短編④ 仁義なき男トモ女トモ戦争 部活勧誘編 ①
♠♠♠
中学三年の冬。
オレ──真木島慎司の年末年始は、いつも家でこき使われる。
師走といえば、坊主が走り回るほど忙しいと言われる月だ。
オレも年の瀬前にはお袋に尻を叩かれて、家業の手伝いに身をやつす。
兄貴のように家を継ぐ気はないので、仕事はもっぱら雑務方面。
具体的に言うと、檀家さんの家を回って来年の墓の管理費用を頂戴して回る。
(くそ、今日に限ってやたら寒いな……)
真っ白な息を吐きながら、自転車のペダルを漕いでいく。
本当は炬燵で寝ていたいが、そうもいかん。
地味だが、これも大事な仕事だ。
一軒分はそれほど大きな金額ではないが、それが百や二百となると話は別で、総額になると目ん玉が飛び出すような金額になる。
それでも、世間が思っているほど儲かっているわけでもない。
墓地の掃除や、草木の手入れ。
業者を入れれば一回で数十万の金が飛び、しかも2~3ヶ月もすれば再び草木は増殖し蔓延っていく。
オレも養ってもらっている手前、家業の手伝いを嫌とは言えん。学生の悲しい運命だ。
(しかし毎度のことだが、こんな金額を中学生に持たせるとは正気と思えん……)
オレが担当するのは自転車で回れる範囲だけだが、それでも未成年が持ち歩くには大げさなものだ。
ずっしりと重い鍵付きの集金袋を抱えて、えっちらおっちら自転車を漕いでいく。
親父が引退して兄貴が正式に当主となったら、ぜひともお布施には電子マネーを導入して頂こう。
まあ、その頃までオレが家にいるとは思えんがな。
そんな馬鹿なことを考えながら、スマホにメモした檀家さんの住所を見直した。
「えーっと。ここらでまだ未払いの檀家さんは……ああ、あそこがあったな」
その地区をぐるっと回りながら(水泳教室の送迎バスの気分だ)、例の家に近づいた。
遠目から、青と緑の二重ラインが入ったささやかな感じの看板が見える。
このご時世には田舎でしかお目にかかれないだろう、個人経営のコンビニ店だ。
(ええっと。咲良さんのうちは、コンビニのほうが……ん?)
いかにも流行らなさそうなコンビニの駐車場に、場違い感あふれる高級外車が停まっていた。
……このフロントにぶら下がる、おサルのキーホルダーは見覚えがある。
確か以前、市のイベントで配ったやつだ。
子ども向けのキーホルダーと高級外車はミスマッチすぎるし、こんなチョイスを選ぶやつは一人しかいない。
「……チッ。タイミングが悪すぎだ」
引き返そうかとも思ったが、せっかくこれまですべての檀家さんから集金を完了しているのだ。
この一軒のために、また日を改めるのも面倒くさい。
よいしょ、とコンビニ裏の外車から見えない位置に自転車を停める。
スマホでゲームして時間を潰していると、ほどなくしてコンビニのドアが開く音がした。
そして予想通りの声が聞こえる。
「それじゃあ、咲良くん。また顔を見せるよ」
「あんた、相変わらず人選びの趣味が悪いわねえ」
完璧超人は咲良さんの言葉に笑いながら、車に乗り込んだ。
そしてびっくりするくらい静かなエンジン音を残して、どこかへと走り去ってしまった。
たっぷり時間を取ってから、オレは自転車のサドルを上げた。
「まったく、年末に嫌な男と鉢合わせたものだ。咲良さんから管理費をもらって、さっさと帰ろ……んぎゃあ!?」
いきなり首筋に熱いものを押し付けられて、オレはその場ですっ転んだ。
カゴから集金袋と、檀家さん向けの案内書などが飛び出してアスファルトに散らばる。
振り返ると、音もなく忍び寄っていた咲良さんが右手にコーンポタージュの缶を持っていた。
予想外の大リアクションをかましたオレに、申し訳なさ半分、ドン引き半分といった様子で言った。
「うわ。ごめん」
「咲良さん! いきなり何をする⁉」
「いや、あんたが変なところに隠れてるから見にきたんでしょ」
「それなら遠くから声をかけたまえ! 忍者か⁉」
オレは慌てて集金袋やら案内書やらをかき集めた。
「くそ、いくつか折り目がついてしまった。お袋からどやされる……」
「はいはい、ごめんごめん。折れたのはうちに頂戴。あ、これお墓の管理費ね」
管理費の入った封筒を受け取って、代わりに折り目のついた案内書を渡した。
封筒の中身を確認し、集金袋に入れて名簿に〇を付ける。
……まったく。全然、申し訳なさそうではない。
高校の頃によくうちに遊びにきていたが、人を子馬鹿にするような態度はまったく変わっておらんな。
オレは憮然としながら、コーンポタージュの缶を受け取った。
シャカシャカ振ると、プルを立ち上げて一気に飲み干す。
……温まる。今は素直に感謝しておこう。
「そもそも、どうしてオレが隠れているとわかったのだ?」
「いや、アレで丸見えだったわよ」
咲良さんが指差した先で、監視カメラがじーっとこっちを見ていた。
……この店、意外にも防犯意識は高いらしい。
「ちなみに、そのコーンポタージュは雲雀くんからの差し入れね」
「~~~~っ!」
オレの脳内に、憎たらしい爽やかスマイルで高笑いする完璧超人が浮かぶ。
おらあっと空き缶を地面に叩きつけると、隣で咲良さんがギンッと鋭い圧を飛ばしてくる。……オレは凹んだ空き缶を拾い、コンビニのごみ置き場に収めた。
咲良さんはポケットから自分のコーンポタージュ缶を取り出すと、ほっと溜息をついてそれを開ける。
「あんた、まだ雲雀くんに対抗意識持ってんの? 紅葉も東京行っちゃったのに、よく続くわよねえ」
「うるっさい。咲良さんには関係のない話であろう」
咲良さんが肩をすくめた。
「それよりも、なぜ雲雀さんが?」
「ああ。うちの愚弟に会いにきてたのよ。家にいなかったからって、こっちに顔を出したみたいね」
「咲良さん、弟がおったのか?」
「そうよ。今年受験だから、あんたと同い年じゃない?」
新情報に感心していると、咲良さんはうんざりしたように言う。
「何の因果か、日葵ちゃんと仲よくなっちゃったらしくてねえ。去年から、ずーっとベタベタしてるわ」
「日葵ちゃんと?」
「なんか文化祭か何かで意気投合して? おかげで店を持ちたいなんてアホな夢も認めることになっちゃったし。どうなることやら……」
「ほう……」
その夢とやらが何かはわからんが、とにかく面白い話を聞いた。
あの兄妹は、揃って変人を好む傾向にある。大方、日葵ちゃんの琴線に触れた男を、あの完璧超人も甘っ可愛がりしているというところであろう。
「……咲良さん。その弟くん、志望校はどこだ?」
「えーっと。わたしらと同じとこだったような……」
「そーか、そーか。そこならオレも、すでに推薦枠で通っておる。これは都合がいい」
「……あんた。まさか変なこと考えてんじゃないでしょうね?」
変なこと?
失敬な。あの憎たらしい完璧超人に一泡吹かせること以上に大事なことがあるわけがない。
特にやりたいことなどあるわけじゃないし、高校などどこに行っても同じことだしな。
オレは頭の中で、すでに『あるプラン』を練り始めていた。
おっと、つい口元がにやけてしまうな。
「フフ、フフフ……」
「…………」
ドン引きしている咲良さんを横目に、オレは自転車を漕ぎだした。
九州にも刺すような寒風の吹く、穏やかな年末の午後のことであった。