僕を振った教え子が、1週間ごとにデレてくるラブコメ 1

8月・1 中学時代の苦い思い出 ②

 その日をきっかけに、僕は芽吹めぶきさんの勉強を見てあげることになった。

 最初はノートの取り方などをアドバイスしていたけれど、やがて勉強内容について質問されることも多くなった。

 彼女は学年が一つ下だから、後輩の世話をするような感覚で教えてあげられた。

 秋になり季節の変わった、二学期のある日。僕が自習室にいると、芽吹さんが駆け寄って、嬉しそうに叫んだ。

「先生! 中間試験の点数、今までの最高記録が出たんです!」

 静かな自習室に響く声だったので、僕は思わず「しーっ」と人差し指を口に当てる。芽吹さんは恥ずかしそうに顔を赤くして縮こまった。

 芽吹さんはちょっとした勉強のアドバイスで、驚くほど効果的に成績を上昇させていた。

 僕の指導のおかげだなんて自慢するつもりはない。彼女は元々勉強ができる人で、そこに僕のアドバイスがうまく当てはまっただけだ。

 一方、当時の僕は中学三年生の二学期。高校の受験勉強の真っ最中だ。

 けれどそんな僕にとっても、芽吹さんの勉強を見ることは役に立った。中学一年生と二年生の学習内容を見直す機会になり、三年間の復習ができたんだ。

 なんといっても彼女のような女の子と一緒に勉強ができることは、受験勉強という砂漠にあるオアシスのように、僕の心をうるおわせた。

 そんなふうに二人の勉強はうまくまわった。お互いによい影響を与え、成績を伸ばすことに貢献していた。

 気がつくと僕たちは、当たり前のように自習室の隣の席で勉強したり、塾の授業前にファミレスに入って、軽食やドリンクバーを頼みながら参考書を広げたりしていた。彼女が食事のためにマスクを外した瞬間は、神秘的に感じられたものだ。

 一緒に勉強するのは週に一回程度だけど、いつしか毎週の楽しみになっていた。


 ちょっとした異変が起きたのは、秋も深まったある日のことだ。

 塾の廊下の端で、一人の男子塾生が芽吹さんの前に立ち、必死に話しかけているのが見えた。何やら真剣そうな雰囲気が感じられ、僕は思わず廊下の角に身を隠してしまった。

「あ、あのさ……俺、前から芽吹さんのこと……」

 会話ははっきり聞き取れなかったけど、芽吹さんに愛の告白をしているようだ。

「申し訳ありません。わたし、今はそのような……」

 しばらくして、男子塾生が肩を落としつつも吹っ切れた表情で歩き去るのが見えた。

 告白を断られたのだろう。けれどどこか晴れた感じがするのは、芽吹さんの断り方がうまかったのかもしれない。

 僕は何も気づかなかった顔をして再び歩き出した。

 芽吹さんと顔を合わせると、彼女は何ごともなかったかのように、いつもの笑顔を向けた。

「こんにちは、先生。実は今日の授業でわかりづらかった部分があるんですが、あとで質問させてもらってもいいですか?」

「もちろん構わないよ。疑問点を放置するのはよくない。遠慮せずに聞いていいからね」

「それでは、たくさん質問しちゃいますね!」

 その後も芽吹さんの様子に変化はなく、彼女はいつも勉強に集中していた。

 けれど……これほど可愛い女の子が、学校でも一人でいるのだろうか?

 ある日、僕と芽吹さんがファミレスで勉強していると、近くの席に高校生のカップルが座っているのが見えた。彼らを横目で見ながら聞いてみた。

「芽吹さんって、学校で付き合ってる人とかいるの?」

 彼女はきょとんとした顔で、首をかしげながら答えた。

「お付き合いですか? どうしてです?」

「もし付き合ってる人がいるのなら、こんなふうに僕と勉強していたら誤解させるんじゃないかって、心配になってさ」

 実際、そういう懸念はあった。

 近ごろ塾で、僕たちが付き合ってると噂されることがある。

「お付き合いしてる人はいません。まだ中学二年ですから、そういうのは早いと思いますし」

「でも芽吹さんって、男子から人気ありそうだけどなあ」

「そうですね……。交際を申し込まれたことは、何度かありますけど……」

 中学二年生で何度か告白されたなんて相当なモテっぷりだと思うけど、芽吹さんはそれも納得できる美少女だ。しかも、こうして一緒にいるだけで性格の優しさが伝わってくる。誰とも付き合っていないのが不思議なくらいだ。

「何度か申し込まれて、それでも付き合わなかったの?」

「今のところ、全てお断りさせてもらっています。だって誰かとデートをするよりも――」

 芽吹さんは僕の目を見つめ返して、ほほ笑みのまなざしを向けた。

「わたしは、こうして勉強しているほうが楽しいですから」


 そんなふうに日々は過ぎていった。冬になると、受験勉強はますます忙しくなった。

 日本中がワールドカップで盛り上がっても、試合を見る時間もなく、僕は興奮の外にいた。

 そのころは立て続けにアニメ映画がヒットして、クラスでもその話題がよく出ていた。少し興味が出て、芽吹さんを映画に誘ってみようかと考えたこともある。けれど受験勉強をサボっていると思われたくなくて、結局誘うことはなかった。

 毎日受験勉強を続ける僕の隣で、芽吹さんは合格を祈ってくれていた。

「わたし、先生が志望校に合格できるよう、『幻の塾長さん』にお願いしてるんですよ」

 それは僕たちの通う塾で噂される、都市伝説みたいなものだ。塾で『幻の塾長さん』というレアキャラに遭遇すると、どんな難関校にでも合格できるのだとか。

 みんな本気で信じてるわけじゃないけど、遊び半分で願かけのようにお祈りしてる。

 その願いの効果はわからないけど、芽吹さんの応援は間違いなく僕の活力になった。

 受験勉強は順調だった。模擬試験の結果はA判定。このままいけば、問題なく志望する高校に進学できるだろう。

 年が明けて新年になり、受験勉強も佳境に入っていく。

 そんな日々の中で、別の小さな不安が少しずつ大きくなっていった。

 高校に進学したら、僕は芽吹さんと会えなくなるのだろうか?

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