境界線上のホライゾン きみとあさまでGTA Ⅳ
第三十九章『きみとあさまで』
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浅間は、唄った。
それは、バンドを始めようと、そう思った夜のこと、

「空の風 いつも通り」
あのとき、歩きながら思った歌詞。

「夜がまた 見えていて」
あの時から、少し、歌詞の形は変わったけど、

「心だけ 止まら なくて」
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喜美は、ミトツダイラと一緒に、眠るケルベロスを見ながら、表示枠を広げた。
そこにあるのは、浅間の歌詞だ。
ミトツダイラが小さな笑みで覗き込む先には、浅間の言葉がある。

「授業中 ふと思う」

「髪の香と 仰ぐ空」
どれだけ、彼女は自分を抑えているのだろう。

「窓の外 胸騒ぎ 呼ぶ」
メロディは自分が浅間と相談して作ったもの。
ミトツダイラも一緒に練習したので、歌の流れは解っている。
ここから先、曲は押さえながらも盛り上がり、

「思いをすれば 鼓動が 手を取る」

「心ほどいて いつもの中へ」

「それだけで 心の位置 変わってく」
馬鹿ね、と自分は思った。

……いつもがちょっと違って感じられるように、なんて。
アンタはもっと大きな物を望んでいいのよ。
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浅間は唄う。
それは、バンドを始めたいと、喜美とミトツダイラに打ち明けたときの事。

「放課後に どうしよう」
あの時は、本当に大変だった。

「君とまた 帰り道」
いろいろ必死だったけど、だけど、

「心だけ 止まら なくて」
唄う。

「夕焼けの 淡い朱」
あの時、皆がいなければ、自分はただ焦っていたかも知れない。

「夜に向かい 陰って」
回りの流れに、ついて行けなくなりそうで、

「見通せぬ 空さえも 急ぐ」
だけど、違った。

「少しだけ 違おうと」
周囲は賑やかで。

「窓際に 布団出し」
あ、ここちょっと創作。

「寝転んで 夜の空 仰ぐ」
流石にこれは構造上無理無理、と思いながら、己は言葉を続ける。
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ミトツダイラは、浅間にも想像で格好つけるところがある事に苦笑する。
だが、

「胸の奥 騒ぐ声」
あの橋下で告白されたとき、夜に泊まり込んで相談されたとき、

「呼び水が 火を灯す」
湯屋での馬鹿をやっているときも、

「手を当てて 袷を ほどいて」
心が騒いでいたのは、自分も同じだ。

「無い物ねだり 気づいては いるの」
お互いが、お互いを必要としていて、だからこそ、

「だけどこれから 火を灯すから」
そうですわね、とミトツダイラは思った。

「木々の風に そっと心 流すから」
隠すような彼女の心に、自分達は火をつけられたのだ。
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浅間は唄った。
バンドをやろうと、皆で決めてからのこと。

「君と行く 通学路」
変わった。

「髪 風踊る メロディ」
見える何もかも、聞こえる全ても、ありとあらゆるがバンドに繋がって。

「階段も 奏でてく リズム」
些細な事ですら、楽しい。

「教科書を めくる音」
そわそわの感覚というものを知ったのは、最近かも知れない。

「共に仰ぐ 窓の外」
授業早く終わって、と、そんな酷い事も思ったのだ。だって、

「空の色 輝いて 見える」
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喜美は、ここ数日のことを思った。

「夕焼けが 夜になり」
雅楽祭はどうなるかと、毎晩泊まり込んで、

「見通せぬ 空はもう」
何時しか、不安は、当然の楽しみに変わっていた。だから、

「愛おしく 歩みを共に」
泊まり込むと、最後はいつも布団の中。

「君といる 窓際で」
嘘つき、と喜美は内心で笑った。
畳の間の中央でしょうに。
あ、でも、浅間の部屋の構造だと、大部分は窓際でいいのかしら。
だけどホント、毎晩毎晩、女だらけで、

「髪をこぼし 寝転び」
如何にして盛り上がるかを、考え続けたのだ。

「口づてに 教えてく 鼓動」
いい時間だ。
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浅間は唄った。
きっとこれからの、ずっとこれからのこと。

「星すらも 見えはせず」
この武蔵の中であっても、

「信じてる 君と夢」
今、さっきの話を思い出すと赤面する。だけど、

「変えていく心の風 ずっと」
これからの事だが、今は、

……うん。
今の事に重ねて、自分はただ唄った。

「空の風 いつものよう」
いつもとは、もう違う。

「夜にまた 火を灯し」
昔の事を思い出させてくれた、しょうがない人。だけど、

「呼び水は 君と共に」
そう。そして全ては、

「止まらない……」
●
トーリは、浅間の声を聞きながら、頷いた。

……ちゃんとしねえとなあ。
自分の事だ。
将来の事も何もかも。
全部ちゃんとするには、相当な努力というか、精進というか、甲斐性が必要だ。
だが、

……王様だもんな。
そう思い、浅間の歌に抱きしめられるように、意識を委ねた。
すると、見知った姿を遠くに見た。
浅間の父親だ。
甲板の隅に立っているようだが、明らかに浅間の歌声を聞いている。そして、

……あれ?
彼の隣に、女性の姿がある。
だが、流体の光を纏った彼女の姿は、生きているものではない。
浅間によく似ていた。
夫と共に、娘の事を見に来たのだろうか。

……大丈夫。
あんたの娘はすげえちゃんとしてます。
俺も頑張ります。
そんな感じで。と、内心で頭を下げていると、浅間の歌を聴いていたらしい彼女が、こちらに気づいた。
軽く頭を下げられた上で、鼻の前に一差し指を立てられる。
内緒と、そういうことだ。
そして、浅間の歌が終わった。
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浅間は、息をつき、前を見た。
恐る恐る、となっている自分を自覚しながら、

「ええと、こんな感じで」
おお、と彼が頷いた。

「何か、聞いてて、いい感じの歌な。
広がるって言うか、俺もやるぜ、っていうか」

「お願いしますから一言で」

「じゃ、──俺だけに聞かせてくれね? 勿体ねえ」
己は、首から上に熱が来るのと、口の端が横に開くのを止められない。

「いや、まあ、ええと、トーリ君だけって言っても、喜美とミトも唄える訳でして……」

「ああ、うん、そういう希望、ってことで」
そのくらいにして貰えると、凄く有り難い。
でも、と彼が言った。

「今回こうなったけど、これからも、やっていくんだろ?」

「え? え、ええ。ミトも喜美も、不完全燃焼だって言ってましたから。
……私も楽しかったですし、これからもこういうの続けていきながら、皆で騒ぎたいですね」

「浅間神社、荒れるぞー……」
大丈夫ですよ、というくらいには慣れた。
こういう変化が、自分にとっては一番大きいのかも知れない。
ただ、今、このテンションで言える事があるとすれば、

「今度は、うちばっかりじゃないようにして貰いますから」

「──は?」
首を前に傾げた彼に対し、自分はまず、アイスを口にした。
甘く、酒のある味を舌で絡めて口に舐めてから、笑みで言う。

「──賑やかですから、覚悟して下さいね?」