死神は機嫌が悪い "Blue 'n' Boogie" ⑤

「なんでそんな風に割り切れるのよ?」

「それは話が逆だよ。ぼくには何もできない。だから関係しようがない、ということだからね。君だって他のあらゆる人間と無縁になれば、呪いを掛けられる危険は減るけど?」

「んな無茶な──できっこないでしょ」

「なら呪いも受け入れるしかないね」

「うーん……」

「まあ、今のぼくの言葉も、かなりの比率で君への呪いになってしまっているとは思うが」

「あーっ、そうよ! なによ、偉そうに上からあれこれ言ってたけど、あんただって私に呪い掛けてんじゃん!」

「上からではないけどね」

「あんた、無駄に余裕ぶっこいてるようにしか見えないのよ。そこがなんかイラつくわあ……」

「不思議な感情だね、それは」

「あんたに言われたくないわ、ったく」



 ──と、そんな風に私は、ブギーポップと話をするのが日々の習慣になってしまった。あれ以来、学園の危機とやらはいっこうに現れず、私が下校すると奴はいつもその辺をウロウロしているのだった。そして適当な話をしては、いつの間にかいなくなっている。翌日になると宮下藤花はふつうに来ているし、この変な習慣が私は、妙に癖になってきてしまっていた。学校で話せないことを、奴には平気で喋ってしまう。


「……いや、私だって最初から他の人の悪口を言ってたわけじゃなかったのよ? ただ、ちょっと話題が途切れちゃって、気まずい感じになったとき、どうでもいいような先生の悪口言ったら、それがみんなに変にウケちゃって。それから、なんとなく毒舌を期待されるようになっちゃって──」

「別に、ぼくに弁解しなくてもいいだろう」

「新刻に言われなくたって、わかってんのよ──言い過ぎるとマズいってのは。だからかなり気ぃ遣って、ギリギリのとこで抑えるようにしてんのよ。そうよ、宮下藤花の話だって、あいつの悪口って言うよりも、有名人の彼氏の方を責めてんだからね?」

「ぼくに言われても、なんとも言いようがないね。まあ、竹田たけだくんに隙が多いというのは事実だけど」

「イカレてんのよ。成績も悪くないのに進学しないでデザイナーになるとか、なんのために深陽学園に進学したんだって話でしょうが──県下有数の進学校よ、ここは。青春したきゃ部活とか盛んなトコに行きゃよかったのよ」

「もしかして、羨ましいのかな」


 そう言われて、他の奴が相手だったら、何を馬鹿な、って笑うところだけど、今は、


「うん、そうよ──すっごく羨ましい。格好いいって思う。でも私にはそんなの無理だし、そんな奴と仲良くなれる気もしないし」


 と素直に認めてしまう。


「なんてのかな。憧れるってわけじゃないんだよね。正直、馬鹿じゃないのってのも本音。でも、どっかですごいなあって気持ちもあるの。どうして宮下藤花が、そんな男を好きになったのかってのも理解不能だけど、でもその理由を知りたいとも思う──難しいね」

「そうかな。とても単純だと思うけど」

「まあねえ、ガキっぽい反発でしかないんだろうねえ。我ながらめんどくせー性格だと思うよ。あはは」

「いや、そうじゃなくて、君はただ単に〝いいひと〟なんだよ。そう思うけどね」

「──は? なんのこと?」

「君はあの危なっかしい二人のことが心配なんだよ。でもそんなこと言ったら変な顔されるし、自分には忠告する資格がないとも思っている。だからせめて当てこすりでも言って、彼らに少しでも慎重な行動と判断を求めているのさ」

「……いや、その宮下藤花の顔で、そんなん言われても困るんだけど……ていうか、ぜんぜん的外れよ、それ。心配? なんで? 私が?」

「君の、数々の悪口っていうのも、ほとんどはそれなんじゃないかな」

「いやいやいや、待って待って。なんか変なこと言い出してるね、あんた。いくらあんたが適当で無意味なこと言ってるのが面白いからって、それはなんか笑えないよ」

「ぼくは最初から、まったく笑わないけどね」


 黒帽子は相変わらず、淡々とした口調で、ふざけているのか真面目なのか、その区別をつけることはできない。


「そもそも、君がぼくと出会ったとき──君はどうして、車道に転がっている尖った石を拾っていたんだい?」

「そ、それは……」

「車が踏んで、パンクでもしたら危ない──と、そう思ったんじゃないのかな。だから反射的に動いていた。君はそういう人なんだよ。誰も見ていないところで、誰にも感謝されないのに、誰かのために行動する──そして、あの攻撃が悪質なのは」


 黒帽子の陰で、その半ば隠れた眼に昏い炎が灯ったような気がした。


「そういう対象に狙いをつけているところだ。この〝敵〟は──人間という存在を嘲笑っている。〝未来〟そのものを呪っているのかも知れない──」


 その横顔は、とても不機嫌そうに見えて、私はすこし絶句してしまった。目をそらして、うつむいて、しばらく無言で歩いた後で、


「う、うーん──でもさ……」


 と私が振り向くと、そこにはもう黒帽子の姿はなかった。いつものように、どこへともなく消えてしまっていた。



「…………」


 私はひとり、とぼとぼと山道を下っていく。そして大きな通りに出る寸前のところで、一人の男と遭遇した。

 男は、歩道の真ん中に立って、山の上の学校の方を見上げている。サラリーマンのようなスーツ姿だが、なんだかその気配には、あまり穏当な印象がない。半端に伸ばした長髪に、整っているのかどうか曖昧な髭面という見た目は、勤め人か無職かわからないギリギリのラインだった。

 私が立ち停まると、男はこっちの方を向いて、


「なあ、そこの君──この深陽学園の生徒だろう? 訊きたいことがあるんだが」


 と言ってきた。私が返事をしないでいると、男は懐からなにやら取り出して、私の前にかざして見せた。ドラマなんかで知ってる身分証だった。


「怪しい者ではない。警察関係者だ。なんならこの辺りの管轄署に連絡を取って照会してくれてもいい」


 静かな口調で告げてきた。男は眉間に皺を寄せているが、睨みつけてくるという感じでもなく、なんだかちょっと困ったような顔をしている。やっぱり、警官にはとても見えない。ではなんだ、と決めることも難しい、奇妙な男だった。


「は、はあ──ええと」


 私は身分証の名前が読めずに、それを見つめてしまった。すると男は慣れた調子で、


「名前はギノルタ、と読むんだよ。ギノルタ・エージ……鬼乗汰栄二ぎのるたえいじだ」


 となぜか繰り返して自己紹介した。私が、はあ、と生返事をすると、その鬼乗汰氏はまた学校の方を見上げて、


「最近、この学校では奇妙なことが連続して起きているらしいね。君はそういうのに遭遇したことがあるかな?」


 と質問してきた。私が口ごもっていると、鬼乗汰は、


「去年だったかな、ここで水乃星透子という少女が飛び降り自殺しただろう。あの辺りからなにか始まっているんじゃないのかな。心当たりはないかな?」

「い、いや……別に」

「この学校に、生成亮って生徒がいるはずだが。彼のことは知っているか?」

「え? 生成?」

「そうだ。この地域の有力者の息子で、色々と優遇されている立場だと思うが……彼、最近おかしなことを言い出したりしていないか? 呪いがどうの、とか」

「…………」


 意外な名前が出てきて、私はたじろいでいた。


(な、なにアイツ──なんであの〝お祓いさん〟のことを警察がマークしてんのよ?)


 あんなのはただのおふざけの遊びでしかないと思っていたのに、突然、深刻な話に変わってきた。


(い、いや──違う……そうだ、ブギーポップの言うとおりなんだ……)

刊行シリーズ

ブギーポップ・パズルド 最強は堕落と矛盾を嘲笑うの書影
ブギーポップは呪われるの書影
ブギーポップ・オールマイティ ディジーがリジーを想うときの書影
ブギーポップ・オーバードライブ 歪曲王の書影
夜明けのブギーポップの書影
ブギーポップ・リターンズ VSイマジネーターPart2の書影
ブギーポップ・リターンズ VSイマジネーターPart1の書影
ブギーポップは笑わないの書影
ブギーポップ・ビューティフル パニックキュート帝王学の書影
ブギーポップ・ダウトフル 不可抗力のラビット・ランの書影
ブギーポップ・アンチテーゼ オルタナティヴ・エゴの乱逆の書影
ブギーポップ・チェンジリング 溶暗のデカダント・ブラックの書影
ブギーポップ・ウィズイン さびまみれのバビロンの書影
ブギーポップ・アンノウン 壊れかけのムーンライトの書影
ブギーポップ・ダークリー 化け猫とめまいのスキャットの書影
ブギーポップ・クエスチョン 沈黙ピラミッドの書影
ブギーポップ・イントレランス オルフェの方舟の書影
ブギーポップ・バウンディング ロスト・メビウスの書影
ブギーポップ・スタッカート ジンクス・ショップへようこその書影
ブギ-ポップ・アンバランス ホーリィ&ゴーストの書影
ブギーポップ・パラドックス ハートレス・レッドの書影
ブギーポップ・ウィキッド エンブリオ炎生の書影
ブギーポップ・カウントダウン エンブリオ浸蝕の書影
ブギーポップ・ミッシング ペパーミントの魔術師の書影
夜明けのブギーポップの書影
ブギーポップ・オーバードライブ 歪曲王の書影
ブギーポップ・イン・ザ・ミラー 「パンドラ」の書影
ブギーポップ・リターンズVSイマジネーターPart.2の書影
ブギーポップ・リターンズVSイマジネーターPart.1の書影
ブギーポップは笑わないの書影