少女星間漂流記2

書の星

 ワタリは反省した。

 リドリーに依存気味の星間航行中の過ごし方を改めねばならんと決意した。ついついリドリーにかまってもらいたくなってしまうのだが彼女にだってやりたいことはあるだろう。重い女だと思われるのも嫌だ。

 となれば、一人での過ごし方を考えなければならない。考える。手段はすぐに思いついた。


「そうだ、本を読もう」


 前に本のたくさんある星に行った時のことを思い出したのだ。ワタリはさっそくリドリーにたくさんの本を借りた。山のような量の本を私室に持ち込んで、読み始めた。

 が、


「面白くない」


 読んでいるとどうにも眠くなってしまう。読んでいるはずなのに気付いたら別のことを考えてしまい、文章が頭に入ってこない。

 次々に本をとっかえひっかえしていくが、やはりのめりこめない。


「本の星で読んだ本は面白かったのになぁ」


 なんで今読んでいる本たちは面白くないんだろう。そう考えて気付いた。

 ああ、あの時は本の精霊がいたのだ。

 ワタリの好みにぴったりな本を持ってきて、読ませる精霊。

 彼女がいたから楽しく読めただけなのだと気付いた。

 ワタリは思い出した。

 そもそも自分は本が嫌いだったということを。本の精霊の力を借りでもしなければ、本を楽しめる素質を生来的に持ってないのだ。

 ワタリは本を読むのを諦めた。


 また暇になった。

 ワタリはベッドにあおむけになって、ぼーっと天井を眺めていた。やることのない女である。やることがないので、時間の流れが恐ろしいくらいに遅い。


「……本の精霊がいてくれたらなぁ」


 部屋の隅をちらりと見る。リドリーから借りた本がたくさんある。頑張って読み進めれば、この中に自分が好きな本もあるのだろうが……。

 自分で見つけ出すほどの情熱はない。

 暇すぎるから寝ようと思って寝返りを打ったその時、ワタリは閃いた。ベッドからがばりと起き上がる。


「見つからないなら、自分で書けばいいじゃない」


 こんな簡単なことになんで気付かなかったのだろう。自分のために自分で小説を書いてみれば万事解決ではないか。それは自分が書いたものなのだから、自分好みのものになるに決まっていた。書いている間に時間も潰せて一石二鳥だ。

 難しいことはないだろう。小説を書くなど。


「文字さえ書ければ誰にだってできるよね」


 小説など所詮は文字の集まりである。

 ワタリはさっそく紙とペンを手に取って、テーブルに向かい始めた。

 それから数日、ワタリは一日のほとんどを執筆に費やした。小説を書くのは、とても面白かった。気付けば食事もあまりとっていなかった。

 書き始めてから一週間で、小説を一冊書き終えた。全部で二百ページほどの分量である。

 ワタリは椅子に座ったまま首をごきごきと鳴らしながら伸びをした。解放感と達成感が心地よかった。

 ちょうどそこでワタリの部屋の扉が開けられた。入ってきたのはリドリーだった。


「ワータリッ♪」


 リドリーは椅子に座っているワタリに後ろから抱き着いた。


「どうしたのリドリー」

「うんにゃ。たまにはワタリにかまってやらんとと思ってね」


 百合園でのことをリドリーはリドリーなりに気にしているようだ。


「ん? これは……」


 リドリーはデスクの上の紙束に気付いた。


「暇つぶしに小説書いてたんだ」

「ほう、それは意外。でも、いいね、小説は好きだよ」


 リドリーは紙束を手に取って、ワタリに尋ねた。


「読んでみてもいいかい?」

「もちろん」


 リドリーは紙束を手に、ベッドの上に腰かけた。そして次々と頁をめくっていく。日頃本をたくさん読んでいるだけあって、恐ろしく読むのが速かった。本当に読んでくれているのかと不安になるほどである。一週間も時間をかけたのに読まれるときは一瞬なのだとなんとなく切ない気持ちにもなった。

 二百ページほどあったのだが、二時間足らずでリドリーは読み終えてしまった。読んでいる間、リドリーの表情はずっと石のような無表情でまったく変わることがなかったから、ワタリはどうにも生きた心地がしなかった。

 リドリーは紙束をベッドの上に置いた。


「どうだった……?」


 死刑宣告を待つ犯罪者のような気持ちでワタリは聞いた。この時には、もはや読ませたことを後悔していた。

 が、リドリーはにかっと笑って言った。


「すっごい面白かったよ」


 その言葉を聞いた瞬間、ワタリの胸に渦巻いていた不安が一気に吹き飛び、いや、吹き飛ぶどころか天にも昇るような心地になった。


「よかった~。リドリー、全然表情変わらないから駄目だと思ったよ」

「どんなに面白い本でも、ころころ表情変えて読んだりしないさ」


 言われてみればそうかもしれないとワタリは思った。自分だって漫画を読むときは無表情であることが多い。


「リドリーが楽しんでくれたならよかった」


 そこでワタリは何かに気付いて「あ」という声を上げた。


「じゃあ、これからはリドリーのために書くことにするね」

「えっ」

「続きの構想もあるんだ。ハリー・ポッターみたいにしようと思ってるの。全部で七作」

「そ、そうなんだ……」

「書き上げるのを楽しみにしててね」


 満面の笑みのワタリとは対照的に、リドリーの頬は引きつっていた。


 星間航行を続けながら、ワタリは小説を書いていく。そして書き上げたそれをリドリーに読ませていく。

 四作目を読ませたときに、ワタリは気付いた。

 紙束をめくるリドリーの具合が明らかに悪い。なんだかげっそりとしている。


「どうしたの、徹夜明けの魚みたいな目をして」

「それを言うなら死んだ魚の目だろ……」

「もしかして面白くない……?」

「いや……面白いよ……」

「そんな生気のない声で言われても信じられないんだけど……」


 ワタリは言った。


「リドリー。正直な感想を言って。お世辞は嫌だよ」

「しかし……」


 その反応がすでに、今日までの感想がお世辞だったことを物語っていた。


「忌憚ない意見をきちんと受け止めるのも作家の義務だと思うんだ」


 四作ほど書き上げたことで、ワタリはいっぱしの作家気分になっていた。

 リドリーは上目遣いにワタリを見つめている。まるで

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