境界線上のホライゾン きみとあさまでGTA Ⅳ
第四十章『これからの居場所』
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……何か、昨夜、もの凄い事を言ってしまった気が……。
あのテンション、自分の中に戻って来い! 来い! と浅間は思うが、無理だ。
思うだけ、どんどんと体温が上がって、嫌な汗が出る。
と、横の席に座るミトツダイラが、首を傾げた。

「早めにメニュー決めないと、偉い事になりますわよ?」
そうだった。
ここは青雷亭。
昨夜の雅楽祭から、打ち上げをやろうかと思えば無理な話で、

「結局昨夜、浅間の泉で寝ちゃったけど、どうなったのかしら私。
朝起きたら浅間の部屋で浴衣着てたけど、その間に浅間にあんなことやそんなこと、あああっ、帆掛け船……!」

「してませんよそんなこと!」
言って、自分は、周囲の皆の半目に気づいた。
え? と疑問してから数秒後。慌てて、

「ち、違います! 帆掛け船じゃないです! そっちじゃないですよーう!」

「同じ事じゃないかな?」
と苦笑するのはナイトだ。
横に座るナルゼも共に、よく寝た顔で、

「やっぱり用意しておいて正解だったねえ、ガっちゃん」

「そうね。またドア開けっ放しだったのは失敗だけど、よく眠れたわ」
何をしていたのか、興味はあるけど聞かない方がいいだろう。
だが、いろいろと今の段階からすることがある。
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「ええと、ミト、──ケルベロスが浅間神社の走狗管理システムに入りましたので、報告来てます。
ここから、冬眠状態のこの子に、流体供給を続けて行く事になりますね。節目ごとに報告来ますから、楽しみにしていて下さい」

「Jud.、──いずれ走狗を得て、王に仕える助けにしようと思っていたのですけど、当分先になりそうですわね」
思えば、ミトツダイラも、随分と騎士と王の話をするようになった。そして、

「ナイトとナルゼは、武蔵側の港湾管理関係から、通神帯の使用許可が出てます。
今年度は”山椿”さんがもう契約してるんで、引き継ぎ含めて来年度の半ばからになると思うんですが……」

「何に使うの?」
ナルゼの疑問に、自分はあらあら、と思う。

「武蔵内の神啓ですよ。番組。代表になるとそういうのもあるそうで」

「……”山椿”、そんなのやってた?」

「やらなくてもいいそうですよ? サービスですから。どうします?」
来年度か……、と腕を組んだナルゼに、ナイトが笑みでいろいろな提案を始める。これはきっと乗って来ますね、と思うこちらの横。喜美が袖を引いた。

「私には何!? え? まさかアンタ、私のオパイを揉みたいの!? そうなのね!? ──しょうがない人ねえ、ほら、いいわよ? あっ、そこはコカーンよ! 指で検温……!」

「何を朝からやってるんですか!」

「じゃあ何か頂──戴!」
己は、差し出された手に、テーブルに置いてあった粉末水を置いた。
と、喜美が、

「いらない、って言いにくいのが困るわね、これ……」

「ええ、私も置いてから、そう思いました……」
ふ、と笑ったのは、ミトツダイラだ。
彼女は目を細め、喜美を見て、こちらを見て、ナイトとナルゼに視線を向ける。

「じゃあ、皆共通の、いいプレゼントをあげましょうか?
──多摩の吹き抜け公園。これの再建築が、どうやら来月の十二日に終了しますの」
一ヶ月ちょっと後だ。
だが、それがどうかしたのか。

「アイスの屋台が出るなら、今度はしっかり付き合いますよ?」
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あら、とミトツダイラは、喜美と視線を合わせた。
喜美が確かに、しかし小さく頷く。
だから自分は思った。

……アイスの一件、良かったですわね。
自分の王と、浅間の間にあった古い後悔が無くなったのだ。
後悔通りの王が、他者の後悔を消した。
そういうことだ。

……ホントに、あの人は。
自分もそうだった。
自分の事は放っておいて、他人をどうにかしてしまう。
だとすれば、自分の正義はそれでいい。
そう思いながら、己は浅間に告げた。

「だったら、今度は三人で勝負ですわね。──我が王も呼べればいいんですけど」
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そして、浅間は、ミトツダイラの言葉を聞いた。

「多摩の公園ですけど、交流も含め、武蔵内の各店の代表が音楽会をやるんですの。
三日間連続。
その三日目が、私達のやるような現代音楽ですわ」
それって……、と言ったのはナイトだ。
彼女は魔術陣を開き、通信関係をチェックして、

「あ、ホントだ! 再興祭ってのが上にデカく出てるだけだから無視してた!」

「何よ、そこで私達と再戦しようっての? 魔女ナメてるとキツイわよ?」

「フフ、望むところじゃない。だけど──」
喜美が、ミトツダイラを見た。

「私達は、何処の店代表? ミトツダイラの持ち企業か、レストラン?」

「いえ、これがちょっと問題ありまして。出店は市井の店だけですの。だから企業とか、私のように騎士階級がある者の店は駄目ですのね」

「じゃあ、私達は、今のところでは出る手筈が無い、と?」

「Jud.、それを探すのも含めて、どうしますの? という話ですわね」
と、ミトツダイラの言葉に重ねるようにして、喜美がこう問うた。

「曲、新しいの、作る?」
出る? とも問われなかった。
出る事前提だ。
そして、己は思った。
もしも喜美の言うとおり、ここで新曲を作ったならば、

……昨夜の曲、ホントにトーリ君にしか聴かせないことになりますよ……!
喜美を見ると、目を細めたいつもの笑みだ。
昨夜の遣り取りを聞かれていた訳はないと、そう信じたい。だから、

「つ、作りましょう。ええ、作りましょーう。それがいいですよね!」

「智、何ですの、その、妙な不自然さ……」
まあまあ、と言い、自分は一息ついた。

「じゃあ、何処の店の代表になるか、という事ですが──」
と、そこまで言った時だった。
厨房から、静かな影が一つやってきた。
P-01sだ。
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通路側に座る喜美は、P-01sが皆に一礼するのを見た。そして彼女がおもむろに、

「では、まず、浅間様にいい話と酷い話があります」

「え!? いきなりですか? それも私に!?」
Jud.、と自動人形が頷いた。
その上で彼女は、

「いい話とは、これです。──新作の粉末水が出来ました。浅間様が昨夜有用されていたそうなので、如何でしょうか」

「実はさっき現場で受け取ったような……」

「さっき?」

「勢いです。ともあれアレはアレ、コレはコレ、ということでどうぞ。皆様の分もあります」
浅間だけではなく、皆、眼前に置かれていく薬包にうなだれた。

……流石だわ。
愚弟、ひょっとして来るたびにこれをたらふく持って帰ってるんじゃないかしら。
哀れに思うが、それも楽しいのかもしれない。
と、そんなことを考えていると、P-01sが追加で動いた。
彼女は、テーブルに一枚のパンフレットを置き、

「酷い話とは、これです。──多摩の吹き抜け公園の音楽祭に、青雷亭代表として浅間様のバンドを出すという事です」
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……は?
浅間は、目の前のパンフレットに視線を向けた。

「これを、……青雷亭代表で、私達が?」

「Jud.、──あ、店主様の中ではそう決定されてますので。如何でしょうか」
と、告げられた声に、横のミトツダイラがまっすぐ前を見た。そして彼女は、

「──!」
ケルベロスの声を真似た一鳴きを作った。
ミトツダイラは、決めたらしい。
ならば、と自分は思った。

……全く!

「酷い話ですね。本当に」
やれやれと思いながら、笑みが出る。
そして己分は、喜美とミトツダイラの肩を掴んだ。
そのまま軽く肩を抱けば、三人でP-01sに振り向く形だ。
口と目の端、どうやっても浮かんでしまう笑みを止めもせず、自分はP-01sに確かに告げる。

「──そういう悪い話は私達が祓いますので、どんどん持って来て下さい。
私達が担当出来ますから」
外、耳を澄ませば、リズムにも似た工事の音が聞こえている。
雅楽祭は終わり、新しい季節が始まるのだ。
今日からまた、いつもの生活。
だけど、

「────」

「――――」

「――――」

「――――」

「――――」
顔を見合わせると、皆が笑みだ。
馬鹿ねえ、という顔も、困りましたわ、という顔も、ハイハイ、と言う顔も、好きねえ、という顔も。
そして新しい、無表情の見下ろしも、ここにいない皆も含めて、今の自分には、笑みに感じられる。
そんな顔を見合わせ、己は口を開く。
口から出る言葉は、皆に対する礼のようだと感じながら、こう言った。

「楽しみですね、皆」
ええ。だって、

「──これからもずっと、いつも賑やかですから」