僕を振った教え子が、1週間ごとにデレてくるラブコメ 1
8月・2 僕が家庭教師になった日 ①
僕には特別な才能もなければ人並み外れた能力もない。
小さなころから目立たず騒がず、いつも教室の隅にいるような子どもだった。
小学校の低学年のころ、そんな僕がクラスの注目を集めたことがある。テストで思わぬ高得点を取ったんだ。
たまたま予習していた範囲がテストの出題とぴったり重なったのだけど、その日の僕は羨望のまなざしで見られることになった。
その瞬間が忘れられず、よく勉強するようになった。続けていくうちに習慣となり、毎日自室で一定時間、机に向かうようになった。
日々の勉強を積み重ねたおかげで、無理なくよい成績を取れるようになり、学校でも優等生として認知されるようになった。
しかしそれも、いっときのこと。学年が上がるとともに、僕は再び目立たない生徒に逆戻りしていった。成績は上位であるにもかかわらず、だ。
『優等生』を辞書で引くと、たいてい次の二つの意味が書いてある。
一 模範的で成績優秀な生徒。
二 個性がなく面白みに欠ける生徒。
僕に当てはまるのは、どちらの意味だろう?
あるいは……両方?
閉めきった窓の外では真夏の日差しが降りそそぎ、街路樹の葉を照らしている。
スマホでは、天気予報サービスが『本日も猛暑日となるでしょう』と警告を発している。
部屋の冷房はつけているものの、親に『最近は電気代もバカにならないから』と言われ省エネ設定。それなりに涼しくなるけど、なんとなく体中に熱いけだるさが残っている。
何もやる気がしない。
夏休みの宿題は、ほとんど手をつけていない。休みも半分ほど過ぎたからまずいのだけど、机に向かっても気が乗らない。
僕は今日も部屋のベッドに寝転がり、スマホでネットニュースを見たり動画投稿サイトを眺めたりしながら、時間を過ごしている。
ニュースアプリが高校野球の速報を伝えていた。勝利に導いた投手の汗まみれの笑顔と、敗北した高校の応援団に浮かぶ涙。
甲子園では、炎天下にも負けない熱い勝負が続けられているようだ。
僕と同じ年ごろの高校生たちが、青春をかけた夏を過ごしている。
なのに僕は、熱い勝負など無縁の怠惰な日々を過ごすばかり。
わかってる。やる気が出ないのは暑さのせいじゃない。
僕は負けたんだ。敗北者なんだ。
あの日、
誰からも応援されない、誰にも夢を見させていない、好きだった彼女に嫌な思いをさせただけの、惨めな敗北。
学校の勉強をして、課題をこなして、成績を上げて、なんになる?
一〇〇点満点が、学年トップの成績が、いったいなんになる?
そんなものを得たところで、好きな女の子一人にも振り向いてもらえないじゃないか。
通っていた塾は中学卒業後に辞めてしまい、勉強量は一気に減った。
進学後の成績も急落した。中学時代に勉強し続けたおかげで、ある程度の成績は保っているけど、この先もっと落ちていくことは目に見えている。通っている学校は授業のレベルも高めだから、今のままではついていけなくなることが確実だ。
これじゃいけないと、自分でもわかってる。
けれどやっぱり今の僕には、勉強に向かう意義が見つけられない。
ニュースにも飽きてスマホを消そうとしたとき、画面上にアプリの通知が表示された。
『1件の依頼があります』
……依頼?
通知を送っているのは、中学生のころに通っていた大手学習塾『一番合格ゼミナール』が発行している家庭教師紹介アプリだ。
アプリを開きながら、僕は思い出した。
この学習塾では、通常の塾の他に、家庭教師の紹介サービスを運営している。家庭教師の仕事をしたい人が登録し、依頼主が提示した条件と合えば契約を結べるシステムだ。
塾に在籍していたOBであれば高校生でも参加できる。僕でも小学生の中学受験指導ならできるかと考え、小遣い稼ぎにでもなればと、春ごろに登録していたんだ。
しかし現実的には、高校生に家庭教師を頼む人はあまりいない。最初のころは二、三件の問い合わせがあったけど、現在の成績を伝えるとあっさり断られてしまった。
そのうち誰からも連絡が来なくなり、一か月後には登録したことすら忘れていた。
そこに、久しぶりの問い合わせが来たらしい。
アプリを開くと『ひまわり』というユーザーからのメッセージが表示された。
『ひまわり:受験のため家庭教師をお願いしたいのです。お金がなくて高い謝礼を払えないのですが、引き受けていただけますか?』
あいにく僕の実績ランクはゼロだ。どのみち高額の謝礼を要求することはできない。
『
すると、ほどなくして返事が来た。
『ひまわり:詳しいことは面談のときにお話しします。空いてる日はありますか?』
今は詳細を教えてくれないようだ。まさか、詐欺とかじゃないだろうな。
断ろうかと思いつつ、僕は考えた。
ここで依頼を断ったところで、またいつもの怠惰な日々に戻るだけ。
すぐに契約するわけじゃないし、ひとまず詳細を聞いてから考えてもいいはずだ。
『若葉野:わかりました。それでは「一番合格ゼミナール」本部校舎の面談ルームでお会いししましょう』
塾には面談用に使用できる部屋が用意されている。そこなら変な相手が現れることもないだろう。実際に会ってみて、問題がありそうなら契約しなければいい。
また少し待つと返信があり、相手は了解してくれた。お互いの都合のいい時間を確認し、明後日に面談をすることになった。