短編④ 仁義なき男トモ女トモ戦争 部活勧誘編②
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年が明け、春になった。
高校の入学式の後、オレたち新入生は新しい教室でHRを受けていた。
(さーて。例の咲良さんの弟くんはどこだ?)
今年の一年は全6クラスだ。
5クラスが普通科コースで、1クラスはリンちゃんの通う進学コース。
オレはとりあえず普通科コースにしていたが、しくじったな。
咲良さんの弟くんなら頭がいいだろうし、進学コースのほうだったかもしらん。
まあ、それなら帰ってリンちゃんに聞いてみればいいが……あの他人に興味なしの天然ちゃんが、クラスメイトのになったばかりの男子の名前など憶えているだろうか。
「……くん。真木島くん?」
「ん?」
担任になった若い女性教師が、面倒くさそうな顔でオレを見ている。
クラスメイトたちも見ているし……ああ、自己紹介か。
考え事をしていて、順番が回ってきたのに気づかなかった。
オレは椅子を引くと、立ち上がって懐から出した扇子を広げる。
「どうも、西中からきた真木島慎司だ。よろしくしてくれたまえ。中学では軟式テニス部であったから、高校でもやるつもりだ。高校からは硬式だから楽しみだよ。趣味は……」
と言いかけたところで、聴衆から声が割り込んでくる。
「女漁りでーす」
同じ中学だった女子だ。
おいおい、勘弁しろ。貴様に手を出した覚えはないのだが?
「ナハハ。まあ、否定はせんがな。楽しい高校生活を送りたければ、オレのようなチャラい男に引っかからないように注意したまえ」
クスクス笑うのが半分、ドン引きするのが半分。
まあ、こんなところであろう。
別にクラスの人気者になりたいわけではないからな。
(ん? よく見れば、日葵ちゃんも同じクラスか……)
あの完璧超人の妹だ。
よく映えるマリンブルーの瞳を嫌そうに細めながら、オレから目を逸らした。
まったく、そんなに嫌うこともあるまいに。
肩をすくめながら、オレは席についた。
そういえば、考え事に夢中で他人の自己紹介を聞いておらんかったな。
オレとしたことが不覚であった。
時間はたっぷりあるとはいえ、できれば早めに特定しておきたいところ……。
「次の男子はー?」
先生の言葉に、オレの後ろの席の男子が立ち上がった。
何気なく振り返って、オレはぎょっとする。
(うお、でか……っ!)
なんだこいつは。
大木がにょっきり生えてきたのかと思ったぞ。
あの完璧超人を彷彿とさせる背の高さだ。
(それにガタイも悪くない。中学でも運動部だったのだろうな)
オレは平均ギリギリだし、これは憧れてしまう。
例の弟くん以外にもマークすべき人物が見つかったな。
こいつはぜひテニス部に入れて、オレの全国制覇の野望の礎に……。
「えっと、南中の夏目です。よろしくお願いします……」
ああん? ずいぶんと覇気のない声だなァ。
なんか文科系の匂いがするが、まあよかろう。
これだけの身体を持っておるのだ。
少し鍛えれば、すぐに伸び……夏目と言ったか?
「……っ⁉」
再び振り返ると、その男子がビクッとした様子で身構える。
これだけ背が高いくせに、警戒する姿がチワワのようだ。
(……なるほど。確かに、咲良さんの面影があるなァ)
なんかオドオドして女々しい感じだが、顔つきは似ている。
これは運がいい。
一気に二つの利益が重なるとは。
カモがネギ背負ってやってくるとは、まさにこのこと。
オレはにこっと爽やかな笑顔で、その男子に手を伸ばした。
「夏目くんか。これも何かの縁であろう。よろしくしてくれたまえ?」
「え? ああ、うん。よろしく……」
何やらおっかなびっくりという感じで、差し出したオレの手を握る。
初めて現代文明に触れた異星人か?
(まあ、それはどうでもよい。性格など、矯正すればよいのだから)
とりあえず、この男との接触には成功した。
オレの高校生活、まずまずの滑り出しと言えよう。ナハハハハ。
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なぁにが、まずまずの滑り出しだ!
入学して一週間。
すでにクラス内でも、それなりに気の合うグループができ始めた頃だ。
それなのに!
あの夏目とかいうやつ、アホほどクラスに溶け込もうという意志を見せん!
たとえば数学の授業、プリントが配られた。
中学までの範囲のおさらいミニテストというやつだ。
「真木島くん」
「おう、すまんな」
前の席の男子からプリントを受け取り、一枚抜いて後ろの夏目に回す。
まずは好感度チェックのため、明るいスマイルで話しかけた。
「夏目くん。自信のほどはどうだい?」
「……っ⁉」
なぜかめっちゃ素早い動きでプリントを奪われ、そのままババッとうつむいてテストの構えに入ってしまった。
……なんだ。そんなにチャラい男子は苦手か?
ま、まあ、仕方あるまい。
第一印象というものには相性があるからな。
オレはこの手のリアクションには慣れている。
ちっとも傷ついてなどいないぞ。本当だ。
そして次は、ある休み時間。
夏目はいつも一人で、ノートに向かって何かを熱心に書いている。
他の男子と話しながら、それを横目で見た。
(……花の絵か?)
そう言えば、咲良さんが夢とか何とか言ってたな。
もしかして漫画家か、イラストレーターとか目指しているのだろうか。
ただ本人にとってはデリケートな話題なのか、やけに警戒心が高い。
誰かが近くを通っただけでも、すぐに他の教科書を被せて見せないようにしていた。
(なんだ、この警戒心は……?)
なかなか難儀なミッションだった。
昼休みとかに、うまいこと誘おうとしても……。
「なあ、夏目くん。よかったら、こっちで一緒に昼飯でも──」
と振り返った瞬間。
「おーっと。そこまでだよー」
「……っ⁉」
日葵ちゃんが割り込んできた。
まるでオレから守るように、夏目を背中に隠した。
……いや、背丈の差がありすぎて全然隠しきれていないのだが。
「やあ、日葵ちゃん。よかったら、きみも一緒にどうだい?」
オレは内心の舌打ちを悟られぬように、黄金のスマイルで誘った。
しかしこの憎たらしい女は、同じように外面だけは完璧なスマイルで応じる。
「んふふー。ゴメンねー。アタシたち、ちょっと用事あるからさー」
オレの返事も待たずに、夏目を連れて教室を出て行ってしまった。
二人の仲睦ましい様子に、年頃の女子たちが色めき立つ。
その中で、オレは一人でぐぬぬと歯を食いしばっていた。