短編④ 仁義なき男トモ4女トモ戦争 合コン編 ①
♣♣♣
俺の名前は夏目悠宇。
フラワーアクセサリーのクリエイターを目指している。
高校一年の春。
中学から親友の日葵と一緒に、この商業コースも備えた私立普通科高校に進学した。
だからといって、生活が劇的に変わるわけもない。
俺にとって、中学二年の日葵との出会い以上の変化なんてないんだ。
ただ、小さな変化はあった。
これまで日葵以外の友だちとか縁のなかった俺に、新しい友だちができたのだ。
名前は、真木島慎司。
とてつもなく綺麗な顔をしていて、一瞬、芸能人か何かと思ってしまうほどの美青年だ。
第一印象で、日葵の兄の雲雀さんにちょっとだけ似ていると思った。
その上、やたら俺に構ってきて……そういう部分も似てるのは迷惑だけど。
真木島くんがどんな人かと説明すると、まず病的な女好きだ。
入学早々に上級生の女子二人を手玉に取って修羅場を演じ、そっちが落ち着いたと思ったら同級生の女子二人の間で修羅場を演じ、最後は四人まとめて斬り伏せる。
そんな真木島くんの行動は二週間もすれば全校生徒の周知となり、さっそくクズ男だのヤリチンだのという蔑称が広がっていった。
何がすごいのかと言うと、それでもなぜか夏の夜の羽虫のように吸い寄せられる女子が後を絶たないところだ。
その上、男子との仲も良好だ。
同じテニス部の男子を始め、暇さえあれば友だちと歓談している様子が見られる。
俺は生徒間の恋愛に疎いのでよくわからんけど、きっとモテる男というのは悪い噂など軽々と弾き返すほどのコミュ力を有しているのだろう。
そしてまた学校のどこかで、血で血を洗う男女の秘め事(語弊)が繰り広げられる……。
♣♣♣
入学から、二週間が経っていた。
英語の授業を受けていると、後ろの席からンツンと背中を突かれる。
振り返ると、真木島くんがニヤニヤしながら扇子で鼻先をツンツンとしてきた。
「夏目くん。英語の辞書を貸してくれたまえ」
「ええ……。真木島くん、また忘れたの……?」
俺は真木島くんと前後の席だった。
おかげさまで、すっかり真木島くんの忘れ物補填係にされている。
その真木島くんは、悪びれる様子もなく扇子を広げてパタパタ扇いできた。
涼しい風が気持ちいい……この位置だと、微妙にエアコンの風がこなくて切なかったんだ。
「いつもテニス部の荷物が多くてなァ。ついつい辞書類は後回しにしてしまうのだよ。夏目くんは忘れ物しないから頼りになる」
「いや、俺は別に真木島くんのために持ってきてるわけじゃ……」
「ナハハ。ならば言い方を変えよう。夏目くんと仲よくなるためのきっかけが欲しくてなァ。二人で仲睦まじく辞書を見せ合おうではないか」
そう言って、真木島くんは鞄から紙パックジュースを取り出した。
スーパーに売ってるやつじゃなくて、なんか意識高そうなパッケージングのジュース。
りんご。ぶどう。みかん。……の順に置く。
「ほら、礼にジュースを持ってきたぞ。うちの親父の関係者から贈られてくるお高いやつだ。腐るほどあるから消費してくれたまえ」
「そのジュースを入れるスペースに辞書を詰めればいいのでは……?」
てか、それってお礼じゃなくて在庫処理じゃん。
うちのコンビニもお中元とかお歳暮で取引先からこの手の贈答品が贈られてくる し、正直、あんまりありがたくない……。
隣の席から、日葵のくそ雑魚パンチが飛んできた。
「ゆっう~? アタシをほっぽって、真木島くんと仲よさそうじゃーん?」
ひえっ。
なぜか日葵が怖い笑顔でくそ雑魚パンチを連打してくる。
「な、なんだよ」
「んふふー。悠宇さー、授業中におしゃべりはよくないなー?」
「じゃあこの会話は何なんだよ。てか、俺が喋ってるわけじゃなくて、真木島くんが……」
「言い訳は聞きませーん。アタシより真木島くんのほうが大事なら、もう親友やめちゃおっかなー?」
「クラスで他の男子と喋る対価が重すぎんだけど……」
最初の席替えで日葵が隣にきてからは、ずっとこんな感じだ(何か作為的なものを感じるけど、この際は置いておこう)。
こいつ基本独占欲強めだけど、真木島くんにはさらに当たり強いよな。
で、その真木島くんも煽るように茶化していく。
「それはよい提案だ。夏目くん、そんな面倒くさい女は放っておいて、オレと一緒にテニス部で全国を制覇しよう」
「んふふー。このチャラ男、耳の穴ちゃんと掃除してるのかなー? そういうニュアンスじゃないし、おまえの意見なんて求めてないんだよなー」
「自らモブに成り下がった女の言葉など、いちいち精査しておれんのでなァ。夏目くんの相棒はオレが引き継ぐから、せいぜい隠居生活を楽しみたまえ」
「ポッと出の横恋慕ヤローが何をイキってんのかなー? 悠宇はアタシのなの。地動説レベルの世界の真理だから、ちゃんとノートに取ってなよー。明日の公民のテストに出るからさー」
国家間のデリケートなトラブルかよ。
なんで学校の定期テストに俺の所有権を巡る問題が出るんですかねえ……。
「んふふー。真木島くん、どうせロクなこと考えてないんでしょ? 遊び相手なら他にいるんだから、悠宇からは手を引きなよねー」
「ナハハ。それは日葵ちゃんも同じことであろう? いつも放課後、二人で何をしているか知らんが、学生のうちは部活に励むほうが健全だと思わんか?」
「はあ? 一般論掲げてお説教とか、ほんとダサいムーブかますようになったねー。若い子に構ってほしいおじさんかなー?」
「自らジェンダートラブルに首を突っ込むような物言いだなァ? 他人の思考を決めつけてかかっている時点で、日葵ちゃんも十分に素質アリだと思うが?」
この二人、めっちゃ仲いいんですけど。
もはや俺のこと眼中になく二人で喧嘩してるし。
「日葵って、真木島くんと仲いい……ぶへえっ!?」
なぜか日葵からわき腹を突かれた!
「な、何すんだ!?」
「んふふー。悠宇ってば目が腐ってんのかなー? アタシとこいつが仲いいわけないじゃーん」
「いや、どう見ても……」
その瞬間、英語の先生が声を張り上げた。
「夏目くん。授業中に集中する!」
「ええ⁉ いや、でもこれは二人のせいで……あっ」
じとーっとした視線に、ふと我が身を省みる 。
真木島慎司 入学試験 総合1位
犬塚日葵 入学試験 総合21位
夏目悠宇 入学試験 総合287位
学生ゆえの、圧倒的正義。
それが学力。
俺は英語の辞書を真木島に渡すと、しくしく泣きながら板書に戻った。
理不尽だ……。
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その週の土曜日。
この学校は月に一回、進学クラス以外も土曜日登校がある。
授業のペースが遅れている教科の補填のためらしいけど、まだ入学したばかりの俺たちには必要ないものだ。
案の定、今日はずっと自習ばかりだった。
午前中の自習地獄が終わり、俺は机でぐったりしていた。
(……どうせ自習なら、アクセを作ってたかったなあ)
そもそもアクセクリエイターに学力は必要ないし。
大事なのはいかにアクセに対して真摯に取り組むかということだ。
雲雀さんは「勉強は身につかなくとも、勉強する癖は付けておいて損はない」って言ってたけど、そういうのは日葵が担当してくれるし。だから大丈夫。うん……。
その日葵が職員室から戻ってくるのを待ってるんだけど……。
「約束まで時間あるし、どうするー?」
「お腹すいちゃったし、ちょい何か……」
義務から解放された生徒たちが、満面の笑みで喜びを分かち合っている。
金髪ミドルの女子と、大人ポニテの女子コンビが、これからの予定を話しながら教室を出て行った。
……自分のクラスなのに気まずくてしょうがない。
進学して三ヵ月も経つのに、微妙にクラスに溶け込めない。
まあ、日葵と二人でいいって決めたのは俺だし。
男女別の体育とかで、ちょっと気まずくなるだけだ。
それも最近は、そういうときに真木島くんが話しかけてくれるから不便は感じない。
自分から「友だちにはなれない」とか言っておきながら、都合のいいこと言ってるなって自覚はあるけど。