第一章 ①

 が家に妹がやってきた日のことを、いつも思い出す。

 三月じようじゆんあたたかい気候が続く中、その日だけは朝からえ込んでいて、一面まっしろな空がおれたちを見下ろしていた。

 春にふった雪のようにはかなげなあいつは、母さんの後ろにかくれて、うつむきがちに俺を見つめていたっけ。

 今日からおまえの妹になるんだぞ。

 この子をよろしくね。

 両親の願いに、俺は笑って、はい、と答える。

 母さんにうながされ、おずおずと俺の前に進み出たあいつは、俯いたままほおを赤らめ、小さな声でささやいた。


「はじめまして、兄さん」


 妹とは、それからずっと、会っていない。





 四月のある日。台所で夕食を作っていると、どん! とてんじようれた。


「もうちょいってろって」


 どんどんどんどん!

 上のに向かってこたえたら、けいにひどい返事が来やがった。


「はいはいはいはい! わかったわかった!」


 おれじゆうぶんに熱くなったフライパンをかまえ、かたでたまごを割り落とす。

 じゅう、ぱちぱち……美味うまそうに焼けていくたまごをながめながら、俺は「はぁ……」とためいきく。

 ──どうしたもんかね。

 何がどうしたもんかねなのかといえば、俺たち兄妹のげんじようについてである。

 俺、和泉いずみまさむね/十五歳/高一。

 妹、和泉ぎり/十二歳/(ねんれいてきには)中一。

 しよじようあって二人暮らし。

 俺にとってたった一人の家族である妹・紗霧は、ほとんど部屋から出てこない──いわゆる引きこもりというやつだった。もちろん学校にも行っていない。

 そればかりか、兄であり、いまや両親代わりでもある俺とさえ会おうとしないてつていぶりだ。ここまでかたくなな引きこもりは、そうそういないのではなかろうか。

 れいきなくせに、俺が外出しないと、きっとにも入らないはずである。

 ゆいいつの兄妹交流が、さっきのゆかドンだってんだから……

 まさしく、どうしたもんかね、だ。

 その他もろもろ問題だらけのが家だが、実のところ俺が本当になげいているのは、たった一つだけ。


「よし、できた」


 ターンオーバーの目玉焼きに、トマトとレタスのサラダ。調ちようりようはほぼ使わず、少量のしおのみでささやかな味付け。俺にはまったくかいできない、妹ごのみの食事である。


あいわらずあさめしみてーな夕食だな」


 我ながらこの一年で、すっかりぎわがよくなった。俺は食事をぼんせて、妹の部屋へと運ぶ。からっぽの部屋ばかりの一階を通りぎ、階段を上る。

 足をみ出すたびにぎしぎしと音が鳴り、食事のとうらいを妹に知らせる。

 二階建てのいつけんは、二人暮らしには広すぎるといつも思う。

 俺が『かずの』と呼んでいる妹の部屋のとびらには、ハートのネームプレートがかかっていて、綺麗な字で『sagiri』と書かれている。

 軽くノックし、


「紗霧、メシ持って来たぞ」


 つ。

 じっ、とそのまま一分ほど待ち続けてから、おれぼんゆかに置いた。


「ここに置いとくから。ちゃんと食えよ」


 こめかみをてのひらたたき、ためいきを一つ。そして、用意しておいたひつ用具で、メモを作る。

 お盆の前、小さなみぐるみにメモを持たせて、今日も妹にメッセージをつたえる。


 ────から出て来て、顔を見せてください。


 それが俺の、たった一つのねがいだった。



 俺は一年前からずっとたたかい続けている。もちろんで、何ととわれれば、そうだな。

 部屋から出てこない妹とか、めったに帰ってこないしやとか、まだ高校生でしかない自分のはがゆさとか、まぁそういったもろもろとだ。

 俺たち兄妹は、血がつながっていない。

 おたがいの両親が、連れ子付きのさいこんどうだったからだ。

 俺たちを残し、しんこんりよこうに向かう二人は、高校生カップルみたいにういういしく、しあわせそうに見えたものだ。

 その後の思い出したくもない事情はしようりやくさせてもらうが、いま、この家には俺たち兄妹しか住んでいない。それがすべてだ。

 それから……俺のたった一人の家族である妹は、部屋に引きこもり、だれとも交流することがなくなった。


「なにやってんだかな」


 そのつぶやきは、妹に対してか、それともふがいない自分に対してか。

 もしくは、その両方か。

 食事を終えた俺は、一階のしつへと入り、つくえすわる。


「さぁてと」


 B5サイズの可変型コンバーチブルノートパソコンを広げた。

 俺は、しようせつというしよくぎようについている。

 ぞくしようになるが、ライトノベル作家といえばわかりやすいだろう。

 中学入学とほぼ同時に、ライトノベルしんじんしようせんこういんしようれいしようじゆしようしデビュー。

 以来三年間、学校に通いながら、けんぎよう作家として活動している。中学生デビューというのは、かなりめずらしいそうで、同レーベルに俺より年下の作家は、一人しかいないらしい。

 はつとう稿こうでいきなりデビューしてしまったので、多くの作家ぼうしやたちがなやむだろう苦労のどうていを、おれは知らない。当時は『俺って天才かも』とぞうちようしかけたこともある。が、そんなかりめの自信は、てしてすぐに打ちくだかれるものだ。

 いまでは『俺ってうんがよかったんだな』と思っているよ。

 ペンネームは、和泉いずみマサムネ。ほぼほんみよう

 家族もふくめ、仕事関係者以外にはないしよにしているので、俺が高校生作家だということは、クラスのやつらも知らない。

 ──いままでは。


「どうかな、ばれたかな」


 どきどきしながら、つぶやく。

 明かしてしまうと、昨日きのう、初めてのサイン会をおこなったばかりなのだ。

 デビュー三年目にして、はつのサイン会である。

 クラスメイトにバレるのがずかしいという理由で、いままではいつさい顔出しをしてこなかったのだが、今回だけは特別だった。

 先月、俺が書いていたがくえんのうバトルもののシリーズを、デビュー以来初めて、かんけつさせることができたからだ。完結ねんということで、ずっと『和泉マサムネ』の顔出しをさせたがっていたたんとうへんしゆうに押し切られてしまったのだった。

 で、昨日、会場であるいけぶくろサンシャインシティに行ってきたのだが。

 サイン会は、とても楽しかった。

 ファンと会うことにビビっていたのが、ばからしくなるほどに。

 この仕事、うりあげの数字以外で自分の仕事のせいを見ることができるかいは、本当に少ない。

 おもしろかった、とか、楽しかった、とか、このキャラがきです、とか──。

 直接言ってもらえるのはシンプルにうれしかったし、強力なモチベーションにもつながった。

 目からうろこが落ちるとはこのことで、おすすめしてくれた担当編集に、思わずかんしやしてしまうほどだった。

 そこまではよかった。

 サイン会が終わったあとで、気が付いた。

『和泉マサムネ』と会ったファンが、ネットで俺のことを書いているかもしれない。

 サイン会はさつえいきんではあったものの、俺が高校生であることは、ファンとのざつだんしやべってしまっていたし、ペンネームと本名がほぼ同じだから、『和泉マサムネ』の正体がりつ四高に通う『和泉まさむね』だと気付くやつが出てくるかもしれない。

 そいつはまずい。実にまずい。

 もしも学校で『和泉先生』なんて呼ばれたら、恥ずかしさで死んでしまう自信がある。

 というわけで──

 俺は、三年ぶりぐらいに、ネットで自分の名前をけんさくするという超危険行為エゴサーチにトライする。


「……っ……ふぅ~~……きんちようするな」


 ひたいあせを、手のこうぬぐう。

 デビュー作が発売した当時にエゴサーチをして、えらい目にって以来、おれは絶対に自分のペンネームや作品名でWEBけんさくするまいとちかったのだ。

 あのときのトラウマは、いまだに笑い飛ばせない思い出であるから、平気でエゴサーチできちゃうどうぎようしやの人たちのことは、マジでメンタル強えーなと感心する。

刊行シリーズ

エロマンガ先生(13) エロマンガフェスティバルの書影
エロマンガ先生(12) 山田エルフちゃん逆転勝利の巻の書影
エロマンガ先生(11) 妹たちのパジャマパーティの書影
エロマンガ先生(10) 千寿ムラマサと恋の文化祭の書影
エロマンガ先生(9) 紗霧の新婚生活の書影
エロマンガ先生(8) 和泉マサムネの休日の書影
エロマンガ先生(7) アニメで始まる同棲生活の書影
エロマンガ先生(6) 山田エルフちゃんと結婚すべき十の理由の書影
エロマンガ先生(5) 和泉紗霧の初登校の書影
エロマンガ先生(4) エロマンガ先生VSエロマンガ先生Gの書影
エロマンガ先生(3) 妹と妖精の島の書影
エロマンガ先生(2) 妹と世界で一番面白い小説の書影
エロマンガ先生 妹と開かずの間の書影