野﨑まど劇場

作品 No.13 苛烈、ラーメン戦争 ―企業覇道編―


「加藤さん」

「ぶんでふふぁ、店長」

「何食べてるの」

「一口サイズのアムューズ ~イベリコハムの上に生イチジクとマスカルポーネチーズを添えて~ ですけど」

「昼から良い物食べてるね……」

「それより副社長。会社では加藤さんでなく社長と呼んでくださいと言ったでしょう」

「加藤さんこそ今店長って言ったじゃないか」

「つい癖で」

「まぁいいけど……それよりちょっと話が。一口サイズのアムユ……ええと、それ食べてからでいいから」


「実は……今月いっぱいで辞めさせてもらいたいんだ」

「そんな」

「本当にごめん」

「なぜですか」

「なぜもなにも……僕は別にラーメンチェーンの副社長になりたかったわけじゃないから……。商店街でラーメン作ってる方が性に合ってるよ。小さな店でまたやり直したいんだ」

「つまり私か副社長のどちらかが辞める……」

「僕がだ」

「じゃんけんで」

「君、もう社長飽きてるだろう」

「実は」

「なら一緒に辞めればいいじゃないか」

「さすがにこの規模の会社の社長ともなりますと簡単に辞めるというわけにも……株価への影響もありますし……」

「君も大変だな……」

「ですから副社長も企業役員として、全社員の生活を背負っているのだという責任を理解してもらわないと困ります」

「でも……」

「一人だけ辞めるとかずるいし」

「本音は隠そうじゃないか」

「とにかくこの会社には……二人とも、絶対に必要なんです」

「そうかなぁ……」

「副社長。簡単に諦めちゃダメです。考えましょう? 副社長が副社長を続けられる方法を」


「副社長が副社長を辞めたいということは、副社長に問題があると思うんです」

「おかしくない?」

「おかしくない」



「これが現在の副社長」

「加藤さん、割と絵上手いね……」

「副社長。副社長のどこが不満なんですか」

「ラーメンを作れないところだけど……」



「これで良いですか」

「あんまり良くない……いや、ラーメンが食べたいわけじゃなくて、ラーメンを作りたいんだよ」



「どうです」

「奥さんに夕食を作ってもらえない可哀想なサラリーマンみたいだな……」

「それでも奥さんすら居ない本物の副社長よりは幸せというものでしょう」

「加藤さんは僕が嫌いなの」

「そういうわけでは」

「とりあえず、スーツじゃラーメンは作れないから。調理するんだからもうちょっと清潔な格好じゃないと」

「清潔……と」



「食べ物は大切に……」

「しかし副社長。このポーズは術前に清潔にした手の再汚染を防ぐために必要なんです」

「ラーメン屋だからラーメンの方が必要だよ……。ほら、調理服だよ。判るでしょ? 加藤さんだって着てたんだから」

「もう結構前ですからうろ覚えで……」



「確かこんな……」

「微妙にお洒落になってるけど……まぁ方向は合ってる。これでも作れないことはない」

「あと何が必要ですか」

「あとは……お店かな」



「前衛的な建築のラーメン屋だなぁ……」

「背景は苦手なんです」

「せめてラーメン屋だと判るようにしてよ。看板くらいは欲しい」

「面倒な」



「麵が出てるんだけど……」

「つい勢いで」

「かに道楽みたいだ」

「かに道楽はこうでしょう?」



「副社長。私がお客なら、このお店には入りませんね」

「僕だって入らないよ……」

「何がいけないんですかね」

「全部じゃないかなあ」

「いいえ、私には判りました。このお店に足りない物。それは看板娘です。通る人を次々と虜にするような、天使のごとき笑顔の看板娘が足りないんです」

「先にこの入りづらいドアを直した方が……」

「ドアなど看板娘の有無に比べれば些末事。まぁ少し待っていて下さい。副社長も大絶賛の美少女看板娘を、気合を入れて描き上げてみせましょう」


「できた?」



「飽きてるじゃないか! 途中で飽きてるじゃないか!」

「(耳をふさぐ加藤)」

「どうするのこの店……」

「会社のお金で建てましょう。副社長が副社長兼店主ということで」

「わかった……もう辞めるって言わないからさ……。せめてこの子を最後まで描いてあげてよ……怪人だとしても可哀想だよ……」

「えー、めんどい……。じゃあ……」



「助けてよ! 看板娘を助けてあげてよ!」

「(耳をふさぐ加藤)」


 これこそが女子中高生を中心に五〇〇〇万部の大ヒットとなる超人気漫画『めん奈を忘れない』(加藤あざみ・著)の、ヒロイン誕生の瞬間であった。

刊行シリーズ

独創短編シリーズ2 野崎まど劇場(笑)の書影
独創短編シリーズ 野崎まど劇場の書影