アクセル・ワールド1 ―黒雪姫の帰還―
1ー③
すかっ、とラケットが空を切った。光線と化したボールがハルユキの
点滅するハイスコアには目もくれず、ハルユキはうなだれたままゲームを再スタートしようとパネルに向き直った。
突然の声が、ハルユキの神聖な隠れ家を
「あ──っ!! こんなトコにこもってたのね!!」
耳が、というより脳がキーンと
と言っても、ハルユキのブタのような
金色の
「ハルが最近、昼休みのあいだずーっと居ないから探し回ってたのよ! ゲームはいいけど、何もこんなマイナーなのやらなくても、下でみんなとやればいいじゃない!」
「……オレの勝手だろ、ほっとけよ」
どうにかそれだけ言い返して、ハルユキはコートに向き直ろうとした。しかし銀のネコはひょいと首を伸ばし、ゲームオーバー表示を
「えーっ、何よこれ……レベル152、スコア263万!? あんた……」
──すごいじゃない!
などという
「バカじゃないの!? ごはんも食べずに何やってんのよ! 今すぐ落ちなさい!!」
「……やだよ、まだ昼休み三十分もあるじゃないか。お前こそどっかいけよ」
「あーそう、そういう態度とるんだったら、あたしも実力を行使するからね」
「やれるもんならやってみろ」
ぼそぼそと言い返し、ハルユキはラケットを握りなおした。学内ネットのアバターに、《当たり判定》はない。不適切な行為を防止するという名目で、生徒は
ネコ型アバターは、細い舌を限界まで突き出してべーっとやってから、一声叫んだ。
「リンク・アウト!」
即座に、光の渦と鈴に似た音を残して姿がかき消える。
ようやく
がつん! と、少々
ずしりと
元の、男子トイレの個室だ。しかし、眼前にあるべきブルーグレーのドアの代わりに、ハルユキは思わぬものを見た。
「おま……なん……!?」
すぐ目の前で
ハルユキとは、重量比3:1を切ると思われるほどに小柄だ。ショートカットの前髪を右横に持ち上げ、青のピンで留めている。猫科めいた小さな輪郭に、不釣合いに大きな
左手には小ぶりのバスケット。そして右手はまっすぐハルユキの頭上まで伸ばされ、小さな
通常、セーフティは肩を揺すられたり大声で呼びかけられたりするだけで発動するし、神経質な女子は周囲一メートル以内に
「お……お前なあ!!」
「何やってんだよ! ここ男子トイレだぞ!
「バカはおまえじゃ」
ハルユキの
身軽な動作でぴょん、と個室から飛び出る。
「ほら、とっとと出てきなさいよ」
「…………わーったよ」
ため息を
「……なんでここが
答えはすぐには返ってこなかった。男子トイレから首だけ出して外の様子を確認したチユリは、するりと廊下に出てから、短く言った。
「あたしも屋上にいたの。だから後つけた」
ということは──。
「……見てたのか」
廊下に一歩
チユリは言葉を探すように
「……あたし、あいつらの事にはもう口出ししない。ハルがそれでいいって決めたんなら……しょうがないから。でも、ご飯は食べたほうがいいよ。体に悪いよ」
どこか無理したような笑みを浮かべ、チユリは左手のバスケットを差し出した。
「あたし、お弁当つくってきた。味は保証できないけどさ」
──
チユリの言葉と行為のなかに、
なぜなら、チユリには、れっきとした彼氏が居るのだ。あらゆる面でハルユキと対照的な、もう一人の幼馴染が。
自分の口が勝手に動き、妙に平板な声を放つのを、ハルユキは
「……タクに作ったやつの余りかよ」
チユリの顔が、さっと
「ちがうよ、タッくんのとこは給食だもん。これ……サンドイッチ、ポテトサラダとハムチーズだけだよ。ハル、好きでしょ」
視界に入ってきた白いバスケットを、ハルユキは右手でそっと押し戻そうとした。
しかし、現実世界の
「あっ……」
反射的に謝ろうとしたが、頭の奥がかあっと熱くなり、言うべき言葉は形にならなかった。顔を上げることすらできず、
「い……いらねーよ!!」
今すぐにでもこの場所からログアウトしたい、ハルユキは痛切にそう思ったが、しかし