僕を振った教え子が、1週間ごとにデレてくるラブコメ 2

12月・2 もうすぐクリスマス ①

 その日、芽吹めぶきさんの家へ家庭教師の授業へ行く前に、僕は商店街の文具店で新しいノートを買おうとしていた。

 ノートを選んでレジに持っていく途中、グリーティングカードの並べられた棚があった。

 様々なデザインのカードがあり、緑のもみの木と、赤い衣装を着た老人のイラストが描かれている。

 クリスマスカードだ。十二月も半ばに差しかかり、今年もクリスマスの季節がやって来た。

 ……といっても去年の僕は受験勉強でクリスマスどころではなかったし、そもそも今までの人生で、クリスマスなんてほとんど縁がなかった。

 クリスマスの記憶といえば、母が買ってきたクリスマスケーキを家族で食べたことくらい。

 だから今日も、グリーティングカードの棚の前を素通りしかけたのだけど。

(……芽吹さんにクリスマスカードを送ってみようかな)

 そんな考えが頭に浮かんで立ち止まった。

 しかし彼女にクリスマスカードを送るなんて変じゃないだろうか。

 僕は芽吹さんと付き合ってるわけじゃない。毎週顔を合わせているのは、家庭教師と教え子の関係だからだ。

 僕たちはクリスマスカードを送る仲なんだろうか? カードなんて送って、馴れ馴れしいと思われないだろうか?

 近ごろは芽吹さんとの距離が近くなっている気がする。ついこの間、寒空の下で芽吹さんが抱きついて温めてくれたときのぬくもりは、今も忘れない。

 でもやっぱり、今も芽吹さんの本当の気持ちはわからない。

 芽吹さんは、僕が家庭教師だから頼ってくれてるだけだ。

 僕は一度、彼女に告白して失恋している。

 あのとき、芽吹さんは僕のことが好きなんだと確信していた。それは大間違いだったんだ。

 同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。特に彼女の受験直前という大切な時期には。

 僕はグリーティングカードの棚を離れ、ノートだけを持ってレジに向かった。

 買い物を済ませて店の外に出ると、冬の冷たい風が商店街の道を吹き抜けていく。

「うう、寒くなったなあ……」

 マフラーを巻き直し、芽吹さんの家の方角に向かって歩き出す。

 少し歩いたところで、通学の鞄を肩にかけた少女が一人、歩いている姿が見えた。

「おーい、芽吹さん!」

 手を振りながら声をかけると、彼女も気づいて手を振り返した。

「先生! お買い物ですか?」

「うん。新しいノートを買ってたんだ。芽吹さんも買い物?」

「わたしは近くの図書館に行ってたんです。学校帰りに寄ったら席が空いていたので、三〇分だけ勉強してきました。今日の授業の予習をしようと思って」

「芽吹さん、今までよりもやる気を出してるね。すごいなあ」

「大したことないですよ。先生に教わる時間は限られていますから、少しでも効率よく学習できたらいいなあって」

「いやいや、生徒がこんなに優秀だと、僕も教えがいがあるよ」

 僕たちは芽吹さんの家に向かって、商店街の中央通りを歩き続けた。

 芽吹さんは立ち並ぶ店舗の建物を見まわしながら、感慨深そうな声を上げる。

「今年ももうクリスマスなんですね……」

 食料品店に衣料店。カフェやファストフード店。どの店先にもクリスマスの飾り付けがされていて、ホリデーセールのポスターが貼られている。

「芽吹さんはクリスマスの思い出とかある?」

「思い出ですか? そうですねえ……。子どものころ、家族みんなでレストランに行ったり、お姉ちゃんからプレゼントを贈ってもらったりしたことかな」

「それなら僕とあまり変わらないね。僕の思い出は、夕食後に食べたデザートのケーキくらいだけど」

 歩いているとちょうどケーキ店の前を通りかかった。子どものころ食べたクリスマスケーキを思い出し、懐かしさを感じながら店先に目を向ける。

 そこには思い出とは別世界の光景が広がっていた。

 ケーキ店のショーケースの前で、何組ものカップルが腕を組みながら、楽しそうにケーキを見比べている。

「いいですね、みんなイチャイチャ楽しそうで。わたしなんて毎日勉強ばかりなのに」

 隣を歩く芽吹さんがボソッと文句を言う。

「まあまあ。来年のクリスマスは、芽吹さんも受験勉強から解放されているからさ」

「わ、わたしは別に、イチャイチャしたいとか、そういうつもりで言ったんじゃないです!」

 彼女はほっぺを赤くしながら僕に突っかかった。

「クリスマスだから恋人と過ごさなきゃいけないなんて、誰が決めたんでしょうかね。まったくもう」

「別に誰も決めてないから……。気にしないで、自由に過ごしていいんだし」

 一人ぷりぷりしてる芽吹さんをなだめる僕だ。

 というか芽吹さん、本当はカップルがうらやましいんだろうか? まあ、中学生の女の子がクリスマスの恋人にロマンを感じるのも無理はないけど。

 ショーケースの前にいたカップルの一組がその場を離れ、こちらに歩いてきた。二人とも腕を組んだままおしゃべりに夢中で、僕たちに気づいてないようだ。

 ぶつかりそうになった芽吹さんは、すれ違うカップルを避けようと真横に移動した。

「ひゃっ」

 しかし急に避けようとしたため、体をよろめかせて僕の腕にしがみつく。

「芽吹さん、大丈夫!?」

「あ、あの、えっと、これは……」

 彼女は両腕で僕の左腕を抱え、戸惑ったように声を震わせた。

「わわ、わざとじゃなくてですね、転びそうになって先生にしがみついちゃっただけで」

「転ばなくてよかったよ。ほら、立てるかな?」

「決して、先生とイチャイチャしようとか、そんなつもりじゃありませんから! ご、誤解しないでくださいね!」

「ご、誤解してないよ! もちろんわかってるから!」

 芽吹さんは顔を赤く染めたまま、む~っと僕を軽くにらんだ。

「本当にわかってくれてますか? わたしのこと、本当はカップルの人をうらやましがってるなんて、思ってませんよね?」

「でもずっとカップルのほう見てたし……」

「思ってませんよねっ?」

 芽吹さんはますますギュッと僕の腕を抱きしめ、問い詰めるように顔を近づける。

「お、お、思わない! 全然思わないからっ!」

 そんなに力を入れられると、腕に芽吹さんの胸の感触が伝わってきて、言葉がうわずってしまう。しかも息のかかるような至近距離からにらまれて、まともに彼女の目を見返せない。

「先生、態度があやしいです! やっぱりクリスマスにイチャイチャしたがるような子だって思ってるんですね! まじめに勉強のことしか考えてませんから!」

「わかってる、わかってるから、少し離れて!」

「うう~、先生、わたしのこと、本当は変な子だって思ってる~! ちゃんとわかってくれるまで、離しませんからっ!」

 そうして芽吹さんに腕をしがみつかれたまま、僕は彼女の家に向かって歩くのだった。

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