僕を振った教え子が、1週間ごとにデレてくるラブコメ 2

12月・1 もう後戻りはできない! ②

 翌日の放課後、僕は街の大通りに面したファミレスの前で芽吹めぶきさんと待ち合わせていた。

 日が沈みかかる冬空の下、ファミレスの看板の前で立っていると、すぐそばの停留所にバスが止まった。前方のドアが開き、数人の乗客に交じって、セーラー服の上にコートを着た女子生徒が降り立つ。

「先生、お待たせしました!」

 冷たい空気を吹き飛ばすような明るく可愛らしい声とともに、軽快な足取りで駆けてくる。

「僕もちょうど来たばかりだよ。この店は初めてなんだけど、どうしてここを選んだの?」

 昨晩ファミレスでの授業を提案すると、芽吹さんは行ってみたいファミレスがあると教えてくれた。それがこの店だ。レンガの外壁と大きな窓が並ぶ外観は、確かにオシャレで女の子が好きそうだけど。

「クラスの友だちが話してたんですけど、このお店のケーキ、すごくおいしいんですって! 一度食べてみたいなって思ってて」

「なるほど。ケーキが目当てだったんだね」

 すると芽吹さんは、少し恥ずかしそうにほっぺを赤く染めた。

「あっ、すみません。今日は授業ですよね。デザートのことばかり考えて……」

「授業と言っても気分転換の授業だ。僕もケーキを食べてみようかな」

「それなら一番のオススメはバタークリームケーキですよ! 産地直送のナチュラルバターを使っていて、クリーミーさが絶品だそうなんです! 抹茶ケーキも人気があって……」

 ケーキの話を聞きながら、僕たちはファミレスの店内に入った。

 食事どきからずれている時間だから、店内は空席が目立っている。今から一時間半ほど軽く勉強するにはちょうどいい。

 店員さんに窓際にある四人がけの席に案内され、僕と芽吹さんは向かい合わせに座った。

「わたしはバタークリームケーキをお願いします!」

 芽吹さんが注文し、僕も同じものを頼むことにした。どうせなら一緒に味わったほうが話題が膨らみそうだ。

「バタークリームケーキをもう一つお願いします。――芽吹さんは他に食べたいものない? 今日は僕のおごりだから、注文したいものがあれば頼みなよ」

「おごりだなんて、先生に申し訳ないですよ」

「構わないって。今日は模擬試験と期末試験を突破したお祝いだ。それに、芽吹さんには家庭教師の授業料を払ってもらっているんだから、少しは還元しないと」

「お言葉に甘えたいですけど、あまり食べると夕ご飯がおなかに入らなくなりますし……」

 そう言いながらも、彼女はメニューに載っている別のケーキの写真を見つめている。

 もう夕方だし、確かに食べ過ぎはよくない。バタークリームケーキの他にドリンクバーだけ追加した。

 注文を終えると、芽吹さんが僕に向き直って話し始めた。

「先生。授業料のことなんですけど、お母さんが時乃崎ときのさき学園への進学を認めてくれて、今後は家庭教師の月謝も出してくれるって言ったんです」

「それはよかったじゃないか。芽吹さんの負担も楽になるね」

「でもわたし、これからも自分で出すからって答えました。今までどおり、貯金とお小遣いで支払うつもりなんです」

「え、どうして?」

「そのほうが先生の授業を真剣に聞かなきゃって、思えそうですから」

 そう言って芽吹さんは、教師を頼る目で僕を見つめた。

「ただ、今はお母さんも協力してくれてますから、お金のこととか、心配していただかなくて大丈夫ということです」

「わかった。そう言ってもらえると僕も安心だよ」

 もちろん安心するばかりじゃない。今もなお自力で受験に挑んでいる芽吹さんの期待に応えるためにも、家庭教師として今まで以上に気合いを入れないと。

 交代でドリンクバーの飲み物をテーブルに持ってくると、注文したケーキも運ばれてきた。頼んだメニューがそろったところで、さっそく勉強前のデザートタイムだ。

 芽吹さんはニコニコしながらフォークを手に取り、ケーキを一口食べた。

「ん~っ! おいしい~」

 ほっぺに手を当てながら、甘くとろけるクリームみたいな表情をしている。

 僕もケーキを口に運んでみた。

「んん! バターの風味が効いていておいしい! こってりしたバターとスポンジの柔らかさが病みつきになりそうだ」

 食べた感想を言うと、芽吹さんが少し驚いた様子で僕を見つめた。

「あれ、僕、変なこと言ったかな?」

「全然変じゃないです! わたしも一口食べて、同じことを思いましたから。先生がそんなにしっかり味わって食べるなんて、意外だなあって思って」

「僕だって味わうことくらいするよ」

「そうなんですね……。先生って勉強以外ずぼらだから、ちゃんと味わわないでパクッと食べちゃうんじゃないかと」

「そんなことないって。芽吹さんの推薦のケーキなら、どんな味か興味が出るじゃないか」

「ふふふ、失礼しました。先生にもおいしいって思ってもらえて、嬉しい」

 僕たちはケーキの感想を言いながら食べ終えた。このままゆっくりしたい気分だけど、今日はお茶しに来たわけじゃない。

「さて、授業を始めようか。店が混む前に終わらせないとね」

「今日の授業もよろしくお願いします、先生!」

 ソファに座り直し、芽吹さんはキリッと勉強モードに表情を整える。

 直後、彼女が眉をひそめて僕を見つめた。

「待ってください、先生! ダメですよ!」

「ダメって?」

「前言撤回です! 先生ってやっぱりずぼらなんだから」

 そう言って彼女は座席の紙ナプキンを手に取り、身を乗り出して僕の正面に顔を近づける。

「ほら先生、動かないでくださいね。口元にクリームがついてます」

「いや、いいよ、自分で拭くから」

「先生のことだからどうせ適当に拭いちゃいます! 授業前ですから、ちゃんと身だしなみを整えないと」

 彼女は僕の口元を見つめて顔を近づけ、ナプキンを持った手をまっすぐに伸ばしてきた。

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