第一章 ⑩

 しばらくのちんもくがあって、


「……え、と……兄さんが聞きたいのは、そういうコトじゃ……ない?」


「いや」おれは首を振った。「そういうコトだ」


 楽しかったから、絵を描いていた。動画を配信していた。

 うん、いいじゃないか。じゅうぶんまんぞくできる答えだった。


「そ、そう?」

「ああ。教えてくれるってんならもっと聞きたい。最初から、全部。俺はおまえのこと、ほとんど知らないから──」


 なさけない。一年間、いつしよらしていたってのに。


「…………」


 ぎりは、かなり長く考え込んでいた。ふたたびヘッドセットのマイクをくちもとに持っていって、


「イラストを描き始めたきっかけは……お母さんが、教えてくれたから」

「!」

「小さなころから、自然と絵ばかり描いてて。すごく楽しくて…………プロになってて……お母さんも、すごいねって、めてくれて……」


 不自然に言いよどみながらも、紗霧は語る。

 エロマンガ先生に絵を教えたのは『紗霧の母さん』だったのか。


「お母さんがいなくなってから……しばらく絵が描けなくなって……」


 そういえば──

 なかなかイラストががって来なかった時期が、あったな。


「どうしてもから出られなくて……どうしたらいいかわからなくて……そんなとき、他のイラストレーターさんが、動画を配信しているのを見つけたの」


 エロマンガ先生とは、ても似つかない下手へたな喋りを、俺は、いちごんいつ聞きらすまいと集中した。


「その人は、みんなとお喋りしながら、すごく楽しそうに絵を描いてた。描いたその場で、かんそうをもらったり、してた。……見てて、うらやましかった。私も……そうなりたいって、思ったの」

「そっか」

「それでね。やってみたら…………すごく、おもしろくて。私の描いたイラストを見て、かわいいって褒めてくれるの。私が描くところを見て、すごいって、みんながおどろくの。もっと描いてくださいって、言ってくれる人が、いるの。にいるのに、世界中の人となかくなって。友達みたいに遊んで、おしやべりして。それって、すっごく、すっごく──────」


 ぎりは、ゆめ乙女おとめのようにほおを赤らめる。



 ──ああ。

 同じだ、って、思った。


「もっと上達したいって、思った。もっともっといて、たくさんの人に見せたいって、思った。そのうち、ごとをしてないときは、どうはいしんのことばかり考えるようになって……イラストだけじゃなくて、ゲームもみんなといつしよにやるようになって……いつの間にか、ハマっちゃった……へへ」

「そっか」


 そういうもんだよなって、すごくなつとくできた。


「実はおれしようせつになったのも、インターネットで小説を公開している人たちが、楽しそうだったからなんだ」

「……そうなの?」

「ああ、デビューする前、まだまだヘタクソだったころ……WEB小説を書いていたこともあるんだぜ」


 そして、初めてのファンメールを、もらった。

 それがうれしくて。とてもとても嬉しくて。

 だからいま、俺はこうしてここにいる。

 はじめて感想をくれたは、いまも俺の小説を、読んでくれているのだろうか。


「……そうなんだ……和泉いずみ先生も……」

「ん? 先生?」

「あっ! な、なんでもなっ!」


 わたわたと手を振る紗霧。


「なにがなんでもないんだ?」

「い、いいからっ。兄さんがWEB小説書いてたことなんて、しってたしっ!」

「そ、そか。えーと、なら、あの動画で、声と調ちようを変えて男のふりをしてたのは、なんで?」

「だって……こわいし、ずかしいし……」


 どういうことだろう。少し考えてみる。

 かりに紗霧が男のふりをしなかったとしたら、どうなっていたか。

 いまのようなふんどうになっていたかというと、そうじゃないだろうな。

 どうしても『女の子がやってる』というが付いてしまう。もちろん悪いことじゃないんだけど、ファンの中には変なやつもいるだろうし、十二歳の女の子にはちょっとこわかんきようかもしれない。


「なるほどな。よくわかった」


 ふっ、とみがれる。


「な、なにを笑っているのっ?」

「いや、まさか、おまえとこんなにふうに話せる日が来るなんてな、って」

「………………」


 ぎりは、ぎゅっとせいの上でにぎこぶしを作った。

 何を考えているんだろうと思っていたら、


「ちょっとに入れてあげたくらいで……調ちように乗らないで」


 なんて言い出した。


「私は、兄さんに心を開いてなんか、いないんだから」

「……そうだろうな」


 兄さんとは呼んでくれていても、まだまだちっとも兄妹じゃない。

 しん、と場がしずまりかえった。重い空気がただよっている。


「……いいかいだから……聞くけど……なんで私にかまうの。放っておけばいいじゃない…………私なんか」

めいわくか?」

「……め、迷惑」


 そっか。やっぱ、そう思われてたか。……まぁ、かたないな。俺が、しやにわがままを言わなければ、きっといまごろは、別々にらしていたのだろうから。


「ええっと、俺がなんでおまえに構うのか、だっけ?」


 紗霧はこくんとうなずく。


「知りてぇの?」

「……しりたい。私が兄さんのしようせつのイラストをいているから、じゃ、ないよね。兄さんはいままで、そんなことを知らずに私のめんどうを見続けて来たんだから……」


 そうだな、そのとおりだ。


「そうか、しりたいか」


 俺はとくげに、指を一本立ててみせた。


「なら、こうかんじようけんだ」

「えっ」

「交換条件。しつもんに答える代わりに、俺からも条件をひとつ出させてもらう」

「………………」

「………………」


 しばしごんで見つめ合い、


「だめか?」

「な、ないようだい

「なぁに、たいしたことじゃねぇ」

「…………えっちなことはだめ」

「そんなようきゆうしねえよ! なんでおれがえっちな要求をすることがぜんていみたいなはんのうなんだ!」

「だって、いつも私にえっちなイラストばかりかせようとするから」


 なかなかせつとくりよくのある理由だが、あれはごとだし、あいが男だと思ってたんだよ!

 こいつめ……えっちなイラストを描くのがだいきなくせに……。


あにってのはな、んだよ」


 とうぜんだろ?


「…………じゃあ、わ、私に何を要求するつもり?」


 もちろん俺は、にこやかにこう言った。


「引きこもりをやめて、外に出てくれ」

「絶対いや」

「そうか、わかった」

「は?」


 ぎりは、ぱちくりと目をまたたかせる。


いやなんだろ? こうかんじようけんなしで教えてやるよ」

「え……い、いいの?」

「いいよ、じゃ意味ないし」

「ふうん……いいんだ」


 紗霧は、うつむき、ぼそぼそとつぶやく。


「もちろんあきらめたわけじゃねーけどな。……じゃあ言うぞ。えーと、俺がおまえにかまうのは──」


 ことをさまよわせていると、紗霧が、きゅ、とまいを正した。

 俺はこう答えた。


「おまえは俺の妹で……そんでもって母さんに、よろしくねってたのまれたからだよ」

「…………それが、理由?」

「んん……」


 すぐに『そうだ』と答えられなかったのは、なんでだろうな。

 あごに指をあてて、考える。


「一年前、家族がおまえだけになってから、母さんの言った『よろしくね』ってどういうことなのかなって、どーすりゃ『よろしくした』ことになんのかなって考えてた。でも、けつきよくわかんなくてさ。わかんねーから、たぶんこうじゃねーかなってのをやってるんだ。

「……ちっともわからない」

「だよなあ」


 自分でも、なに言ってんのかわからんもん。


「笑いごとじゃない。ごまかさないで」

「あー、なんつーか、おれがおまえにかまうのはさ。そっちの方がいいと思ったからだよ。いまみたいに同じ家でらしてんのに、ぜんぜん顔合わせないってのは、やっぱさびしいもん。かわいい妹とは、いつしよにメシとかいたいし、めんどうだってみてやりてぇよ」


 さいわい、俺にはそのしゆだんがあるのだから。


「……ほとんど話したこともないのに」

「ほとんど話したことがないなら、これから話せばいーじゃんって、思うけどな」

「……私じゃなくても、いいじゃない。寂しいなら、なにもこんなにめんどうくさい妹となかくしなくたって」


 かくはあったのね。


「いや、仲良くしたいよ」

「どうして?」

「家族だから」

「家族なの? 私たちは」

「そうだ」


 だんげんした。


「こうして一緒に、暮らしてるんだからな」

「……そう。私はそう思ってない。一緒に暮らしていることを、家族とは言わないもの」


 ぎりは、立ち上がり、とびらゆびした。


「話は終わり。出て行って、兄さん」

「はいよ」


 俺は物分かりよく、出口へと向かう。扉の前で振り返り、


「紗霧」

「なに?」

かんけつねんイラスト、いてくれてありがとう」


 ずっと言いたかったことを、ようやく口にする。


「────」


 俺の妹は、ぽかんと口を開け、けれどすぐにひようじようになって、


「ばかみたい。あんなの、いてあげただけなのに」


 とそっぽを向いた。

刊行シリーズ

エロマンガ先生(13) エロマンガフェスティバルの書影
エロマンガ先生(12) 山田エルフちゃん逆転勝利の巻の書影
エロマンガ先生(11) 妹たちのパジャマパーティの書影
エロマンガ先生(10) 千寿ムラマサと恋の文化祭の書影
エロマンガ先生(9) 紗霧の新婚生活の書影
エロマンガ先生(8) 和泉マサムネの休日の書影
エロマンガ先生(7) アニメで始まる同棲生活の書影
エロマンガ先生(6) 山田エルフちゃんと結婚すべき十の理由の書影
エロマンガ先生(5) 和泉紗霧の初登校の書影
エロマンガ先生(4) エロマンガ先生VSエロマンガ先生Gの書影
エロマンガ先生(3) 妹と妖精の島の書影
エロマンガ先生(2) 妹と世界で一番面白い小説の書影
エロマンガ先生 妹と開かずの間の書影