社の代表が、やったんですね。
己が放った攻撃は、流体系の狙撃だ。
中位の巫女が放つ矢では完全に砕ける筈も無い。
今の結果は、彼女の矢がこちらの射撃を揺らし、その軌道をズラしたことによるものだ。
偽神を貫き、鳥居を穿つ一撃は、斜め打ちに抜けて伏見城の艦首を砕いた。
伏見城は、もはや艦首側の造形を留めていないだろう。
艦の制御を行わないと、艦尾側に傾いていく筈だ。

「だけど、……よくやったものです」
長銃による射撃をインターセプトする。
理論上は可能な事だが、戦場で行うとは、どれだけの研鑽を積んだのか。

「……以前に、一発を見せたのが敗因かも知れませんね」
軌道と、癖を読み取られていたのだろうか。だが、

「────」
自分は、自分が内包している感情を、悔しさだと分析した。
見上げれば、空を、三つの影が飛んでくる。

『――!』
ヤタガラスだ。
●
己は、長く飛翔して疲れ気味の動きを見せる三羽に自分の右肩を晒した。
勢いよく、というよりも崩れ落ちる軌道で休みに来る長銃を、後ろに一歩下がりながら受け止め、

「お疲れ」
言って、ヤタガラスの位置を整えるため、三羽を一度荒く回した。
重い。
それはそうだ。何しろ、人を撃ってきたのだ。戦争の中で防衛や攻勢のために手当たり次第に撃っていくのではなく、よく知る人を失わせようとしたのだ。
重くて当然だ。
そしてまた、この重さに意味が無かった事を、喜んでいいか解らない自分がいる。
ただ、重い。
その重量に軽く身を揺らしながら、西を見る。
瞬間。
そちらから咆吼が聞こえた。
偽神の歌声たる爆圧だ。
宙を切り裂くような響きに、自分は眉を立てる。

「さて、自分の歴史再現をどう言い訳しようかというのもあるけど。……どうするんですか、武蔵勢」
咆吼が響き、雷光はまた生まれている。
その音と光を見据えながら、己は告げた。

「──偽神討伐。見せて頂きましょう」