あんたで日常を彩りたい2
【第一幕】 『ひらいて』(1)
1
「来年の3月に向けて、そろそろチームの体制を考えなアカンと思うねん」
部屋にやってきた小町さんが、ぼくのベッドに腰を下ろすや否や切り出した。
コーヒーを出す準備をしていた手が止まる。一方、いつもどおり棗さんは手を止めるそぶりもなく、デスク上のタブレットにペンを走らせていた。『また小町がなんか言い出した。代わりに夜風が聞いておいて』と言外に伝わってくる。
「それ、前にも聞いた気がするね」
「昨日言うたばかりや!」
固まったままの姿勢でそう言うと、小町さんは気性の激しい猫みたいに声を荒らげた。棗さんが顔をしかめて「うるさっ」と口にする。どうやら過集中モードには入っていなかったらしい。じゃあ初めから話を聞いてあげなよ……。
「わかっとるんか!?
「それ春にも聞いた気がする」
棗さんがボソッと呟く。伝えたのはぼくだ。
「穂含祭ではうまいこといったけどやなぁ! 前期で出せるもん全部出し切って後期なんも思いつかんかった~では結局ウチら共倒れになるんやで!?」
「それも春に聞いた気がする」
「言っとらんわ!」
きゃんきゃんと吠えるように主張する小町さんの姿に、ぼくは心が締め付けられるような感情を覚えた。わかるよその気持ち。
小町さんの叫びはまさに真実で、前期セメスターに開催された学園祭『穂含祭』において、棗さん、小町さん、そしてぼくの3名は『絵画と日本舞踊を融合した演舞』を共同制作し、舞台上で披露したことで優秀賞を獲得した。
圧倒的な発想力と技術力で無から有を創り上げる棗さん。
棗さんの描く世界を現実に投影する役割を担うのがぼく。
そして小町さんは、棗さんが苦手とする各種手続に加えて、作品の実現可能性や舞台装置の把握、音響や照明関係の折衝など、ディレクション全般を担っている。
ぼくたちは穂含祭において、棗さんが描いた絵画をコマ送りにしたアニメーションに音楽を乗せて放映し、それに合わせて舞踊を披露した。結果として、3人の能力がうまく嚙み合ったことで、結果的に無事に穂含祭を終えることができて、優秀賞までいただいてしまった。
もっとも、ただでさえ芸能・芸術に特化したこの学校に特待生として入学した棗さんが、学園祭で優秀な成績を残すのはある種の既定路線だったのかもしれないし、棗さん自身は『優秀賞』という結果にまったく固執していないし、なんなら自分が賞をもらったことすら覚えているかどうか怪しいけれど、少なくともぼくにとっては衝撃的な出来事だったのは間違いない。
生まれてはじめて、ぼくがぼくで良かったと思えた気がする……。
心の底からそう感じられた瞬間から、気が付けば時間は経過して、夏を越えて、秋を迎えて、冬の到来を予兆させる気候となっていたところで、ぼくの従姉であり朱門塚女学院の教師でもある花菱皐月さんから、こんなことを言われた。
『そろそろ初花祭の準備しておけよ?』
そしていま、ぼくたちはクラスメイトでありチームメイトでもある君家小町さんから、初花祭の制作をせっつかれているのだった。
初花祭。
前期と後期にセメスターが分割された朱門塚女学院のカリキュラムのなかで、後期の総決算となる学園祭である。
前期の集大成ともいえる穂含祭と同様に、初花祭も生徒の作品が評価される。
では、穂含祭との違いとはなにか?
答えは単純明快。開催される時期的な都合で、進級に直結するのだ。
そういうわけで、小町さんの「わかっとるんか!?」につながるわけである。
たぶん、棗さんもわかっているとは思う。
ただ……興味のある目の前のことに猪突猛進に進む彼女には見えていないだけだ。理解はしているけれど、見ないようにしているというか、初花祭の存在を見ようとしていない。
そして、当の棗さんに制作進行――ディレクターに抜擢された小町さんが、棗さんの重い腰を動かそうとしているのは当然なのだけれど、当の本人はというと……。
「なんも考えてない。また今度でよくない?」
ぶっきらぼうに返答する始末である。当然ながら小町さんも食い下がった。
「せやから! ええわけ! ないねんてぇ!」
床に膝をつき、天を仰ぐように叫ぶ小町さんをよそに、棗さんはふたたびデスクに向かう。