短編③ ~JK2人、田舎町食べ歩き日記~ 三皿め 友だちで焼肉いくと絶対にプリン焼こうとするやついたよね⑥
お肉を鉄板に置いた。
ジュッと音が鳴り、じわじわと熱が入っていく。
上質な脂がとろりと溶け出して、それが焦げる香ばしい匂いが立ち上った。
暴力。
これぞ香りの暴力ってやつですよ。
えのっちも目を輝かせて「はわわわ……っ」ってなってる。
頬が上気して、生唾をごくりと飲んだ。
アタシがトングを左右に動かすと、それに合わせて視線が左右に動く。
うーん。ミラクル可愛い。
(なんか既視感があると思ったら、悠宇ん家の猫の大福くんにチュール見せたときに似てるなー……あっ、そうだ)
ウズウズしているえのっちに、アタシは居住まいを正した。
「えのっち。お話があります」
「え?」
えのっちの視線が、お肉とアタシを行ったり来たりしている。
効果は抜群だと確信して、アタシは闇の取引を持ち掛けた。
「んふふー。このお肉が食べたければ、アタシのこれまでの行いをすべて許し、これからも絶対的な服従を誓うのだー」
「な……っ?」
えのっちの顔が驚愕に歪む。
深い絶望と憎しみ。
アレだ、お兄ちゃんがブルーレイ持ってる魔法少女アニメみたいな顔だ。
「ひ、ひーちゃん。それとこれとは話が違うはず……」
「んふふー。明日から絶交したら、これ食べられなくなっちゃうぞー?」
「ううっ?」
「その代わり、アタシのハニーになれば定期的に食べさせてあげるのになー?」
「ううう……っ?」
えのっち、お肉を一瞥する。
ジュワジュワと焼き色がついた柔らかいお肉。
この幸福を得るために、その『至福の秘宝』を差し出すだけなのだ。
何を躊躇うことがあろうか。
「さ、えのっち? この手の甲に誓いの口づけを」
「卑怯な……っ?」
ぷはははは。
何とでも言うがいい。
アタシは目的を達成するためならば、
「ほれほれ。早くしないと、食べ時を逃しちゃうぞー? そうすると、アタシが食べちゃうぞー?」
いい感じでレアに焼けたカルビを、お箸で取る。
ピンクと焦げ茶のコントラスト。
この世で、これ以上に美しいものが存在するだろうか?
「あーん?」
「んん……っ!」
最高にジューシーなカルビを、えのっちの口元に差し出す。
でも、えのっちは頑なに口を開こうとしない。
ええい、強情な。
むしろお店についてきた時点でオッケーってことでしょ。
今さら気分が乗らないからナシってのは、ちょっと我儘すぎると思うなー。
「ほれほれ。これ食べたら、絶交のことなんてどうでもよくなっちゃうからさー」
「んんんんん……っ?」
えのっちが真一文字に引き締めた唇に、お高いカルビをぐいぐい押し付けた。
大粒の涙をためた瞳が、アタシのことをキッと睨みつける。
えのっちの可愛い顔が、アタシに屈するかって感じで泣きそうに歪んでいた。
「…………」
……いかん。なんか目覚めちゃいそう。
えへへへ。
当初の目的も忘れて、言い知れぬ加虐心に身を任せる。
もしかして、アタシ恋愛感情わかんないの……そういうことなのでは?
アタシが一人でハアハアしていると、えのっちがくわっと目を見開いた。
顔面をガシッと掴むと、
「ひぃいちゃん! 食べ物で遊んじゃダメでしょおおおおおおおおっ!」
「もぎゃああああああああああっ?」
その圧倒的な一撃で、アタシの野望は潰えた。
……うーん。えのっちなら目覚めてもいいかもって思ったけど、毎回これ喰らうのは耐えられそうにないなー。
「てか、えのっちいつの間にプロレス技とか覚えたん? 子供の頃、もっと大人しくなかった?」
「小学生の頃、プロレス好きって言ったじゃん。ひーちゃん、本気でわたしに興味なかったんだね……」
じとーっと睨まれる。
え、ほんとに?
あちゃー。これは減点対象ですよ。
アタシは誤魔化すように、えのっちのお皿に焼いたロースを乗せた。
「アハハー。ま、そういうこともあるよね。じゃ、お肉食べよ?」
「……まあ、いいけど」
さすがにえのっちも、これ以上の争いは望んでいないようだった。
それよりも食欲が勝って、一緒に手を合わせて「いただきます」する。
「ではでは。アタシはカルビを……」
薄めに焼き色をつけたお肉を、甘辛のタレにちょんとつけた。
大きく口を開けて、一口で頬張る!
途端、お肉の甘い脂が口一杯に噴き出した。
この脂が美味しいって感じ、スーパーのお肉じゃ絶対に経験できない。
焼けた熱い部分と冷たいレア部分が混ざって、なんとも魅惑的な食感!
「うまっ!」
「…………っ!」
えのっちも口元を押さえて、こくこくうなずく。
よしよし、これはいいぞー。
さっきまで不機嫌さんだった顔がほころび、だらしない表情になっている。
もはやアタシのことなど眼中にないって感じで、頬っぺたを押さえて「ん~……?」ってなってる。
よーし、この油断しきった顔をスマホで撮ってや……いたたたた。
先回りで手をつねられた。なんて嗅覚。
「はい、えのっち。たくさん食べてねー」
次々に鉄板で焼いて、いいところでえのっちのお皿にサーブ。
置いた傍から消えていくお肉……なんかコレ楽しい。
親戚のおばちゃんってこんな気分なのかなー。
こりゃハマるわ。
悠宇は小食だから、こういう快感ないんだよなー。
「おっと。アタシも食べなきゃ……」
ロースはしっとりした舌ざわり。
サンチュに巻いて、特製キムチと一緒に食べるとこれまた美味。
そしてアタシの一押しは……。
「じゃじゃーん。特上ユッケ!」
牛タンのいいところを使用した、コリコリ食感の甘辛ユッケ。
卵黄を潰して、黄金色になったそれを食べるのもイケる。
さらに白米に乗せて、豪快に食べるとこれが最高なんですよ。
「はい、えのっち♪」
「うん」
えのっちがもふもふと可愛らしく食べる。
うーん。なんと従順な。
やはりお肉はすべてを屈服させる悪魔。
いつものツンツンしたえのっちとのギャップで萌え死しそう。
女子二人でもりもり肉を食べる会。
男の子がいると、こうはいかないからな!
「あ、そうだ。写真撮らなきゃ」
最近、インスタの練習で撮っているやつ。
普段のご飯とか、景色とか、頑張って練習してるんだよ。
スマホを構えて、アタシとえのっちがフレームに入るようにする。
「はい、えのっち。撮るよー?」
「……っ?」
あ、さっと手をかざして、顔を隠された!
ありゃー。えのっちが手で目元を隠して誰かわからな……うわ、なにこれエッチすぎるんだけど。アタシとしたことがドキッとしちゃった。
「えのっち、恥ずかしがり屋だなー」
「ひーちゃんが写りたがりなだけ」