野﨑まど劇場

作品 No.18 妖精電撃作戦


 学校の帰りに買ってきた『アクセル・ワールド12』を開くと電撃の缶詰が挟まっていたので、抜いてごみ箱に捨てた。するとごみ箱から突然眩い光が立ち上がり、中から光り輝く小さな女の子が現れた。

「私は電撃の妖精」

「電撃の妖精?」

「そうです。ビビビビビ」

「なにそれ」

「いえ別に」

「それでその電撃の妖精が僕に何の用だい」

「貴方が落としたのは、この畳んだ時にB5サイズの電撃の缶詰ですか。それともこの畳んだ時にA4サイズの電撃の缶詰ですか」

「でかいな」

「サービスです」

「落としたんじゃなくて捨てたんだよ」

「ふふ、ご冗談を。電撃の缶詰をごみ箱に捨てるなど神をも恐れぬ行為。貴方のような一介のアクセル・ワールド大好きっ子にそんな事ができるわけありません」

「失礼な奴だな」

「そんな事をしたら原稿料がもらえないかもしれませんし」

「何の話だ」

「いえ別に」

「まぁとにかく捨てたんだよ」

「なぜ! なぜです!」

「いらないから」

「いらないって事はないでしょう。電撃文庫の新刊案内、関連グッズやメディア展開の情報、さらに作家陣によるエッセイ『電撃徒然草』まで掲載されているんですよ」

「そんなの載ってたっけ」

 僕はごみ箱の中から電撃の缶詰を拾い上げてパタパタと広げた。

「載ってないよ電撃徒然草」

「そんなバカな」

「『私の電撃体験』なら載ってるけど」

「ほんとだ」

「電撃の妖精のくせに知らなかったのか」

「待って、ちょっと待って下さい」

 そう言うと妖精はふわふわと飛んで行き、僕のパソコンを勝手に使ってググった。

「あー」

「なにがあーなんだ」

「私が見たウィキの情報が古かったんです」

「ウィキじゃないか」

「編集しときましょうか。うーん、でも私が直すとなんか自演みたいで嫌ですね。代わりにやってもらえませんか」

「いやだよ。めんどくさい」

「言う事を聞かないとアクセル・ワールドの原作者に言いつけますよ」

「言いつけるとどうなるんだ」

「貴方と同じ名前のキャラが作中でひどい目にあいます」

「別にいいけど。むしろ出られて嬉しいよ」

「じゃあ貴方のお母さんと同じ名前の美少女が登場します」

「それは嫌だな……」

「貴方のお母さんがメインヒロインになるのが嫌だったら早くこの項目を編集するのです」

「ていうかそもそもアクセル・ワールドの作者が誰だか知ってるのか」

「川原さん」

「下の名前は」

「つぶて」

「それは飛礫だ」

「惜しい」

「本当に電撃の妖精?」

「失敬な。間違いなく電撃の妖精ですよ。角川グループですよ」

「なにか証拠は無いのか証拠は」

「信じてください」

「無いのかよ」

「現代の人間はなんと疑り深いのでしょう……。中世ヨーロッパでは皆が電撃の妖精を敬ったというのに」

「お前やっぱり電撃の妖精じゃないだろう」

「わかりました。証拠を見せましょう」

「あるんだ」

「電撃の妖精である私は、近くにある電撃文庫を感知する事ができるのです。この部屋にある電撃文庫のタイトルを全て言い当ててみせましょう」

「なるほど。本棚の奥で見えてないのもあるしな。じゃあ全部当たったら信じるよ」

「ふはは、ひれ伏すがいい」

「そこまではしない」

「ではいきますよ。むにゃむにゃー、むにゃむにゃー」

「なにそれ」

「呪文です。むにゃむにゃー」

 呪文を唱えた妖精の体がボヤボヤと光った。

「わかった?」

「完璧にわかりました」

「回答どうぞ」

「えーと、とらドラでしょ、禁書でしょ、アクセルとSAOでしょ、おれいもでしょ、ベビプリ①でしょ、ベビプリ②でしょ、ベビプリ③でしょ」

「なんでベビプリだけ何度も言う」

「他意はありません」

「別にいいけど……まだあるぞ」

「あーうー、シャナでしょ、キノでしょ、狼でしょ、デュラララでしょ」

「ぶーっ。デュラララはありません」

「ええっ」

「適当に人気作言ってただけだろうお前」

「いや、待って下さい」

 言って妖精はふわふわと部屋を出ていくと、隣の部屋に入っていった。

「こっちは妹の部屋だよ。あいつはSFオタだからラノベは持ってないはずだぞ。いつも僕の本棚を見てはラインナップが幼稚だとバカにするんだ」

「ええと……この辺です」

 妖精がグレッグ・イーガンの本を指差す。棚から抜いてみるとイーガンの後ろ側から『デュラララ!!』の背表紙が顔を覗かせた。

「うわ、あった」

「えっへん。どうです」

「文巳のやつ、人のラノベ趣味を散々バカにしておいて……」

「それは許せませんね」

「よし、もっと弱みを握りたい。妖精、他に何か無いか」

「電撃文庫はこれだけみたいですけど。まぁもうちょっと頑張ってみましょう。何かわかるかも」

「やってくれ」

「むにゃむにゃー…………むむむ、妹さんの思念を感じる……これは…………イザシズ……いや、トムシズかな……」

「なんだそれ」

「知らなくても平気です。妹さんに言ってあげるときっと素敵なことになりますよ」

「やってみよう」

「スザルル……」

「それも?」

「これは別に」

「おっと。あんまり長居すると妹が帰ってくる」

 僕と妖精はすごすごと部屋に戻った。

「信じていただけましたか」

「しょうがない。信じるよ」

「ではウィキを編集して、ついでに電撃の缶詰を捨てるのをやめていただけますか」

「ウィキの編集は別に構わないけど。電撃の缶詰は捨てたいなぁ」

「なぜそこまで電撃の缶詰を嫌うのです!」

「いや、違うんだ。アクセルと一緒にホライゾンとなれるSEも買ってきたんだよ。だから缶詰は余ってるんだ」

「あーなるほど」

「三部あってもしょうがないだろう」

「観賞用と保存用とカッティングマット用にしてはどうでしょう」

「薄いよ」

 その時、階段を上る音が聞こえてきた。

「文巳が帰ってきたみたいだ」

「妹さんに差し上げてはどうですか。缶詰」

「素直に受け取るとも思えないけど」

「ダメ元でお願いします。突っ返されたら神社で燃やしてもらってきちんと供養して下さい。あとウィキの編集をわーすーれーずーに────」

 面倒な遺言を残して電撃の妖精は消えた。

 部屋を出て、上がってきた妹と顔を合わせる。

「おかえり」

「ただいま」

「これやる」

「何?」

「電撃の缶詰」

「ふぅん……」

 妹は何も言わずに受け取った。どうやら神社には行かないで済みそうだ。

「そうだ、お兄ちゃん。電撃文庫MAGAZINE買ってきた? 読み終わったら貸してね。あれカッティングマットに丁度良いの。別に読むわけじゃないけど。お兄ちゃんが読んだ後でいいから貸してね。きっとズタズタになるから返さないけど。私の方で処分しておくから」

 そういえばこいつは先々月もこんな事を言って電撃文庫MAGAZINEを持っていったなぁと今更ながら思い出す。

「それより文巳。聞きたいことがあるんだけどいいかな」

「何よ急に」

「いやな、今日よく知らない言葉を聞いたんだけど意味が解らなくってさ。文巳なら知ってるかと思って」

「だから何よ」

「えーと……」

 なんだったか。

 シズ……いやトムだったかな……ええと……。

「で、何?」

「ト……トムルル」

「トムルル? 何それ、トムルルって……」

 そこで文巳の言葉は止まり、顔が見る間に赤くなった。どうした、と僕がのぞき込むと文巳は「知らないっ」と叫んで部屋に戻っていった。

 それから夕飯までの間、文巳は誰かと電話をしていたのだろうか、「ありだ」「無しだ」という激しい議論の声が僕の部屋まで響いていた。

刊行シリーズ

独創短編シリーズ2 野崎まど劇場(笑)の書影
独創短編シリーズ 野崎まど劇場の書影