野﨑まど劇場

作品No.19 第二十回落雷小説大賞 選評


    落ち着きの大切さ ─────────────────── 福田 巌



 例年応募数が伸び続けている落雷小説大賞であるが、今年はついに八〇〇〇通という未曾有の数字となった。また数だけでなくその内容も多岐に渡り、ファンタジー・学園物などの伝統的なライトノベルから、時代物やピカレスク・ロマンのような挑戦的ジャンル、演劇のシナリオのような物、アニメの企画書のような物、育児日記のような物、育児日記、育児漫画、育児ビデオ、育児会への参加の勧誘まで幅広く投稿された。幸いな事にそれらの大半は私の元に届く前に落選と相成ったようだが、応募者の皆様においては今一度応募要項を熟読されたい。

 最終選考に残ったのは十作品。どの作品にも見るべき所があり、選考は困難を極めた。中でも複数の選者から一際強く支持されたのが大賞受賞作の『おぼろ豆腐少女にがうりさん』である。他の追随を許さぬ精密な筆致、ダイナミズム溢れる構成、所々にちりばめられたユーモアセンスも頭一つ抜けていた。近年の応募作の中でも最もレベルの高い一本であることは間違いない。ただ一つだけ残念なのが、にがりとにがうりを勘違いしている点である。この作品を推せなかった選者もやはりにがりとにがうりの勘違いが気になって物語に入り込めなかったと語っている。しかしこのような些末事ならば推敲の際に修正すれば何ら問題は無いだろうと判断して大賞受賞となったわけだが、重ねて残念なことに編集者が先走ってしまい、各種メディアに『にがうりさん』のタイトルで大々的に発表してしまった。この選評を書いている現在、『にがうりさん』の名は書籍発売前にも関わらず各媒体に躍っており、最早修正は困難であるため、ここに事情を記しておくことにする。筆者、編集者には共に、落ち着いて考える事の大切さを学んでいただければと思う。




   人間と性へのアプローチ ──────────────── 大竹文昭



 日本有数の投稿数となった落雷小説大賞の選考を、私は毎年の楽しみとしている。八千を超える作品の中から選りすぐられた数本はどれも鮮烈な驚きに溢れ、私は一選考委員としてではなく一読者として面白い小説が読める喜びを嚙み締める。惜しむらくは編集部の中に投稿作を全て選考委員に送るものだと思っている人間が毎年必ず居て、作品が届くそばから私の自宅に送りつけられてくることだ。今年は何故か育児会への勧誘まで届いた。投稿作品では無いことを切に願う。

 大賞に選ばれた『おぼろ豆腐少女~』は近年稀に見る怪作だ。六〇人に及ぶ登場人物を過不足無く使い分け、尚且つ規定枚数の下限丁度に収めた腕前はプロと比べても何ら遜色がない。唯一にして最大の欠点も出版前には修正されると思われるので、読者の元には完全な形で届くことになるだろう。楽しみに待っていただきたい。

 また私が『おぼろ豆腐少女~』の対抗として強く推したのが銀賞に選ばれた『孤影』である。友達が一人も居ないという筆者の生活を元にした半ドキュメンタリなのだが、そこに人間の生と宇宙の理に対する本質的な答えが隠されている。だが非常に残念な事に執筆の最中において筆者に友人ができてしまったらしく、途中からテーブルトークRPGのリプレイになっていた。前半の方向性で最後まで書き通すことができたなら落雷大賞どころか文学史に残る作品になったであろうことを考えると、筆者と友人の一日も早い絶縁を願わざるを得ない。また、実を言えば大賞作品よりも面白かったのが無冠に終わった『人妻の館~淫庭の花~』なのだが、悲しいかな完全なカテゴリエラーであった。なぜこの作品が最終選考まで残ったのか。アスキー・メディアワークスという会社は謎が多い。




   女の子にも落雷文庫 ───────────────── 宮園フルール



 今年も落雷大賞の選考に参加できることを喜ばしく思います。最終選考に残った十作はどれも玉稿と表現するにふさわしい作品ばかり。選考時期は秋口でしたが、まるで春先のようなウキウキした気分で楽しく読ませていただきました。そういえば春に編集部を訪れた際に巨大な玉のような物が届いていましたが、あれは何だったのでしょうか。表面に文字がびっしりと書き込まれていましたが……アスキー・メディアワークスは謎の多い会社です。

 大賞はほぼ異論無く『おぼろ豆腐少女~』。アイデアも然る事ながら、その構成力は見事の一言。ヒロインの少女が死んでしまい「ええっ! どうなるの!」と息を飲んだのも束の間、程無くして主人公も死んでしまうという怒涛の展開。物語は主人公の叔父に引き継がれていくのですが、この叔父のキャラクターが弱い。「本当に大丈夫かな……」と読者をハラハラさせてくれます。しかし叔父の死を引き金に物語は予想もつかない方向へ! ここまでで二〇ページというのですからまさに規格外の一作です。

 そして私が個人的にプッシュしたのが落雷文庫MAGAZINE賞に選ばれた『かみがみ!』。日本神話をベースとした本作は登場人物がみんな美形の神様という女の子向けファンタジー(笑)。でも中身はテーマに頑ななまでに忠実で、美形のスサノオが美形ヤマタノオロチの八つの美形の首を酒樽に突っ込むと、美形の尻尾から美形草薙ノ剣が出てくるという徹底ぶり。パラノイアと紙一重の美形国産みは是非イラストで見たい! イラストレーターさん頑張って(美形)!




   画の力 ────────────────────────── 都築広光



 落雷小説大賞の選考委員を依頼され、私は少なからず驚いた。写真家である私になぜティーン向け小説賞の選考を頼もうと思われたのか。その時ふと思い出したのは、私と同姓同名の作家の存在である。ああきっと彼と私を間違えているのだろうと思い、編集部に連絡してみたが、いいえ貴方の事です、間違いではありません、と言い張って非を認めようとしなかった。その編集者は電話口で「写真家ならではの視点が必要なのです」「小説の挿絵の代わりに写真を付けたいくらいです」「むしろ本文もいらないかもしれません」「写真集で」とその場しのぎのような話を涙声にまくし立てるので、私もだんだん可哀想になってしまい、結局引き受けてしまった。そのような経緯での抜擢なので、素人目線での選考になってしまった事を先に謝罪させてください。

 正直に言うならば、六十七になる私にはやはりティーン向け小説を読むのは辛かった。だがそんな中で唯一楽しんで読めたのが『おぼろ豆腐少女にがうりさん』という作品だ。しかし、もしかすると私の勘違いなのかもしれないが、この作者はにがりとにがうりを間違えているのではなかろうか。一度そう思ってしまうとそうとしか見えず、最後までにがりなのでは……とモヤモヤした気持ちでいっぱいだった。それだけが残念だ。

 その他の作品については甲乙を付けることも難しかったが、かと言って付けないわけにもいかない。そこで私にしかない視点からの選考をと思い、応募原稿を写真に撮ってみることにした。一番よく写ったのは『孤影』であった。『おぼろ豆腐少女にがうりさん』はもう少し紙色が明るければ綺麗なコントラストが出せたであろう。だが写真で見ても、やはりにがりなのでは……と思わざるを得ない。また『幸せになる魔法』という作品は何度撮り直しても白い顔のようなものが写り込んだ。筆者の方は身辺に注意するとよろしいかと思う。




   未来へのプレゼント ─────────────────── 渡邊聡美



 落雷大賞なる賞の選考委員の依頼が来て、私は少なからず驚きました。一介の主婦である私になぜ選考委員という大役が回ってきたのでしょうか。そのことを編集者さんに聞いてみましたが、電話口で「主婦ならではの視点が」「挿絵の代わりに主婦を付けたい」と涙声にまくし立てるので、私もだんだん可哀想になってしまい、結局引き受けてしまいました。ですが一度引き受けたからには何事も全力で頑張りたい。私は意気込んで最終選考会に臨みました。

 しかし私と他の委員の方々との間には埋められない溝がありました。皆様が強く推薦された『おぼろ豆腐少女にがうりさん』を、私は少しも良いとは思わなかったのです。いいえ、その作品だけではありません。私は最終選考に残ったほとんどの作品を評価することができませんでした。なぜならばどの作品も表現が歪曲的で抽象的過ぎるのです。テーマを別な形で表現したいというのは面白い試みだと思いますが、あれでは全くの別物ではありませんか。どの作品もまるで小説か何かのようでした。

 そんな中でたった一つ、私がこれだ! と思ったのが宮野陽子さんが撮影された『晴海 1歳0~6ヶ月』です。初めての育児に挑む宮野さんと娘の晴海ちゃんの奮闘の記録は、イベントありアクシデントありで毎日がお祭り騒ぎ! このビデオはこれから子育てに臨む新米ママ達にとっても素晴らしい道しるべになると思います。

 他の作品の作者さんは、子育てということを難しく考え過ぎているのではないでしょうか? 私たち育児経験者は子育ての先輩として、後輩ママ達の不安を取り除けるような解りやすい育児教材を作ることが大切なのではないでしょうか? それはきっと今の大人たちから未来の大人たちに贈る、小さなプレゼントなのですから……。



 【お詫びと訂正】

 落雷文庫MAGAZINE Vol.28の落雷小説大賞募集におきまして「あぶれよ! 輝ける才能たち!」とありましたが、「あふれよ! 輝ける才能たち!」の誤りでした。お詫びして訂正いたします。(編集部)

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独創短編シリーズ2 野崎まど劇場(笑)の書影
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