死神は機嫌が悪い "Blue 'n' Boogie" ①

 南野梨杏みなみのりあんも、おそらく例外ではない。


       *


 私の通う県立深陽学園は、呪われている──と、もっぱらの噂だ。

 去年は生徒から飛び降り自殺が出たり、今年に入ってからも何人も行方不明になったりしていて、かなり洒落になっていない。だからって、そこに通っている生徒の私たちが、それを気に病んでいるかどうかと言えば、正直、そんなでもないわけで。


「梨杏、あんた宮下みやしたのことどう思う?」

「ちょっといい気になってるよね」

「でしょ? やっぱそーだよね、あの娘、なんか周りが見えてないよねー」

「自慢の彼氏に夢中なんでしょ」

「その彼氏の評判が悪いってのに、ねー」


 こんな風に友達と軽口を叩き合って、普通にやってることの方が多い。呪われてるかも、なんてびくびくしていたら何にもできないし。ただ──


「でもさ……ねえ、最近おかしいって思わない?」

「そうかな」

「昨日だって、一年のクラスで暴れる奴が出たっていうし」

「あー、なんか多いよね、最近。みんなストレス溜まってんじゃない?」

「それにしても多すぎるよ、子供のケンカとか呑気な感じじゃないよ。マスコミに言ったら大騒ぎになるんじゃない?」


 このところ、うちの学校では暴力沙汰が目立つ。一年生が三年生を殴ったり、生徒がガラスを割ったり、先生同士が掴み合いしてたって目撃情報もある。しかし、校内が荒れてるってほどでもない。


「でも、その場だけでしょ。暴れ出した奴もすぐに注意されて、おとなしくなるし。停学処分になったのなんて、それこそ炎の魔女くらいでしょ」

「いや、霧間なぎとかは話が別で──あの人はまあ……」

「うちでわかりやすい不良なんて、あいつくらいでしょ。あいつって裏で何してるかわかったもんじゃないし」

「いや、あの人は不良っていうか……うーん。ごめん、なんか変な話しちゃったね」

「ううん、別に。でも気をつけなきゃね。変なトラブルに巻き込まれて怪我とかしたら馬鹿みたいだし」

「気をつけてればいいのかな……」


 私たちが教室の隅で、そんな風にこそこそ話していたら、急に横から、


「いや、気をつけるだけじゃ駄目だね」


 と男子の声が割って入ってきた。

 え、と振り向くと、そこには悪い意味での有名人が立っていた。


(うわ、生成亮きなりりょうかよ──)


 私たちはきっと顔をしかめていたに違いない。しかし生成はそんなことにはお構いなしで、


「呪いには単なる根性論では対抗できない。気合いではどうにもならない。しっかりとした対策が必要だ」


 急に真面目に、したり顔で訳のわからない説教をしてくる。私たちは困ってしまうが、生成は一人でうなずいて、


「まあ、それでも気をつけないよりはマシだから、君たちは他の奴らよりは意識が高いよ。でも忘れるなよ? 呪いはいつだって、すぐ近くに迫ってるってことを」

「はあ……」

「何かあったら、僕を頼ってくれていいからな。いつでも相談に乗るよ」


 偉そうに言って、そして去って行った。

 私たちは思わず、顔を見合わせてしまう。


「……あいつ、なんなの?」

「なんか勘違いしてるよね。家が金持ちだからって、調子乗ってるよね」

「陰じゃ〝お祓いさん〟って呼ばれてんだよね。なんでも呪いのせいにして、自分はそれを解消できるって言ってるって噂、本当だったんだね……さすがにビビったよ」

「うちの学校が呪われてるってのも、あいつが言いふらしてるだけじゃない? きっとそうだよ」

「うん……かもね。そんな気がしてきたよ」

「そういや知ってる? こないだ突然転校した百合原美奈子ゆりはらみなこってさ、あれホントは一年生の男子と駆け落ちしたらしいよ」

「えーっ、なにそれ?」

「いや、見た奴がいるんだって。二人でこそこそ話してたところを。で、百合原が学校に来なくなったと思ったら、転校しましたって事後報告でしょ。その一年も今、行方不明で。そっちは親が捜してるらしいけど。百合原の方は実家ごと引っ越しちゃって、うやむや。世間体が悪いんで逃げたんじゃないか、って話よ」

「えーっ……だって百合原って学年一位の優等生だったじゃない。それなのに」

「だからストレス溜まってたんでしょ。思い込みすぎると色々と面倒で……」


 私が喋っている途中で、目の前の相手の顔が急に渋いものになった。ん、と思って、後ろを振り向くと、今度は風紀委員長が立っていた。

 彼女はその小さな身体で、腰に手を当てて、こっちを睨みつけてくる。


「げ、新刻敬にいときけい──」


 私は思わず声を上げた。


「南野さん──ちょっといい?」


 彼女はくい、と顎をしゃくってみせた。


 新刻敬は学校一背が低い。実際、街でしょっちゅう小学生に間違われるそうだ。しかしうちの高校で彼女に舐めた態度をとれる者はいないだろう。


「南野さん、ああいうの良くないよ」


 新刻の声もまた子供みたいに可愛らしいのだが、そこに籠もっているドスの利き方がまた、半端ない。


「いや、別に深い意味はなくて」


 彼女に連れ出されて、廊下の端っこで説教されながら、私は唇を尖らせていた。新刻は容赦なく、


「百合原さんや早乙女さおとめくんの話って、はっきりしたことは誰にもわからないんだから、無責任なことを言うべきじゃない。それに南野さん、人の悪口ばかり言ってるって皆から聞くけど、やめた方がいいよ」


 責め立ててくる。私はちょっとイラついて、


「大したことじゃないでしょ。みんなやってるでしょ。それに、あんたにそういうことを告げ口してる奴だって、私の悪口を言ってるんだから、おあいこじゃないの?」


 と反論した。すると新刻は眉をひそめて、


「そういう考え方って悲しくならない?」


 と言った。私はさらにムカついて、


「なによ、そういうあんたは何なのよ。風紀委員長とか今時、馬鹿馬鹿しいって思わない? 管理なんてホントは教師が全部やってて、うちの高校ぐらいでしょ、風紀委員なんてあるのは。生徒の自主性に任せてますとかいうポーズだけじゃん、結局。それであんたみたいに真面目な奴が利用されてるだけでしょ。入試のときの役になんか立たないよ、その肩書きは。だって他の高校にないんだもの。比べようがないでしょ──」


 と、一気に文句をまくし立ててやった。なんか本気で腹が立っていた。しかし新刻は言われても、特に怒りも泣きも驚きもせず、静かに、


「だから──そういうところよ」


 と諭すように言う。


「南野さん、頭が良いから、周りの人間が馬鹿に見えて、その欠点を指摘したくなるんだろうけど、でもだからって、それを振りかざしても、その場では他人の上に立ったみたいに思うかも知れないけど、でも──」

「うるさいなあ。ほっといてよ。私が暴力沙汰を起こしてるわけでもないじゃんか」

「そう──それよ。それが問題なのよ。あなたは問題ないって思ってるけど、他の人がどう思うかわからないでしょ?」

「なにそれ? 私が襲われるっていうの?」

「その危険もあるってこと。無駄に敵を作るような真似はしない方がいい」

「あんたはどうなのよ。それ言ったらあんたの方がずっと危ないでしょ」


 私が言い返しても、新刻は何も言い返さずに、


「…………」


 と私の方を見つめてくるだけだ。


(なによ──覚悟はできてる、とかいうつもりなの、こいつ?)


 私はちょっと気圧されて、口ごもってしまって、彼女の視線から目をそらし、何気なく窓の外を見た。

 そこで……固まった。


(え──?)


 校庭の隅っこに、黒っぽい塊が生えていた。筒のような影で、にゅうっ、と地面から伸びているように見える。

 それはどうやら黒い帽子をかぶって、全身をマントで包んだ人間らしかった。妙に白い顔をしていて、唇には暗い色のルージュが引かれていて、そして──それは、


「……宮下藤花とうか……?」


 うちのクラスの同級生だった。そうとしか見えない。


「え?」


 私の呟きを聞いて、新刻も校庭を見た。そして彼女は「うわ」と呻いて、慌てた様子で、


「ち、ちょっとごめん──」


 と、いきなり話を切り上げて、階段を駆け下りてどこかに行ってしまった。


「────」


 私は立ちすくんで、そして校庭に視線を戻したが、そこにはもうあの黒帽子の影はなかった。跡形もなく失せていた。

刊行シリーズ

ブギーポップ・パズルド 最強は堕落と矛盾を嘲笑うの書影
ブギーポップは呪われるの書影
ブギーポップ・オールマイティ ディジーがリジーを想うときの書影
ブギーポップ・オーバードライブ 歪曲王の書影
夜明けのブギーポップの書影
ブギーポップ・リターンズ VSイマジネーターPart2の書影
ブギーポップ・リターンズ VSイマジネーターPart1の書影
ブギーポップは笑わないの書影
ブギーポップ・ビューティフル パニックキュート帝王学の書影
ブギーポップ・ダウトフル 不可抗力のラビット・ランの書影
ブギーポップ・アンチテーゼ オルタナティヴ・エゴの乱逆の書影
ブギーポップ・チェンジリング 溶暗のデカダント・ブラックの書影
ブギーポップ・ウィズイン さびまみれのバビロンの書影
ブギーポップ・アンノウン 壊れかけのムーンライトの書影
ブギーポップ・ダークリー 化け猫とめまいのスキャットの書影
ブギーポップ・クエスチョン 沈黙ピラミッドの書影
ブギーポップ・イントレランス オルフェの方舟の書影
ブギーポップ・バウンディング ロスト・メビウスの書影
ブギーポップ・スタッカート ジンクス・ショップへようこその書影
ブギ-ポップ・アンバランス ホーリィ&ゴーストの書影
ブギーポップ・パラドックス ハートレス・レッドの書影
ブギーポップ・ウィキッド エンブリオ炎生の書影
ブギーポップ・カウントダウン エンブリオ浸蝕の書影
ブギーポップ・ミッシング ペパーミントの魔術師の書影
夜明けのブギーポップの書影
ブギーポップ・オーバードライブ 歪曲王の書影
ブギーポップ・イン・ザ・ミラー 「パンドラ」の書影
ブギーポップ・リターンズVSイマジネーターPart.2の書影
ブギーポップ・リターンズVSイマジネーターPart.1の書影
ブギーポップは笑わないの書影