野﨑まど劇場

作品 No.20 ビームサーベル航海記


 西暦三〇四五年。人類は滅亡の危機に瀕していた。

 それは自らが作り出したアンドロイドとの六世紀に及ぶ大戦争の結果であった。人類の暮らしを支えるために作られたはずのアンドロイドは、ある日突然人類に対して反乱を起こしたのだ。

 全ての発端はあの忌まわしき日、『人類アンドロイド対抗スポーツチャンバラ大会』まで遡る。スポーツチャンバラとは空気の入った棒状の道具《エアーソフト剣》を使って殴り合うという大変紳士的なスポーツである。安全面に関しては徹底的な配慮がなされており、怪我人や故障アンドロイドが出るのはせいぜい判定で揉めて素手で殴り合った時くらいのものだった。

 しかしその日、悲劇は起こった。ある一体のアンドロイドが、試合の当日にエアーソフト剣を家に忘れてきてしまったのだ。エアーソフト剣が無ければ当然ながら失格だ。仲間からは大顰蹙だろうし、試合後の飲み会ではこづき回されるだろうし、今週いっぱい職場でネチネチと言われるのは間違いなかった。それを恐れた彼はつい魔が差して、会場への道すがらに拾ったビームサーベルを試合で使用してしまったのである。ビームサーベルは刀身がビームで出来ていたためにエアーソフト剣よりもソフトではあったが、ビームで出来ていたため大変な熱量を有しており、対戦相手は残念ながら死んだ。至極当然の結果であった。

 アンドロイドの非道に憤った人々は、ビームサーベルを使用した彼を処分すると騒いだ。それを聞いた彼のAIは非常にヒートアップした。工業用アンドロイドとして生産された彼は、普段は寒天ゼリー工場で寒天ゼリーのフタがきちんと接着されているかどうかを確認する作業に従事しており、その人工知能は過度のストレスですでに暴走寸前だったのである。彼は言った。「やっていられるか」。こうして人類とアンドロイドの長きに渡る争いの火ぶたは切って落とされた。

 アンドロイドはビームサーベルを量産して大規模な白兵戦を挑んだ。もちろん人類もそれに対抗した。地上戦が始まった頃は剣道を習得していた人類が戦況を有利に進めた。しかしチェスしかり将棋しかり、アンドロイドの優れた学習能力を前にして人類は次第に劣勢に追い込まれていった。追いつめられた人類は空爆の有効性についに気付いた。そして地上を這い回りながらビームサーベルを振り回すアンドロイドへの空爆が開始され、人類は再び圧倒的優位に立った。その後アンドロイドが開発した航空機まで届く巨大なビームサーベルによって人類は再び窮地に立たされた。しょうがないので人類も航空機から巨大なビームサーベルで応戦した。手を滑らせて落下した巨大ビームサーベルの巨大な柄は敵地に甚大な被害をもたらした。

 それからの戦争は新しいビームサーベルの熾烈な開発競争であった。片方が三又のビームサーベルを開発すれば、もう一方は六又のビームサーベルを開発した。片方がカメラ機能付きビームサーベルを開発すれば、もう一方は高性能一眼レフデジタルカメラ(レンズ二本+ビームサーベル付属)を発売した。片方がビームサーベルカード入りビームサーベルチップスを爆発的にヒットさせれば、もう一方はビームーばっかりのムーゲーなんて作ってるからエニスクはメーダーなんだよと夜毎くだを巻いた。戦争の激化を止める術はもう残されていなかった。

 以降六世紀に渡って、人類とアンドロイドは戦い続けた。六〇〇年という時間は双方を完膚無きまでに疲弊させるには充分な年月だった。ビームサーベルという言葉がそこら中に書かれ過ぎて、本当にこの文字列はビームサーベルと読んでいいのかどうか八〇年ほど前から不安になっていた人類とアンドロイドは、六〇〇年目にしてついに歩み寄りの姿勢を見せたのだった。



 テーブルには四人の人物、もとい二人の人物と二人のアンドロイドが座っていた。それは人類代表とその補佐官、そしてアンドロイドの代表とその補佐官だった。人類代表はスーツ姿のさえない中年の男で、補佐官はそれよりもう気持ちさえない中年の男だった。アンドロイドの代表は全身を銀色とうぐいす色の金属に包まれた女性型のアンドロイドだった。補佐官はさえない中年型のアンドロイドだった。

「はじめまして」人類代表の男が口を開いた。

「はじめまして?」アンドロイドの女王は言った。「はじめまして、ですって?」

 女王はこの世で一番下品な生物を見るような蔑んだ視線を送った。その横からアンドロイドの補佐官が「はじめましてで合っています」と耳打ちをした。女王ははじめまして、と挨拶を返した。

「ご存じの通り」人類代表は神妙な顔で話す。「我々人類はすでに滅亡寸前です。現在の総人口は六〇八人」

 アンドロイドの女王はほくそ笑んだ。

「ついに貴方達にも最後の時が来たようね。ああ、可哀想な人間。でも助けてはあげられないわ。大人しく滅亡を受け入れなさい。貴方達が居なくなった後の地球は、私達アンドロイドが無尽蔵に増えて無遠慮に埋め尽くしてあげるから安心してちょうだい」

 アンドロイドの補佐官が「我々も鉱物資源が尽きて滅亡寸前です」と耳打ちした。女王は話し合いを始めましょうと神妙に言った。

「最早争っている場合ではありません。私達は一刻も早く戦争状態から脱却し、共に復興の道を歩まなければならない」

「私もそう思うわ」

「その為には、まずこれをどうにかしなければ」

 人類代表はテーブルの上にビームサーベルの柄を置いた。

「ビームサーベルね」女王はそれを眺める。「これが何か?」

「これこそが我々の長きに渡る戦争の発端なのです。いや発端だけではない。我々の戦争の歴史は全て、ビームサーベルの歴史でもありました。我々はビームサーベルに魅了され過ぎた。今やビームサーベルは世界中の至る所に存在します。それも貴方達が一二〇年前に開発した『ビームサーベル生産機能付きビームサーベル』のせいなのですが。こうしている今も世界各地の工場ではビームサーベルの手によってビームサーベルが作られ続けています。しかし何かに使われているわけではない。ただ作られて、工場からただ延々と吐き出され続けているのです。街も自然もあらゆる物がビームサーベルによって埋め尽くされてしまいました。我々の子供達に至ってはビームサーベルという言葉が地面を意味すると思っているほどです」

 人類代表の話を聞いたアンドロイドの女王は、地球が滅亡の危機に瀕している事をやっと理解した。そして「道理で歩きにくいと思ったわ」とつぶやいた。

「我々はビームサーベルの呪縛から解き放たれなければならない」

「じゃあ全部壊してしまいましょう」

「それは無理です。今あるビームサーベルは私達が一四〇年前に開発した『非常に丈夫で壊れにくくちょっとやそっとの熱や衝撃ではびくともしないビームサーベル』なのです。これを破壊するのは事実上不可能です」

「だったらどうすればいいの」

「宇宙に捨てるのです」

「宇宙に?」

「全てのビームサーベルを宇宙に廃棄するのです。最早それしか方法はない。ビームサーベルが一本でも残っていれば我々はまた同じ過ちを繰り返す。今こそ手を取り合って、ビームサーベルを地球から追放しなければならないのです」

「でも宇宙に捨てるのは大変じゃないの」

「我々が七〇年前に開発した『外宇宙探査用大気圏突破機能付きビームサーベル』があります。これを使って残りのビームサーベルも全て打ち上げてしまいましょう」

 この歴史的会談により、人類とアンドロイドは六〇〇年ぶりの和解を見た。その後二〇年をかけて世界中のビームサーベルが集められ、それらは一本残らず外宇宙に向けて打ち上げされた。人類とアンドロイド、そして地球は、滅亡の危機から辛くも逃れたのであった。

「なんであんなものを作ったんですか」

 人類代表の男は空に上がっていく白煙を見ながら聞いた。アンドロイドの女王は不思議そうな顔で答えた。

「あら、最初に作ったのはそちらでしょう? 私達のデータベースには拾っただけだと記録されているわ」


 こうして電磁波の粒子と波の干渉だけで意識を形成している宇宙的に見ても大変珍しいビーム生命体の一団は、新たな楽園を求めて星の海へと旅立って行ったのであった。

刊行シリーズ

独創短編シリーズ2 野崎まど劇場(笑)の書影
独創短編シリーズ 野崎まど劇場の書影