短編④ 仁義なき男トモ女トモ戦争 合コン編 ③
ちょうど歌っていた女子が、慌てて中断する。
わかる。ノリノリで歌ってるところに入ってこられると死ぬほど恥ずかしいよね。
なんか相手も同年代の人間なんだなあって思うと、俺の緊張も和らぐような気がした。
(ええっと。誰か知ってる人はいるかな……?)
真木島くんが軽快に挨拶を交わしている間、女子たちのグループを見回した。
女子の人数は、こっちと同じく5人。
上座のステージで歌ってるのが1人……知らない人だ。
革張りの長いソファに並んで、可愛い女子が1、2、3、4。みんな知らな……んん?
その4人目の女子が、ぽかーんとしていた。
お祖母さん譲りの明るいショートヘア。
アーモンドのような、くりっとしたマリンブルーの瞳。
一目で脳裏に焼き付くような、妖精のような美少女。
……そんで、俺の親友。
俺の登場が本気で予想外だったらしく、日葵は口をあんぐり開けて見つめていた。
普段の人をおちょくっている余裕顔が完全に鳴りを潜めている。
きっと、俺も同じような顔をしてるんだろうなあ……。
♣♣♣
コンパは普通に盛り上がっていた。
順番に流行りのポップソングを歌って、フライドポテトとかピザを食べて、たまにドリンクバーに抜け出していく。
なんというか……男子と女子の間で繰り広げられる頭脳戦みたいなのがあると思っていたけど、みんな普通に歌って遊んでいるだけだ。
変に緊張してたけど、これなら楽しめそう……と、ここにくる前の俺なら思ったかもしれない。
でも、そうならない理由がある。
その理由は――俺の両側に座る二人であった。
「んふふー。はい、悠宇が入れた曲だよー?」
日葵がニコニコ顔で、俺にマイクを差し出した。
「いや、それ日葵が入れたよね?」
「あ、そうだっけ? でも、これってデュエットあるし問題なくない?」
問題あるんだよなあ。
具体的に言うと、ここで俺と日葵でデュエットなんぞしようものなら、周りの女子たちに「やっぱそうなのかな?」「だって仲よくない?」みたいな黄色い視線を受けることだ。
俺が渋っていると、反対側の真木島くんがフッとほくそ笑んだ。
「日葵ちゃん。夏目くんが困っているぞ。ここは大人しく一人で歌っていたまえ。その男女でデュエットする前提の曲を、女一人で寂しくなァ?」
めっちゃ煽るんですけど。
なんで放課後に遊びにきてまで、普段の教室と同じトゲトゲしい空気を味わわなきゃいけないんですかねえ……。
「んふふー。女ったらしは黙って向こうの子たちと話してなよー。悠宇はアタシと話してるんだからさー。この親友たるアタシとね!」
「ハァ。まったく、過保護もここまでくると芸術的だな? だいたい、男に飢えておるのは日葵ちゃんのほうであろう? まさか誘ってもおらんのにやってくるとは驚きだ」
「アタシは女の子たちに、一人これなくなったからって代打頼まれたんですー。そもそも、おまえに許可取る必要ないでしょー」
あ、さっきの日葵の急用って、そういうことか。
なんでまあ、よりによってこんなことになるのか……とか思っていると、日葵がずいっと顔を近づけてきた。
その顔には、いつもの悪戯っぽい「ぷっはーっ」準備が張り付いている。
「てかさー、悠宇が女の子との出会いを求めてるとは驚いたなー?」
「いや、俺も男子側の数合わせ……」
「んふふー。そんな言い訳しなくても大丈夫だって。お姉さんは笑わないから、正直に言ってみよ?」
このお姉さんぶる女、聞いちゃくれないんですけど。
たぶん、わかった上でいじってるんだろうけど……。
「てか、それなら俺と日葵が抜ければ人数が合うんじゃ……」
「あ、悠宇。それはダメ」
「え? なんで?」
日葵が真面目な顔でビシッと指を立てる。
「数合わせ同士っていっても、コンパの途中で抜けるとシラけちゃうでしょ。他の子たちが可哀そうだし、引き受けた以上は最後までやろ」
あ、そんなもんすか……。
うーん。まあ、そうだよな。
知り合いとバッチングしたのは俺の都合だし、他の楽しんでる人たちに申し訳ないか。
「わかった。それじゃあ、俺は予定通りご飯を……」
日葵がどや顔で遮ってきた。
「というわけで、アタシが悠宇にぴったりの女の子を選んであげよーっ!」
「待って。そういう流れじゃないし頼んでない」
「えー。悠宇だって、どうせだし可愛い女の子とお近づきになりたくない?」
「なりたくない。俺にはカノジョより、やらなきゃいけないことがあるし……あっ!」
ふと口を滑らせて、慌てて反対側を向く。
案の定、隣の真木島くんがキラーンッと目を輝かせていた。
扇子を広げると、ニマーッと悪い笑みを浮かべる。
「ほー? 夏目くん、何か興味深いことを言ったなァ?」
「あ、いや、その……」
「何度、テニス部に誘っても靡かんと思っていたが……なるほど、夏目くんには何かしら取り組んでいることがあると?」
「え、えーっと……」
俺はハッとした。
これは、もしかしたらいい機会かもしれない。
(真木島くんになら、俺のフラワーアクセのことを打ち明けても……)
ドキドキと心臓が高鳴る。
意識した途端、一気に喉の水分が飛んでカラカラに乾くような気がした。
【――男なのに花が好きとか、夏目って変じゃね?】
小学校のときの黒歴史が、脳裏にリフレインする。
こればかりは、全然、忘れられない。
……だ、大丈夫だ。
真木島くんは優しいし、絶対に引かない。
クリエイターとして店を持てば、俺が自分で顔を出さなきゃいけない。
俺が成長するためにも、必要なことだ。
よし、やるぞ――。
「あの、真木島く……」
「あ! 悠宇、危なーい!」
「もがはあっ⁉」
突然、背後から日葵がビンタで口を塞いできた。
思いのほかいい音がして、ステージで歌っている女子がビクッとしてしまう。
そっちに「アハハー。ゴメンねー」と誤魔化して、日葵が耳を引っ張ってこそこそ話を始める。
「……悠宇。今、何を言おうとした?」
「え? いや、俺のアクセのこと、真木島くんに……」
「ダメ! それだけは絶対にダメ!」
「な、なんでだよ? 別に他の生徒に隠してるわけじゃ……」
すると日葵が、口元で両手の人差し指を交差する。
つまり『×』だ。
「あのね、悠宇。この際だから決めとこ。〝you〟のことは、他の生徒には言っちゃダメ」
「どうして?」
「お兄ちゃんが言ってた。個人の情報っていうのは、悠宇が考えてるよりもずっと危ないの。今じゃSNSとかで危機感が緩くなっちゃってる子も多いけど、本来は簡単に自分の秘密を打ち明けちゃダメ。アタシたち、まだ高校生なんだよ?」
「そ、それもそうだな……」
危なかった。
こういうとき、日葵の冷静さがありがたい。
確かに高校生なんだし、アクセを売ってお金を稼いでるなんて言いふらしちゃダメだよな……。
「それに、そういう事情がなくても、真木島くんは絶対にダメ」
「な、なんで?」
「あいつ、絶対に何か企んでるし。悠宇はアタシが守らなきゃ」
「そうなの? そんな風には……」
そこでふと、これまで気になってたことを聞く。
「てか、日葵ってやけに真木島くんのことわかった風だよな?」
「え……?」
なぜか日葵がギクッとなる。
珍しいリアクションに、ちょっとだけ俺の中の悪戯心がうずっとなった。
「そういえば最初からやけに敵対してたし、その割に何も教えてくんないし。なんかあるの?」
「あ、いや、その……」
日葵が口ごもる。
恥ずかしいというよりは、気まずそうというか。
いつもスパッと返事がくる日葵には珍しいリアクションだ。
(これは何かあるな?)