あんたで日常を彩りたい2
【第一幕】 『ひらいて』(5)
3
また、別の日のこと。
棗さんはネットショッピングを多用する。外に出られない人なので当然だけれど。
そして、学生寮の集積場所に届けられた荷物を取りに行くのは、ぼくの役割である。
「棗さん……今度はなにを買ったの……?」
大きなダンボールを抱えて部屋へと帰還を果たし、床にドンと荷下ろしして息をつく。ぼくの質問に対して、棗さんは「んー」と声にならない返事をするのみだった。
「かさばるわりには重くなかったけど……」
「伝票に内容物の明細貼られてない?」
「貼られてないから聞いてる」
「じゃあ服かなぁ」
服……? と訝しく思う。
「棗さん、服なんて――」
こちらが言い終わる前に、購入者本人は作業中だった手を止めて、嬉々としてペーパーナイフを取り出してダンボールを解体しはじめた。いつも生気のない瞳が心なしか輝いているように見える。ああ……細かくちぎられた紙片が床のあちこちに放り投げられていく……。
虚無を感じながら眺めていると、梱包をすべて取り払った棗さんが、天に掲げるように中身を勢いよく取り出した。
布……?
ではない、衣服だった。
ほんとに服なんだ……。
棗さんが手に持っているのは、ショート丈のデニムパンツと、細かく穴が入ったメッシュ生地のニット。ほかにも数点、スタイリッシュなシャツやソックスなどが箱の中に見える。
「質感もよくて最高だね。デザインも言うことなし」
そして、なんの前触れもなくおもむろに服を脱ぎ始めようとしたので、ぼくはあわててそっぽを向いた。苦言を呈しても無駄なので、こちらが対策を取るしかない。
「うん。ぴったり」
独り言の内容から、ふたたび振り返っても問題がないと判断して姿勢を戻す。
そこには、夏の装いを身に纏った棗さんが立っていた。こちらに背を向けて、部屋に設置してある姿見と自らの姿を見比べては髪や襟を調整している。
「機能性とデザインがうまくマッチしてる。流行るものには理由があるんだ。夜風、もしかして冷房の温度下げた?」
「下げてないけど……単に服の通気性が良くなっただけじゃないの?」
「納得」
こちらに目も向けず、勝手に納得して、棗さんはふたたび自分の世界に入り込んだ。
いつもだらしなく服を着崩している棗さんが網膜に焼き付いているので、ふだんとは異なる印象を受けた。
「珍しいね……棗さんがそういう服を着るのは」
「珍しいなと自分でも思うね」
「どうしてまた?」
「アパレルブランドからウェブ広告に使うイラストの依頼もらったから、一般的に着られている服ってどんなのか知っておきたくて。見る分にはいくらでもネットでできるけど質感とか着心地なんかはわからないから」
「とはいっても、わざわざ新しい服を買うなんてまた極端な……」
「寮生はみんな帰省してるから夜風に頼んでほかの人の服を借りることもできないし。小町はあたしとサイズ合わないし。それに服なんていくらあってもいいものだよ」
「いくらあってもって……」
ぼくは頭を抱えて、服がぎゅうぎゅうに詰め込まれたクローゼットの惨状を思い返す。
「着ない服があれほど溜まってるのに、まだ買うの……?」
「買うでしょ。いくらあってもいいんだから」
だめだ、棗さんの脳内ではすでに『服はいくら買ってもいいもの』として定義が確立されてしまっている。覆せない。いつかクローゼットが溢れかえるという事実を見ようとしていないのだろう。というか、はなから見えていないのだと思った。
「……こう言ってはなんだけど、棗さんは外に出ないじゃん」
「出るかもしれないじゃん」
「そう言われると返す言葉もないけど……」
「それに、外に出なくても服を着るのは楽しいよ。夜風も一度は服を着てみたら?」
「まるでぼくが全裸で生活しているかのようなミスリードをしないでくれる?」
いまだってちゃんと着ている。おしゃれなのかどうかもわからないワンピースだけれど。
「あたしが毎日メイクしてるのも同じ理由かもしれないね」
「断定形ではないんだ……」
「あたしのことはあたしもわかんない」
「そっか……」
お手上げである。
無反応のぼくをよそに、棗さんはひとりでに話し続ける。
「外に出なくても、ずっと部屋の中にいてもおしゃれをするのは楽しいよ。おしゃれを楽しむのと、それを誰かに披露したいという欲求は必ずしも干渉しない。あたしにとってはもともとふたつは異なる事実だったから『誰かに着飾った自分を見せたい、見てほしい』という欲求の存在は後から知ったものだけどね。いま気づいたけど」
そして、棗さんは両手を広げてくるくると回る。
「目ぇ回った」
「ずっとなにしてるの……?」
「どうかなと思って」
「主語がないからわからない……」
「あたしの買った服と、あたしの買った服をきたあたし」
どうやら、着飾った見た目の感想を求められているらしい。
「珍しいね、ってさっき言ったはずだけど……」
「『珍しい』は、ふだんの状態からは想像がつかない、ありふれていないものの状態をあらわす言葉だから感想じゃないよね」
「論破しようとしないで。ぼくが悪かったから」