短編④ 仁義なき男トモ女トモ戦争 体育バスケ編 ①
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高校に入学して、一か月が過ぎようとしていた。
GWも間近になると、すっかり新入生気分も薄れている。
それはつまり、オレが入学前に立てていた『ナツを寝取って完璧超人を悔しがらせてやろうプラン』が失敗に近づいていることを意味していた。
この学校は、GWまでが新入生の部活動への入部期間になる。
それ以降でも入部は自由なのだが、それを過ぎるとなんとなく部内の雰囲気が決まってしまい、勧誘の流れは打ち切られる。
あの気弱なナツが、そんな状態で入ってくれるような反骨精神を持っているとは思えなかった。
それまでに、ナツの首を縦に振らせなければなるまい。
ある日の体育。
体育館で、男女に分かれてバスケをしていた。
特に何か目的があるわけでもなく、教師も隅っこで怪我がないか見ているだけだ。
どっちかというと、レクリエーションの意味が強いのであろう。
オレはコートの外に座って、うちの男子たちが隣のクラスの男子と競っている様子を見ていた。
隣のナツに、ぼんやりと話しかける。
「ナツよ。中学のとき、体育はどうしておったのだ?」
「え? どういうこと?」
「貴様、ずっと日葵ちゃんとべったりではないか。こういう男女別の行事はどう乗り越えておったのだ?」
「ああ、なるほど……」
男子チームの向こうでは、大きなネットで分断した女子チームがバスケをしていた。
よたよたと重そうにボールを渡し合う様子が、いかにも慣れてなさそうだ。
こういうとき、得てして女子バスケ経験者だけが颯爽とボールをドリブルして決めるだけの不毛な蹂躙光景が広がる。
「まあ日葵はモテるし、男子からはやっかみがすごかったけど……」
ナツの視線の先では、日葵ちゃんにボールが渡った。
あのお調子ノリノリ女は、バスケ経験者顔負けの華麗なドリブルを決め……ることはなく、両手でボールを持つと大雑把なアンダースローでぽーんと放り出した。
……バサッと、ボールはゴールリングをくぐる。
おおー……と控えめな歓声と共に、拍手が送られた。
日葵ちゃんは涼しい顔で
「当然だよなー」と歓声に応えている。……完全に運だけのラッキーシュートに、ここまで天狗になれる女もそうそういまい。
「まあ、そのへんは日葵が空気読んでくれてたし、うまいこと……はいかなかったけど、まあ、どうにかやってたよ」
「そうか。つまり、同性の友だちの重要性に気が付いたと?」
「そうくるとは思ったけど、まあ大事なのは本当なんだよなあ……」
中学はまだしも、高校ともなれば性差の影響はより大きくなる。
体育も今は合同だが、そのうち男女で別々のカリキュラムも増えるらしい。となると、ずっと日葵ちゃん頼みでいるわけにもいくまい。
「そんなナツに朗報だ。ここに貴様と仲よくなりたい男子がいるぞ♪」
「えっと。その男子、どうやったら仲間になるの……?」
「テニス部に入りたまえ。どちらにせよ、うちの学校は一度は部活動に入らなければならない決まりだ。どうせなら、見知った相手がいるほうがよかろう?」
「それはそうだけど……」
ええい、えらく警戒しておるな。
最初はチョロい男だと思っておったが、ガードが固すぎる。
そんなにオレは胡散臭いのだろうか。
いや、この感じは……。
「ゆっう~。アタシのミラクルプリティーシュート、見てくれた~?」
出たな、妖怪。
試合を終えた日葵ちゃんが、迷わずナツに抱き着いた。
「わっ。日葵、やめろって……」
「んふふー。恥ずかしがってる悠宇も愛いやつよのー。もしかして、アタシのこと女として意識しちゃってるのかなー?」
「そういうんじゃないから。てか、そろそろ俺も試合だから……」
……見ているこっちが胸焼けしそうだ。
オレはため息をついた。
最近は、毎度こんな感じだ。
オレがナツと話していると、すぐ妨害にやってくる。
「日葵ちゃん、空気を読みたまえ。運動後で汗臭いと言っておるのだよ」
「はあ? アタシレベルの美少女の生汗とか、ベリーベリーフローラルな香りに決まってんじゃん。何なら瓶に詰めて売れるっつーの」
「素直にドン引きだ。一昔前のオタク向け商売みたいなこと言っておらんで、女子のほうに戻りたまえ。今はオレがナツと話しておるのだ」
「申請されてないから却下でーす。ま、申請したところで真木島くんなら顔パスでお帰り頂くけどさー」
オレたちがバチバチ火花を散らしていると、ナツが「そもそも瓶に詰めた汗をどう使うんだよ……」と小さくツッコむ。
相変わらず、律儀なやつだ。
「てか、テニス部に誘うなら悠宇にこだわる必要なくない? 悠宇って運動部とか普通に未経験だよ?」
「大事なのは将来性だよ。それだけ理想的な体型をしておるのだから、今から鍛えれば三年後には屈指のプレイヤーになっておるだろう」
そもそも男子は、高校生でやっと身体が出来上がるのだ。
中学までの実績ばかりを注目する必要はない。
やや筋肉は足りんが、それは今から食わせればいいだけのことだ。
(……それにナツの身体、妙な感じがするのだよなァ)
とか思っていると、オレたちの順番になった。
えーっと。次は……おお、オレとナツのチームが対戦か。
「よーし。ナツよ、オレがいっちょ揉んでやろうではないか」
「真木島くん。体育のときテンション上がるよね……」
「ナハハ。この時期だし、いい動きをする連中がいればテニス部にスカウトしてやるからな。……お、そうだ」
いいアイデアを思い付き、口元が緩む。
「この試合、オレが勝ったら、ナツがテニス部に入る。それでどうだ?」
「嫌だし俺にメリットがまったくない⁉」
「ケチくさい男だ。それじゃあナツのチームが勝ったら、オレがいいものをやろう」
「……いいもの?」
ちょっと興味深そうに、こっちに寄ってくる。
オレは周囲に聞こえないように、耳元でこそこそ囁いた。
「オレが中学のときに付き合ってた、大学生のエロい写真」
「ぶふっ⁉」
案の定、顔を真っ赤にして拒否してきた。
「そ、そんなのいらないって!」
「ハア。この初心の助め。普通なら飛びついてくるネタだが、ほんとにタマついておるのか?」
「そういう問題じゃないでしょ!」
「しかし、このくらい男同士ではよくやっておるぞ?」
ナツがピクッと止まった。
(ナハハ。やはり効いたな)
ナツはどういうわけか、こういう『男同士の絆』っぽいワードに弱い。
おそらく日葵ちゃんの独占欲が縛りすぎた結果であろうが、これがオレにとってはプラスに働くのだ。
「じゃ、じゃあ、まあ……」
「よし決まりだ」
オレとナツは、さっき試合してた連中から色違いのビブスを受け取った(あの体育のときに紅白を分けるメッシュ生地のベストだ)。
こうして、オレとナツの最後の勧誘決戦は幕を開けた。
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のだが……。
コート内で向かい合ったとき……異変に気付いた。
「……おい。なんで日葵ちゃんがおるのだ?」
なぜかナツのチームに、堂々と日葵ちゃんが立っておるのだ。
不思議そうに首を傾げて「誰のこと言ってるの?」という感じで周囲に視線を巡らせる。
「いや貴様だ、貴様」
「あ、アタシ? 先生が混ざっていいってさー」
「いや、さすがに男子のゲームに女子は……んん⁉」
さらに異変に気付いた。
なぜかナツのチームが、本来のメンバーではなくなっていたのだ。
うちのクラスだけではなく、隣のクラスの面子もいる。
しかもオレの記憶が正しければ、かなり運動能力の高いやつらばかり。
あの一番端の坊主頭……確か野球部の推薦で他県からきたやつだ。
「……日葵ちゃん。さっきのオレたちの会話、聞いておったな?」
周囲に気づかれない程度の声で、日葵ちゃんがほくそ笑む。