「色々っていうと?」
「色々は色々だけど……主に動画配信?」
「動画配信? イラストレーターなのに?」
なんの動画を配信してるってんだ?
「うんとね……絵を描いているところを、生放送してみたり、公式許諾を得た上でゲームのプレイ実況を生放送してみたり……そういう活動をしているみたいだよ」
「ほぉ~。まぁ、実際見てみないことには、よくわからんな」
「あ、ほら、ムネくん、最新の記事を見てよ。エロマンガ先生、今日これから生放送をやるってさ。ちょうどいいし、一回、観てみたら?」
というわけで、俺は、『たかさご書店』で、ライトノベルの新刊を何冊か購入して帰宅した。ネットショップばかりに頼らず、なるべく近所の実店舗で本を買うというのが俺の主義で、このあたり色々言いたいことはあるのだが、いまはそれどころじゃあないな。
俺は玄関の扉を勢いよく開ける。
「ただいまー」
いつもどおり返事はない。けれど、構わず階段の上に向かって声をかける。
「紗霧~、メシ食い終わったら、部屋の前に出しておけよー」
一階の自室に戻った俺は、改めてノートパソコンを開く。
「動画サイトで生放送……ねぇ」
智恵と色々話したこともあって、ずっと一緒に仕事をしてきた『エロマンガ先生』に、改めて興味が湧いていた。三年前は、調べられずに、あっさりと諦めてしまったが……。
どんな顔をしていて、どんな声をしていて、どんな考え方をする人なんだろう。
俺や、俺の作品のことを、どう思ってくれているのだろう。
かち、かち、と、例のブログを閲覧する。
けっこう長くやっているのか、過去記事がメチャクチャ多い。
あと、俺のサインの字が汚い件についての記事が、すげーコメント伸びてて腹立つ。
「……ぐぬぬ」
俺はそれ以上の閲覧をやめて、動画サイトへのリンクをクリックした。
ちょうど動画の配信が始まるらしい。
サイトは、動画が映る画面とコメント欄がある、ベーシックな形式だ。
──この画面に、エロマンガ先生が映るってことだよな。
いま俺が見ている画面には、青い背景に赤字で『イラストを描きながらみんなとトーク⑯』という文字が書かれている。
『待機中』『わくわく』といったコメントが、右から左へと流れていった。
「始まったか。……さて……どんな人なんだ?」
俺は画面をじっと見つめる。
するとノートパソコンから、変声機を通したような低い声が聞こえてきた。
「えー、みなさんこんばんはっ。今日は塗り作業がてら、みんなとお喋りしていこうと思います。よろしくー」
『エロマンガ先生!』『エロ!』『よろー』『エロマンガ先生~!』
「そ、そんな名前の人はしらない!」
『また始まったw』『自分でペンネームつけたくせになんで恥ずかしがってんの?』『エロいイラストばっか描いてるからエロマンガってペンネームなんでしょ?』
「だから違うっつってんだろ! いっつもいっつもエロエロエロエロ言いやがってー!」
『はいはいw』『今日もかわいいエロ絵お願いします!』
などなど──どうやら彼のファンが視聴しているらしい。
おおお……ファンと直接交流している……これは羨ましい。
俺もやってみたい──と思ったが、小説書くとこ配信してもな。
つまらんこと受け合いである。
「いっとくけど、今日はあんまエロいやつじゃないから」
かちっ。画面でイラスト製作用のソフトウェアが立ち上がった。女の子のイラストと、ペン型のカーソルだけが映っている。
これじゃあ、エロマンガ先生がどんな顔をしているのか、わからないな。
「今日、みんなと一緒に描いていく女の子は、和泉マサムネ先生の『転生の銀狼』に登場するヒロインの一人、紅兎ちゃん! オレのお気に入りキャラ! 和泉先生に三巻で殺されたけどね!」
あっ、ごめん。
つい、心の中で謝ってしまった。あちゃー、エロマンガ先生、あの娘がお気に入りだったのかー……そういえば紅兎のキャラデザって気合入ってたもんな。
もしかしてそれで怒ってんのかな?
「まったく、和泉先生は本当にひどいヤツだよ。こんなに可愛い娘を容赦なく殺しちゃってさあ。オレにとっては娘みたいなものだったのに」
俺への恨み節を吐きながら、さらさらと器用に色を塗っていく。
いや! それは! しょうがないじゃん! バトルものなんだから!
その恨みは、紅兎ちゃんをブッ殺した金獅子(三巻のボスキャラ)に言えよ。
「♪」
エロマンガ先生は、鼻歌まじりに、紅兎に色を塗っていく。
……ふーん、イラストってこんな風に描いているのか。
想像していたのと、だいぶ違うな。
カーソルの動きが速すぎて、見ててもよくわからないのだが、ペンだけでなくマウスも使って、まるで魔法のようにどんどん色が塗られていく。
どんな業種にもいえることだが、プロの仕事ってのは、ほんと、手品にしか見えないな。
しばらく色塗り動画を眺めていると、『和泉マサムネのサイン会』の話題になった。
「あっ、コメントどもー。『銀狼』完結記念のサイン会、行かなくてごめんな。オレ、顔出しはNGだからさ。担当さんに頼んで、和泉先生だけに行ってもらったの」
『実はオッサンなんでしょ?』『和泉先生は噂どおりの美少女小学生なの?』
「うっせーな。和泉先生とは会ったことないから知らん」
オッサンなんでしょというコメントに、否定せず苦笑するあたり、やはりオッサンなんだろうか。オッサンの手から、あの可愛いイラストが生まれていることについて、複雑な気持ちになる人がいるかもしれないが、俺としては感動しかない。すごいことだもの。
それにしても、俺がネットでは美少女だと思われてるってマジかよ。
思いっきり男の名前なのに……。よくわからん現象だな。
「そういえば会場に飾る用のサイン色紙に、和泉先生のサインがあったんだけど、あまりにもヘタクソ過ぎてついブログにアップしちゃったよ」
『アレはワロタww』『らくがきだったwww』
やかましいわ! 事実でも言っていいことと悪いことがあんだろ!
くそ! 直接会ったら、謝る前に、絶対文句言ってやる!
「ってわけで、完成ー♪」
『えろーい』『うおおおおおおおおおお』『おつー』
『おつかれー』『今日も楽しかったです』『めちゃくちゃかわええー』
などなど感想コメントが流れていく。実際、見事なイラストが仕上がっていた。
『先生のイラスト、今回も壁紙にして配布してもいいですか?』
「はいよー、みんなおつかれー。見てくれてサンキュー」
イラストが完成したのに、動画配信は終わらない。どうやらトークタイムに入ったようだ。
「やー、今日はたくさん喋ったから、ちょっと疲れたーっ」
ふぃーと息を吐くエロマンガ先生。
「次の配信では、どのキャラを描こっかな」
『金獅子ちゃんがいいです!』『エロければなんでもおk』『いまやってるアニメのキャラでもいいの?』──などなど一斉にアイデアコメントが流れていく。俺も、ついつい、このキャラを描いて欲しいなーというコメントを書き込んでしまった。
「ちょ、おまえら一気に言いすぎ! ちょっと待ってて!」
しばらくの沈黙の後、PCのデスクトップ画面を映していた動画が切り替わり、アニメのお面とヘッドセットを被った人物が映った。
『おおー』『本人登場!』
──おっ、WEBカメラに切り替えたのか。
ってことは、こいつが『エロマンガ先生』ってことだな。
台本のあるテレビ番組なんかと違って、こういう次に何が起こるかわからない感じが、いい意味で素人くさい。
お祭りで売っているようなアニメキャラクターのお面を着け、さらにパーカーのフードを被っているので、相変わらず正体不明。向こうの部屋が暗い上、画質が悪いので判然としないが、思ったよりも小柄に見える。