短編④ 仁義なき男トモ女トモ戦争 部活勧誘編 ④
どうして、か。
オレの怨敵である完璧超人が貴様のことを気に入ってるらしいので、そっちに敗北感を植え付けるために貴様を寝取ってやろうと……とても言えんなァ。
オレは普段通りの爽やかな笑顔で返事をした。
「ナハハ。何を言う。同じクラスの友だちではないか」
「友だち……?」
一瞬、夏目の瞳に星屑のような煌めきが宿った。
それはまるで、ショーケースの前で玩具を見つめる少年のようなピュアな輝きだった。
(おや? これはイケるのでは?)
唐突な手応えに、オレは面食らった。
なんだ。こいつ一匹狼を気取った陰キャくんかと思ったが、なかなかどうしていい表情をするではないか。
なるほど。これまでは一人になりたいわけじゃなくて、新しい環境に戸惑っていただけなのだろう。
オレは気を取り直して「では、一緒にテニス部を見学しないか?」と手を差し出そうとした。
しかし一転して、夏目の瞳は輝きを失った。
フッと憂いの表情で斬り捨てられる。
「……ごめん。俺は友だちにはなれない」
「なぜだ⁉」
いきなりフラれて、オレは素っ頓狂な声を上げた。
貴様、ついさっきは「友だち? 俺に?」って感じのキラキラムーブを見せていたではないか⁉
ここは一緒に新しい世界の扉を開くところであろう⁉
「真木島くんの気持ちは嬉しいんだ。でも……」
夏目は「くっ……」と、悔しそうに拳を握る。
「きっと本当の俺を知ったら、きみも離れていくから……」
こいつ人体改造された暗殺者か何かなのか???
実は犬塚家がこの田舎町を手中に収めるために開発した、人型戦闘アンドロイドNとはこいつのこと……ってアホか。オレも大概ノリのいいやつで困ったものだ。
オレが完全に置いてけぼりを食らっていると、ふと遠くから女の雄叫びが聞こえた。
「──悠宇、危なぁぁぁああああああいっ!」
突然、油断したオレの頭上から、水のたっぷり入った如雨露がひっくり返された!
バッシャーン、と水浸しになったオレが振り返ると、日葵ちゃんが怖い顔で空の如雨露をペシペシ叩いている。
「真木島くーん? 人が花壇の使用許可を取りに行ってる間に、アタシの悠宇に何を吹き込んでるのかなー?」
「ひ、日葵ちゃん……」
オレがぺっぺっと口に入った砂を吐いていると、夏目が慌てて止めに入る。
「いや、日葵⁉ おまえ何やってんの!」
「悠宇は黙ってて! こいつと付き合っても、害悪にしかならないんだから!」
「いや、害悪って……」
「悠宇は何も知らないからそう言えるの。こいつ、とうとう女に飽きて男に手を出そうとするなんて……油断したら、一瞬でベッドの上のサービスエース決められちゃうからさーっ!」
んなもん男に決めるかボケエッ!
……と叫ぶのを反射的に抑えたオレ、非常に偉いぞ。
ここで夏目を警戒させてはいけない。
オレはあくまでにこやかに話を進める。
「ナハハ。何か誤解があるようだなァ。オレは単純に夏目くんと友だちになりたいだけで……」
「はーん? なんで悠宇なのかなー? 正直、悠宇は進んでクラスメイトと仲よくなろうってタイプでもないのにさー。理由を聞かせてもらおっかなー?」
「そんなに難しい話ではなかろう? いいタッパ持っておるから、テニス部に誘おうと思っただけだよ」
「んふふー。そのいかにも用意してましたって返事を秒で返してくるところが逆に怪しいんだよなー? 確かに悠宇はけっこう運動できるけど、運動部経験者でもない人にまず声をかけるの非効率的で真木島くんらしくないかなーって?」
「ぐぐぐ……っ」
あ、相性が悪い……。
他の女子ならともかく、日葵ちゃんのオレに対する警戒心は並ではない。
まあ、紅葉さんやあの完璧超人とのことも知っておるし、何かしらオレに下心があると考えるのは妥当か。
次の言葉を探していると、日葵ちゃんが夏目の腕に抱き着いた。
そして所有権を主張するように、べーっと舌を出す。
「お生憎様。悠宇はアタシと新しい部活立ち上げるの。残念だけど、テニス部の仲間集めは他を当たってくださーい」
日葵ちゃんは「悠宇、いこ」と如雨露とかを抱えて行ってしまう。
「あ、ちょ……っ⁉」
オレが引き留めようとするより先に、夏目自身が振り返った。
そして長いまつげを伏せ、妙に陰のある表情で言う。
「ごめん。俺の友だちは、日葵だけでいいから……」
そうして、オレを置いて去っていった。
「…………」
そして一人、雑草の生える花壇に取り残される。
オレはぽたぽたと滴の落ちる前髪をかき上げ、ふんっと水滴を払った。
「フフ。フフフフ……」
……上等だ。
このオレが手を差し伸べてやって、こんな断り方をしたやつは初めてだ。
……素直に言うことを聞いていれば、優しくしてやろうと思ったのに。
このオレを本気にさせたこと、後悔させてやろう……っ!