短編③ ~JK2人、田舎町食べ歩き日記~ 三皿め 友だちで焼肉いくと絶対にプリン焼こうとするやついたよね⑤
◇◇◇
放課後。
アタシは園芸部の活動を終わらせると、悠宇にバイバイして駐輪場にスタンバイする。
いやー、昼休みはしくじったなー。
えのっちと戯れるのが楽しすぎて、うっかりさらに怒らせちゃった。
(しかし、なんでえのっちのことになると気になるんだろうなー)
なんか忘れてる気がするんだよなー。
宿題?
いやー、そういうのは自分できちっとするし。
そういえば最初に再会したときも、そんなこと思ってたような……。
一人でうんうん唸っていると、えのっちがやってきた。
吹奏楽部の練習が終わって、これから家に帰るんだろう。
自転車を押していく後ろ姿に、アタシは最強に可愛い声で呼びかける。
「えのっち?」
無視。
なんとえのっち、無視ですよ。
まったく淀みない動作でガン無視キメると、カラカラと自転車を押していってしまった。
アタシは慌てて回り込み、自転車のハンドル部分を押さえた。
「ちょー、ちょー、ちょーっ! えのっち、えのっちストップ!」
「……ハア。ひーちゃん、何?」
うわあ。ほんとに面倒くさそう。
この学校でアタシにこんな視線向けられるの、悠宇かえのっちくらいだろうなー……。
「んふふー。今日、これから一緒にご飯いこ♪」
あれ?
えのっちが、じとーっとした目で見る。
「……ひーちゃん。わたしのこと、ご飯あげれば言うこと聞く食いしん坊だと思ってない?」
「え?」
「え?」
アタシはきょとんとした。
しばしの沈黙。
アタシが本気だと悟ると、えのっちが顔を真っ赤にして自転車を押していく。
「もういい! ひーちゃん知らない!」
「じょ、ジョーダンだって! えのっちは可愛いなーっ!」
慌ててカーディガンの裾を引っ張って引き留めようと試みる。
でも無慈悲にも、ぺいっと手を払われた。
「むぅ~~……」
えのっちの背中に、ぼそっと囁きかける。
「宮崎牛」
「……っ?」
えのっちが立ち止まった。
アタシは知らんふりして、独り言を続けた。
「お祖父ちゃんの知り合いに株主さんがいるらしくてなー。割引券頂いたんだけど、お祖父ちゃん脂っこいのダメだしアタシにくれたんだよなー。コレがあれば、デリシャス霜降り和牛が食べ放題なんだけどなー。ま、嫌ならしょうがないよなー。アタシ、一人焼肉できる系女子だから別にいいんだけどさー」
えのっちに背を向けて、バス停のほうの校門に歩いていく。
てこてこ歩いていく。
歩いていく。
……歩いていくのに、なんでか校門が遠ざかっている。
こう、前に歩いてるのに、身体はどんどん後ろに下がってる感じ?
下を向くと、アタシの身体がずるずると後方に引きずられていた。
振り返ると、アタシの鞄がえのっちの自転車に引っかけられて、そのままお持ち帰りされていた。
(えのっち、耳が真っ赤でとても可愛い……)
そうだよなー。
部活の集まりとかで行く2000円食べ放題とはわけが違うもんなー。
ちょっとズルい気がするけど、アタシは人脈も自分の武器だって割り切ってるタイプだからさ!
コホンと咳をして、にこーっと微笑みかける。
「えのっち。絶交するなら明日からにしよ?」
「……わかった。明日からね」
えのっちが前を向いたまま、ぶっきらぼうに承諾する。
ぷっはっは。
焼き肉が嫌いな女子はいないんですよ。
これ必勝ナンパテクな!
◇◇◇
この町でワンランク上の外食をしたいとき。
必ず候補に挙がるのが、この地元チェーンの焼肉店なのだ。
地元のブランド和牛を中心に取り扱い、それなりのお手頃価格で提供してくれる。
とはいえ、やっぱり高いものは高い。
なので、高校生がおいそれとこられるようなお店ではないのだ。
「いらっしゃいませー」
高校生の二人連れに「おや?」って目を向けられながら、アタシたちは座敷のテーブルに通された。
店内は落ち着いた和風のテイスト。
どこか竹取物語の世界に入り込んだような気分になる。
卓の中央には、正方形の鉄板。
それに火を入れる前に、メニュー表を開いた。
カルビ、ロースを中心にした王道の品揃え。
ブランド和牛以外もあるけど、ここはお高いほうを狙っていきますよ。
えーっと、アタシはカルビセットを一人前と……。
「えのっち、何にする?」
「…………」
え?
何々?
なんか声が小さくて聞こえない。
「えのっち、どしたのー?」
「…………」
おや?
なんかメニュー表で顔を隠してもにょもにょ言ってるぞ。
テーブルから身を乗り出して、耳を寄せてみる。
すると、ぼそぼそと聞こえてきた。
「……三つくらい頼んでいい?」
おーい!
たかが三人前頼むのに顔を真っ赤にしてるんじゃないよ!
この子、アタシ引きずって焼肉屋さんにきたくせに、いざ頼むとなったら恥ずかしくて無理ってやつですか。
かぁーっ!
かぁーっ、これだからピュアピュア美少女ってやつはよーっ!
「店員さん! ここにあるの全種類、急いでお願いしまーす!」
「ひーちゃん?」
どんどこ運ばれてくる肉のお皿たち。
それを並べると、さすがにテーブルが一杯になる。
最後に白米を頂戴して、実食スタート!
「いただきまーす!」
「ひーちゃん。さすがにこれは……」
「大丈夫だって。もし食べきれなかったらパックに詰めてもらうからさー」
「それ女子高生がやっちゃいけないやつだし、食中毒危ないから無理じゃない……?」
熱した鉄板の上で、蜃気楼みたいに空気が歪んでいる。
まずはトングで、長方形にカットされたカルビを持ち上げた。
見よ、この美しい霜降りの肉を。
母なる大河のような風格すら感じるね!
やはりいいお肉というのは、腹を満たすのではなく心を満たすために食べるものなのだ。
「んふふー。きっと牛さんも、世界一可愛いアタシの一部になれば本望で……」
「ひーちゃん。語らないでいいから、早く焼いて」
冷たく言われた!
えのっち、どんだけお肉楽しみなの?
さっきまでの預かってきた猫モードはどうしたってんだよー。
「まったく、アタシのカノジョは扱いが難しいなー」
「ひーちゃんのカノジョになった覚えはないし、わたしお腹空いた」
「むー。まあいっか。アタシはこう見えて尽くす女だからさー」