短編③ ~JK2人、田舎町食べ歩き日記~ 一皿め たこ焼き屋さんの唐揚げってめっちゃおいしくない? ④
◇◇◇
海沿いの道路を歩いていくと、目的のお店が見えた。
大きなプレハブ倉庫みたいな外観で、店の前には『たこ焼』『営業中』という幟が立っている。
近隣で評判のたこ焼き屋さんだ。
「ひーちゃん。ここは?」
「ありゃ。えのっち知らない感じ?」
「こっち側は通らないから……」
あ、そっか。
確かに、えのっちのお家は反対側だもんなー。
では、さっそく体験して頂こう。
店の中に入ると、カウンターの向こうに店主のおばちゃんが笑顔で迎えた。
「こんにちはー。たこ焼きと唐揚げください!」
「はいどうぞー」
お会計を済ませて、再び外に出た。
店内にイートイン用のベンチがあるけど、基本は持ち帰りだ。
アタシたちはホカホカのビニール袋を提げて、近くの海浜公園に立ち寄った。
ベンチに腰掛けて、ビニール袋を開ける。
たこ焼きが5つ、透明のパックに入っていた。
爪楊枝に刺して、ぱくっと一口で頬張る。
「ん~~っ! 美味しっ!」
ふわふわの食感と、お馴染みのたこ焼きソースがたっぷり。
どっちかって言うと、お家たこ焼きって感じかな。
油断すると、いくつでも食べられちゃう感じ。
「えのっち。どう?」
「お、おいひっ、けど、あふい……」
えのっちもハフハフ言いながら美味しそうに食べている。とても可愛い。
「んふふー。実はこれだけじゃないんだなー」
「あ、そういえばさっき、唐揚げも注文してたよね……」
目ざとくていいねー。
いやー、えのっちってクールっぽくになってるけど、食いしん坊なところは小学生と一緒だなー。次もこれで遊びに誘おう。
「じゃーん。個人的には、こっちが本番かなー」
紙袋を開けると、食欲をそそる香りが漂った。
見た目は、普通の手羽元唐揚げ。
ちょっと辛いくらいに味付けされたしょうゆベースの衣。
これが、このお店の一番の特徴だと思うんだよねー。
「はい。えのっちもどうぞ」
「う、うん……」
アタシは大きな口を開けて、それにカブっとかぶりついた。
バリッ!
ボリッ!
アタシの口の中で、その衣が砕かれる音が響いた。
その音に、えのっちがぎょっと振り返る。
「ひ、ひーちゃん。何それ……?」
アタシは凶悪な堅さを誇るその唐揚げの衣をバリボリと噛み砕いた。
それをごくんと飲み込むと、眩い笑顔を浮かべる。
「うまい‼」
「……そ、そう」
えのっちがドン引きしていた。
「いやあ、最初は驚くよなー。アタシも最初、悠宇が食べてるの見てビビったもん。でも一度食べると、この堅さが病みつきになっちゃうんだって!」
「か、堅いのがいいの?」
「堅いから、めっちゃ噛むじゃん? そうすると、このちょい辛めのしょうゆ味がどんどん身体に刻み付けられていく感じ。学校終わって疲れた身体に染みるんだよなー」
「……女子高生の発言とは思えないんだけど」
気にしない、気にしない。
だってここには、アタシとえのっちの二人だけ。
お行儀よくする必要ないもんね。
うまい唐揚げが嫌いな女子はいません!
「さあ、えのっちも内なる野生を開放して!」
「そ、そんなのないし!」
「はやく食べないと冷めちゃうぞー」
「うう……っ」
さすがに、ちょっとだけ迷っていた。
でも唐揚げのいい匂いにつられて、キッと決意の表情になる。
そして「えいっ!」って感じで、可愛く唐揚げにかぶりついた。
「…………っ」
バリ……、ボリ……、と控えめな咀嚼音が鳴っていた。
えのっちの綺麗な喉が、ぐっと飲み込んだ。
「どう?」
「……美味しい」
よっしゃ! 完全勝利!!
アタシはガッツポーズを決めて、その凶悪な堅さを誇るバリバリ唐揚げを頬張るのでした!
◇◇◇
遠くに波の音がする。
潮の香りもする。
海浜公園のベンチで唐揚げを食べて、ちょっとお腹が膨れた。
するとじわじわと、妙な自己嫌悪が襲ってくる。
(アタシ、何をやってるんだろうなー……?)
えのっちを攻略したのはいいけど、こんなことしてる場合か?
こうしている間にも、きっと悠宇は家で新しいアクセを作ってるのに……。
わかってる。
これは現実逃避。
えのっちという懐かしい友だちと出会えたのをいいことに、やるべきことから目を背けているだけ……。
「はああ……」
つい、大きなため息が漏れてしまった。
するとえのっちが、心配そうに聞いてくる。
「……どうしたの?」
「あー。ちょっと、うまくいかないことがあってさー……」
アタシのこと嫌いそうなのに心配してくれるえのっち優しい。
ちょっと冷たい性格になってると思ったけど、やっぱり心根は小学生の頃のまま……とか思ってると、えのっちが「ハンッ」と鼻を鳴らした。
「ひーちゃんでも、悩むことあるんだね」
失敬な。
でもまあ、何も言い返せないよなー。
アタシは紙袋から唐揚げを取り出すと、それをじっと見つめる。
(この唐揚げ、1本100円弱……。この看板商品だけで、ちゃんとお店をやってるってすごいよなー……)
あのお店には、ひっきりなしにお客さんがくる。
メニューは、この唐揚げと、たこ焼きと、後は夏場にかき氷が追加されるくらいか。
お兄ちゃんたちが高校生の頃も同じだったらしいから、その少ない商品だけでもう10年以上も経営を続けているんだ。
アタシたちにも、何か武器が必要だ。
このバリバリ唐揚げみたいに、お客さんの口コミを誘える武器が。
(でも、そんな簡単に思いつけば苦労は……んん?)
えのっちが、スマホを構えていた。
何してんだろうと思ったら、唐揚げの写真をピピッと撮影する。
撮れたものを確認して、「よし」と操作する。
「何してるの?」
「あ、ちょっと、ひーちゃん!」
……Twitterだった。
このアカウント、えのっちのかな?
なんかお菓子の写真が多くてカラフルで可愛い。
「これ、えのっちが作ったケーキ?」
「う、うん。あとは外食したとき、自分の日記みたいな感じで感想も……」
言ったとおり、バリバリ唐揚げの感想を書いていた。
さっきの唐揚げの写真もアップしたら、すぐに「RT」と「いいね」の通知がいくつもくる。
中には「美味しそう!」とか「食べたい。ここどこ!?」みたいなリプライもあった。
「……あっ」
それを見て、ふと閃いた。
えのっちを見ると、不思議そうに目をぱちくりさせていた。
……そうだ。そうだよな。
むしろ、なんで今まで『この方法』に気づかなかったんだろう。