境界線上のホライゾン きみとあさまでGTA Ⅳ

第三十八章『約束現場の奢り者』

 鳥居は、白い部屋で目を覚ました。


 ……あれ?


「大霊界って、こんな保健室みたいなところかー」


「馬鹿かお前」


 横、顔を動かして気づくが、自分は寝かされている。

 寝台の上。身体には毛布が掛かっていて、


「おおう、全裸だよ! って、何が馬鹿なんだよ、忠世。

 ──ってか、スガも、何でお前ら生きてんの?」


 ベッドの足下側、大須賀が、読んでいた文庫草紙から視線を上げた。


「結論だけ言うと、俺は卒業したらすぐ下に降りて師匠と各地回るからな」


「逃げる気だ! こんだけ……、ってどんだけやったか知らないけど、騒ぎ起こして逃げる気だなお前は!」


「あたしゃ後輩育成で残留組だから針のムシロだよ馬鹿野郎」


 大体、と彼女が吐息した。


「こっちは偽神出たときまで付き合ったけどな。

 流石に、鈴木が失敗してからは艦の制御の方に入らせて貰ったよ。

 艦首側から落ちかけてたからな。流体燃料とか止めたりで」


「流石に皆の敵に回る気は無いかー」


「あたしだって、荷担しつつ、少しは怒ってんだよ」


 忠世が、半目で、しかし身体を起こしたこちらの額を押さえて寝かせる。


「何すんだよ、忠世」


 ああ、と忠世が頷いた。


「とりあえず、襲名卒業おめでとう、ってとこだろ。死んだんだから」


 自分は、ややあってから、忠世に告げた。


「生きてるよ?」


「襲名としては、ってとこさ」


 あのな?


「──聖連側で判断があったらしい。

 神卸しやるようなのを襲名者として残してると面倒ってことだろうな。だけど……」


 忠世が、寝かせたこちらの胸を、上から軽く叩いた。


「浅間神社代表が言うには、お前の”型”、少し壊れてるから、当分は術式とか使えないし、使えるようになっても、また下位からだってさ」


「──淀みで依り代やったせいかなあ」


 知らんさ、と忠世が言って、椅子に座った脚を上げた。

 両脚を、前に、こちらの上に投げ出す。


「いてててて! 全裸を押さえつけるとか、マニアックだな!」


「うるさい。まあ、理由も大義名分もあれど、相当に馬鹿やったんだ。

 理由はどうする?」


「祭は派手な方がいいと思ってさあ」


 言うと、大須賀が苦笑した。


「俺よりも、お前の方が遙かにポエムだろうにな、本性」


「つーか、話ずらすけど、──ナベは?」


「ここが伏見城の救護室だって解ってる? 今、伏見城は武蔵の奥多摩と武蔵野の間に浮いてる。

 淀みでまくりだったから検疫中で、検査官以外は出入り出来てないよ」


 忠世が、表示枠を広げた。

 通神用の画面には渡辺から”後で話を”というタイトルがあり、


「……ナベ、説教好きだっけ?」


「知らんよ。でも、お前担当な?」


 アー、とうなった後で、己は、ややあってから、両の腕を頭の方に投げ出した。


「ホントの無能になったか──」


「舞や歌は出来るだろ?」


 ああ、と笑って頷くしかない。そして、


「あれ?」


 天井側から、音楽が聞こえてくる。その響きは、


「何? 雅楽祭二回戦?」


「いや、後ろで馬鹿がワヤにしたのと、浅間神社代表のバンドが楽器破壊されて演奏出来なくなったりってのがあったからさ。アンコール権は、雄志で好きに、ってことになってな。

 今、参加バンドで唄える連中が、好きにやってる」


「うちがやる前までの、投票結果は?」


 ああ、と忠世が天井を指さした。


「魔女二人。

 最後まで入れると浅間神社代表がトップだけど、あれ、唄ってないからなあ」


 そっかー、というこちらに、大須賀が頷いた。


「鳥居、お前、もっと人と話せ」


「話してるよ」


 そうじゃない、と、大須賀は言った。


「もっと、本心で思っている事を、だ。──これからそうすれば、皆、今日の事を理解してくれるだろう」


「されなくてもいいと、そう思ったら?」


「だったら何故、お前は今、生きている」


 大須賀が、一息を入れてこう言った。


「皆、思っているのだ。──お前の話が聞きたいと。

 無能であることを晒す意味も含めて、卒業まで、そういう練習をしてみろ。それがお前の卒業試験だろう」


 武蔵の各巻の間。高度を揃えて浮上中の伏見城の上では、後夜祭が行われていた。

 半壊の舞台は使えない。

 だからというように、露天艦橋の下。階段客席がそのまま次の舞台になっていた。


「ウヮアアアア! アンコール! アンコールリクエスト! 御願いします!」


 半ばの段に足場を追加しただけだが、背後の壁が音の反響を作ってくれる。

 今、そこで唄っているのは、灯光術式のライトを浴びたナイトとナルゼだ。

 二人は制服に着替えているが、


『キンコンカンコン……!』


 リクエストで最も多かった曲を、手を繋ぎ、身を回しながら唄っている。

 それを見る皆は、装備を外す者もいれば、そのままの者もいて。ただ皆、砕けた甲板に座り込み、無事だった屋台が出すものを夕食代わりに食べていた。

 そんな、ゆっくりとした時間が流れる向こう。

 水平の位置には、武蔵各艦がやはり後夜祭の火を点している。

 ときたまに向けられるライトに手を振ったり、打ち上げる花火を見たりしながら、皆は誰ともなく一息をつく。


「全く……」


 キンコンカンコン、と口ずさみながら、


「──終わりの鐘が鳴りゃしねえ」


 と、皆の大半が一休みを得ている頃。

 半壊した舞台の方、人気の無いところでは、


「じゃあ……」


 と、ミトツダイラが、ケルベロスを甲板の一段高いところに置いていた。

 小さな身体。

 三つ首の狼は、ミトツダイラを見て首を傾げながら、


『……!』


 吠える。

 が、その身体が、光を纏っていた。

 時折、青白い光が、上に、空へと散っていく。

 ケルベロスの身体を作る流体が、分解されて、消えようとしているのだ。


 ミトツダイラは、しゃがみ込み、ケルベロスを見ていた。


 ……この子は……。


 自分の正義。

 何て小さく、そして誇らしかった事か。

 ただ、この三つ首は、自分が消えていく存在だという事も解っていないようで。

 餌をくれるのを待つように、舌を出している。

 だから自分は、巫女服のハードポイントから小さな餌を出した。

 これが最後だ。

 家に帰ればまだあるが、尽きるタイミングを計算するような生活をしなくて良かった。


「ほら」


 あげると、三匹は骨状のそれを一つずつ咥え、噛んでいく。

 嬉しいのか、目を細めてこちらを見る。


「──智」


「何です?」


「流体の餌を与え続けたら消えなくなる、という事はありませんの?」


「もの凄い量が必要になりますよ? 生物的に自分を保つのではなく、存在を保つ事になるので。

 ……もしやるとしたら、流体燃料の中に沈めるようなことになります」


「それは……」


 飼い主の我が儘ですわね、と、己は苦笑した。

 ただ、消えていく今、この子達が幸せな思いをしてくれて良かった。

 そして何よりも、


「貴方達のことを、理解出来て良かったですわ」


 何しろ、


「一緒にいられて、私も嬉しかったし、楽しかったですの」


 と、自分はケルベロスを抱き上げた。

 すると、背後に来ていた喜美が、わ、と泣き真似を始めた。


「ミトツダイラったら、哀しいわね……! 抱き上げてもオパイに埋められない……!」


「この……!」


 と怒りもするが、こちらの気分を沈まないようにしてくれているのかもしれない。

 だが、抱き上げたケルベロスが、こちらを見た。

 目が合ったと思った瞬間。

 三匹が頷いた、そんな気がした。

 そして、


「あ」


 光が、自分の腕の中から、天に昇った。


 ……行ってしまいましたわ。


 自分は、空に昇った光を見上げたままだった。

 消えていく青白い流体光。

 それを見る目尻に涙が浮かび、零れようとする。

 だから息を堪え、身を揺らさぬようにして、自分の身体を抱きしめた。

 すると、


「……え?」


 泣かぬよう、空を見上げていた己は、ふと、違和に気づいた。

 自分自身を抱きしめた腕の中に、何かがいる感覚がある。

 腕も、確かに重い。

 上を見たまま、自分は息を詰めた。

 これは錯覚だ、と。

 ケルベロスを抱いていたときの感触を、身体が必死に忘れないようにしているのだと。

 だが、


『──!!』


 三つの吠え声に、己は息を飲んだ。

 下を、涙が落ちるのも構わずに胸元を見る。

 いた。

 腕の中、三つ首の狼が、確かにいる。

 こちらを見上げて、腕の締め付けが苦しいというのか、小さな前足で胸元を叩いてくる。


 ……え?


「どういう……」


 こと、と、自分は、抱いているものを手にして掲げた。

 本物だ。

 先ほどと同じケルベロスが、そこに掴まれ、ちょっと観念したように腹を晒している。


「……は!?」


 思わず、今更ながらの声をあげ、自分は半壊したステージ上にケルベロスを乗せた。

 胸の高さ、そこに置かれた三匹は、こちらを見て、


『…………』


 眠そうに、前へ伸び、そしていつも眠るように、欠伸をした。

 その直後。


「ハイ! ミト! 登録するから手を貸して下さい!」


 浅間に、己は右手を引っ張られた。


 何だか解っていないようなミトツダイラを前に、浅間は急いで事務処理をした。

 即座に数枚の走狗関係の表示枠を開き、浅間神社代表権限で許可を通していく。

 そして幾つかの箇所に、ミトツダイラの手指を重ねてサインとし、


「ええと、これで良かったはずです。──確定!」


『拍手──!』


 は? と声をあげたのはミトツダイラだ。


「ど、どういう事ですの、一体!」


「いい質問ですね、ミト!」


 自分は、上がって来るテンションを自覚しながら言った。


「浅間神社初というか、恐らく神道初の、ケルベロスの走狗を登録出来ました!」


「い、いや、ですから、あの、──どういう事なんですの!?」


 言葉を投げた先。

 ミトツダイラが、空と、目の前で寝始めたケルベロスを交互に指さす。


「さっき、この子、パアって空に昇って、でも、何だか私の腕の中で、それで、こんな風に眠ってて、ええと」


「落ち着きましょうミト」


 自分は、はいはい、とミトツダイラの肩を叩きながら言う。

 今、手を翳した先、ケルベロスは鳥居型の檻に囲まれているが、


「要するに、ミトが、この子をちゃんと可愛がっていた、っていうことなんです」


 ミトツダイラには、浅間の言っている意味が解らない。

 ただ、現状を、喜んでいいのかどうかも判断がつかなくて、


「ええと、私が可愛がっていたとか、それが、どういう事なんですの?」


「はい」


 浅間が、完全な説明モードで振り向いた。


「この子は元々、淀みと、武蔵の綺麗な流体を素材に、ミトの感情の一部と、地元の精霊の”型”を使って生まれました。解りますね」


 それは解る。

 だが、下手な受け答えはいらぬ解説を招く。

 ゆえに自分は無言で首を下に振った。

 すると浅間が、うんうん、と頷き、


「だけど”型”は変化します。

 地元の精霊とミトの感情の”型”であっても、ミトが可愛がって、自分の何であるかを理解していく事で、ミト寄りの”型”になるんです」


 つまり、


「この子は、武蔵がこの空域を去っても”型”が壊れる事はないでしょう。

 もはや地元精霊の”型”より、ミト合わせの”型”ですからね」


「で、でも」


 ”型”の意味は解った。

 きっと、さっきの戦闘が明確な起点だ。

 自分がこの子の”型”の意味を理解して、それに準じた行動をした。

 それゆえ、この子は、自分を完全に認めたのだ。

 無論、それまでの生活が、ケルベロスをこちらに振り向かせる積み重ねだったろう。

 この小さな正義は、ちゃんとこちらを見ていて、ついてくる事を決めたのだ。だけど、


「さっき空に昇ったのは、何ですの?」


「淀みの分じゃないですか?」


 しれっと言われて、ミトツダイラは言葉を失った。


 ……そんな簡単なものですの!?


 だが、浅間が、鳥居の檻を手に取ってこちらに翳した。


「流石に、基礎の流体が抜けると、流体生物としての欠損が激しいですね。

 変なところで隠れてお別れなんてされなくて良かったです。

 保持していますから、ここから先、流体を補充して元通りにしますんで。

 ──あ、しばらくは、うち預かりでいいですよね?」


「構いませんけど。ええと、元に、……戻る?」


 ええ、と浅間が頷いた。


「”型”を持った精霊。──走狗と同じですよ?

 うちに登録は済ませましたから、野良精霊と同じで保護状態になります。

 しばらくは眠った状態が続くと思いますけど、いずれはまた、表で走り回ってくれますよ」


「いつ!? いつ頃ですの!?」


「解りませんって」


 浅間が、眉をフラットにして告げた。


「極東系の精霊でもなければ、自然型でもなく、ミト用に自分を転化してもいます。バランスを崩さないように、と考えると、流体の需要量もどのくらいになるのか不明です。

 ただ、……二、三年と、そこまで掛かるほどじゃないかと」


「そうですの……」


 と、自分は、肩を落とした。

 直後、目尻から涙が頬をこぼれ落ちた。

 あらあら、と肩を回り込んでくるのは喜美だ。彼女はこちらの頬を指で拭い、


「良かったわね。だから言ったでしょう? 可愛がっておくといいことあるって」


 そうですわね、と頷き、己は、ふと思った。


「……解ってましたわね? こうなるということを」


「え!? い、いえいえ! こうなるかどうかは解りませんから、ええ! ──大体、迂闊なこと言って期待させて、上手くいかなかったら怖いですもんね!? ね!?」


 ふふ、とこちらが笑顔を見せると、浅間が笑みで引いた。

 ただ、浅間からケルベロスの檻を受け取った喜美が、それをこちらの眼前に翳す。


「そんなこと言ってないで。

 この子だって、当分、浅間神社の管理下でお別れになるのよ?

 餌をあげて眠ってる。

 ちゃんと、そういう事が出来て良かったわよね?」


 言われると、確かにそうだ。

 喜美は口が上手いと、自分はそんな事を思いながら、


「智、──悪いと思ってるなら、何か頂きたいですわ? 屋台で、クレープか何か」


 すると喜美が目を細め、光るものを浅間に放り投げた。

 小銭。

 五百円玉二枚だ。それを空中でキャッチし、浅間がこちらに頷いた。


「じゃ、ちょっと行って来ます」


「──とは言ったものの、屋台、結構多いですね」


 浅間が行く外縁の屋台の内、艦尾側はほとんど残存だ。

 人が入り、明かりがついて、香ばしかったり甘かったり、砂糖醤油を焼いた匂いなどもあって、客を呼ぶ声なども聞いていると、


 ……今日はいろいろな事がありましたね。


 ああ、青雷亭、P-01sに”水”の御礼を言っておかないといけませんね、と、そんな事も思いながら、自分は屋台を眺めていく。すると、


「オイッス! 不確定名”パン屋みたいな何か”です! 何ですか浅間様!」


「アー、何かいろいろ有り難う御座います」


 言うと、近づいてきたP-01sが、こちらの手を取った。

 深い頷きと共に手渡されるのは、


「水です。いつでも御所望下さい。――とう!!」


 大跳躍で去って行った。

 ともあれこちらはすることがある。


 ……ええと、クレープ……。


 言われたものを馬鹿正直に探すのは自分の悪いところだろうか。

 ミトツダイラに頼まれたのだから、肉関係でもいいように思うのだが。


「あ」


 あった。

 何の事は無い、御広敷の系列店”アイスクリーム十七条”だ。

 元は大手アイスクリーム店で修行した夫婦の店で、御広敷家の手が入って拡大したらしい。

 前にも村山の地下で世話になったが、今は御広敷が店番という訳ではないようだ。

 屋台の暖簾の下。

 自分は照明の灯火術式を浴びる位置に行き、


「すみません。クレープありますか? 友人用で適当に欲しいんですけど」


「あいよー。ネイト用なら焼き肉味でいいか?」


 あ、はい、と頷き掛け、己は慌てて前を見た。

 カウンター側、そこにいるのは、


「トーリ君!?」


「おーう、お疲れだったな」


 と、裸エプロンの彼が、クレープの焼き台を手元に引き寄せる。

 その手さばきは確かなもので、自分は彼に問い掛ける。


「何してるんですか? こんなトコで」


「ああ、ほら、ちょっとバイト始めようって思ってさ。そしたら前任が何かやめるみたいだから上手く滑り込めてな」


 と、全裸はテーブル下の冷蔵庫から豚肉を出した。


「じゃあ、まずは生姜焼きから行ってみるか……」


「何で本当に焼き肉なんてあるんですか……」


 さあなあ、と言いつつ、彼が辺りを見回す。


「えーと、流石に肉はちょっと時間掛かるから待ってろよ。あと、さっき、オメエの父ちゃん来てたぞ?」


 知っている。

 検疫の検査官として乗り込んできているのだ。

 まだ顔を合わせていないが、時間的に見て、もう仕事を終えてアンコール祭でも眺めている可能性がある。


 ……父さんも息抜きですね。


 忙しい父親だ。

 敢えてこういう現場に来るのは、それが気分転換だからだろう。

 と、そんな事を思って納得の頷きをしていると、トーリが不意にこう言った。


「時間潰しに何か食うか? 奢るけど」


「あ、いえいえ、買いますよ、買います、私の分で」


「いいって」


 と言われるとやりにくい。

 だからその問題は保留にして、カウンターの内側を見た。

 そして自分は、それに気づいた。

 アイスだ。


 トーリは、浅間が動きを僅かに止めたのを見た。

 数秒、急かすでもなく、どれにする、とも言わず、浅間を何となく見る。

 すると彼女が、カウンター内のバケツを見て、


「あの、トーリ君、……ほら、あの、白いのに、黒い薄い粒みたいの」


「ああ、バニラクッキーな」


「ええと、どれです?」


 これか? と指さすと、浅間が顎に手を当て、


「ちょっと違うような……」


「じゃ、これじゃねえの?」


 ラムレーズンだ。

 だが、示した先、浅間が視線を止め、腰をかがめて、


「さっきと似てますけど、これは?」


「ラムレーズン。ええと、ラム酒につけた干し葡萄を砕いて練り込んだやつ」


 というと、浅間が、軽く目を見開いた。そして彼女は、


「あの」


「何?」


「買い食い、するとするじゃないですか。……大人ぶってるとき、どっちだと思います?」


「酒入りのラムレーズンじゃねえの?」


「ですよねえ……。あはは、じゃあこれ、二つで」


 おうよー、と自分はコーンにアイスを押しつけるように入れる。


「ちょ、ちょっと多くないですか」


「いや、客少ねえし、ここ、検疫の場だろ。──持ち帰れねえんだって」


 そんなもの食べて大丈夫なんですか、という彼女に、己はアイスを差し出した。


「二つ、ですね。……幾らです?」


「オゴりって言ったけど、認めてくれないと男として恥ずかしいので考慮して下さい」


「じゃあ」


 浅間がふと考えて、こう言った。


「一個、オゴりで」


 浅間は、トーリが、おう、と頷いて言葉を続けるのを聞いた。


「二百円な」


「あ、じゃ、これで足りますか?」


 出した硬貨二枚に、彼が真顔を向ける。

 ややあってから、


「オメエ、ある意味スゲエ受け答えってか、超セレブってか……」


「え!? ──あ、いやいや、ちょっとアガってて勘違いしました! 三百円お釣りで!」


 一枚を手に戻すと、ほいよー、と彼が三百円を返してくる。

 それを受け取って、自分は思った。


 ……うん、すっごく、緊張してます。


 だけど、ちゃんとしたい。

 だから己は、二つのアイスを掲げた。まずは右で、


「トーリ君? こっち、トーリ君のオゴりの方です」


「おお?」


 疑問されたが、応じていると向こうのペースに持って行かれる。

 だからこちらは、


「で、こっちが、私が買った方です。いいですね?」


 と、それを彼に差し出した。


「はい、私のオゴりです」


 トーリは受け取った。

 正面、浅間が、何故か視線を外に逸らしてアイスを口にする。

 と、彼女が、舌を引っ込めて、


「冷たい……!」


「オメエ、ホントに凄いな」


 だけど、と己は言った。


「何だオメエ、よくまあ、あんな古い事憶えてたな」


 ……え!?


 浅間は言葉を失った。

 全身、鈍く熱い汗が一気に出て、素肌の背を確実に一筋下った。


「え、ええと、古い事って」


「”浅間が禊祓したから食えるよ”」


 大当たりだ。


「――――」


「豊! 豊! 死ぬにはまだ早いですのよ!」


「いい刻限があるのか……」


 ……う、わ……!


 何も言えなくなっていると、彼が苦笑した。


「憶えてねえかなー、って、そんなこと思って、オゴってやったんだけど」


「い、いや、トーリ君、どうして!?」


「だって、約束したじゃん」


 ああ、と彼が言った。


「もう、十年くらい前か。

 結構、憶えてるもんだよな。

 他、オメエとは契約とかいろいろで別の約束もあったりだけどさ」


 言われ、赤面が更に追加された。


「あ、あの、トーリ君? 私との古い約束、叶える気?」


「だってほら、そりゃあ……」


 彼は顎に手を当て、芝居がかった口調で言った。


「俺、王様になるわけだし」


 彼が言った言葉に、自分は鼓動を一つ強くした。

 先ほどの戦闘。

 武蔵より生まれた非竜刀は、その最後に艦尾側に振り向いたのだ。

 地脈より生まれたものは、その土地を知り、時間をも見据えることがあるという。

 ならば、


「……トーリ君、王様ですもんね」


「そうそう。不意打ちで叶えてやっから、憶えてろよ?」


「不意打ちですか?」


「Jud.、その方が嬉しいだろ?」


 だとしたら、と己は思った。自分は、彼に期待をしなくていいのだろう、と。

 否、期待をしてもしなくても、彼はきっと、こちらの望みを叶えてくれるのだ。


 ……だったら、芸風違いで、気楽に行った方がいいですねー……。


 しょうがない人なのだ。だけど、自分にとっては、またそれ以上に、


「────」


 そこから先を考えるのはやめて、蓋をしよう。


「アー……」


「な、何ですその反応!」


「アーマア、アサマチだもんね……」


 いろいろ言われてるが気にしないこととします。


 ……いずれ、トーリ君が約束を叶えてくれるときに、蓋を開ければいいんです。


 その間にはいろいろな要因がある筈だ。

 青雷亭の自動人形、P-01sと、彼のそもそもの付き合いがどうなるかというのもある。だから今は、そんな先の事を心配せず、


 ……良かった。


 十年も前の約束が、ここで叶った。


「ふふ」


 可笑しい。

 あれほど引っかかって、忘れていても機会あれば持ち上がって気に病んだことが、今日こんなところであっさり叶って、相思であったなんて。


「ふふ……」


 可笑しくて、笑っていると涙がこぼれた。

 笑い涙だと、そう思う事にする。

 だが、舐めてみるアイスは甘く、喉に熱く、しかし舌の上には御酒の味。


 ……これ、当時、私が御酒仕込んだり神酒飲んだりがあったからですよねえ。


 だから彼は、そういうのが大人っぽいとして、ラムレーズンをくれたのだろう。だが、もしそうだとすると、


 ……あ、私、トーリ君に大人っぽいって思われてたんですね……。


 これに気づいたのは、ちょっとしたアドバンテージだろうか。ただ、ニラを刻み始めた彼の背が、不意にこう言った。


「アンコール祭、出ねえの?」


「いや、楽器思い切り破壊しちゃって」


「唄えね? アンコール用の、用意してあるんだろ? 姉ちゃんが言ってた」


 ……喜美は……!


 逃げ場を断たれたと、そう思いながら、自分は周囲をちらりと見た。

 自分達以外は近くに誰もいない。いても、こちらを気にしていない。だから、


「じゃあ、ええと、頑張ります」


 急ぎ襟を整えると、息を吸った。

 喉に音を通した。

 落ち着いて、と自分の心に言いながら、浅間は彼に告げる。


「”きみとあさまで”、いきます」

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