少女星間漂流記3

擬の星

「わあ、これ全部人形?」


 ワタリとリドリーの前にあるのは、大きな連結型のガラスショーケース。その中に多種多様な星人の人形が入れられていた。

 降り立った星のことを知ろうと、馬車が着地した付近の建物に入ってみた。すると、そこに人形たちが入れられたショーケースがたくさんあったのだった。


「地球人のもあるよ」


 人形はどれもすごく精巧な出来で、まるで生きているかのようだ。造形は不細工なものもあれば美人なものもある。様々だった。

 二人が人形に見入っていると背後から声がかけられた。


「誰かいるの?」


 振り返る。そこにいたのは、この星の人間だった。背丈はワタリたちと同じくらい。長くて太い触手のような髪を垂らしている。隙間から少しだけ目と口が見える。大きな口に鋭い牙が特徴的だった。偏屈そうな三白眼がワタリたちを見据えていた。


「あなたたち、地球人ね。どうして私のドールショップに?」


 問いを受けて、リドリーが前に出る。


「ああ、ここはドールショップだったのですね。どうもすみません。私たちは旅の者で、移住できる星を探しています。たまたま降り立った場所に建物──このお店のことですね──があったので入ってしまいました」

「……別に謝らなくていいわよ。ちょうど店を開けるところだったから」


 店主の星人がそう言うと、ちょうど店の扉が開いて客が入ってきた。身なりのいい星人で、地球人の少年を連れている。少年は身なりこそ整えられているが、首輪をつけられていた。リードを星人に握られているのを見るに、飼われているようだ。

 少年がリドリーとワタリを見た。それで何故か顔が少し赤くなった。

 店主が客の星人に挨拶する。「……いらっしゃいませ」


 気だるそうで、小さな声だった。あまり接客が得意ではないらしい。

 客は言った。


「地球人のドールを頂こうか。もうすぐシーズンなのでね」

「そうですねえ。そろそろ旬ですねぇ……」などと星人二人は話をしている。


「どうぞ、ゆっくりご覧になってください……」と店主が客を促す。

 客は地球人を連れて、地球人のドールのショーケースの前へ向かった。そして少年に尋ねた。


「さ、どれがいいと思う?」


 ショーケースの前の少年は、迷うことなくリドリーとワタリを指さした。


「あの二体がいい」


 客もリドリーとワタリを見た。


「他の人形よりずっとかわいいよ。今までの人形で一番だ。生きてるみたい」


 客はにこにこしながら言った。「そうかそうか。それは掘り出し物だな。では、その二体をもらえるかな」


 けれど店主が首を横に振った。


「悪いけど、それは売り物じゃないわ。というより人形じゃないの。本物の地球人」

「えっ、そうなのか」


 客は驚いた後、戸惑いながら触手で頭を搔く。


「参ったなぁ。地球人は本当にみんな同じに見える」


 客は続けた。


「だが、本物の地球人というならそれはそれでいい。譲ってくれないか」

「ダメです」

「売ってくれてもいいじゃないか。人形ではなく本物を売る店もたくさんあるのだし」

「じゃあ、そういう店に行ってください」


 店主が引かないから、客は渋々諦めた。彼は少年に言う。


「あの二体は売り物じゃないそうだ。ショーケースから選びなさい」


 少年は不満そうな顔をした。


「ちぇっ、どれもあんまりかわいくないんだよなぁ」


 そう言いながらも少年は一体のドールを選ぶ。客はそれを買って出ていった。「ありがとうございましたー」と店主が覇気のない声で送り出した。

 リドリーが尋ねる。


「この星では異星人のドールがよく売れるのですか?」

「そうね。特に最近のトレンドは地球人なんだけど……制作に関して困ったことがあるのよね」

「困ったこと?」

「私たちには地球人がみんな同じに見えるの。特に美醜は、全然わからない。美しいとされる地球人のドールは……それはそれは高値で取引されるんだけど美醜がわからないもんだから作りようがないのよね」


 ワタリが首を傾げた。


「変なの。美醜がわからないのに、高値で取引されるなんて」


 リドリーが腕を組んで、ふむと言った。


「でも、芸術作品なんてそんなもんかもしれないな。私にはゴッホやゴーギャンの絵のすごさはよくわからないが……ていうか多分地球人のほとんどがよくわからないはずだが、それでも目玉が飛び出るような値段で取引されるだろう」


 ワタリは納得した。「言われてみればそうである」

「さっきの地球人は、美醜を判断するために飼われていたんだなぁ」と言って、ワタリはまじまじとショーケースを見た。ドールたちの顔が多種多様である理由がようやく分かった。


「まあ、でもなんであれ……。この星には住めそうもないね。地球人の地位が低そうだ」

「そうだね。行こう」


 リドリーとワタリは店の出口へと向かった。

 けれど、


「待って!」


 それを店主が引き留めた。


「行かないで。お願いがあるの」


 二人が振り向く。


「お願い?」

「あなたたちをモデルに、ドールを作らせてほしいの。私はドール販売ではなく、ドール作家が本業なのよ。自分で作ったものを、自分で売っているわけ。私は、いいドールを作ることに誇りがあるの。ぜひあなたたちのドールを作らせて」


 ぼそりと店主が付け加える。「そろそろ釣りの季節だし……時間がないのよ」


 それは小さな呟きだったので、二人の耳には届かなかった。

 お願いされてなお二人は迷っていた。彼女たちにはこの星に留まる理由がない。けれど、返答しあぐねている二人に店主が縋りつく。


「もちろん、お礼はするわ。謝礼を払うし、それに宝石もあげる。地球人は宝石が好きと聞いたことがあるわ」

「宝石!」


 リドリーの目の色が変わった。


「リドリー……」


 ワタリに呆れた目で見られているのに気付いて、リドリーは誤魔化すように「ごほん」と咳払いをした。


「……まあ、どうしてもというなら仕方ないですね。ただ、あまり長居はできません。三日が限度です」

「それで十分よ。じゃあ、今日はもう店仕舞い。さっそくあなたたちのドールを作りましょう!」


 店主は店の出入り口に向かうと、クローズドの看板を扉にかけた。


「歴史に名を残す人形作家になってやるわ」


 店主の目はぎらぎらと輝いている。気合に満ち溢れていて、さっきまでの陰鬱で気だるそうな雰囲気が噓のようだった。


 三人は店の二階へ向かった。そこが店主のアトリエらしい。

 部屋に入って、二人はぎょっとした。

 そこには作りかけの人形がたくさんあった。どれもすでにかなり良く出来ているが、体のあちこちが欠けているために無気味だ。床には人形の部品である手足や首が転がっていてバラバラ殺人の現場に似ている。他には工具なども散らばっていて、足の踏み場もない。


「さ、好きなところに腰を下ろしてちょうだい」

「ど、どこに……」


 座れる場所を探す。やむなく二人はベッドと思われる場所に腰を下ろした。そのベッドの上さえも人形作りに関する本が積まれていて、すごく手狭だった。

 ベッドの上に座った二人に店主が言った。


「ベッドとは、ちょうどいいところに座ったわね」

「ちょうどいい?」

「そうよ。だってあなたたちはこれから服を脱ぐのだから!」

「えっ!」とワタリが大きな声を出す。


「何を驚いているの。ドールを作るんだから当たり前でしょう? 私、知ってるんだから。美しい地球人の体形は、すさまじく繊細なバランスで構成されてるってこと。それを再現するには、あなたたちのプロポーションを完璧に把握しなきゃ」


 店主は目をらんらんと輝かせる。


「隅々まで観察させてもらうわ……!」


 その気迫を前に、思わずワタリは自分を抱いた。芸術家特有の異様な迫力を感じて、助けを求めるようにリドリーを見た。


「ど、どうしようリドリー……」


 けれど、リドリーは神妙な面持ちで頷いた。


「覚悟を決めよう、ワタリ」

「えっ!」

「芸術の分野では、モデルが全裸になるなんてよくあることだし、私たちの人形がこの星の芸術品になるなんて誉れ高いじゃないか。私たちが古代ギリシャの彫像みたいになるんだぞっ?」


 ワタリはジトッとした目でリドリーを見る。


「……とか言って、本当は宝石が欲しいだけでしょ」

「うるさいな。さっさと脱ぐんだ!」


 リドリーは誤魔化すようにワタリに摑みかかった。


「わー! やめて! 自分で脱ぐから!」


 わちゃわちゃしている二人に、店主が指示を飛ばす。


「ちゃんとパンツまで脱ぐのよ!」


 ドタバタのあと、結局二人は裸になって、人形制作が始まった。


 三日後。


「ふう、これで形は一段落ね」


 部屋には二人のドールが出来上がっていた。リドリーとワタリに瓜二つな出来栄えだった。


「すごい。これが人形だなんて……」


 思わず人形に見入ってしまう。まるで自分がもう一人いるかのようにワタリとリドリーは感じた。

 店主も満足そうである。


「ふふ……私の魂を込めたわ。この星の全ての人間がこれを欲しがるわね……」


 店主が無気味に笑う。その足が突然もつれた。


「あっ……」


 倒れそうになったのをワタリが支えた。


「この三日、頑張ってたもんね……」とワタリは腕の中の店主を見下ろして、いたわるように言った。

 店主は見るからに疲れ果ててぐったりしていた。三日間、一睡もせずに人形作りに取り組んでいたから、触手のような髪もしっとりとしていて元気がない。


「少し、休んだ方がいいよ」とワタリはベッドに店主を連れていこうとするが、


「ダ、ダメよ……。まだ仕上げが残っているわ」と店主は、ワタリから離れて自力で立った。


「仕上げ?」とワタリは首をかしげて、出来上がっている人形を見た。


「もうこれ以上ないくらいよくできてると思うけど……」

「ううん。足りないものがある」

「何が足りないの?」

「声よ!」

「声……」

「ドールが声を再生できるようにするの。だから、あなたたちの声を録音させてちょうだい。声が実装されていないとドールの効果が半減だわ」

「ドールの効果……?」


 訝しんでいるリドリーに気付くことなく、店主は録音機器の準備を始めた。


「声かぁ。私、自分の声、嫌いなんだよね」とぼやくワタリ。


「私はワタリの声は好きだよ」

「どんな台詞を録音されるのかなぁ」

「そりゃあ……この人形は観賞用なんだから、自己紹介とか挨拶とか……?」


 いやいや、とリドリーが何かに気付いて続ける。


「愛玩用の可能性もある。だとしたら『ご主人様大好き』とか『愛してる』とか……?」

「そ、そんな恥ずかしいこと言えないよ……」とワタリが頰を赤くして俯いた。


「まあ、ここまで来たんだ。報酬もあるんだし、おしまいまで付き合おうじゃないか」とリドリーがワタリを宥めた。


「録音の準備ができたわ」


 店主がマイクらしきものを二人に向けた。

 リドリーがワタリを促す。


「さあ、ワタリ。マイクに向かって言ってごらん、煽情的に媚びるように『ご主人様、大好きです……♡』と!」

「言えるわけないってば!」


 ワタリが助けを求めるように店主を見た。


「そんな台詞、録音しないよね!?」

「そうね。そんな台詞は録音する予定じゃないわ」


 ワタリがリドリーへと向く。「ほら、やっぱりもっとまともな台詞を……」

「でも! 素晴らしい台詞ね! 予定を変えて録音することにしましょう!」と店主は大きな声でワタリの言葉を遮った。


「その台詞を考えたのは、リドリーね? あなた脚本家の才能があるかもしれない! さあ、二人とも! 言いなさい!『ご主人様、大好きです……♡』『ありがとうございます……♡』と! 雄に媚びるように! 発情した雌になりきって!」

「ええ……」とワタリは完全に引いている。反対にリドリーは楽しそうだった。


「じゃあ、私から」とリドリーがノリノリで録音を始めた。腰をくねらせてしなを作る。


「『ご主人様ぁ〜♡ 大好きですぅ♡』」

「イイネイイネ! 最ッ高だねェ!」


 録音を終えたリドリーと店主はハイタッチをした。


「さ、次はワタリの番だ!」


 店主がマイクを向ける。


「う、うう……」


 ワタリは恥ずかしがりながらも言うことにした。拒否できる空気ではなかった。


「ご……ご主人様……大好き……です」

「うん! これもこれでアリ! 恥じらう様子がきっと星人の心をくすぐるはずだわ!」


 店主はワタリに向かって、力強く言った。


「それにあなた、綺麗な声をしてるわよ。私、美醜はわからないけれど音の良しあしはわかるの。もっと自分の声に自信を持つことね」

「ほ、本当……?」

「本当よ。芸術家は噓を吐かないの。芸術に全ての才能を振り切ってしまってるから、お世辞言うスキルがないのよ。だから、もっと胸張って!」


 そこまで言われるとワタリもまんざらでもない。「わ、わかった……」

「じゃあ、次の台詞行くわよ。お次は『助けてくれてありがとう♡』よ!」


 二人はまた録音を始める。さっきよりはましな台詞だったので、ワタリは少し安心して収録に臨めた。


「よし、これもオッケー! 次は『助けてー! 殺されるー!』でお願いね」


 リドリーがにやにやした。


「ニッチなシチュエーションボイスだな」


 言われるがままに『助けてー! 殺されるー!』も録音する。


「よし、その次は『こちら脱出ポッド! どなたか応答してください!』だからね」

「……?」


 リドリーとワタリは顔を見合わせた。観賞用または愛玩用の人形に、どうしてこんな台詞を言わせるのだろう。少し変だなと思いつつも録音を続ける。

 そのあとも録音は続いた。『こんにちは。そこに誰かいますか?』『あなたは命の恩人です』『故障で動けません。支援をお願いします』『何でもするので助けてください』『助けに来てくれてありがとう』『S・O・S! た・す・け・て・く・れ!』などなど……。

 一時間くらいかけて様々なレパートリーの台詞を収録し、ようやく録音を終えた。


「やっと終わったね、リドリー」とワタリは嘆息して話しかける。

 だが、リドリーは返事をしなかった。

 眉間に皺を寄せて、何か考え込んでいる。


「リドリー?」


 店主がやってきて、二人の間に入った。


「二人ともお疲れ様。これが約束の報酬よ」

「ああ、うん……」と気のない返事をして、リドリーはたくさんの宝石が詰まった宝石箱を受け取る。


「じゃあ、これでお別れね。三日間、一緒にいてくれてありがとう。あなたたちのおかげでインスピレーション湧きまくりの日々が過ごせたわ」


 店主の感謝の言葉に、ワタリが応じた。


「うん。店主さんも、面白い人だったから楽しかった」


 人見知りのワタリだが、この三日で店主とはずいぶん仲良くなれた。

 だから、ワタリはこう聞いた。


「また、この星に遊びに来てもいいかな?」


 自分たちの間には確かに絆がはぐくまれていた。

 そのはずなのに、店主は首を横に振った。


「もう、ここに来てはダメよ」

「えっ、どうして……」


 まさか仲良くなれたと感じたのは自分だけなのかと思ったが、そういう風でもない。


「あなたたちが好きだから言っているの。だから、ひとつ忠告してあげる。この星の周辺で誰かに助けを求められても、決して応じないようにね」


 リドリーが言った。「そうか。やはりこれは……」

「リドリー、どういうこと?」


 リドリーは答えずにこう言った。


「星を出よう。多分、それで全部わかる」


 そうして二人は、店主と別れた。馬車に乗り込んで、宇宙空間へ向かう。星はすぐに小さくなり、馬車は黒い銀河に到達した。

 宇宙空間を行く。けれど、店主の言葉の意味が分からずにワタリはもやもやしていた。

 その時だった。宇宙の闇から信号が飛んできた。それを受信すると、地球人の声が聞こえてきた。


『こちら脱出ポッド! 救助を要請する!』


 必死な叫び声。

 馬車の窓から外を見ると、宇宙空間に脱出ポッドが漂っていた。ポッドに備え付けられた窓からは中に地球人が乗っているのが見える。


『SOS! 救助を願います!』

「大変だよ。リドリー、助けに行かなきゃ」


 そう言って馬車を操縦しようとしたワタリを、リドリーが制した。


「どうしたの、リドリー?」

「よく見ろ」


 脱出ポッドの中の人間。それは人形のように微動だにしていない。いや、それはまさしく……。


「人形……」

『何でもするので助けてください』と馬車は声を受信し続ける。


「あの星で作られていたのはドールなんかじゃない。疑似餌だ」

「疑似餌って……釣りに使うルアーみたいな……?」

「そうだ。人間を模したルアー。美醜にこだわったのは、美しい人間の方が助けてもらいやすいからなんだろう」


 馬車に備え付けられたレーダーが異物を感知した。馬車の周りには無数の脱出ポッドが浮遊している。それらが発した救難信号を、全て馬車は受信した。車内に一斉に声が響く。


『こんにちは。そこに誰かいますか?』『故障で動けません。支援をお願いします』『何でもするので助けてください』『緊急事態発生! 援護を要請します!』『エマージェンシーコール! 応答を!』『S・O・S! た・す・け・て・く・れ!』『誰かそこにいるのか』『助けてー! 殺されるー!』


 暗闇に漂う、人形を乗せた脱出ポッドの群れ。

 それらが奏でる輪唱の中を馬車は突っ切っていった。

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