僕を振った教え子が、1週間ごとにデレてくるラブコメ 2

12月・1 もう後戻りはできない! ①

『二人三脚で合格を勝ち取ろう! 家庭教師も一番合格ゼミナール』

 ――というキャッチコピーとともに、学習塾のカラフルなロゴがウェブサイトの上部に表示されている。

 その下には『スチューデントステータス』という文字。

 僕のスマホ画面に映し出されているのは、家庭教師の講師専用ページだ。

 十二月に入ったばかりの今日、昼休みに学校内のカフェテリアで食事を終えると、一休みしながらそのページを眺めていた。

 画面上にある『講師名』の欄に、『若葉野わかばの瑛登えいと』と僕の名前が書かれている。

 まだ高校生なのに『講師』なんて呼ばれるのは不思議な気分だ。学校では生徒である僕が、家庭教師の現場では先生になる。

 もちろん、そこには僕の生徒がいる。

 画面の中央部には『生徒プロフィール』の欄があり、一人の名前が表示されていた。

芽吹めぶきひなた』。僕が教えている生徒の名だ。

 僕は中学生時代に通っていた塾で、一学年下の芽吹さんと知り合った。

 彼女と一緒に勉強をして、一学年上の立場から学習のアドバイスもしてあげた。

 しかし僕は中学校を卒業して高校生になり、塾も辞めて、芽吹さんと会う機会は失われた。

 ところが今年の夏、突然芽吹さんから連絡があった。

 僕に、家庭教師になってほしいと言うんだ。

 当時の彼女は母親と高校進学をめぐって意見を対立させていた。思うように勉強ができなくなった芽吹さんは、自力で受験勉強をするため、かつて勉強を見てあげていた僕に家庭教師を依頼してきた。

 まだ高校生なのに家庭教師なんてと、最初は戸惑った。けれど芽吹さんの志望校への進学を応援したい気持ちが勝り、依頼を引き受けることにした。

 学習塾『一番合格ゼミナール』では家庭教師サービスの運営もしているから、そのシステムを利用して契約できたんだ。

 僕が芽吹さんの家庭教師になって、約三か月。

 当初は低迷していた彼女の成績も、志望校を狙えるまでに上昇した。そして先日の模擬試験ではA判定、すなわち高確率で合格できるという結果を勝ち取った。

 芽吹さんの母親も志望校の受験を認めてくれて、僕たちは本番の入学試験に向けて受験勉強を加速させているところだ。

 もう、後戻りはできない。

 毎日勉強をがんばっている芽吹さんのためにも、応援してくれる家族のためにも、僕は家庭教師として、彼女を志望校に導かなくてはならない。

 芽吹さんの志望校は――僕も通う、私立時乃崎ときのさき学園高等学校。

 受験に合格すれば、来年は、彼女の笑顔がこの校舎内で見られるんだ。

 スマホ画面にある芽吹さんの名前をタップすると、ページが切り替わり、彼女のステータス画面に移動した。表示されているのは、芽吹さんの現在の成績や試験の結果などだ。

 成績のグラフは順調に右肩上がり。勉強の効果がしっかりと現れている。

 ページの中央には、芽吹さんの顔写真が表示されていた。

 キリリとした強いまなざしで正面を見つめる表情に、志望校への決意を感じさせる。

 しかし彼女の写真を見ていると、辛い記憶が頭の片隅に浮かび上がる。

 それは失恋の記憶。

 中学生のころ、僕は芽吹さんを好きになった。高校受験に合格した日、彼女に告白した。

 そして振られたんだ。

 でもそれは過去のこと。今はただ、彼女が志望校に合格できるよう、全力で導くだけ。

 それが今の僕の役割だ。


 夜、十二月に入って初めてのオンライン補習をした。

 僕は自室の机で、立てかけたタブレット画面の向こうにいる芽吹さんと向かい合い、彼女から受け取った期末試験結果を講評していた。

 期末試験の平均点はついに九〇点を超え、最も高い点数は九六点。

 一学期は六〇点台に落ち込んでいた点数も、学年でトップクラスにまで上がっている。

 とうとうここまで来たか……と、教え子のことながら感慨にふけってしまった。

「期末試験、おつかれさま。各教科の点数とも最高記録だ。よくがんばったね」

「うう~ん、一〇〇点じゃなかったのがくやしいです……」

「本番の入試問題はもっと難しいけど、模擬試験の調子でがんばれば大丈夫。ここで油断せず、あと二か月しっかり勉強すれば、本試験でのオール一〇〇点だって夢じゃない!」

 中学校のセーラー服を着た芽吹さんは、肩より少し長く伸ばした髪を柔らかそうに揺らしながら、大きな瞳をキラキラと輝かせている。

「ところで芽吹さん、模擬試験に期末試験とテスト続きだったから、疲れてないかな」

「疲れてはないんですけど……緊張が解けて、少し気がゆるんだ感じですね。今日も勉強をしながら、ついスマホを見ちゃって」

「わかるよ。僕が受験勉強していたときも、毎日机に向かってると気分がゆるみそうになった。ずっと同じ場所でいるから飽きちゃうんだ」

「そんなときは、どうしたらいいんでしょう?」

「場所を変えて勉強するのはどうかな? 自習室とか、図書館とか」

「『一番合格ゼミナール』を辞めてしまったから、塾の自習室は使えませんし、自習室はたいてい月額でお金がかかりますし……。図書館もなかなか席が取れなくて」

「今の季節だと受験生がたくさん来るからね。他によさそうな場所は……」

 勉強できそうな場所をあれこれ考えて、思いついた。

「ファミレスはどう? 席が空いてる時間なら、軽く勉強できそうだし」

「去年、よく先生と一緒に塾の近くのファミレスで勉強しましたよね」

「明日の授業は、特別にファミレスでやってみない? 試験が無事に済んだお祝いもかねて」

「いいんですか!? 先生にお祝いしてもらえるなんて、嬉しいなあ」

 僕は家庭教師には若すぎるけど、そのぶん一年前に受験を経験した先輩としてアドバイスしてあげられる。そう考えると、自分の役割にも身が入るようだった。

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