短編③ ~JK2人、田舎町食べ歩き日記~ 二皿め うどん屋さんのおでんが普段より美味しく見えるのって何だろね⑤
◇◇◇
このうどん屋さんは、うちの地元周辺に展開するローカルチェーン店。
アタシたちがうどん屋っていうと、まずこのお店になるかな。
子どもの頃、お祖父ちゃんにご飯に連れてってもらうときは、だいたいこのお店だったねー。
あ、ちなみに地方紹介テレビ番組とかでも取り上げられたことあるんだぞー。
「わー、懐かしいねー」
「わたしも、何年もきてなかったかも……」
特徴的な三角屋根の綺麗なお店。
子どもの頃の記憶から、全然変わらない外装だ。
店内は広々としていて、四人掛けのテーブル席や畳の座敷席が半々くらいで並んでいる。
まず入口横のレジで、メインを注文する。
お品書きに並んだ『肉うどん』『天ぷらうどん』『カレーうどん』『力うどん』……を見ていると、アタシもお腹が鳴りそうになっちゃった。
これ見ながらこのお出汁の香りを嗅がされるのは暴力的だなー。
「アタシ、釜揚げ!」
「わたしは天ぷらうどん……」
と言いながら、えのっちの目がお品書きの後ろのほうに吸い寄せられる。
そこに掛かっているのは『牛めし』の文字。
「あー。ここの牛めし、めっちゃ美味しいよなー」
「…………」
えのっちの目が、ちらちらとアタシと牛めしを行ったり来たりする。
うーん。確かに年頃の乙女としては、うどんと丼のダブル注文は気が引けちゃうのかなー。
よしよし。ここはさっきのお詫びとして(アタシ悪いことしてないけど)、日葵ちゃんがどーんと助けて進ぜよう。
「アタシ、おうどんだけじゃ物足りないから、おでんもいっちゃおっかなー?」
「……っ?」
えのっちの目がキラキラ輝く。
アタシと目が合うと、ハッとしながら視線を逸らした。
てれてれと頬を染めながら、消え入りそうな声で店員さんに注文する。
「じゃ、じゃあ、わたしミニ牛めし……」
可愛いかよ。
サブ丼頼むだけでこんなに恥ずかしそうにしちゃう美少女……いかん。めっちゃお家に持って帰りたい。
いや、その前にまずはご飯を終えなければ。
アタシは宣言通り、レジ脇にあるおでんコーナーを覗いた。
とても美味しそうな味染みおでんたちがお出汁に浮いておるねー。
どれにしよっかなー。
やっぱり、ここは基本に忠実にいくべき。
大根、羊肉!
この二種類を注文して、仲よくテーブル席へ。
お客さんも少ない時間だったし、すぐにおうどんがやってきた。
「わー、美味しそーっ!」
普通より細めの麺が、こんもりと器に盛られている。
その隣には、いい香りのするお汁がホカホカと白い湯気を立てていた。
アタシはパチンと割り箸を構えて臨戦態勢を取る。
「いただきまーす!」
「ストップ」
えのっちから止められた!
なんだなんだ。ここにきてお預けとか、意外にSっ気あったりする?
「ひーちゃん。目的、忘れてるでしょ」
ちょいちょいとスマホを指さした。
……あ、そうだった。
「でもスイーツじゃなくていいの?」
「この前は唐揚げだったじゃん……」
確かに。
アタシは手を止めると、まず深々と頭を下げる。
「えのっち神。ご教授、よろしくお願いします」
「やりづらい……」
えのっちはまず、うどんの写真を撮った。
さりげなくミニ牛めしを写さないあたり、乙女の見栄を感じるなー。
写真加工アプリで明るさにちょっと手を加えると、それをTwitterにアップ。
それが終わると、割り箸を挟んで手を合わせる。
「それじゃあ、いただきます」
「え。おしまい?」
えのっちはうなずいた。
そういえば、バリバリ唐揚げのときもこんな感じだったなー。
(手順とか、アタシと大差ないけどなー)
ということは、単純に年季の差?
でもSNSって、長くやってるからフォロワーが増えるってものでもないらしいよなー。
アタシもとりあえず、同じ感じで写真をアップ。
コメントもシンプルに『学校の友だちとおうどん!』くらい。
あとはこれがどうなっているか。
結果を食べながら待ちます。
「アタシもいただきまーす」
釜揚げうどん。
茹でた麺を冷水で締めずに、そのままつけ麺スタイルで食べるおうどん。
麺のコシが弱い代わりに、食べてる間に食感が変わっていくのを楽しめるんだよね。
ちょい濃いめのつけ汁にくぐらせた麺をつるつると頂いて、アタシはホウッと息をついた。
「美味しい……」
ここのおうどんの特徴は、普通より細めの麺だ。
すごく食べやすくて柔らかい。
老若男女すべてに人気で、お昼時はいつも満席なんだよ。
そして、このおでんも人気メニューの一つ。
大きな輪切りの大根に箸を入れて二つに割る。
その片割れを、女子高生らしからぬ大きな口でがぶっと食べた。
じゅわわあああああああ……っ。
しみ込んだお汁が、口の中一杯に広がって最高!
梅雨のじめじめした時期に、この優しい味が沁みるんだよなー。
「いやー、この一本のために今日も生きてんなーって感じ……おっ?」
えのっちがガン見している。
おうどんを一本ずつちゅるちゅる食べながら、アタシのお皿の大根から目が離せなくなっていた。
アタシはキランッと目を輝かせる。
(これは美少女とのイチャ×2チャンス!)
アタシは大根の片割れを箸に刺すと、それを向かい側のえのっちに差し出した。
「はい。あ~ん?」
「……っ!?」
フフフ。
前回の煮っころがしは失敗したけど、今回は間違いないね。
さっきから、えのっちの尻尾がぶんぶんだしさー。
「さ、思い切っていってみよ?」
「自分で食べられるし……」
「んふふー。アタシに食べさせてもらわないとダメー♪」
「ぐぬぬ……」
んー。そんなにアタシの「あーん」は嫌なのか。
自分で言うのもなんだけど、アタシに食べさせてもらうとかこの地球上生きとし生けるものすべてに感謝するレベルだと思うんだけど。
(そういえば、えのっちに嫌われてる理由なんだっけ……?)
これまで、えのっちがガード緩すぎて気にならなかったけど。
もしかして、小学校の頃に何かした?
覚えてない……というより、身に覚えがありすぎてどれなのかわかんないんだよなー。
「あむっ!」
「あっ?」
しまった!
考え事してる隙に、箸から大根を奪われた!
(むー。せっかく食べる瞬間をスマホで撮ろうと思ったのに……)
えのっちが「もふふー」と至高のどや顔でアピールする。すごく可愛い。
まあ、えのっちとデートできたし、いっか!
「さーて。それじゃあ、メインディッシュといきますかー」
おでんのお皿にのった串を取る。
羊肉串。
コリコリの食感と、沁み沁みお汁の味が楽しめる一品なのだ。
これをあえて……串から外す!
そしてコロコロの羊肉を、釜揚げうどんのお汁に投入!
こうしてお肉の出汁を溶かすことによって、麺の固さだけではなくお汁の味変も可能なのだ!
やわやわのおうどんに、羊肉のコリコリ食感が加わってナイス!
そしてちょっと薄くなったお汁が、羊肉のお出汁で復活!
ぷははははっ。
これぞ、大人の大衆うどんの楽しみ方ってやつですよ。
真の自由人は、本来の形式に縛られないのだ!
とか一人でテンション上げていると、えのっちがじとーっとした目で見ているのに気づいた。
「ひーちゃん。なんか一人の飲み歩きに慣れたオッサンみたい……」
「う、うるさいなー。美味しいから、えのっちもやってみれば?」
「わたしはこっちがあるから大丈夫」
はふはふと牛めし食べると、「美味し!」って感じで拳を握る。
えのっち可愛い。