野崎まど劇場(笑)
作品 No.10 ワイワイ書籍
「
「いやいや、こちらこそ色々と手数をかけたね
「滅相もありませんわ産囃子先生。先生の小説の素晴らしさは電子書籍になっても全く変わることはございません。弊社の電子書籍サイトも先生の作品を目玉に飛躍していきたい所存です」
「それで、私の本はもう発売したんだったかな」
「はっ、先週無事にアップロードされました」
「実を言うと、私は電子書籍というのを触ったことが無くてね……どういうものか一度見てみたいな」
「もちろんもちろん。私のタブレットで御覧ください。こちらでございます」
「どれどれ」
「なるほど。思ったより読みやすいものだな」
「先生の作品の質を損なうようなことは一切ありませんわ」
「うむ。次のページに行くには、こうか」
「墓塚くん」
「はっ」
「2ページ目から乱丁だよ」
「いえいえ先生。これは乱丁ではございません」
「どういうことかね」
「これこそが弊社の電子書籍ストア『ワイワイ書籍』の最大の売り《コメント機能》でございます。先生の作品を買った読者はウェブ上で読書し、同じページを読んでいる同志がリアルタイムで感想を伝え合うことができるのです。これこそ来るべき時代の新しい読書体験なのです!」
「読者の生の反応が出てくるのか……君、それは少し怖いね」
「何をおっしゃいます。先生ほどの大作家が感想を恐れる必要などございませんわ。百万読者の感動の絶賛をたっぷりご堪能下さい」
「そうかね……なら読んでみるか」
「墓塚くん」
「先生。こんな軽口を相手にしてはいけません。百万読者もいれば多少、ほんの僅かには悪意のコメントもございますが全て全くの事実無根です」
「うむ……まあそういう輩は避けられんか」
「ささ、スルーして続きを」
「墓塚くん、この下の文章は何かね」
「歌詞です」
「どういうことだ」
「歌を聞いていて聞き取りづらい部分がありましたら歌詞が必要でしょう? 同じように小説を読んでいて読み取りづらい部分を解りやすく書き出してくれているのがこの歌詞コメントですわ」
「私の小説が読みづらいと……」
「滅相もない! ですが先生、ワイワイ書籍は小学生なども使っていますゆえ何卒ご理解を……あ、ほら、見てください先生」
「職人が来てくれています」
「説明したまえ」
「コメント職人が先生の作品を彩ってくれるのです。ここは主人公・影山刑事の登場シーンですので影山刑事ファンの職人が華やかさを加えてくれています」
「影山は中年刑事なのだが……」
「ファンの間では美形という設定になっていますから」
「まぁどう楽しもうとファンの勝手ではあるが」
「ご覧ください、この熱烈なファン達を」
「読めないじゃないか」
「先生、時には本文より大切なものもございます」
「君、凄く失礼なことを言ってないか」
「誤解ですわ。さ、先生。序盤を抜ければコメントも落ち着いてまいりますからゆっくりお読みになれますよ」
「うむ。小説は落ち着いて読むのが一番だ」
「なんだこのゾウは」
「先生がお書きになったんでしょう」
「書いてない」
「ああ、なるほど」
「この部分が職人のコメントですね」
「本文と見分けがつかないじゃないか……」
「職人の技術の高さには驚かされますね先生。ほら、ここなども」
「これは白い□を敷いてからその上にコメントを重ねることで「情報提供者」を「小学四年生」に書き換えるという高等コメントテクニックです」
「もはや別人の小説だ……」
「何をおっしゃいます、間違いなく先生の作品ですわ」
「しかし墓塚くん」
「もうこっちの方が面白くないか」
「そうかも」
「やはり……」
「ああ先生違います、そんなことはありません、これはあくまで先生の作品をベースとした遊びでして、根幹に先生の作品があってこそ」
「いいんだよ墓塚くん……読者の反応の通り、もう私は終わった作家なのかもしれん……。こんな時代遅れの老人の書いた小説など、若い読者に見向きもされなくて当然だな……」
「先生! それは違います!」
「何が違うというのかね」
「これを御覧ください。ワイワイ書籍の動画部門ランキングです」
「これは……」
「先生! 読者は先生の思われる以上に、産囃子先生の小説が大好きなのです。先生の一冊の本が読者を巻き込み、作品世界が果てしなく広がっていく……これこそが電子書籍時代の新しい小説です。産囃子
「墓塚くん……」
「さあ見てください! ワイワイ書籍ランキングのトップを! 先生の新刊をみんなが待ち望んでいたのですよ!」
「私は引退する」
「待ってください先生! ほら先生のファンが! ファンがコメントを駆使してこんなに凄いものを!」
引退した産囃子信男はエミュレータ作の影山刑事シリーズに張り付き、「影山は中年」「影山は汚い親父」というコメントを延々と書き込み続けたため、程なくアク禁になったという。