短編④ 仁義なき男トモ女トモ戦争 合コン編 ⑤
「高校デビューでイキッてるが、マオより初心だ。おそらくバージンであろう」
「ぶふあっ……⁉」
思わずストローごと噴き出しそうになった。
おまえ、いきなり何を言ってくれてんの⁉
俺が咽る声に、一同がビクッとなって注視するけど……俺は慌てて手を振った。
すると全員が――アズミさんも、マオさんとのおしゃべりに戻っていった。
どうやら、これまで話した男子の印象について会議中らしい。
……今の話、聞かれてないよな?
俺が心臓バクバクで真木島に目を向けると、そっちは平然とした顔でメロンソーダに口を付けている。
「で、自分より進んでいるマオに劣等感がある。つまり、それなりに顔がよくて押しが強い男にはコロッと落ちるはずだ。十分な情報は与えたぞ。さあゆけ」
「いけるかあ‼」
ついガチめにツッコんでしまった。
がっくり肩を落としながら、ちらっと日葵のほうを確認する。
……そっちは何か諦めたような顔で、気分転換の曲を入れていた。
「真木島くん。入学して二週間で、どんだけクラスの女子のこと見抜いてるんだよ……」
「ナハハ。ナンパするためには、一瞬で自分との相性を見抜かなければならんからなァ。このくらい、ちょいと女子同士の会話を聞いてればわかるものだ」
こいつ、怖すぎる……。
チャラ男という人種にはあまり詳しくなかったけど、これは恐るべき修羅たちだ。
「ほら。いいから行きたまえ」
「わ、わかったよ……」
日葵はアクセのことを教えたくないらしいし、ここはどうにかしてラインを交換しなければ……。
マオさんが別の男子と談笑を始めるタイミングで、アズミさんに声をかけた。
「どうも、アズミさん……」
「あ、夏目くん、やっほー……あれ? うちの名前は憶えてたん?」
「え? あ、えっと……」
いきなり難易度の高いトークを要求される。
たぶんマオさんから、俺が名前を憶えてなかったって聞いたんだろう。
(……この場合、どう答えればいいんだ?)
とか思っていると、俺のスマホにメッセージが入った。
真木島くんから……?
『きみが美しすぎて網膜に焼き付いているんだ、とでも言っておきたまえ』
薔薇の花束持ったイケメンかよ。
日葵のお母さんが好きなアイドル学園系ドラマでしか許されないだろ。
アズミさんが不思議そうに聞いてきた。
「夏目くん? どったの?」
「あ! えっと、なんでもない。アズミさんが可愛いから印象に残ってただ……け……」
――ハッ⁉
真木島に気を取られて、つい口走ってしまった⁉
やばいやばいやばい!
いきなりクラスメイト口説いちゃうとか、どんだけチャラいんだ俺!
きっと明日にはクラスで『意外にチャラい夏目くん』のレッテルを張られて痛いやつ認定されてしまう⁉
俺が「あばばばば……」と震えていると、アズミさんがちょっと咳払いする。
ドキッとして振り返って、俺が唖然とした。
なぜかアズミさんが、ポッと顔を赤らめていたのだ。
薄暗いカラオケボックス内でも、よくわかるほど。
それからカーディガンの袖で口元を隠しながら、もにょもにょ呟いた。
「ん……そ。あ、ありがと」
「…………」
ちょっっろい。
マジか。アズミさん、こんなキツそうな見た目でこんなか???
これが日葵なら「ぷっはーっ」の伏線だけど、あんなムードぶち壊すのが生きがいの女、二人もいないだろ……。
「…………」
ふと真木島に視線を向けると、フッと勝ち誇った顔で扇子を広げて見せる。
なんか納得いかない気分のまま、俺はスマホを差し出した。
「よ、よかったら、ライン交換しない?」
「あっ。う、うん……」
ちょい恥ずかしがりながら、スマホを差し出してくる。
わー、展開がスピーディ。
もしかして俺、このままカノジョできちゃうの?
これまでそんなイベント、一個もなかったのに? 嘘だろ? 高校生ってすげえ……。
(でも、カノジョってことは俺のアクセのことも言わなきゃダメだよな? ほぼ初対面の相手に、さすがにハードル高いし……うーん……)
俺が調子に乗って、いらぬ心配をしているときだった。
『きみのアドレスをし~り~た~い~な~っ!』
うおっと⁉
突然、ステージで日葵が熱唱しだした。
そういえば、さっき曲を入れてたな。
ご丁寧に振り付けまで覚えてるあたり、けっこう熟れている。
他のメンバーも、絶世の美少女の歌にノリノリで手を叩いていたんだけど……問題は歌詞だった。
『アドレス交換したら、それはもう合体の合図♪ わたしの気持ちに気づいてよ♪ 合コン行く女に清楚な夢なんて見ないで♪ 下着も明日の予定も完璧なの♪』
なんだ、そのひたすらノリだけの歌!
どっから見つけてきた⁉
『アフター行こ♪ アフター行こ♪ アフター行こ♪ yahyahyah♪ でもビッチだと思われたくないの♪ ちゃんとリードしてね♪』
ひっでぇー……。
俺とアズミさんがドン引きする中、周りのメンバーたちは普通に爆笑している。
ああ、なるほどね?
ここ下ネタありなのね?
それも一番可愛い日葵が率先してやってるわけだから、そりゃ文句ないだろうよ。
「…………」
「…………」
ただ、それに乗りきれないのが二人。
アズミさん、スマホを差し出した姿勢のまま完全に固まっている。
控えめに言って、タイミングが最悪だ。
いや、なんでこのチョイスなのかはわかるんだ。
さっき真木島に妨害されたから、やり返してるわけだ。
ちなみに効果は抜群。
俺とアズミさんは、気まずい笑顔でスマホを引っ込めた。
「あ、アハハ。ラインなら、学校でも交換できるよね……」
「そ、そうだな。絶対に今日じゃなくていいし……」
……結局、そのまま『下ネタ系持ちソング披露会』に移行して、コンパはムードもくそもない感じで終わった。
真木島サイド。
ライン交換……失敗!
♣♣♣
カラオケが終了した。
結果。男子勢と女子勢は、そこそこ親しい雰囲気になれたようだ。
カノジョ欲しーと言っていたテニス部の男子たちがファミレスに行くというので、二次会組と帰宅組に別れて解散となった。
俺は日葵と一緒に、自転車を押しながら国道沿いを帰る。
歌ってストレス発散したおかげで、日葵は大層ご機嫌だった。
「ゆっうー。この後、どうするー?」
「んー。とりあえず、学校に戻って花壇の世話して帰ろっかな」
「いいねー。明日はちょっと暑くなるらしいし、そっちの準備もしとこーね」
「マジか。情報助かる」
ハンバーガー店経由で戻るかあとか思っていると、後ろから声を掛けられた。
「やあやあ。お二人さん、楽しそうではないか」
「あ、真木島くん……」
一人だった。
早足で追いつくと、俺と日葵の間に割り込むように入ってくる。
俺と肩を組んで、にやっと笑った。
「真木島くん、二次会に行かなかったの?」
「ナハハ。今日のオレは、あくまで仲介役だからなァ」
「あ、なるほど。ご苦労様」
「うむ。ナツも人数合わせ、ご苦労であった」
その向こうから、日葵がじとーっとした視線を向けている。
真木島くん、気づいて……あ、これ気づいてるわ。その上で嫌がらせしてる。
「……って、ナツ?」
「おいおい。一緒に合コンまでしたのに、今さら『真木島くん』などと他人行儀な呼び方をするつもりか? 気軽に『マッキー』とか『シンちゃん』とでも呼びたまえ」
「じゃ、じゃあ、真木島で……」
「……まだ固いが、よかろう。何事も最初の一歩があるからな」
ちょっとしょんぼりしている。
まさかマッキーって呼ばれたかったのか……?
「オレも学校に戻る。一緒にゆこうではないか」
「何か用事?」
「さっき先輩にラインしたら、まだテニス部は練習してるらしいのでなァ。軽く参加してくる」
「へえ。まだ体験入部期間なのに、真面目だね」
真木島くんじゃなくて、日葵が「ぷはっ」と噴き出した。
「こいつが真面目ぇ~?」
「ほう? 何か言いたそうだなァ?」
「んふふー。自分の胸に聞けばいいんじゃないかなー?」
「ハッ。少なくとも、舎弟を従えてイキりまくってる女より、部活動に励むオレのほうが百倍は真面目であろう?」
「えー。そんなこと言って、真木島くんが部活頑張ってるのってさー……」
日葵が気になることを言いかけたときだ。
向こうで、車のクラクションが鳴った。
コンビニの駐車場に黒塗りの外車が停まっている。
その運転席から、日葵の兄の雲雀さんが手を振っていた。
「あ、雲雀さんだ。真木島……あれ?」
振り返ると、なぜか真木島くんが消えていた。
いつの間に? てか、一緒に学校行くんじゃなかったのか?
俺が首を傾げていると、日葵がしたり顔で「ぷはっ」と笑った。
……その理由を知ることになるのは、まだしばらく先のことだけど。