第一章 ②

 ともあれ。

 そんな危険をしようの上で、俺は昨日きのうのサイン会について、ネットで調べ始めた。


「お」


 すると、検索エンジンのひようけつに、ぽつぽつとかんそうを書いてくれている人のブログがしゆつりよくされてきた。


「『和泉いずみ先生とお話しできてうれしかった!』かぁ。……いやいや、こちらこそ、よろこんでくれたみたいで、よかった。えーっとこっちは『和泉先生、うわさどおりむちゃくちゃ若かった!』か。噂ってなんだ?」


 ──ふぅ……いまのところだいじようそうか?

 むねをなで下ろしつつ、トラックバックを辿たどるなどして『サイン会』の感想をめぐって行く。

 さいわい、俺のしようたいつながるような記事は見つからなかったのだが……。

 さくにクリックしたリンク先が、こんなタイトルの記事だった。


「うッ」


 和泉マサムネ先生のサインの字がきたなすぎるwww


「うわああああああああああああああああああああああああああああ!」


 俺は、頭をかかえてぜつきようした。


「あ……あぁ……あ……」



『先生、字ぃ汚ねええええええええええええええええええええ!』

『うわぁ……』『らくがきにしか見えない』『これはひどい』『どこの小学生が書いたの?』



「ぐッがあああああああああああああああああああああああああああッ!」


 じようにもほどがある。初めてエゴサーチをしたとき以来のしようげきだった。

 バンバンバンバンッ!


「なんだこのクソブログ! しょうがないだろ! サインの練習なんかしたことないんだから! 人がいつしようけんめい、一枚一枚心を込めて書いたサインを……! 作家をげいのうじんかなんかといつしよにしてんじゃねーぞバーカ!」


 キーボードをガタガタしながらブチキレるおれ

 そしたら、


 ──どん!


 妹がゆかドンで『うるさい!』とこうしてきやがった。

 妹のは、俺の部屋のうえにあるのだ。


「……うぐぐ……うっ、うっ」


 俺は、てんじようしきを向けつつ、したくちびるみしめふるえる。

 これだから! これだからネットはイヤなんだ! ちょっと泣いちゃったよクソ!

 とくめいだからって、言っていいことと悪いことがあるんだぞっ!

 覚えてろよ!

 ぱたん。

 俺は泣き泣き、ノートパソコンのフタを、そっと閉じるのだった。


 げんざい午後七時。俺は、気晴らしもねて、しようせつしんかんを買うため、じんでやってる本屋さん『たかさご書店』にやってきていた。二階建てで、そこまで広くはないものの、ライトノベルのしなぞろえの良い、明るいふんのお店である。


「もぉ、大げさだなぁ、ムネくんは。そのくらいネットではよくあることだろ」


 しようしたのは、この書店のかんばんむすめたかさごとも

 つややかなくろかみのロングヘア、女の子らしい、やわらかそうな外見の少女である。

 お店のエプロンをけた彼女は、俺のクラスメイトで、『和泉いずみマサムネ』のしようたいを知る、数少ない人物である。

 三年前、はじめて自分が書いた本が書店にならぶ日、店内でしんな行動(かくれてだれか俺の本買わないかなってやってた)をしていたせいで、俺は智恵の親父さんにとっつかまり、じようを聞かれたというずかしい思い出があるのだが。

 彼女とは、それ以来、友達付き合いをさせてもらっている。

 いまは智恵のきゆうけい時間中だ。お店のバックルームで、俺たちは会話している。


「よくあることなのか? こういうの」

「うん、げいのうじんとか作家さんとか、アニメかんとくとか、ぎようかいじんがよくやられてるじゃん。まぁ、今回のは、ゆうめいぜいみたいなもんだから、気にしなくていいんじゃない?」

「俺、別に有名じゃないんだけど……」

「…………あっ、そっかあ」


 少しはていしてくれてもいいと思う。

 かなしいことにじつである。

 そくひつだからなんとかやって行けているが、『和泉いずみマサムネ』のひようは、三シリーズ目にして、ようやくちゆうけん作家といったところじゃなかろうか。まがりなりにも、打ち切りにもならず一シリーズをかんけつさせたわけだし、このくらい言ってもバチは当たらないはずだ。

 本が予定以上に売れたときに、もう一度本をってくれるじゆうはんという制度があるのだが、完結させたばかりの『ぎんろう』シリーズでは、デビュー以来はじめて重版がかかったりもした。


「言われてみれば不自然だね。ムネくんごときをディスったところで、ブログのアクセス数は増えないのに」

「記事よりオマエの方がひどいこと言ってるからな」

「あはは。というかさ……」


 ともは、スマホをしばしいじってから、


「いま、ムネくんをディスってたブログを見てたんだけど、これってキミのしようせつのイラストをいている先生のブログじゃない?」

「!」


 俺は両目を見開いた。


「え!? マジで!?」

「ほんとほんと」

「ちょ、見せてくれ!」

「ほら、このペンネームってそうでしょ?」


 智恵は、ブログのタイトルを見せてきた。

 そこには『エロマンガのブログ』と書かれている。それだけなら、ああエッチなマンガをしようかいしたりするブログなんだなと思うところなのだが。

 タイトルのすぐ下に、こんなコメントが書かれていた。


『イラストレーターをやってます。※島の名前が由来です。えっちな漫画とは関係ありません』

「………………マジだ……」


 この〝エロマンガ〟というのが、俺が書いた小説のイラストを描いてくれている先生である。

 デビュー作のときから、ずっと変わらずお世話になっていて、とてもかんしやしていた。

 三年間の付き合いでもあるし、じんてきには『俺たちいいコンビだよね』なんて思っていたのだが──


「ええええええ! 何してんだこの人!」


 俺のサインのわるくち言ってたはんにん、よりにもよってこいつかよ!


「ムネくんって、エロマンガ先生と会ったことあるの?」

「ないよ! ごとはぜんぶたんとうへんしゆう通してやってるし!」


 男か女かもわからん。まぁけいがらからして、たぶん男だろうけどさ。

 イラストレーターは、ほんてきたんとうへんしゆうが決めるものだし、直接やり取りすることもないから、三年間一度たりとも会うことがなかったのだ。


「ふーん、じゃあなんでキラわれてるんだろうね?」

「えっ? おれって、イラストレーターにキラわれてんの?」

「そうじゃない? なんか、キミのこと、みようにイキイキとディスってるし」

「うう……やっぱそうなのかな……」


 でも、理由がわからん。なんか俺、エロマンガ先生に悪いことしたかな……?

 デビューしたばっかのころ、『コイツなんでこんなわいなペンネームなんだよ』ってグチったのが、バレたとか……? いや、でも、あれは……ちよさくひように毎回『エロマンガ』って書かれる俺の気持ちもわかってくれよ。ちょっとくらいグチたっていいじゃない。


「キラわれてるんならあやまっておきたいが……どんな人なんだろうな」

「ボクに聞かれてもこまるってば」


 と、ともは肩をすくめる。


「むしろ、三年もいつしよに仕事しているのに、あいのことをぜんぜん知らないってのがおかしいよね。担当編集けいで会うかいとかなかったの?」

「担当編集も、エロマンガ先生とは会ったことないんだって。仕事とか全部ネットを通してやってるらしいし、プロフィールをごくにするのがけいやくじようけんだったとかなんとか」

「へぇ、げんだいならではの仕事スタイルもあったもんだ」


 智恵はなおに感心している。このあたりは同感で、俺のような学生が仕事をしているじようきようもまた、現代ならではのげんしようといえよう。


「エロマンガ先生の名前でWEBけんさくしてみたりは?」

「したよ。エッチなマンガのサイトしかでなかった」


 当然の結果である。


「いやいや、ちょっとは頭使おうよ。キミのペンネームとか作品名を、スペースの後ろにくっつければいいだけじゃん」

「自分のペンネームと作品名で検索なんて、この俺がするわけないだろ?」

「……あ~、そういえばそういうしゆなんだっけね、キミ」

「おう。ってわけで、俺の代わりにちょいと調べてくれるとうれしい」

「はいはい」


 智恵は、スマホのめんに指をすべらせる。


「調べるっていうか、本人のブログを見ただけだけど、イラストだけじゃなくて、ネットで色々やってる人みたいだね」

刊行シリーズ

エロマンガ先生(13) エロマンガフェスティバルの書影
エロマンガ先生(12) 山田エルフちゃん逆転勝利の巻の書影
エロマンガ先生(11) 妹たちのパジャマパーティの書影
エロマンガ先生(10) 千寿ムラマサと恋の文化祭の書影
エロマンガ先生(9) 紗霧の新婚生活の書影
エロマンガ先生(8) 和泉マサムネの休日の書影
エロマンガ先生(7) アニメで始まる同棲生活の書影
エロマンガ先生(6) 山田エルフちゃんと結婚すべき十の理由の書影
エロマンガ先生(5) 和泉紗霧の初登校の書影
エロマンガ先生(4) エロマンガ先生VSエロマンガ先生Gの書影
エロマンガ先生(3) 妹と妖精の島の書影
エロマンガ先生(2) 妹と世界で一番面白い小説の書影
エロマンガ先生 妹と開かずの間の書影